2023年7月31日月曜日

今月の本棚-180(2023年7月分)

 

<今月読んだ本>

1)米を洗う(辻中俊樹);幻冬舎

2)ロシアの眼から見た日本(亀山陽司);NHK出版(新書)

3)イングリッシュマン(デイヴィッド・ギルマン);早川書房(文庫)

4)ウクライナ戦争の軍事分析(秦郁彦);新潮社(新書)

5)日本エッセイ小史(酒井順子);講談社

6)「中国」という捏造(ビル・ヘイトン);草思社

 

<愚評昧説>

1)米を洗う

-“お子様せんべい”で差別化、台湾企業を世界規模に育て上げた、新潟米菓会社の歩み-

 


石油企業で働いてきた者にとって新潟県は特別な意味を持つ。現在のトップ2社、ENEOS、出光ともに起源に関わる会社がそこに存在した。ENEOSでは小倉石油、出光では早山石油がそれらだ。小倉石油は日本石油へ発展、ENEOSの母体となった。早山石油は昭和石油を経てSHELLと提携、昭和シェルと出光が合併、新しい出光が生まれている。いずれも国産原油を扱うことからスタートしたのだ。また、我が国原油・天然ガス開発の最大手INPEX(旧帝国石油)も国内事業所は新潟県に集中している。つまり、新潟県は石油業発祥の地なわけである。しかし、これは石油人の思い、その他の人は米どころ(コシヒカリ)・酒どころ(越乃寒梅、八海山)が第一印象ではなかろうか。そして、この米を基にした米菓(せんべい、おかき、あられ)では、全国生産額(令和元年)3,843億円の内新潟県だけで2,173億円、断トツの存在なのだ(2位埼玉;200億円)。現代ではこれが代表地場産業と言っていい。本書は、この米菓企業のひとつ、岩塚製菓の地域振興と国際展開に関する物語である。私の読書対象域外であるこの種(農業、食品)の本を読むきっかけはジム仲間が回覧してくれたことによる。

極めて稀有なことだが、著者歴がいっさい記載されていない。調べてみると、生年は1953年(昭和28年)、大学卒業後日本能率協会に就職、その後独立して経営コンサルタント業を営んでいる人のようである(「マーケティングの嘘」(2015年刊、新潮新書)著者)。執筆動機も不明。始めは企業広報活動の自費出版かと疑ったが、読み進めるとそれほど宣伝臭はなく、零細地場産業の堅実な歩みを記した内容であることがわかってきた。

岩塚は長岡市南西信越本線沿線の小集落、信濃川の支流渋海川の河川敷と河岸段丘で形成された土地に水田は限られ、コメの生産は自家消費ギリギリの状態。戦前は養蚕を兼業するところが多かったが、戦中食糧増産でさつまいも生産に転換、現金収入は専ら冬の出稼ぎに頼ってきたような土地である。戦後何とか地場で働ける場所をと数人の有志が、さつまいもを原料とする水飴・芋飴・デンプン工場を立ち上げる。岩塚製菓の母体となる岩塚農産加工工場がそれだ。しかし、経済復興が進む中で甘味料不足も次第に解消、事業転換を余儀なくされる。そこで目を付けたのがこの地の地場産業である米菓。当初はせんべい・おかきなど他社と同様の商品を生産するが、後発ゆえに販路・販売量は限定される。悪戦苦闘の中から1966年生み出されたのが乳幼児・子供向けのやわらかいせんべい“お子様せんべい”である。うるち米を微細粒化するところにやわらかさのカギがあり、完全な差別化に成功、その後この技術を利用した種々の商品が開発・発売され、市場は全国に広がっていく。東南アジアを中心に海外にも輸出、台湾の宜蘭(ぎらん)食品がこの商品に注目するようになる。本書第一章は19812月雪の岩塚を3人の若い台湾人が提携の可否を探りに訪ねてくるところから始まる、

既にアジア四昇竜(台湾、韓国、香港、シンガポール)が日本を急追していた時代、当然それへの警戒感から容易に提携話に乗ることはなかったが、度重なる懇請に創業者の一人で当時社長だった槇計作が「これも縁」と1年後OKを出す。条件は;良い原料無くして良い製品無し(日本の原料米と同じ米を用意する)、原料が良くても加工製造技術が悪ければダメ(日本と同じ製造機械と製法を忠実に再現する)。

すべての条件をのんで宜蘭食品が送り出した“お子様せんべい”は“旺旺仙見(ワンワンせんべい)”として大ヒット、まがい物が多数出てくるが品質勝負で圧勝(シェアー80%超)、次いで中国本土進出、幾多の苦難(契約違反、模造品など)を乗り越え、21世紀を直前に80近い工場を展開、その米菓生産量は1社で日本全国規模を超えるほどになる。この間旺旺集団と改名した会社はシンガポール株式市場に上場、自他ともに認める大会社に成長、タイやヴェトナムにも事業を広げていく。もう、原料も生産設備も日本製ではないし、経営者も代替わりしているが、その絆(縁)は継続、槇計作の胸像がどこにも飾られるほどだ。

現在の岩塚製菓グループは、従業員約1千名、売上高220億円(2021年度)、先行大手亀田製菓、三幸製菓に次ぐ第3位ながら、営業外利益は20億円を超す超優良企業なのだ。このからくりは旺旺集団からの配当金である。

地場特産品(米)を生かし、米の洗い方に発する差別化技術を確立、信頼できる提携先と出合い、成果が地元に還元される。カーボンニュートラルに揺れる石油ではこうはいかない。少々大げさかも知れないが、これからの国際社会における日本の生き方に何か示唆するものがあるような感をもって読み終えた。

 

2)ロシアの眼から見た日本

-ロシアの世界認識;国際秩序は法的秩序ではなく、権力的秩序である-

 


初めて白人を見たのは1945年(昭和20年)秋、新京(現長春)は戦場にはならなかったが満洲の首都だったからソ連軍が進駐して来たのだ。この冬、市内に散在していた社宅の一つを訪れる父に同行、帰りは夜になった。突然闇の中からソ連兵が数人現れ、父につかみかかり何事かわめいた。強盗である。幸い憲兵が付近を巡邏しており、難を逃れることができた。坊主頭の女学生、外出時に顔に炭を塗るおばさんたち、皆ロスケの蛮行を恐れてのことである。爾来、社会主義・共産主義に惹かれる時期があったものの、ソ連・ロシア嫌いは一貫していた。それが変わるのは2003年第2の職場で海外営業本部に勤務、しばらくロシアを中心に活動してからである。社員食堂の賄のおばさんから現地社員、顧客の技術者・役員まで、多様な人々と接する機会を通じ、ロシア人観は好転していった。日本人から見ると明るさを欠き重苦しい雰囲気は拭えぬものの、皆気持ちよく対応してくれたからだ。プーチンは2期目に入り日露の関係も安定、日本の経済力や科学技術力に一目置くという姿勢だった。それは多分今も大きく変わらないだろう。では国際政治・外交・軍事の場ではどうだろう。それを知る機会にと本書を手にした。

著者は1980年生れ、東大大学院文化研究科修了後2006年外務省入省、2020年退職している。任地がロシア(モスクワ大使館、ユジノサハリンスク領事館)に限られていることから総合職的な外交官ではなく、ロシア専門官と推察する。大学院での研究とこの専門を反映しているのであろう、本書の内容は国際関係論・外交論それに日露外交史を中心にした内容で、個々の外交事案解説よりは総合的・理論的な色彩が濃いものになっている。その考察はリアリストの視座で描かれ、日本人として必ずしも心地よいものではない(私はこの冷徹な見方を評価するが)。

戦後ソ連・ロシアが日本を見る眼は“米国の一衛星国(非主権国家、潜在的敵国)”であり、対等な国とは認めていない。かつて我々がソ連支配下にあった東欧諸国を見る眼を思い起こせば、彼等の日本観が想像できるだろう。経済・技術・文化はともかく、安全保障・外交ではこれが基本スタンスなのである。

紛争の地(潜在的なところを含む)はシアター(舞台)、東アジアは19世紀後半から近現代まで中国・朝鮮半島・満洲の地がその舞台だ。アクター(俳優)は、当初は英・露・中、これに日本と米国が加わり、外交劇を演じてきたが、常に主役の座を占めてきたのはロシア(ソ連)、この時代は日本も俳優の一人として認められてきたが、現在米・中・露ともそんな認識はない。

幕末・維新の樺太・千島をめぐる日露関係、日清戦争と三国干渉、日露戦争、シベリア出兵(日本人が思っている以上にロシアではこのことを侵略と見ている)、三国同盟と日ソ中立条約、ノモンハン事件、独ソ戦、そしてソ連の満州・北方領土侵攻。日露外交史の裏面(特に朝鮮半島や満洲の扱いにおける密約)などを通じ、日露(ソ)関係の変遷を、政治思想の古典や地政学も援用しながら、徹底的なリアリスト国家ロシアを浮き彫りにする。

今回のウクライナ戦争でロシアを無法国家と難じる声は大きいが、外交戦の中でこの非難は必ずしも当たっていない。各種の国際法が如何に無力であったかは歴史的事実だし、実態は大国の意思が道理を押しのけて通る例は枚挙にいとまが無い。つまり(上に自国を縛る何者も存在しない)主権国家は無法国家でもあるのだ。

ただ、如何に大国であっても国際世論を無視してふるまうことは出来ない。ここに日本の生きる道がある。同盟関係がそれだ。米国に盲従しない同盟関係、バランサーとしての日本、国の安全保障策・外交政策をこのような位置に置くことに依り、衛星国扱いから脱することが可能になる、と著者は説く。ただ、これが容易なことでないことを著者は十分認識しており、「日本に出来ることは、アメリカのプレゼンス(覇権ではない)を極東で維持すること」と結ぶ。

感情的な世論を抑えた対露外交の必要性がよく理解できる。指導者間の絆を深めれば北方領土返還が叶うはなどという発想は幻想なのだ。

 

3)イングリッシュマン

-元英諜報部員・隠遁したフランス外人部隊空挺伍長が、ロシア人暗殺者を厳寒のシベリアに追う-

 


スパイ物の総本山は何と言っても英国。米国の作品は初期のトム・クランシーを除けば激しい銃撃戦が売り物、それはそれで面白いが、読後に残るものが無い。ドイツやロシアは作品が無いわけではないだろうが、翻訳物は全く見かけない。というわけで、本邦初デヴューの英作家作品である本書を読んでみることにした。英国スパイ小説は大別すると二つのタイプに分けられる。一つはイアン・フレミングの“007シリーズ”が代表と言える娯楽型、もうひとつはジョン・ル・カレの作品に見るような、人間の内面や組織の裏面に含みを持たせる文学型である。本書はこの区分からすると前者(娯楽型)に属する。しかし、地理的広がりや英露対決に、冷戦下を彷彿とさせるシーンがあり、久し振りに本格的スパイ小説の味わいを楽しんだ。

かつてはMI-6(英秘密諜報部)の諜報員だったが今は銀行トップを務める男カーターが、日曜日息子のラグビー試合に出かける途上何者かに拉致される。犯行グループも目的も不明だが、単なる身代金目的の誘拐事件ではなさそうだ。本来は警察所轄の事件だが、過去のMI-6時代に関係ありとにらんだ高官マグワイアが、捜査に加わり、独自に事件究明を開始する。組織として公式に動けないことから呼び出されるのが、これも昔彼の下におり、その後仏外人部隊に所属、今はフランスの片田舎に隠棲している“イングリッシュマン(ラグラン)”である。MI-6時代はソ連やその衛星国家にも勤務、仏外人部隊では空挺連隊伍長として、アフリカ旧仏領植民地の反政府活動鎮圧などに当たったベテラン兵士。MI-6を去った後もカーター一家とは親しく付き合い、秘密を共有している。

マグワイアがラグランに命じるのはカーターの行方と救出。ロンドン郊外場末の工場地帯を転々とする犯行グループだが巧みに追及をかわし、この間カーターを責めて求める情報の在り処を探ろうとする。見えてくるのは英国に拠点を置くロシアマフィアのマネーロンダリング情報だ。これが表へ出ると当該のマフィアだけでなくロシアの国家威信さえ傷がつく。裏にはKGBの後身、FSB(連邦保安庁)が絡んでいるのだ。そして、事態をさらに複雑にするのはロシア内のFSBと刑事警察の権力争いである。モスクワ刑事警察も犯行グループを追っているのだ。凄惨な拷問に情報を小出しにして耐えてきたカーターもついに命運が尽きる。第一部はここまで。

2部はイングリッシュマンによる犯行首謀者JDに対する復讐劇である。実は首謀者と特定された人物もソ連崩壊後ロシアの傭兵会社兵士としてアフリカで戦い、直接対決は無かったものの、お互いその存在を知るほどの凄腕なのだ。FSBは英国からさらには刑事警察からDJを守るため、影響力を行使しシベリア流刑地に匿う。ロシアの犯罪者に姿を変えたイングリッシュマンも同地の刑務所に潜入、特別扱いのJDの所在を確認、最後の戦いとなる。

著者の生年は不明、1986年作家デヴューとある。消防士・カメラマン・空挺員など様々な職業経験と積んでいる。本書は2020年ファイナンシャル・タイムズの年間ベスト・スリラー小説に選出された代表作、確かに“スリラー小説”のジャンルに区分されることに納得感のある内容だった。

 

4)ウクライナ戦争の軍事分析

-著名戦史家老いたり!ニュース解説に終始、停戦を望むが具体案無し-

 


ウクライナ戦争もほぼ1年半が経過した。TVや新聞のニュースでは始終この戦争について報じている。しかし、その割に戦況情報が西側外信か両政府の広報に依存、今一つ実態が分からない。国際問題研究者や防衛省関係者のコメントも、一部兵器や組織の解説などを除くと、自ら一次情報を集め分析するようなものは少なく、一般報道内容をベースに希望的推論を語っているような気がしてならない。開戦から時間も経た今、現時点までの戦争経緯を冷徹に分析したものが出て欲しいと念じていたところ現れたのが本書である。何冊か既刊書を読んでいる高名な戦史家による著作、独自の分析を期待したが、独ソ戦まで遡る歴史的な解説と今後の展開予想を除けば、特に目新しい視点はなかった。1932年生れ、既に90歳を超す高齢者、直接情報を探るには限界があり、比較的入手しやすい公開資料を基に、この1年半を振り返り、概説するにとどまっている。

記述の流れは、侵攻初期の戦線(キーウ攻略など)とその前史(ロシア・ウクライナ関係史)、東部戦線・南部戦線攻防、ここから視点を変えて航空戦・海上戦・情報戦と兵器・技術、米国やNATOによるウクライナ支援策(主として兵器)、再び戦場に戻り本年年初から4月までの戦線の変化、今後の見通し、となる。ほぼ時間軸に従っているのでこの戦争を総括するには理解しやすい構成になっている。

2021年秋から侵攻が予想されながら、主に米国の偵察衛星情報が公開され、予定のスケジュールが遅れたこと、これにより雪解けの泥将軍(ラスプリッツア)到来で機甲力が制約されたこと、2014年のクリミヤ半島無血制圧で緒戦の行方を楽観していたこと、テロ対策や地域紛争を想定し、旧来からの軍編成を“大隊戦術軍(Battalion Tactical GroupBTG)にしたことによる戦術展開の齟齬、これに伴う上級指揮官の戦死・戦傷多発と作戦の遅滞、作戦ミスと損害を補うための戦線整理と東部戦線・南部戦線への傾斜。しかし、東部戦線は2014年来一進一退の膠着状態が解消しないまま、戦力逐次投入で戦略目標(例えばハリコフ)攻略が随所で滞ったこと。これらが今春までの解説となっている。この経緯は、両軍の最新戦力比較やロシア軍の戦闘序列(どこの部隊が、どこを分担するか)などニュース解説よりは詳しい情報・データはあるものの、それほど画期的なものではなく、BTGは開戦前に出版された小泉悠「現代ロシアの軍事戦略」にも問題点として明記されていたし、ラスプリッツアは冬将軍と伴に独ソ戦の帰趨を決したものとして、つとに知られるところである。

兵器の解説ではサイバー戦やドローン利用、あるいは緒戦の制空権確保失敗とウクライナ軍の防空体制、地対地ミサイルジャベリン、米国が供与した高機動ロケット砲システムハマースなどに触れるものの、数値データ以外はニュース等で報じられている程度の内容で、分析に深みを感ずるところは無かった。

戦線は、ウクライナの反攻宣言があったものの、この春以降膠着状態。ここで著者はこの戦いの今後について複数のシナリオを用意し、短い論評を行う。Ⅰ)東部・南部での攻防が続き消耗戦は3年目に入る、Ⅱ)ウ軍が欧米供与の戦車を中心に反転攻勢、露軍を分断、東部2州を制圧、Ⅲ)ウ軍の反攻は南部ヘルソン州奪還を目指し、それが成ってクリミヤに進軍、Ⅳ)露軍は中南部占領地区の防御を強化、ウ軍を撃退後再度キーウ、ハリコフの占領を目指す。著者の見解は、ウ露両国とも全戦力の投入は避け、「停戦や和平協議に持ち込んで決着させるしかない」にある。つまり、どのシナリオでも完全な終戦はないと読む。従って、これら戦況シナリオに続く停戦シナリオを用意する。A)撤退なき無条件の停戦、B)暫定条件付き休戦(東部2州現状維持、南部2州とクリミヤ半島は国民投票)、C)ウクライナのNATOEU加盟をロシアが黙認する。ロシアも加わるウクライナ安全保障。ロシアへの経済制裁解除、D)その他;ロシアに対する損害賠償は要求せず、ウクライナの戦後復興は世界諸国(ロシアを含む)が分担。この停戦に至るシナリオが言わば本書のオリジナル、この中から著者はD案を期待するが、踏み込んだ具体的解決策が示されるわけではない。個人的にはⅠ)3年目以降も継続し、プーチンに何事か異変が生じない限り戦が続くと読むが、いかがなものであろうか?

 

5)日本エッセイ小史

-「枕草紙」から「窓際のトットちゃん」まで、軽いだけにかえって世相を反映するエッセイの魅力を紹介-

 


国語と言う教科は小学校時代から好きになれない。漢字の読み書きのようなものを除き、“正解”が明確でないことがその因にあるように思う。文章(詩歌を含む)を読んだ感想など、その最たるものだろう。「この表現は素晴らしい」などと講じられても、その“素晴らしさ”が理解できないのだ。こんなことが少し変わってきたのは、高校の古文で枕草子や徒然草に触れた時である。枕草子冒頭「春はあけぼの、やうやく白くなりゆく、山ぎは少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」。これは情景が眼前に浮かんでくる。徒然草は「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつれば、あやしうこそものぐるほしけれ」と始まり、「なるほど、この調子で思うことを書けば良いんだ」となる。だからと言って高校時代に国語力が向上することはなかったが、随筆に惹かれるようになったのは確かだ。特定の作家・作品を読むようになったのはアサヒグラフ(週刊グラビア誌)に連載されていた作曲家團伊玖磨の「パイプのけむり」(196465日開始)を嚆矢とし、内田百閒の「阿房列車」シリーズ、山口瞳の「サラリーマン」シリーズ、常盤新平の一連の「アメリカ文学物」、司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズ、宮脇俊三の「鉄道物」、航空学者佐貫亦男の「ヒコーキ物」「道具」シリーズ、沢木耕太郎の「深夜特急」シリーズ、「グルメ」を語る玉村豊雄・池波正太郎の作品、朝から酔いが回りそうな吉田健一の「酒」談義など枚挙にいとまがない。最近のものでは塩野七生の社会時評「日本人へ」シリーズも面白い。「日本エッセイ小史」と題する書名を見て、好ましい作家・作品がどのように扱われているか、こんな興味から本書を紐解いた。著者の鉄道エッセイ「鉄道無常-内田百閒と宮脇俊三を読む-」を既に読んでいたことも大きい。

本書を読むまで随筆=エッセイと思っていた。しかし、本書の肝はその違いを語るところにある。「枕草子」「徒然草」「方丈記」を日本三大随筆とした上で、物理学者寺田寅彦の作品も決してエッセイではなく随筆であり、エッセイストではなく随筆家とする。自身エッセイストと位置付け、「随筆家」を名乗ろうという頭はハナからなかったと書き出す。ではその違いはどこにあるのか。文芸といわれる世界には小説や詩を始め、評論・ノンフィクション・紀行文などさまざまなジャンルが存在するが、エッセイほど輪郭のはっきりしない分野はないと、その定義の難しさを語り、「語弊を恐れずにいうならば、文芸世界における雑草のような存在」と結ぶ。誰もが、何でも思ったことを、形式に縛られず書き連ねる、書き手には何か本業があり、エッセイはあくまでも副業、これが著者のエッセイ観なのだ。随筆に比べ、軽く曖昧な内容だからこそかえって世相を反映しているという認識が“小史”を著す動機となっている。

1953年スターとした日本エッセイストクラブ賞、1967年から始まった読売文学賞の随筆・紀行賞、1985年誕生で、著者も受賞し、審査員も務めた講談社エッセイ賞(2018年終了)の受賞者や作品、審査時の講評、書評などを中心に、切り口を変えて数々のエッセイを講ずる。切り口は、文体・言葉遣い、女性・高齢者、海外・旅・食、メディア・出版、娯楽・スポーツなど広範。「何故それを書いたか」を探ることで、時代が見えてくるという仕掛けだ。

著者によれば“エッセイ”の嚆矢は1965年文藝春秋社刊伊丹一三(のち十三)著「ヨーロッパ退屈日記」にあるとする。この復刻版(2005年新潮文庫)の帯に「この人が『随筆』を『エッセイ』に変えた」とあることから、そのような結論に至ったらしい。実は、この「退屈日記」は1965年発刊直後に購入、印象的な内容だったのでごく最近蔵書を整理するまで保存、繰り返し読んできた愛読書であった。まだ海外へ出る機会の難しい時期、ハリウッド映画「北京の55日」(義和団事件;チャールトン・ヘストン、エヴァ・ガードナー主演)の日本人将校役を得た伊丹が、撮影のため渡欧した際の体験記を、自身のイラスト付きで婦人公論誌に連載したものである。いささかスノッブな筆致が気になる作品だったが、本物志向を学ぶと言う点で、実りのある一冊だった。たいしたことではないが、スパゲッティの茹で方アルデンテ(歯ごたえのある)を知ったのはこの本からだった。

随筆よりエッセイに重点を置いているため、内田百閒、團伊玖磨、宮脇俊三、司馬遼太郎などへの言及は軽く、その点では不満が残るものの、逆に興味を持ったことも無いような作家・作品を知ることができたのは収穫だった。例えば、二人の文豪、森鴎外の娘森茉莉と幸田露伴の娘幸田文の比較では、父親の育て方の違いが如何に作品に反映されているかを分析する。また、普通のイタリア人と結婚した、須賀敦子、ヤマザキマリ、塩野七生の作風解説も面白い。いずれも出羽守(欧米“では”)調でないことに着目、女性ならではの感性・観察眼を評価している。

著者は1966年生れ。高校生の時雑誌に投稿した女高生の観察記事(エッセイ)で認められ、爾後エッセイスト・作家として活動、2003年「負け犬の遠吠え」で婦人公論文芸賞、講談社エッセイスト賞を受賞している。女性鉄チャンとしても有名で、先に紹介の「鉄道無常」のほか何冊か鉄道物も著している。

 

6)「中国」という捏造

5千年?中世の欧州が生み出した中華帝国幻想、この妄想が蘇ったのはわずか一世紀前に過ぎないのだ。あらゆる“中国”が捏造であることを各論展開-

 


古代文明発祥の地が、ナイル川、インダス川、チグリス川・ユーフラテス川、黄河流域であることは、小学校の高学年に習った。現在それらの地には、エジプト、イラン・イラク・トルコ、インド・パキスタン、中国などが存在する。時代が少し下ると、ギリシャの都市国家やローマ帝国が西欧文明の萌芽となる。その地に今在るのはギリシャ、イタリアだ。しかし、中国を除けばその歴史を誇りこそすれ、国威発揚・国家戦略に結び付けるようなことをしていない。また、英国人のギリシャ文明に対する憧れや西欧諸国がローマの歴史に込める思いは並々ではないが、だからと言って、そこに国の上下関係を引きるような発想は双方ともにない。中国のみが声高に5千年の歴史を誇示し、その最大版図再現を当然のように主張する。確かに、最古の王朝殷成立は前16世紀と言われているからそこまでたどれば、あながち誇張ではないかも知れないが、現代に至る間、元や清などの異民族支配、諸国分裂もあり、国家・民族として一貫した継続性があるわけではない。それは、エジプトもイラクもトルコもインドも同じである。何故中国のみこれにこだわるのか?いつからこんなことを喧伝するようになったのか?そもそも中国とは何か?本書はこれを探る、歴史学的な研究書に近い内容の調査・分析報告である。

中国本土・台湾ともに国名に“中華”がある。だからこそ“中国”となるのだが、この中華が現れるのは孫文らが清朝に反旗を翻してからである。日本など外国に在って反清朝を唱えだすのは20世紀初頭、辛亥革命が成るのは1912年のことである。つまり、世界の中心に中国が在ると言う発想はごく最近のものなのである。細く断続的な通商路でユーラシア大陸の東西がつながっていた時代、「東方に何やら優れた文明大国があるらしい」と欧州人たちが妄想したのが当時の中国なのであり、のちに孫文らはこの妄想を新国家糾合のために最大限に利用することになる。

本書の原題は“The Invention of China(人工的につくられた中国)”、この国名の発祥そのものが捏造であるとし、現在まで中華民国・中華人民共和国が主張する、“主権”、“漢民族”、“中国史”、“中華民族(漢民族以外を包括する)”、“中国語”、“領土”、“領海”のすべてが、Invention=捏造であることを、中国は無論、日本を含む古今東西の文献を引用しつつ、具体的に論じていく。

例えば、孫文らの中華民国は漢族を狭義に捉え、清朝由来の地満州のみならず、チベット、新疆・ウィグル地区もその領土としていないばかりか、非漢民族として中華国民として扱っていないことを指摘する。その一方で王朝国家としての継続性をつじつま合わせするため、王朝史がたびたび捏造されたことを明らかにし、司馬遷の「史記」をも糾弾する。言語も同様、北京語が標準語のように言われるのは科挙の試験に使われていたからで、各地方の常用語(例えば、広東語、福建語など)がつい最近まで北京語を圧倒していた。その意味で現代の中国語も人工語なのである。

歴史的な王朝の国家観はその王朝の首都(王宮の所在地)を中心に曼荼羅模様で構成され、中核から外縁にしたがって支配権は薄まり、国境と言う概念すら存在していなかった。従って、近代に至るまで真っ当な地図など存在せず、チベット・新疆・ウィグルは言うに及ばずインド・パキスタン国境域、広西自治区・雲南省辺りも曖昧な領域だったのだ。領海に至っては、近代の排外思想から生み出された何ものでもなく、南シナ海に利権を争うようになるのは、日本の台湾領有による肥料資源開発や仏領インドシナ(主にヴェトナム)の漁業権をフランスが言い出して、初めて対応する程度であった(利権で稼ぐことにはこだわるが領有の主張は無かった)。

習近平政権は「百年国恥」を雪ぐべく、最大版図の清時代を国民に思い起こさせ、それが5千年前から継続するかの如く国際社会で振舞い始めている。これは既に廃れてしまった帝国主義思想(社会ダーウィン主義、キリスト教布教を含む)の再来である。こんなことが許されていいはずがない!たかが百年外国(西欧)によって造られた国家・歴史、それが“中国”の実態なのである。行間を読めば、しばらくは経済大国としてそれなりの存在感はあるものの、世界の中心国家は幻想、その資格など皆無と思えてくる。

著者の生年は不詳。ケンブリッジ大学を卒業後英国のシンクタンクチャタムハウスの研究員を務め、中国、南シナ海、ヴェトナムに関する著作を出版している。

 

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