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2012年12月8日土曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (16)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

14.振り返れば
旅の意義はその非日常性にある。対象は人・景観・歴史・芸術・特産品・食べ物・乗り物などさまざまだ。私の旅(と言うよりも、私のドライブ行)は当然車と道(乗り物)にあるのだが、今回はそれに紅葉狩り(景観)が加わった。それらについては、連載で既に紹介したが、それ以外の要素にも触れながらこの旅を振り返ってみたい。
知人や友人が居る遠方へ、偶さか出かけると、会って話をするだけでたっぷりと非日常が味わえる。未知の人であっても一期一会と言うこともある。もう6年前になるが三春に“滝桜”見物に出かけ、町役場に勤める友人の親類で、切り絵(アマチュア)をやる人のお宅にお邪魔し作品を見せていただいたことがある。これなどその典型だろう。
車好きは、お互いの車やナンバー・プレートだけでも話のきっかけができる。車そのもの、道中の出来事、材料はいくらでもある。今回も白布、奥只見ともに宿泊先の駐車場で東京地区のプレートをつけた車を見かけた。しかし残念ながら付近に人は居らず、話す機会は無かった。旅館・道の駅・食事処で多くの人々に接したが、特にご縁を感ずるようなことはなく、方言すら聞くことが無かったのはチョッと寂しい。
この連載は“逆賊三藩”と名付けた。維新に際して官軍(薩長)に、徹底的に痛めつけられた、米沢藩・会津藩・長岡藩の三つである。白虎隊の飯盛山を始め、史跡に事欠かない一帯だが、残念ながら今回はそれらを訪れることは全く無かった。理由は“山岳”にある。つまり、史跡は米沢市・会津若松市・長岡市の市内や近郊に在るのでルートから外れてしまっていたからである。春の“吉野・高野・龍神”とはそこが大きく違っていた。少しこれに近かったのは喜多方で“蔵の里”を見学したことくらいである。
食については、福島西ICを出て磐梯吾妻スカイラインにとっかかるところで立寄った蕎麦屋「胡々里庵」、それに喜多方ラーメンの「まるや」いずれも味・値段とも満足のいくものだった。また、食材を地場・自家製品を使った「奥只見山荘」の夕食・朝食も、材料だけでなく調理も含めて、独自色があり、山歩きや釣り客が主体なのだろうが、それを味わうだけでももう一度来てみたいと思わせるものだった。三日目の昼食は352号線が山を下って会津高原まで達した所に在る道の駅「番屋」で摂ったが、後で調べてみると、尾瀬口とここの間、桧枝岐村に「かどや」と言う蕎麦屋があり、そこの“蕎麦定食”がお薦めらしい。事前の調査を怠り惜しいことをした。
最後に道について総括しておきたい。磐梯吾妻スカイラインは大昔一度走ったこともあり、道としての印象は変わっていないが、夏と秋の違いで、期待通りの紅葉が素晴らしかった。他の道に比べ道幅・整備も良く、存分に運転を楽しめた。
つづく西吾妻スカイヴァレーは“山岳”ドライブと言う点では前者以上に楽しいコース、時刻が遅く雨も降り出していたが、紅葉も素晴らしく思わぬ拾い物と言っていい(もっとも翌朝の濃霧には参ったが)。再び同じシーズンに走ってみたいものである。
メインエヴェントと考えていたJR只見線に並走する252号線は、紅葉には少し早かったことも在るが、思ったより道が平坦で変化に乏しく、田子倉ダム下から六十里越と呼ばれる、福島・新潟県境辺りを除けば、それほど運転を楽しめるような道ではなかった。もう少し時期を遅らせれば、鉄道作家宮脇俊三が言う“国鉄の車窓から見る日本一の紅葉”が楽しめたのかもしれないが、それでは磐梯・西吾妻、それに樹海ラインの木々の葉はもう落ちてしまうだろう。悩ましいルート選定なのだ。
352号線、樹海ラインは山岳+“秘境”ルート、大型車乗り入れ禁止の道を1時間以上走る。かなりの区間は携帯電話不通地帯でもある。それに1年以上にわたる復旧工事で101日にようやく開通したばかり。こんな道で何かトラブルにでも遭遇したら大変なことになるが、その分冒険性があり、非日常の極みと言って良い。今回小出方面から乗り入れた時は夕方だったので、奥只見シルバーラインと呼ばれる並走隧道を銀山平まで走ったが、本道には枝折峠(1065m)と言う難所もある。次は逆方向から、フルコース走ってみるのも面白いかもしれない。
これら全ての道は、今日(128日)現在、全線あるいは一部区間が雪のため通行止めとなっており、来春雪解けまで通しで走ることはできない。
以上の山岳道路と東北自動車道を中心に走行距離;1060km、消費燃料;101.4L、燃費;10.45km/Lはこれだけの山道を走ったにしては良い数字である。

長期間ご愛読、有難うございました。

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(完)

2012年12月3日月曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (15)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

13.日塩紅葉ラインと龍王峡
会津から南に下る121号線(日光街道;既に400号線とも合流している)と合体した352号線は上三依(かみみより)で二又に分れ、塩原・那須方面に向かう400号線を切り離す。事前調査でこの先に“紅葉ライン”が在ることを知った時、今回のドライブにピッタリの道なので、これを第一選択にした。しかし、直前の紅葉情報は“青葉”だったので、どうするか、昼食を摂った道の駅“番屋”まで決めかねていた。番屋を出る時自宅までの時間をチェックするとかなり早くつきそうなことが分ったので、時間調整のためこのルートに向かうことにした。。
交通量の少なくなった400号線はトンネルを抜け、尾頭峠(850m)を越え塩原の村役場近くで県道19号(日塩ライン)の上りワインディング・ロードに分岐していく。午後の日差しは明るく木々は予報情報通り緑に輝いている。楽しみは未知ルートのヒルクライムだけだ。この道が終わればあとは、鬼怒川を経て日光の入口今市に至る。樹海ラインを抜けるまでは心配だったガソリンも、この調子では今市まで充分走れそうだ。今市から先は自動車専用道路を走り、一気に自宅付近まで達する。少しでも見所や休憩地点があれば寄り道をしながら帰ろう。
3時にはまだ間があったが、お茶でも飲むかと探していると“ハンターマウンテン”と言う案内板が出てきた。「猟場でもあるのかな?」と本道を外れてしばし行くと何やら横に長い洒落た洋式の大きな建物が在るところへ出た。前の広い駐車場には結構車も停まっている。駐車場を挟んで建物の反対側は見晴らしが開けなかなかの眺望だ。「いったいここは何なんだ?」 取り敢えずトイレ休憩をしたいので建物の中に入ってみる。食堂やおみやげを扱う所、ゲーム・コーナー、 “ロープウェイ乗場”と書かれた矢印も在る。さっぱり見当がつかない。入口とは反対側のガラス戸の向こうには、明るい上りの広い芝庭がかなり先まで続いている。そこへ出てみてしばらく全体を眺め回して、やっと判明した。ここはスキー場なのだ!雪の無い晩秋のスキー場はまるでゴルフコースのようだった。そこに生える草が枯れ始めており、それが赤茶けた光景は別種の紅葉と言えなくもない。
次ぎに立寄ったのは鬼怒川の上流に在る龍王峡。鬼怒川の景観は旅館で完全に封じられているが、ここでは駐車場から峡谷の下まで遊歩道が整備され、回遊路もある。深く切れ込んだ谷の中は日が翳り薄暗いが、狭い割には見所もあり、まだ観光客も多く、時間調整とおやつ休憩に適当な観光スポットだった。あと2週間もすれば紅葉も見頃になるだろう。甘栗と移動販売機で熱いお茶を求めてしばし休憩。
出発時ナビにセットしたのは今市のモービルSS。日塩ラインは龍王峡の少し手前で再び121号線・352号線と合流しており、東武鬼怒川線に並行しながら今市に至る。352号線と分れ今市バイパスとなる461号線沿いに在るSSに着いたのは4時、給油量は32L252号線、352号線と言う山岳道を走った割には予想より少ない量だった。
夕暮れ時一層暗さを増した日光街道杉並木を通り抜け、大沢ICで日光宇都宮自動車道に入り、宇都宮JCTで東北自動車道へ。あとは往路と同じルートを辿って首都高湾岸へ達する。薄暮から夜に入る時間帯はただでさえ目と神経を使う。それに加えて今日は金曜日。幹線道路は仕事帰りの帰京ラッシュである。途中夕食も含めて何度か休みをとりながら9時過ぎ自宅着。この日の走行距離は360kmであった。
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(次回;振り返れば;最終回)

2012年11月26日月曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (14)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

12.酷道352号線-2
この道は山肌を削って作られているので、いたるところ崩落防止のセメント吹きつけが施されている。湖畔のルートは高所を走るが、高低差もあまりないので、遥か先に灰色のギザギザが見える。これから走る道なのだ。時々それが左側を並行することがある。奥只見湖(人工湖)は谷間を雪の結晶のように枝分かれして形作られているので、これから迂回する道筋がそんなとんでもない方向に見えたりするのだ。高低差800mから1000mの間を起伏しながら新潟・福島の県境に沿って進む道は最後に1500m近くまで上って尾瀬口の方に下っていく。
途中平が岳(2141m)への登山口付近はやや広い平地となっており、駐車スペースや
トイレも在るので小休止。周辺の紅葉を写真に収めたのだが、天気は既に晴天に変わり、光のコントラストが強すぎるのか、実際よりの白茶けた感じになってしまった。ここを出ると再び上りになるのだが、今来た道ほどの厳しさは無い。しばらく進むと尾瀬への分岐路が現れ、それは沼山峠の下まで行っているようだ。どうやらここから会津方面には路線バスも走っているようで、道幅も大体1.5車線はあるし、待避場所も広く、数も多い。路肩に駐車して山の色模様を楽しむ余裕も出てくる。
この352号線は252号線の帰路として偶々選んだだけで、山岳ドライブの楽しみはともかく、紅葉については全く期待していなかった。しかし“瓢箪から駒”で、樹海全体が高いところにあるため、見事に種々の落葉樹が葉の色を変化させており、心ゆくまで秋の自然を味わうことが出来た。
気になるのはガソリンだが、思ったほど減っておらず、南会津から日光へ抜ける道には、ブランドを問わなければ、いくつかSSが在るので何とかなりそうだ。
檜枝岐村(ひのえまた)に入ると道はセンターラインの引かれた2車線となるが、今度は雪囲いが増えてくる。新潟県側は、銀山平から先は11月半を過ぎると交通止めになるのでその必要はないが、会津側は冬でも車が入ってくるのだろう。冬の尾瀬ヶ原歩きのためか?それともこの道筋に在る鄙びた温泉湯治客のためか?
会津若松方面に向かって、桧枝岐川に沿って北東に走る道は国道401号線(会津若松と群馬県沼田を結ぶ古くからの街道;自動車道としては尾瀬の部分で分断されている)ともなるので村役場や郵便局が現れ、はっきりと生活圏に入ってきたことがわかる。ここら辺りまで下るとまだ山の木々は緑のままだ。
352号線はさらに北上する401号線と内川で分れ、今度は東南東に向きを変える。時刻はもう12時。日光街道(国道121号線)と交わる手前に在る道の駅“番屋”で一休み。天ぷらそばの昼食を摂った。他の道の駅に比べ規模が小さくみやげ物などほとんど無かったが、地元産のリンゴを少々求めた。
ここを出てしばらく行くと121号線と合体し、352号線も北へ向きを変える。道は生活道路に変わっているが人家も希で交通量は少ないので、運転は楽だ。塩原口でアドヴェンチャー・ドライブと紅葉を楽しんだ352号線に別れを告げ、日塩紅葉ラインへの道をとった。
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(次回;日塩ラインと龍王峡)

2012年11月24日土曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (13)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

11.酷道352号線
この道は新潟県柏崎を基点にし、栃木県河内郡上三川町(宇都宮)を終点とする330kmの山岳道路だが、銀山平から先50km位集落が全く無いのだから、本来どう言う経緯で出来た道なのか不明である。全線が開通したのは1972年なので尾瀬観光辺りが動機なのかも知れない。しかし、ガイドブックには夏シーズンに予約制小型路線バスが走るよう書いてあるものの、ダイヤなど記載されていないので、どのように利用できるのかも分からない。通常11月半ばからは閉鎖される、厳しい走行条件を覚悟して走らなければならない。まして、昨年7月の豪雨で銀山平から尾瀬口の間は道路が寸断され、復旧に1年以上要しているほどだから、天候次第では途中で引き返すことも考えておく必要がある。その場合は小出まで引き返し、関越道で戻ろう。この道を選んだときの危機回避プランである。
昨日は夕闇も迫っていたので並行する電源開発用の壁面・天井は素掘りのままの黒又トンネルを走ったので、難所の一つといわれる枝折峠はバイパスした。そんなわけで本格的な走行はこの朝からである。幸い空に雲が残るものの、快方に向かいつつある。草原を出立した時後ろを走っていた地元の軽自動車はトンネル方面へ向かって分かれていったので、いよいよ単独行になった。トンネルとの分岐路を1kmも進まぬうちに道幅は115車線程度に狭まり、上り勾配の路面も荒れてくる。左側に奥只見湖が見え始めてもいいのだが、高い雑草や木々に遮られてよく見えない。それ以上にカーブの連続でとても脇見を出来るような状態ではなく、ガードレールなど防護柵は無いところも多いから一瞬たりとも気が抜けない。道路には側溝など無論無く、山から流れてくる水は“洗い越し”と呼ばれる、道路を横断する緩いU字溝を通って谷へと落ちていく。今まで他の酷道では見たことも無い、お握りを二つ並べたような道路標識がそれを予告する(写真右上)。外国の住宅地内道路に在るバンプ(盛り上がり部)のように、そこはユックリ走らないと、激しい突き上げを食らうことになる。こんな“洗い越し”が次々と現れる。
それでも小回りが効き、スピードに緩急が付けやすいスポーツカーは俊敏に走る。やがて前を行く空荷の中型ダンプカーに追いつくと、退避地帯で先を譲ってくれる。後で出会ったコンクリート・ミキサー車も中型だった。とてもフルサイズのトラックで動けるような道ではないからだ。
こんな車たちと会うのは、一応全通したとはいえ、まだまだ道路修復工事が続けられているからなのだ。場所によっては大勢の作業員と建設機械が入っている所もあり、そこでは交通整理も行われているが、大方の工事現場は信号機による片側交互交通になっている。平日、遊び車でそんなところを通ると、何か後ろめたい気分に襲われるのは、工場勤務が長かったせいであろうか。
高度は銀山平の800mから県境に向かって次第に高くなり、それにつれて紅葉が美しくなってくる。幾重にも蛇行する道は、曲がり部分では道幅に少し余裕があるので、車を停めて山の色模様にしばし見惚れる。県境に沿って走る樹海ラインの紅葉はまだまだつづく。
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(次回;酷道352号線;つづく)

2012年11月20日火曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (12)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

10.銀山平
銀山平はその名前から想像がつくように、江戸時代銀山が在った所である。“平”はこの地が2000m級の山々に囲まれながら盆地だったところから来ている。銀山は江戸末期に閉山されたし、盆地も奥只見湖(人工湖)の下に沈んだが、その名は今に残されている。ただ、良くしたもので、現在ロッジ村の在るところは、V字型に切れ込んだ谷間の中段(海抜800m)に在りながら、かなり広々した平地で、“平”に相応しい場所であった。
ここを宿泊場所に決めたのは、メインエヴェントの252号線を走ったあとどこに泊まるかを考えていた時、“奥只見”“樹海ライン”“尾瀬”などが目に入り、秘境イメージがいや増し、さらに湯之谷温泉郷と呼ばれる一帯があることを見つけたことに始まる。温泉場はどこでもよかったのだが、小出から一番奥に位置する銀山平から調べると、いきなりこのロッジ村が出てきた。前日宿泊予定の白布温泉が伝統的な温泉旅館だったこともあり「これはチョッと趣向が変わり、面白そうだな」と思い、最初に出てきた“奥只見山荘”から詳しくチェックすると、何と“素泊まりも可能”である。「山小屋か?」すると「雑魚寝かな?それなら止めよう」などと想像しながら施設やサービス内容を見ていくと、どうやら普通の旅館と大差ないことが分ってきた。他の宿泊施設も大同小異なので、ここを第一候補としてノミネートしておく。
直ぐに予約しなかった理由は、352号線を調べてみると、9月初めの時点では、ここ銀山平から県境にかけて昨年の集中豪雨で252号線同様、崩壊した道路の復旧工事が完了しておらず、10月開通予定だが日にちまで明示されていなかったからである。9月中旬山荘に電話すると「紅葉の頃には開通すると言っているんですが、正確な日にちはこちらでも分りません。9月下旬にもう一度お問い合わせください」との返事。101日に確認の電話を入れると「今日開通式やりました」で決まった。
夕暮れ草原の中の山荘に近づくと、周辺にログハウスが数棟あるが、本館は代わり映えしない大きな2階建て。「山荘の雰囲気じゃないなー」これが第一印象である。しかし中へ入ると玄関広間(ロビー)は吹き抜けで、左側には囲炉裏もあってそれなりの趣きだ。清潔な感じは“山小屋”とは程遠く、好ましい。客室は全て二階にあり、部屋は新建材多用が些か気になるものの、完全に旅館と同じ造りで落ち着くことが出来る。
泊り客は年配者や女性の小グループが多いようだが、これは本館宿泊者。若い人はログハウスに素泊まりして自炊、風呂だけ利用する人もいるようだ。
これは後で知ることになるのだが、この地は渓流釣りや付近に散在する小さな湖で養殖された鱒や岩魚の釣りの名所らしい。大きな岩魚の魚拓が沢山あったが、これらは人工孵化による大物らしい。客は登山やキャンプもあるが、意外と釣り客が多いのだ。
一風呂浴びて一階の大広間で食事が始まる。この料理が大変よかった。食材は、山菜・淡水魚とその燻製・豚(翌朝食の生ハムなど)などだが基本的に地元・自家製がほとんど。生ビールの後、滅多に飲まない日本酒はこの地酒(八海山も近いし、それもあったが別のもの)を注文してしまう。最後のご飯は無論魚沼産のコシヒカリである。給仕してくれるのはおばあさんと若奥さん、おじいちゃんは子守で、若主人と専門の板前が調理をやっているようだ。この家族によるサービスも心が篭もっており、大いに満足した。
翌朝は雲が早く走り、青空も垣間見える天気。出発前に草原を散策したが、何軒かの山荘がある割には人を見かけることがなかった。どこから来て、どこへ行ってしまったのだろ?早朝から秋の静けさを感じさせる所だった。
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(次回;酷道352号線)

2012年11月18日日曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (11)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

9.只見川に沿って
今回のドライブ行は“只見線に沿う252号線を走ってみたい”ことがメインテーマである。いよいよその252号線に向かうのだ。喜多方のラーメン屋を出発する前にセットしたのは、会津若松から一本になっていた国道49号線(越後街道)と252号線(沼田街道)分かれる会津坂下(ばんげ)に在るゼネラルのSSである。これ以降は当分E/M/Gのガソリンスタンドは無いので、ここで満タンにして、次はほとんどSSの無い352号線の取っ掛かりに在るシェルを予定している。
ラーメン屋を出る再度459号線を旧米沢街道に戻り、市の中心部を南下して、喜多方駅をかすめて、県道21号で会津坂下へ向かう。地形は平坦、市街地を離れると畑の中をしばらく行く。面白味の無い道だが、交通量が少ないのがいい。やがて国道49/252号線に突き当たり、4車線の道を少し西へ進むとスタンドが見つかった。満タンでも17.35Lと僅かだが、これからの山岳路ドライブへの安心感が違う。
ここからさらに数キロ西行、49号と分かれて左折し252号に入る。道は片道一車線ずつになるが、思ったより高低差は無く、道路に沿って小集落が続き、秘境イメージには遠く、チョッと拍子抜けだ。しかし、前を中型トラックが走っているだけで交通量はめっきり少なくなり、ときどき只見線と並行するが列車を見かけることも無い。それどころか人の気配さえほとんど感じることがないので、その点では過疎地であることを痛感させられる。沼沢湖手前でトラックと別れるとあとは単独行。その先の会津川口にはやや街の雰囲気があったものの、そこから先は何も無い。道はいたるところで昨年夏の集中豪雨からの復旧工事で、時限信号や交通整理人による片側通行になり、地上高の低い車では腹を擦るのではないかとハラハラさせられる。それに加えて雪囲いの暗い洞門、只見川に接する断崖が続く。標高がそれほど高くは無いので紅葉もまだ“色づき始め”。曇天下ではその僅かな色模様もさっぱり冴えない。
そんな走行を続けて只見ダム横の展示館に着いたのは3時。受付には若い女性が一人だけ。見学者は我々以外誰もいない。発電所も見学できると言うがそれほど時間の余裕はないので、田子倉発電所ダム下の発送電設備越しにダムの写真を撮り、宿泊地・銀山平を目指す。ダム下から道は急な上りになり六十里越と言う福島と新潟を分ける峠に達する。この辺りの走りでようやく期待していた山岳路ドライブになるが、辺りは3時というのに暗くなり始めているので、ひたすら小出に向けて走る。
小出周辺に達すると道が錯綜、交通量も一段と多くなる。田子倉を出た時、次の目的地を湯之谷温泉郷入口のシェルSSにセットしており、それを頼りにようやく352号線に出ることが出来た。ここから再び山道を小一時間走らなくてはならない。何とか明るい内にチェックインしたい。シェルのスタンドは直ぐに見つかったが、明かりが消えて、何と休業中!幸い燃料計の指示はまだ半分にも達していない。明日の難所を越えてスタンドの在る所まで走れそうだ。次のセットを奥只見山荘にして走り出すと、ナビの案内は352号線を外れて、妙な方向に誘導する。直ぐに解ったが、それは352号に並行して走る奥只見シルバーラインであった。この道は奥只見ダム・発電所開発のために作られた道路で冬期でも建設車両が走れるよう、そのほとんどをトンネルを穿って作られている。どうやら今ではこちらが銀山平へのメインルートになっているようなのだ。道路はダム建設完了後有料であったが今は新潟県のものになり、無料開放されている。ただ路面の保守が大変なのか、結構荒れている。そこを大型観光バス(奥只見湖観光)や352号線復旧工事のダンプが走るので、暗く狭いそして長いトンネル内走行は極度に神経を使う。
そんな走りを10kmほど続けるとトンネル内に信号があり左側へ抜け出る分岐点に達する(直進すると奥只見ダムに達する)。ここが銀山平へのトンネル出口なのだ。薄暗くなった道は352号線につながっており、そこから少し戻るとナビは352号を離れて、高い雑草が生い茂る草原に導いていく。建物も明かりも見えない。何か間違いではないのか?そんな気持ちになった時、ログハウスが一つ二つと見えてきた。奥只見山荘はそのロッジ村の中に在った。到着は5時。今日の走行距離はおよそ240kmであった。
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(次回;銀山平)

2012年11月14日水曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (10)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

8.喜多方
道の駅“裏磐梯”を出発する頃には雨は上がっており、道路も乾き始めていた。桧原湖畔から喜多方へ向かう国道459号線は幹線道路ではないので交通量は少ない。しかし、観光地を結ぶ路線だからか、道路の整備状況は良好で走り易い。取上峠までは上り、そこからはなだらかな下りで、適度にワインディングして運転を楽しめるなかなか良いコースだ。やがて目の前に広々と開けた会津盆地の田園地帯が見えてくる。如何にもここが豊かな稲作に適した土地であることを感じさせる風景である。
市内南北に走る幹線道路国道121号線を横切り、それと並行する、おそらく古くからの米沢街道と思われる道に出る。どうやらここら辺が喜多方の中心らしい。街中をナビの案内でしばらく進むと、広い駐車場のあるコミュニティセンターのような所で案内を終えた。
喜多方の蔵が注目されるようになったのは、地元の写真家の作品がNHKの目に留まりそれがTV放映された昭和30年代以降のようだ。ガイドブックには市内に2千の蔵があると書かれているが、時間の制約のある中で、どこを見たらいいのかさっぱり判らない。しかし、そこは良くしたもので、歴史的に価値のあるものを一ヶ所に移設し観光の便に供するようにしたのが“蔵の里”である。由緒ある蔵7棟、民家2棟が集められ、ガイドまでついて説明してくれる。もともとは市のサービス部門の一部だったようだが、今は第三セクター方式で運営されている。
米蔵・味噌醸造蔵・商品蔵・酒造蔵それに座敷蔵などと言うのもある。つまり蔵と呼ばれているが、それは単なる物を仕舞う倉庫ばかりではなく、生活の場としても使われる、防災対策(火災・盗難)を施した建物なのである。ガイドが蔵の数は4千というので、「ガイドブックには2千と書いてあるが・・・」と質したところ「それは古い数字です。その後町村合併で4千になったのです」とのこと。喜多方市の総人口は約5万人、住居として使われている“蔵”が多いに違いない。
これらの蔵以外にも2棟の大きな民家がここで見られるが、それらは郷頭、肝煎など地方有力者の住居で往時の富と力の大きさを今に伝えるものであった。“蔵の里”の向かい側にはレンガ作りの小規模は市美術館もあり、コンパクトな観光地区としてよく整備されている。
さて、11時半。この時間なら喜多方ラーメンを食べずにこの町を去るわけには行かない。どこがいいのか判らないので、手持ちのガイドブックに書いてある“老麺まるや”へ出かけることにしてナビに案内を委ねる。場所は裏磐梯から走ってきた国道459級号線が121号線と交差する少し手前なので来た道を戻ることになる。ナビの案内で難なく店にたどり着いたが駐車場が無い(ガイドブックで“有”を確認)。しばらく迷ったが、近くの神社の中にそれが在った。店内は田舎の駅前食堂風、椅子席と畳席がある。さすがに昼時、ほとんど埋まっていたが、幸い大テーブルに席を取ることが出来た。店の中にはごちゃごちゃとお土産品なども置いてあり「観光客の方に大人気」と書かれたTシャツなどもある。一瞬「これは失敗かな?」と思ったが、地元のサラリーマンらしき客もいるので、一安心。メニューはセットもあるが、周りを見回すとどうやらチャーシュー麺が多いので、我々もそれを注文する。塩味のそれは、結論から言うと“大成功!”。値段も750円だからリーズナブルである。
当初の訪問計画にはなかった喜多方だが、ここへ立寄ったのは正解だった。
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(次回;只見川に沿って)

2012年11月12日月曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (9)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

7.霧雨の峠を越えて
前夜早く寝たので、目覚めは早い。温泉宿での朝一番の楽しみは朝風呂に尽きる。昨夜は、既に外は暗く風呂場内の照明の反射で景色がどんなかまるで見当がつかなかったが、長い長方形の湯船はL字型にガラス張りで、前は樹木が上に連なり、下は渓流。なかなかの景観である。しかし、天気予報通り雨が降っている。雲は濃淡があり、流れも速いから早い回復も期待できるかもしれない。
7時の朝食を大広間で済ませ、玄関に出てみると、早や発ちの泊り客が雨の中へ出発していく。皆山歩きの装束だが、米沢駅への送迎マイクロバスに乗り込むところを見ると、ここから山へ入るわけではなさそうだ。
空模様を見ながら傘もいらぬほど小雨になった9時前に帳場でチェックアウトする。その際「王将戦はどこの部屋で行われたんですか?出来たらチョッと見せてください」と言ったところ「お客様がお泊りの部屋です」との答え。確かに二の間作りで広いほうの部屋は書院造り、出来たころは立派な部屋だったことは窺えるが、「今はチョッと・・・」である。帰宅して調べてみると王将戦は昭和36年(1961年)、半世紀以上も前のことだった!
9時出発。今日の走行距離は200km程度と短いので天候と道の状況が良ければ少し観光もしたい。雨は止んでいるので「これならもう一度あの素晴らしい紅葉を堪能できる」と、昨日来た西吾妻スカイヴァレーに向かった。しかし、しばらく緩やかな上りを進んでいくと、雲か霧が前を過ぎるようになる。偶に行き交う対向車はヘッドライトを灯している。前を行く車に追いつくと、先を譲ってくれたので、入れ替わって前を走り始め、少しスピードを上げて進んで行くと霧はますます濃くなり、周りの景色どころか前方すらほとんど見えなくなってくる。ついにこちらも対向車に認識できるようライトを点灯、道の端を確認しながら時速2030kmの低速運転を強いられるようになる。どこで白布峠を越えたのかさえ判然とせぬまま、山裾をぬうあのヘアーピンカーブに達し、ナビをメガネの端に捉えて先のカーブを確認しながら、エンジンブレーキと足ブレーキを併用して慎重に下る。こんな運転を40分近く続けてやっと桧原湖の北端にたどり着くことが出来た。
ここからは湖の西岸を走る県道64号線に入るのだが、昨日来た東岸(県2号線)とは違い、ペンション村のようなリゾ-ト地や集落がまるでない。それもあり道は狭く所々未舗装部分もある。対向車と行き違うには待避所でどちらかが待つことになる。幸い軽自動車と数回出合っただけで、何とか湖を見渡すことの出来る展望駐車場に出た。猪苗代方面からの車は大方ここで折り返すようだ。天気が良ければ湖水の向こうに磐梯山が見えるはずだが、今日は雲で覆われている。
この道を更に南下して、喜多方方面へ向かう国道459号線と交わるT字路を右に曲がった所に道の駅“裏磐梯”があった。曇天の10時観光客はほとんど居ないが、トイレ休憩とこれから先の情報を仕入れるために立寄ることにする。店の中にはお土産品がいっぱい。商品の回転も良さそうなので(賞味期限)、ここで求めることにする。買ったのは大豆を餡にした“ずんだ饅頭”。喜多方観光について聞けばここから30分の距離だという。山も湖畔も楽しむことは出来なかったので、事前にあまり詳しくは調べていなかったが、今日のメインエヴェントは喜多方巡りと急遽決める。ナビのセットを“喜多方蔵の里”にして10時過ぎ出発。
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(次回;喜多方)

2012年11月9日金曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (8)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

6.白布温泉
白布温泉に泊まることにしたのは、猪苗代から米沢辺りにかけてのどこの温泉にしようか地図を眺めていた時、どちらかと言うと消去法で選ばれてきたのである。猪苗代湖・会津若松市周辺は会社のレクリエーションや家族旅行で来ており、是非行きたいという場所が見つからなかった。昔泊まった桧原湖に近いペンションにしようかとも思ったが、ペンション村全体の雰囲気が今ひとつで決めかねていた。そんな時地図のチョッと上に白布温泉が在った。県道2号線は地方道、運転も楽しめそうだ。その時はこのルートが“西吾妻スカイヴァレー”と名付けられていることに気がついていない。
この温泉をインナーネットで調べてみると、茅葺き屋根の三軒の旅館、東屋・中屋・西屋が有名だったことが分り(今は茅葺きは西屋一軒と明記されているが、三軒とも茅葺きだった時代の写真があった)、その中で一番人気の“西屋”を当ったが、希望日は既に満室で中屋にしたことは“計画立案”のところで語った。
東屋にせず中屋にしたのは、囲碁も将棋も嗜まぬが、本因坊戦や王将戦が行われたとあるところが決めてになった。ウェブで予約をしている時「何故?」との疑問が頭を過ぎったのは、不動閣と名付けられた“別館”しか出てこないことである。しかし、本因坊戦も王将戦もそこで行われているようなので、それで良しとした。
出発直前もう一度この温泉場について調べてみて、「ひょっとして選択を間違えたかな?」と感じ始めた。それはこの温泉場が20003月大火に遭い中屋と東屋が全焼しているのである。しかも火元は中屋!この火事で焼け残った西屋だけが今に茅葺き屋根を残しているとも書かれている。しかしその後両者とも再建されているように思えた。
スカイヴァレーを下り、この集落に入って“中屋本館駐車場”があった。直ぐ近くには茅葺き屋根の旅館がある。西屋だ。おそらくこの近くに焼失した“中屋本館”があったに違いない。200mほど更に下った所にある別館この大火を免れ、中屋としてはこの別館だけで営業しているのだ。本館が元の地に再建できないのは消防法の関係らしい。
別館・不動閣は何の変哲も無い唯の温泉旅館。部屋は建物の隅に二の間付きでかなり広い。空調、バス・トイレ、アメニティも一応は整っている。しかし、壁などの手入れが今ひとつで、何となく黴臭い。第一印象は「あまりはやっていないのかなー?」である。そのわりに大浴場だけは立派だった。20メートル位ありそうな石造りの長方形で、豊かな湯は源泉をそのまま掛け流し。東京オリンピックの年に出来たので“オリンピック湯”と称していた。塩化物泉のため無色透明、無臭で、チョッと他の温泉とは異色な感じがする。
夕食は 大広間で他の客と一緒だが、各テーブルは掘りごたつ方式で、隣とは適度に距離もあり、落ち着いて食事が出来る。料理のメインは米沢牛のミニステーキで、あとはこの地の山菜や鮎の塩焼きなどが供される。汁物は山形名物の芋煮汁。郷土色豊かな献立は、量も適量で、全体に味付けがやや濃い目であることを除けば、満足できるものだった。
夕食は時間予約制だが6時予約の客でテーブルの7割方は埋まっている。小規模な団体客も居り、到着時感じたよりは人が入っている。温泉めぐり、山歩き、紅葉狩り、米沢で一仕事をした後の泊まり客も居るようだ。
400kmを超えるドライブと中ジョッキ2杯で部屋に戻ると直ぐに寝入ってしまった。
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(次回;霧雨の峠を越えて)

2012年11月7日水曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (7)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

5.西吾妻スカイヴァレー
猪苗代方面から米沢に通じる道は二本ある。一本は猪苗代湖の西から喜多方を経由するルートで、米沢街道(国道121号線)。物資の輸送は専らこの道が使われる。今回のドライブルートを検討する段階で、磐梯吾妻スカイライン→磐梯吾妻レークラインルートを取り、福島県との県境に在る白布温泉に一泊することに決めたときから、道はショートカットの県道2号線を北上することにしていた。これが第2のルートである。こちらの方が距離が短く山岳道路であることは承知していたし、それを楽しむことを期待していたが、紅葉のことはほとんど考えていなかった。
桧原湖の北端でこの道(県道2号)に乗り入れると、しばらく農家らしき家々が点在する集落が現れ、緩い上り坂が続く。ときどき野菜や果物(リンゴ・栗)の直売場などが在るから、観光客が行き来する道なのだろうが、3時頃と時間が遅いせいか、前には全く車は居らず、行き交うこともまれだ。道路はとことどころ補修中の所もあるが、分離線が引かれて走り易い。気がかりは空がかなり暗くなってきていることだけだ。集落を離れてしばらく進むと、舗装の状態はむしろ良くなるが、少し勾配がきつくなる。どうやら2003年まで有料道路だった部分に入ったようだ。
やがて道は日光のいろは坂のように曲がり出し、山肌をぬってヘアーピンカーブが続き、まるで山岳ラリーしているような運転になる。ブラインドカーブは要注意だが、対向車が無いのと、カーブは余裕を持って作られているので、センターラインをオーバーしない限り安全。ヒルクライムを楽しむには理想的な道だ。チョッと残念なのは、空模様が小雨交じりの曇天に変わり、展望の開けたところにある駐車場からの眺めが楽しめないことである。天気がよければ、磐梯山、猪苗代湖、桧原湖が一望できるはずである。
濡れそぼるワインディングロードでのもう一つの気がかりはスリップだが、これも新タイヤが確りサポートしてくれる。
しかし、この道の最高点、白布峠(1410m)に達する前後から、紅葉は素晴らしく、先ほど走った磐梯吾妻スカイライン以上の景観を呈するようになる。静かな山中の霧雨の中で見る紅葉も一興である。これは後で知ったことだがこのルートは東北地方屈指の紅葉の名所なのだ。宿泊先としての温泉と、運転を楽しむ山岳道路だけで、計画を練っていたが、思わぬ宝物に巡り合ったわけである。
峠の先のトンネルを越えた下りも紅葉の美しさは続くが、道は上りほど曲がりくねることは無く、カーブは少ない。白布温泉自体の標高が高いからだろう。そう言えば確か40年位前に職場の仲間と天元台でスキーをしたことがあるが、宿泊地は白布だったような気がする。その時は米沢からバスで温泉までやってきた。無論当時はこの観光道路は出来ておらず、バスはそこが終点だった。
宿泊先の中屋はナビでセットしておいた。白布に入るとエッソのスタンドもあり、急に道の両側に家々が並ぶようになってくる。ナビは先を指示するのだが、道の脇に“中屋本館駐車場”と書かれた空き地があったので、一先ずそこへ車を止め、近くに居た人に問うと、あと200mほど先、駐車場も在ると言う。やはりナビが正しかったのだ。でも何故ここに駐車増が在るのだろう?
やがて中屋別館“不動閣”に到着。時刻は350分。本日の走行距離は440km
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(次回;白布温泉)

2012年11月5日月曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (6)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

4.浄土平
磐梯吾妻スカイラインは福島市側の高湯温泉から猪苗代側の土湯温泉に至る約30kmの自動車専用道路である。そのほぼ中間点に浄土平は在る。標高は1600m。小休止したつばくろ谷からは約7kmだからほんのひとっ走りであった。吾妻小富士(1707m)など三つの小山に囲まれた小盆地で“平”の名に相応しい。そんな地形だから湿原があり、春から夏にかけてはその中の遊歩道を廻るのも一興らしいが、このシーズンはもう草木もほとんど枯れて寒々しい。広い盆地は充分な駐車場や休憩施設を設けるのにも適しており、平日と言うのに収容能力300台の駐車場は7割方埋まっている。ナンバーを見ると地元福島ばかりでなく、仙台、土浦、宇都宮など近隣の他県からも観光客が集まってきていることが分る。
晴れてはいても標高が高いので持参のフリースをシャツの上に着るのだが、それでも寒い。と言って食事は済ませたばかりだし、まだお土産を求めるには早いので建物に入る用事も無い。観光客の一部は目の前の吾妻小富士に登る人もいるが、結構時間も体力も要りそうだ。結局ここではトイレ休憩と写真撮影程度で早々に引き揚げることにする。
チョッと先を急ぎたい気になっているのは、計画検討段階から“磐梯吾妻レークライン”への道の採り方が今ひとつはっきりしていなかったからだ。スカイラインからレークラインへ岐け入る地点には何もランドマークと言うようなものが無く、その先にある桧原湖周辺の施設などを設定すると、猪苗代湖寄りの道(レークラインの南を走る)を選んできてしまう。それもあって浄土平から桧原湖畔まではナビをセットせず、道路標識に頼ることにしたので、もし道を間違えた場合の時間の余裕を見ておく必要があるのだ。
浄土平を出てしばらくするとこの道の最高点、烏子平(1622m)に達し、そこから山肌に沿ってカーブが続く。高湯から浄土平への道は北東から南西に向かう上りなので、午後は逆光で紅葉の彩がチョッとくすんだ感じになるが、この下りは南西斜面なので日差しに色が映える。前後する車もそれほど多くなく、ハンドル捌きと山の色模様を楽しむこことが出来る。
やがて土湯の料金所(本日は開放中)を過ぎると福島方面と猪苗代方面に道が分岐するので、猪苗代方向に道をとると、国道115号に入り、しばらくすると“レークライン”の案内が出てくる。この案内に従って県道70号に分入るとそのままレークラインの料金所につながっていた。ここも嬉しいことに“開放中”だ。この頃になるとさっきまで晴れていた空は、曇りに変わり木々に覆われた道路は夕方のように暗くなってくる。この辺りは事前の紅葉予想でも“色づき始め”残念ながら少し早いようだ。“レークライン”の湖(秋元湖、小野川湖)も木の間隠れにちょこっと見える程度。ここは一言で言うと“期待外れ”。オープンにしてきた屋根を閉じることにする。
レークラインを出ると桧原湖沿いの道、県道2号線を北に向かう。30数年前の夏、この近くのペンション村に泊まり、子供たちと五色沼を訪れたり桧原湖ではモーターボートにも乗ったりしたが、当時の景色や道がどうしても蘇ってこない。車で走る限りあまり印象的な景観がそもそも無いのだ。頼みは道だが、人工湖畔のそれは変化に乏しく、おまけに前を桧原湖周回の、古風なボンネットバスに阻まれ、ドライブの楽しみさえ奪われてしまった。これから開放されるのは、桧原湖北端でスカイヴァレーへ分け行ってからである。
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(次回;西吾妻スカイヴァレー)

2012年11月1日木曜日

逆賊三藩山岳ドライブ (5)



-磐梯・吾妻・奥只見を走る-

3.紅葉真っ盛り
つばくろ谷はスカイライン福島側の入口、高湯温泉から約8km、一気に1200mの高さまで上る。新タイヤの具合はおろし立てのせいでややガタガタするが、急カーブでのハンドル操作に全く不安は無い。快適に飛ばして谷を見下ろす駐車場に前向きに停めると、目の前に長大な(とは言っても170mだが)アーチ橋の不動沢橋が見え、その先には信夫の里と称される福島市を中心とする平野が広がる。絶景である上に深さ80メートルの谷は紅葉の真っ盛りだ。そこを流れ落ちる滝も素晴らしいのだが、残念なら北斜面、太陽が南にあるので逆光になってしまい写真にはきれいに写らない。
この道は30年前の夏ホンダ・アコードで走っているのだが、この谷は寄らずに山頂火口の浄土平まで直行したので橋を横から見る機会はなかった。しかし、このアーチは如何にも新しい。あとで調べてみると10年前に架け替えられているのだ。
しばし、景観を堪能し写真を撮ってスカイラインに戻りアーチの上を進んで先へと進む。海抜が高いので木々は低木になり、山肌が剥き出しになるところも出てくるが、紅葉の美しさは続く。短時間停車出来そうな所では、皆写真撮影に余念が無い。我々もそれに倣う。全長30km弱のスカイラインの3分の1も進んでいないのにこの調子では先が思いやられる。
狭い駐車スペースで一緒になった福島ナンバーのおばさん一行と言葉を交わし「来週くらいが最高ですかね?」とたずねると「そんなことはないですよ。この辺は高い所だから直ぐに枯れて汚くなってしまうんです」との答え。地元の人が、今が盛りと言うのだから本当に見頃だったのだ!
浄土平までの道筋と紅葉の美しさは言葉より写真で紹介しよう。



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(次回;浄土平)