2026年8月31日月曜日

今月の本棚-217(2026年8月分)


<今月読んだ本>

1) レットイット・ビーと異邦人(有賀至誠);文芸社

2Science Fictions(スチュアート・リッチー);ダイヤモンド社

3)高野連(広尾晃);新潮社(新書)

4)ミッドウェイ海戦(大木毅);文藝春秋社(新書)

5)途上の王国(沢木耕太郎);スイッチ・パブリッシング社

6) 陰翳礼讃・文章読本(谷崎潤一郎); 新潮社(文庫)

 

<愚評昧説>

1レットイット・ビーと異邦人

IT企業新社長が打ち出した社内透明化の掲示板。そこへの投稿から暗転するビジネスマン人生、体験者が書いた自伝小説-

 


我が国ITの世界では、その黎明期から英語の略号が頻繁に利用されてきた。1960年代に唱えられた米国発のMISManagement Information System;経営情報システム)などその典型例だろう。1980年代半ばSISという略語が一時期流行語となった。Strategic Information System(戦略的情報システム)の略である。米国ではそのままIT活用の概念として使われ、略語が普及することはなかったが、日本ではSISとして一人歩きしていくのである。このブームを受けて、我が国大型汎用コンピュータのトップ企業であった富士通は、1989年そのユーザーで構成する研究会の中に、「SIS診断研究分科会」を立ち上げた。私はそのメンバーの一人であり、著者は富士通側の研究アドヴァイザーであった。この研究は月一回合宿ベースで2年間にわたり行われ、研究仲間で著書「SIS診断」(1991年日本能率協会刊)を出すほど実りあるものだった。メンバーは研究会終了後も十数年交流を続け、その時どきのITと経営を語りあってきたが、ここ数年はメールやSNSだけの付き合いになってしまった。その著者から7月に贈られたのが本書である。

著者(1951年生れ)の富士通就職に至る学生時代に言及するものの、全体としては就職後から今日に至る小説形式の半生記である。会社名・個人名は変えてあるものの、内部事情を知る者にとっては、おおよそ見当がつき、面白さの一つはそこにある。

ビジネスマンとしての転換点は、1998年のA新社長就任にある。私もこの人がシステム本部長時代から面識があり、著者も部下だった時代がある。新社長が打ち出した経営革新策は、事業構造変革、成果主義導入、社内コミュニケーション改善。世代が近いことや、かつての上司だったことから、著者は新社長に期待する。社内の風通しを良くするために設けられた掲示板に、食堂の改善策を提言したことがきっかけで、順調に部長職まで進んでいた運命が暗転する。人事担当役員は「部長がこんなことを掲示板に投稿することは不適切。取り下げて謝罪せよ」と迫ってくる。新しい経営方針では、忖度せず率直な意見交換を奨励しているのに納得できない要求だ。ここから、経営側(主として人事部門)と著者の冷戦が始まる。役職を外され、さらには座敷牢に閉じ込められるような扱いまで受け、精神的にも追い詰められていく。それは本人ばかりでなく、家族にも影響、社内結婚した夫人にもおよび、記憶障害を起こしてしまう。関係会社出向でも思うように仕事は出来ず、ついに早期希望退職の道を選ぶ。

個人コンサルタントを兼ねながら国立大大学院の博士課程に進むものの、これも順調にはいかない。母校東北大学での就職指導担当、かつての同僚が役員を務める関係会社勤務、ベンチャー企業への転職。何度も危機的状況(特に収入)に陥りながら、それを乗り越え、夫人も健常者として回復、今はかつての異邦人もあるがままに(Let it be)生き、落ち着いた時間を過ごしている。しかし、“三つ子の魂百まで”、持論である、日本型縦社会批判研究はネットを通じて終生続けるようだ。

SIS診断研究分科会当時から、ITによる組織構造変革は話題になっており、文鎮型やネットワーク組織が注目されていた。著者はそれに強い関心を示し、ときに夜の飲み会では顧客であるメンバーと激論を戦わす場面もたびたびあった。新社長の打ち出した経営変革ヴィジョンはそのチャンスと見て行動に出たが、大きな組織の中で理想を実現することは容易ではない。本書はそのごく身近な事例、読んでいて自分の生き方を問われているような気分を、しばしば味わった。なお、本文中で研究分科会活動にも触れており、変名ではあるが私も登場する。

 

2Science Fictions

SF小説にあらず!ノーベル賞級研究の裏にある詐欺・虚偽・不正・過誤の数々を白日の下にさらす-

 


現役時代いくつかの学会に所属しており、学会賞の審査や学会誌への論文査読の機会があった。論文の学会誌掲載は、博士号取得を目指す者だけでなく、既に取得している者でも実績評価につながり、研究者にとってその採否は重要な意味を持つ。しかし、査読者(私)にとって研究の新規性や論旨展開の構成・表現をチェックするところまでが限界で、数式やデータの信憑性を確認するまでには至らなかった。本書のタイトルScience Fictionsは、「スターウォーズ」や「日本沈没」のような、いわゆるSF小説を思い浮かべるものだが、それとはまったく異なる内容。高い評価を受けた研究が、いかに(結果として)作り物であったかを俎上にあげて批判するものである。とはいえ、決してジャーナリスティックな暴露ものではなく、その来るゆえんを辿り、それがおよぼした影響を述べ、それらの不正・過誤を避ける方策を提言する、建設的な内容となっている。

先ずこのような問題の起こる根源が、科学界における過度な成果主義にあるとし、成果評価の起点となる学術誌・学会誌の編集・出版過程を詳述する。特に重きを置くのが査読、一言で言えば、この門番機能低下が結果として杜撰な論文を多発することになっているいのだ。科学論文の肝は再現性にあるが、同じ手法で他者が試み、否定する結果(NULL;セロ、空)を得ても、同種論文は掲載しないという編集方針にも問題がある。

次いで、不正や過誤が多発する理由を掘り下げる。「ネイチャー」(英)、「サイエンス」(米)では寄稿数に対して掲載数は68%(査読に至らず編集段階ではじかれるものを含む)。権威ある学術誌だけに、投稿者は何とか採用されようと、ねつ造の誘惑にかられるのだ。つまり、科学といえども実験や仮説検証だけで終わるわけではなく、きわめて社会的・人間的な世界なのである。ここでは、助成金獲得や高い業績評価を得るために、研究者が置かれている環境が多角的に語られる。

そして最も紙数を割くのが、不正・過誤の事例紹介である。詐欺、バイアス(先入観、思い込みなど)、過失、誇張、がそれぞれ章立てになり、詳しく紹介される。例えば、詐欺の章では、STAP細胞で問題になった小保方春子(理研、再現性無し)や偽作(データねつ造)論文数世界トップである藤井善隆(麻酔学者;その副作用に関する論文;STAPに比べほとんどマスメディアに取り上げられず、私はこの本で初めて知った)など日本人も登場する。バイアスでは、為政者やイデオロギーに忖度した政治バイアス、販売促進のための販売バイアス、学界全体が一旦定着した学説を守るため異論を封じた事例なども紹介される。過失では、実験データの読み誤り、統計処理の間違い・作意、誇張では、実際より重要で画期的であるよう見せる表現を問題にする。事例は全て実名で語られ、そこには行動心理学でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンやノーベル医学・生理学賞の選考機関であるスウェーデン・カロリンスカヤ医学研究所(医大)の関係者(画期的な気管手術論文で名を上げたイタリア人外科医を客員研究員・教授として採用するが、その論文が虚偽と判明。それをしばらく否定し続け、最終的に理事長・学長辞職)なども登場。フィクションが権威ある人物や組織にまでおよんでいることを問題視する。

最後に「科学を修正する」と題する章で、出版バイアスの防止法、統計数値の検証法、アルゴリズム(IT利用)による不正・過誤の発見法(例えば引用文献数の引用者追及のような)、あるいはNULL(再現性否定)論文発表の場、ネット上でのプレルリント掲示など具体的な改善策を示し、「実際の貢献に応じて報われる科学者評価システム」「オープンで透明性の高い論文発表の場」を提言して結ぶ。

事例では、人の生死に関係することもあり、医学・生理学・薬学分野がきわめて多い。一方同じ自然科学でも工学は皆無、これはこの分野を専攻した者としてはいささか不満。心理学が意外と多いのは著者の専門分野だからだろう。索引が無いのが残念。

著者の生年は不祥だが、40歳前後。エディンバラ大学PhD、キングズ・カレッジ・オブ・ロンドン、エディンバラ大学講師を経て現在AI企業Anthropic社研究広報担当。専門は心理学、認知科学。

 

3)高野連

-春夏の甲子園を取り仕切る高野連、守旧派・頑迷固陋と難じられる組織の実態を奥深く探る-

 


今夏の甲子園は智辯和歌山高校の優勝で終わった。私の応援順序は、先ず自宅から徒歩圏に在る横浜高校、ここが出場できないときは神奈川代表、そして二番目は常に和歌山代表である。高校野球を身近なものにしてくれたのは、1962年入社来7年強を過ごした和歌山工場時代、社員に何人か甲子園出場者が居たのだ。同じプラント勤務で寮も一緒だった4~5歳上のOさんもその一人、新宮高校時代の代表選手(捕手)である。三交代勤務は日中自由な時間が多い。彼はその間地元箕島高校の野球部を指導しており(正規の部長・監督は体育教諭だが、実質的な指導を担当)、当時は弱小チームだった選手たちの未熟さをよく嘆いていた。「わいがこうしておるのに、気いつのかんや(ユニフォームのバンドを握って上下に上げ下げする;バントのサイン)」と。しかし、1968年尾藤監督の下、春の選抜に初出場(ベスト8)、その後春夏4回優勝、東尾(西鉄・西武)、島本(南海)、吉井(現ロッテ監督)などプロ野球有名選手を何人も輩出すほどの強豪校となる。当時和歌山県には私立の男子校はなく、日本全体でも大都市を除けば、出場校の多くは公立高校、選手も地元育ちが100%、真に郷土の代表と言えた。また各都道府県から必ず一校が代表になるわけではなく(25校程度)、例えば、和歌山と奈良で紀和大会を勝ち抜いて甲子園出場がかなうシステム。ゆえに甲子園での試合数も少なく、準々決勝以降有力投手連投の名勝負がしばしば生じた。今や代表校の数は49校と倍増、そのほとんどが私立、決勝戦で対決した2校のベンチ入り(20名)地元中学出身選手割合は、智辯和歌山が40%、健大高崎は25%に過ぎない(掛川西(静岡)、大社(島根)は100%で最高、最低は青森山田の5%)。また、甲子園熱は高いものの、野球少年の数は激減、オリンピックの商業主義同様、甲子園も大きな曲がり角にある。今の高校野球を知りたく、本書を手に取った。

夏の甲子園は1915年発足、春の選抜は1924年開始。前者は大阪朝日新聞社、後者は大阪毎日新聞社主催。この時代、まだ全国中等学校野球大会を統一運営する組織は存在していない。1932年文部省は敵性スポーツである野球に対して「野球統制令」を施き、その下に「中等学校野球協会」を置く、これは戦後一旦解散させられ、学制改革もあり、1946GHQの指導で日本高等学校野球連盟(高野連)として再スタートする。この際GHQが命じたのは、民間企業(新聞社)が学生スポーツを主催することを禁じたことである。講和後それぞれの新聞社が“共催”する形になったが、両大会の運営母体は以降高野連である。

本書は、前史として戦前の両大会に触れるものの(組織運営理念はこの時代に作られる;不易流行;伝統を踏まえつつ、一方では新しいものを取り入れること)、新制高野連について語る内容である。なお、もう一つ都道府県高等学校野球連盟が存在するが、組織としては独立しており下部組織ではなく、そこに問題があることも、本書の中で述べられる。

高校野球を端的に表現する言葉は「汗と涙と青春」。そこにあるのは科学技術や社会環境とは距離を置く精神論中心の野球観だ。ここから、高野連を「守旧派」「抵抗勢力」「頭の硬い、分からず屋」と難ずる風潮が、スポーツ・ジャーナリズムの世界に広まっている。「本当にそうだろか?」。この疑問に答えるのが本書の論旨である。

発足来現在に至るまでの高校野球を巡る問題を辿りながら、高野連の対応とそれによる関係先の動きを追っていく。早い機会から在るのがプロ野球との関係、様々な“青田買い”活動に対する嫌悪感と防止策。第3代会長佐伯達夫による「佐伯通達」はその厳しさで、後世に残るものだった。古くて新しい問題は投手にかかる過大な負荷とその軽減策。ここでは球史に残る激戦が取り上げられ、1933年の中京商業対明石中学の戦い(延長25回)や1958年徳島商業のエース板東英二が徳島予選で41回連投したケースが取り上げられ、「メディカルチェック」や「球数制限」導入に対する高野連の対応が紹介される。また、夏の大会は地方予選からトーナメント制、酷暑の中での健康問題から発した「7回制」の是非が論じられる。少年野球の7回制は米国を始め中南米、台湾で採用されており、地方高野連ではこれを支持する関係者も多い。一方反対意見の一つに、部員が100人を超す野球名門校では選手の試合出場数が減ることを理由に上げるところもある。古くて新しい別の問題に、選手間の暴力沙汰や醜聞(飲酒、喫煙、セクハラ)がある。昨夏、広島代表広陵高校は一回戦に勝利しながら、暴力問題で二回戦を辞退するにいたる(学校は隠していたがSNS投稿で炎上)。著者の調査に依れば、強豪校の多くは寮生活、ここでは学年が序列基準。しかし、実戦は実力で選ばれ、下級生が正選手になることも当たり前。ここから発するストレスが、陰湿ないじめにつながっているのだ。校外での暴力・醜聞も連帯責任とする高野連の見解が、果たして時代に合うものだろうか、と疑問を投げかける。この他、特待生処遇、通信制高校参加(事実上練習時間制約無し)など、未解決問題も掘り下げ、「汗と涙と青春」にははるかに遠い、今の高校野球を露わにする。「なるほど。そんな世界なのか!」が読後感。

著者は高野連も不易を変えつつ流行に合わせる努力をしていると総括しながら、さらなる改善を以下のように提言する。ネット社会への対応(SNS危機管理やHPでの発信(特に地方高野連))、メディアとの関係改善(朝日、毎日中心からの脱皮)、教育と商業主義のバランス(公益財団ゆえ、最少財源で運営。初めて知ったが、審判は無報酬である!放映権収入など工夫してもいいのではと)、地方高野連の充実(現状は公立高校校長が会長で、選手経験者極少→専門家の組織化)、「学ばない人(地方の口うるさいオールドファン)」を穏やかに遠ざける。

著者は1959年生れ。大学卒業後広告制作会社勤務、旅行雑誌編集長を経て、現在はスポーツライター。

 

4)ミッドウェイ海戦

-第二次世界大戦定説検証第一人者による“運命の海戦”見直し。数々の組織弁護言説を見事にくつがえす-

 


終戦から81年、1945年から81年前を振り返れば幕末・維新の時期、大方の日本人にとって終戦も隔絶の感だろう。それでも8月を目指して、あの戦争を語る書物の出版はあとを絶たない。本書の刊行も6月(海戦と同月)、この時期を狙ったことに間違いはない。ミッドウェイ物など、本書のまえがきで、著者も“汗牛充棟”と記しているように、既に出尽くした観がある。私がこの海戦を知ったのは中学3年生のとき、父が淵田美津雄(真珠湾攻撃総隊長)・奥宮正武(海軍航空畑、戦後空将)共著「ミッドウェー」(原題名;本書題名はミッドウェイ)を求め、書架に置かれていたからだ。この本は数年前まで保持していたが、大量に蔵書を処分した際廃棄してしまった。本書の中で意味を持つ著書だけに、惜しいことをしたと思っている。

著者の作品は、「独ソ戦」「「砂漠の狐」ロンメル」「戦車将軍グーデリアン」「天才作戦家マンシュタイン」「太平洋の巨鷲山本五十六」などを既に本欄で紹介している。共通するのは、定説となっているものを見直し、新しい歴史観を与えてくれる点である。「独ソ戦」では、これがヒトラーの発意・独断ではなく、国防軍を含むドイツ民族によるスラブ民族絶滅戦争だったことを明らかにし、高い評価を受けている(2020年新書大賞受賞)。今度はどこに新しさが、と読んでみることにした。

ミッドウェイ海戦物の多くは、真珠湾攻撃に触れたあと、史上初の機動部隊同士の戦いであった珊瑚海海戦を考察したあと(戦術的には成功したが、戦略的(ニューギニア・ポートモレスビー攻略作戦)には失敗)、ドゥーリトル本土空襲を契機とする作戦計画を解説、次いで海戦そのものを詳述する。しかし、戦争を知らない読者を意識したのだろう、紙数の4割ほどを、海軍の基本戦略(本土近海域における艦隊決戦、大艦巨砲主義)や往時の海軍上層部(海軍省、軍令部)の言動、人物評価に充て、のちの問題点の導入部としている。この辺りは既刊の同種本とそれほど変わらず、冗長感が否めない。実は、本書は書き下ろしでは無く、口述筆記か対談を元に著わされたもののようで、それが影響していると思われる。

大木調が冴えてくるのは戦闘場面に入ってから。ただ、それは戦闘内容や経緯そのものでは無く、冒頭挙げた淵田(攻撃隊長の予定だったが虫垂炎術後、赤城艦内で伏せている)の著書「ミッドウェー」、航空参謀だった源田実の回想録、さらに戦後海軍関係者が執筆、防衛庁防衛研修所が編纂した「戦史叢書(海戦に関する部分)」など、関係者の発言や書き残した物の虚偽検証を行う部分である。具体例を挙げれば、「南雲(司令長官)愚将説」「運命の5分間」「山口多聞(第二航空戦隊司令官、飛龍座乗)神話」などがそれらだ。

「南雲愚将説」;航空戦の専門家では無かった、真珠湾攻撃で第二次攻撃を行わなかった、作戦を草鹿参謀長や源田航空参謀任せにしていた、などがその論拠となっている。しかし、南雲艦隊は真珠湾のあとセイロン沖海戦(4月)を戦い、消耗・疲弊、補修・補給・休養が必要だった。にもかかわらず帰国後直ちにミッドウェイ作戦に向けられる。しかも、ここで大幅な人事異動が行われたのである(これは本書で初めて知った)。周到な準備・訓練を重ねた真珠湾とは大違いなのだ。

「運命の5分間」;ミッドウェイ島上陸に先立ち艦隊爆撃隊は同島を空爆する。十分でないと判断した友永隊長(淵田の代理)はさらなる爆撃を司令部に要請する。米空母攻撃のため艦船用爆弾を装着中だった艦爆はそれを陸上用に積み替えなければならない。この換装中に敵機来襲、甲板上の爆弾が誘爆、赤城・加賀・蒼龍が炎上していく。「あと5分あれば攻撃隊を発艦できたのに!」、これが「運命の5分間」(初出は淵田の「ミッドウェー」)、戦後海軍関係者いずれもが語り、書き残して長く定説となっていく。しかし、これを覆したのがノンフィクション作家の澤地久枝。海戦の生存者を訪ね歩き「蒼海よ眠れ」を著わして、5分くらいではとても攻撃にかかれる状況では無かったことを明らかにする(メディアで奥宮と対決、論破する。九九式艦爆の爆弾懸架方式が陸用・艦用で異なることを本書で初めて知った)。

「山口神話」;南雲・草鹿・源田等機動部隊トップはすべて生還している。山口も艦長ではなく戦隊司令官でありながら、エンタープライズを屠った(唯一の戦果)あと、沈む飛龍と運命を伴にしたことで、数々の神話が語られることになる。しかし、これは全て戦後の作り話であった。

著者の年齢(1961年生れ)から、作品情報源の全ては文献にある。この点で今回覚醒されたのは防衛研修所編纂の「戦史叢書シリーズ」に対する批判である。多くの戦史作品で参照されてきたものだが、執筆・編集時には関係者が多く生存しており、内容に自己弁護・組織弁護の傾向が強い(特に海軍)との指摘である。

著者の敗因分析結果は;複雑な作戦(陽動作戦のアリューシャン列島攻略、ミッドウェイ島占拠、それに米機動部隊殲滅)であるにもかかわらず、軍令部も連合艦隊司令部も細部は機動部隊任せだったこと、それまでの連戦連勝で海軍全体が傲慢になっていたことにありとする(例;兵棋演習で、航空戦の彼我撃墜率は61で日本側有利としている)。読後、澤地久枝の「蒼海よ眠れ」を読んでみたくなっている。

 

5)途上の王国

20代半ば1年余をかけた貧乏旅行は「深夜特急」として結実したが、思い残したモロッコへの旅を老バックパッカーとして挑戦、まさに続編だ-

 


旅の記憶は景色、食事、催し物、乗り物といろいろあるが、最も忘れ難いのは“予期せぬ出来事”だ。その点で、現地で出たとこ勝負が連続する旅の報告は面白い。保有するその種の本で最も古いのは、1962年朝日新聞刊の「ロンドン→東京5万キロ」(実施は1961年)。まだ国産乗用車が海外進出前、これをロンドンまで運び、そこから欧州→中近東→インド亜大陸→東南アジアと陸路を走り、海路で徳山に陸揚げし東京に至る、大冒険ドライブである。使用したクルマはトヨペット・クラウン、機械科の学生として国産車の遅れはつとに知るところだったから、この快挙に感激した。その14年後(1974年~5年)、バックパッカーとして逆ルートを辿り、東京から香港経由でロンドンに達したのが沢木耕太郎。乗り物の主体は路線バス、その旅を綴った「深夜特急」は1986年単行本として第1巻が刊行され、ロンドン到着の第3巻は1992年と長期間要したものの、ベストセラーとなり、文庫本化もされ、今も売れ続けている。爾来沢木ファンとなり、旅に関する著作は必ず購入している。本書はその最新作である。

「深夜特急」の高い評価がTV番組化につながり、ドキュメンタリー+フィクションの形でTV朝日「劇的紀行 深夜特急」として、3回にわたり放映される。この撮影打ち上げが19975月ロンドンで行われ、それに参加した著者が急遽思い立って実行するのが、今回のモロッコ紀行である。原著第3巻終盤近くで詳しく述べられるのは、ポルトガルの南西端サグレス岬滞在。ヒッピー同様だった著者が一瞬考えるのが、彼らの聖地の一つマラケシュ訪問である。この時は断念するものの、その思いが20年後蘇り、日本を発つ前には考えてもいなかった、衝動的な行動に出る。バックパッカーの装備をロンドンで整え、不要なものはスーツケースを含め制作スタッフに持ち帰りを依頼、単身ジブラルタル海峡に面するアルヘシラス(スペイン)に向かい、ここからモロッコ彷徨を始める。もう歳は50歳だ。

既に一流作家となっている著者は、数え切れないほど海外に出ている。また経済的にも20代半ばとはまるで異なる環境。それでも今回の旅のスタイルは「深夜特急」時代と同じだ。安宿に泊まり、屋台で食事を摂り、乗り物は基本的に路線バス、行きがかりの人に世話になる。現地通貨交換を抑えているので、ときには現金が底を尽き、支払いに窮することさえ生じる(カード利用や両替に制約多)。自身英語での会話とフランス語・スペイン語の片言は可能だが、アラビア語はまったく解さない。逆にモロッコ人はほとんどアラビア語しか話せない。「深夜特急」の経験が、こんな環境下で生きてくる。

旅程はあらかじめ決めておらず、フェリーの到着点であるタンジール、かつてのヒッピーの聖地マラケシュ、さらに世界一の迷宮都市と言われるフェズに適当な期間滞在することを漠然と考えている程度。カサブランカはマラケシュへの途上、映画「カサブランカ」のイメージを確認するため一泊しただけだ(映画と重なるものはどこにもない)。一方予定外は“本物の砂漠”を訪ねたこと。マラケシュ滞在中に思い立ち、ルートも宿泊地もはっきりしないまま奥地に踏み込む。「深夜特急」の中東は土漠だが、360度完全な砂漠に到達し感激、ここにしばらく腰を落ち着け、印象記だけで13章の内4章を割く。

一番の目的地であるマラケシュには45日滞在する。到着したバス広場で教えられた、夕刻になるとにぎわう広場に面したペンションに投宿、現地の人々の行動を観察、それに慣れ親しんでいく。案内がないと迷子になりかねないメディナ(旧市街)のスーク(市場)も一人で探索、やがて日本語を話す若者に出会い、さらに現地社会に溶け込んで

いく。これはフェズも同様だ。現地の人々との交流、宿泊先施設やそこでのサービス、料理・飲料の調理手順から味わいや値段まで、詳しく解説される。おそらく全期間で4週間くらいの滞在、まったく「深夜特急」続編、第四巻と言っていい内容と筆致だ。私自身40代後半に戻った感で読み終えた。

本書の初出はこの旅の直後、1998年講談社刊の女性月刊誌「フラウ」に連載されたもの。この単行本は珍しく、名の知れぬ出版社から出ているが、最大の理由は自ら撮ったスナップ写真(カラー)を組み込むことにあったようだ。題名にある「王国」は「旅の世界」の意、それが「途上」と言うことは、「深夜特急」はこれからも走り続ける、と解釈したい。期待してます!

 

6)陰翳礼讃・文章読本

-陰のある明るさこそ日本美の原点、建築から食器までその美しさを解説する-

-ただのハウツー物にあらず!谷崎の創作思想・姿勢が生き生きと伝わる内容だ-

 


谷崎潤一郎の作品に初めて触れたのは中学生時代である。母の実家にあった「近代日本文学全集」(改造社刊)をもらい受け、その中にあったからだ。読んだ作品の中で記憶に残るのは「痴人の愛」だけ、ナオミを挟んで男二人と寝る場面しか覚えていない。次に読んだのは高校時代、文藝春秋に掲載の「鍵」である。いずれも思春期にある者にとって、興味津々の内容だが、読み物として面白いものではなかった。以後谷崎作品を読んだことはない。それがこの歳になって手に取ることになったわけは、5月本欄で取り上げた筒井康隆の「不良老人の文学論」にある。この本は100近い作品を評するものだが、そこに取り上げられており、その評に惹かれ、即購入となった。本書は別々に発刊された2編からなる。「陰翳礼讃」は1933年経済誌に連載した随筆、「文章読本」は1934年書き下ろされた単行本、これを合本復刻文庫本化したものである。読んでみて共通するのは、まったく時代の差を感じないことと、「若いときに読んでおくべきだった」との思いである。

「陰翳礼讃」;話は建物および家具・什器から始まる。西洋のむき出しの明るさに対して、行燈、障子が醸し出す柔らかい光、つまり陰のある明るさこそが日本(東洋)文化の特色だと。ここから、ひさし・のき・縁側の効用(光が奥まで届かない)、砂壁の落ち着き、陶磁器と漆器の違いが料理の味わいにおよぼす影響(味噌汁には漆器必須)、玉(日本、中国)とダイヤモンド(西洋)への好み、和紙(純白でない)と洋紙の光沢と柔らかさの違い(著者は特注の和紙の原稿用紙に毛筆で書く)、さらには、この時代使われてはいないが、おはぐろや青い玉虫色の口紅が白人よりも白さを浮きだたせる化粧、などにおよぶ。それは単なる和洋の対比ばかりでなく、同じ日本の芸能を比較し、能にくらべ歌舞伎のケバケバしさ(特に照明)を難ずるような話もある。びっくりさせられたのは、もし東洋が独自の科学を発展させていれば、万年筆は出現せず、筒の中に墨汁を充填し筆部にそれを染み出させる筆記具が発明されていたのではなかろうか、と記されていることである。80年前今日の筆ペンを予見した先見性に驚かされた。

本書出版時はドイツの建築家ブルーノ・タウトが来日、桂離宮など日本美を賞賛した時期とも重なり、随筆の枠を超えて、建築を始めデザイン、写真、映画・演劇、工芸、料理など幅広く影響して行くことになる。戦後英訳もされており、岡倉天心の「茶の本」と並ぶ日本美を分りやすく伝える名著、と海外でも賞賛されている。

「文章読本」;この部は随筆ではなく、文章作成教本の趣き。単なるハウツーでなく、著者の文章作成の思想・姿勢が生き生きと伝わる内容だ。小説を前提にしているが、実用文・雑文でも学ぶべき事柄に満ち満ちている。

先ず、言葉とは何か、文章とは何か、から始まる。それは「思想を伝達する機関(手段)である」とし、「分りやすいこと。理解しやすいこと」を必要条件として挙げ、この条件は実用的な文章のみならず、芸術的は文章(つまり小説)も同様と説く。また小説に使う文章は生活に密着し、実際に即したものでなければならないとし、志賀直哉の「城の崎にて」の一文を例に解説する。さらに、日本文は独特の象形文字(漢字)を使うので、読書の眼に訴える工夫と、黙読が普通の時代でも、音読したときの響きに留意する必要があると加える。

次いで文章の上達法に移る。文法に囚われぬことと感覚を研ぐことについて語るが、感覚に関しては「曰く言い難し」と詳述は行わず、良い文章は「長く記憶に留まる深い印象を与える」「何度も繰り返し読むほどに滋味の出る」とし、感覚を鋭くするには「出来るだけ多くのものを繰り返し読む」「実際に作ってみる」と手短にまとめる。

最後は文章作成の留意点を六つ挙げ、おのおのについて具体的に説明する。①用語;単語の選択が根本。分りやすい語を選ぶ。②調子;音楽的要素。流麗調(源氏物語)、簡潔調(志賀直哉)、冷静調(学者肌の作者)など。③文体;文章の形態・姿。講義体、兵語体、口上体、会話体。④体裁;文章の視覚的要素一切。振り仮名・送り仮名、漢字および仮名の宛て方(例;自作の「盲目物語」(戦国時代、盲目の老婆の昔話は、文章のテンポを緩やかにし、極力漢字を使わないように配慮))、活字の形態、句読点(例;これも自作の「春琴抄」、盲目独身女性の長い語りに読点がない)。⑤品格;文章上の礼儀作法。饒舌を慎む、言葉使いを粗略にしない、敬語・尊称を疎かにしない。⑥含蓄;含意・余韻の意。あまりはっきりさせようとしない。いずれも具体的で今日でも充分そのまま適用可能。読んで最も実りある部分だった。

読後、作家はここまで文章・言葉に配慮して書いているのか、と教えられるとともに、これから何か書くとき、嫌でも内容が頭の中を駆け巡る気がしてきた。

 

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2026年8月21日金曜日

念願の青函旅行-14

 


14
.帰途と総括

小雨の降る中、1430分恐山菩提寺前の駐車場を出発、あとは帰京の起点新青森に向かうのみ。ここで添乗員から予期せぬアドヴァイスがある。「夕食は新幹線車内で摂ることになる。新青森駅に駅弁は売っているが、本日は日曜日、平日にくらべ観光客が多い。乗車時刻を考えると、売り切れになる恐れがある。万が一に備えて、これから駅までの途上二ヶ所の道の駅に寄るので、夕食用に何か求めておくことをお薦めします」と。想定外の話にバス内がざわつく。私も含め皆駅で準備することしか考えていなかったからだ。それに二つの道の駅は往路で立ち寄っているが、弁当のようなご飯ものを扱っていた記憶がない。


最初の道の駅「横浜」には1530分頃到着、店内を一巡したがやはりご飯ものはない。ただ店外の仮設テントで地元の人向けに、持ち帰り用の菓子や焼きそばを販売しており、閉店片付けの始まっていたそこで、かろうじて“イカ焼きそば”のパック詰めを手に入れることが出来た。次の道の駅「ゆ~浅虫」着は16時前、温泉・食堂はあるが、ここでもご飯ものやパンの類は置いていなかった。


夕闇迫る新青森駅到着は18時少し前、出発は1839分発「はやぶさ42号」なのでそれまでは自由行動。駅舎内に入って愕然とする。土産物屋・飲食店がいくつもあり、地産食材を用いた弁当を扱っている店も数店、海鮮弁当やイカめしなど美味しそうなものがいくらでもそろっている。しかし、焼きそばと弁当2食はとても消化しきれない。仕方なくコンビニでビールのロング缶、サラミソーセージとチーズを求めた。駅弁は旅の楽しみの一つ、最後でケチが付いてしまった。新幹線は闇の中を疾走、2240分予定通り東京駅に到着した。ここから自宅最寄駅京急金沢文庫まで約1時間、駅到着は24時前、なかなか来ないタクシー待ちで、帰宅は日にちが変わっていた。


今回の旅の目的は、第一に青函トンネル通過、第二は津軽・下北両半島の観光地巡り、具体的には龍飛崎、大間崎、恐山訪問。その点では両半島を結ぶフェリー乗船が強風で欠航したことで叶わなかったことを除けば、一応予定通りだった。ただ、青函トンネルに関しては、通過するだけでなく、龍飛周辺に在る関連施設・地点の一端に触れることを期待していたのだが、一切それがなかったのは残念だ(旅行パンフレットにも記載がなかったから、期待した方の勝手な思いだが)。景色ではまったく期待していなかった仏ヶ浦が一番。恐山は写真やTVの方が凄みがあり、「こんなものか」程度の印象だが、それでも実物一見の価値はあった。食は大間のマグロ丼を含め、「これは!」と思うものはなく、わざわざ遠方まで出かけてきて味わいたい料理はなかった(個人で地場情報を集めれば、食材は豊富だから、美味しい料理・店が見つけられそうだが・・・)。唯一ツアー参加で評価できるのは、時間効率だ。個人旅行ではこうは行かない。帰宅後青函トンネル記念館とトンネル内探訪だけを個人で行うケースについてAIと対話しながら調べたが、運転免許証返納の身では、(歳を考慮して)それだけで二泊は必要、費用も遠距離タクシー利用を含めると10万円近くかかりそうで、函館や下北半島観光を含め総額12万円の料金はそれほど法外な額ではなかったと思っている。

後半断続的になりましたがこれで「念願の青函旅行」報告を終わります。長い時間閲覧いただき有り難うございました。

 

-完-

 

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2026年8月12日水曜日

念願の青函旅行-13

 

13.恐山


1215分大間崎駐車場を出発し恐山へ向かう。ルートは今朝来た国道266号線をしばらく戻り、途中から斧の中央部へ西に進む。間欠ワイパーを使用する程度の小雨になっている。半島巡りはほとんど海岸沿いの道であったが、国道から外れ県道に入ると完全に山岳地帯、景観ががらりと変わり、山道で曲折が多い。民家や集落などまったくない。峠道を越え、しばらく下ると前方にかなり広々した湖面が見えてくる。火口湖宇曾利湖である。湖面を左に見ながら山沿いの道路を進んで行くと赤い太鼓橋が車道と並行するように川を跨いでいる。この川が三途の川、実名は宇曽利川。その先に地獄と極楽があるわけだ。1330分恐山菩提寺前の広い駐車場に到着。小雨が降っているが、傘なしでもなんとかなる程度で一安心(足場が悪いため傘を差しての地獄巡りは危険)。(案内図)


出発時刻は1430分、観光に使える時間は1時間、全てが菩提寺境内内とはいえ、地獄・極楽全体を巡るには2時間は要するため、この時間内での自由行動となる。本堂の直ぐ左手から始まる地獄だけでも、最奥部まで行けば1時間程度かかるとのことで、添乗員は地獄をショートカットし、宇曾利湖の一部である極楽浜への往復ルートを薦める。


TVや写真で見る、灰色の砕石が一面に広がる賽の河原のような所は、想像していたよりは狭いが、高低差や足下の悪さで、意外と移動に時間を要する。年寄りの足では時間が心配、途中で極楽行きは諦め、地獄の髙地点で浜が見下ろせる所まで登り、そこから全容を眺めながらしばし過ごすことにする。(写真5葉)


この一帯は地質・地理学的には宇曾利湖を火口とする火山カルデラ地帯。地獄を成す砕石は火山岩が熱水や火山ガスによって長い時間をかけて変質・分解、さらに風雨や凍結融解して砕けたもの、いまでもそこここで硫黄の臭いがするガスが噴き出している。


現在に至る過程を簡略化すると;火山活動→荒涼とした地形の形成→霊場化→寺院創設となり、交通の便がほとんどなかったことから、本格的に観光地化するのは戦後になってからのようである。


この観光の目玉の一つに、亡くなった人の霊を呼び出す「イタコの口寄せ」がある。これは地域の民間信仰として戦前から、恐山大祭(7月)、秋祭りに行われており、一時期は依頼者長蛇の列となったこともあったようだが、後継者難もあり、衰退傾向にあると言う(現在は35名。元々盲目女性の福祉策が起源)。なお、このイタコと菩提寺は、宗教的には無関係である。


火山は日本全国至るところにありが、地形・地質・景観、三拍子そろったところは存在せず、一見の価値があった。

 

(最終回:旅を総括)

 

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2026年8月4日火曜日

念願の青函旅行-12

 

12.大間崎


下北半島の斧の刃中央部に在る仏ヶ浦への船着き場、佐井港から来た道を北へ戻り、10分ほどで大間町海峡保養センターという町営の複合観光施設に到着。既に何台かの観光バスが駐車している。ここは、大宴会場(大食堂)、喫茶・休憩、土産物店の他、温泉・宿泊施設もある、いわば当地のリゾートセンター、ただ海からは離れており、周辺は雑木林、景観はまったく楽しめない(写真)。大食堂で供されたのは“まぐろ丼セット”、丼にまぐろだけはたっぷり盛られているものの、代り映えのしない料理だった。食後ここの土産物コーナーで“大間まぐろ缶詰”を求めた。缶詰工場は札幌となっていたが、まぐろは大間産と記しているから、一応ご当地土産と言えよう。


12時前ここを発ち大間崎に向かう。天候は下り気味で、小雨がぱらつきだしていた。10分ほどで岬駐車場に到着、しばし自由時間となる。駐車場から岬に至る周辺は、まぐろ中心に海鮮料理を提供する食堂(とてもレストランとは呼べない)と土産店ばかりだ。丁度昼食時、あちこちに客引きが呼び込みをやっている。


本州最北端の岬が写真撮影スポット、灯台はここより更に北にある平坦な小島にあり(写真)、好天ならばその先に北海道渡島半島が望めるようだが、曇天の今日、それは叶わない。展望広場のまぐろ像と灯台を重ねて撮るのが定番らしく、私も添乗員に1枚お願いした(写真)。

本州最南端の潮岬は和歌山工場時代何度か訪れているが、景観としては橋杭岩が続く南端が遙かに優れている。結局大間崎の売りはまぐろに尽きる。これがこの地の印象である。

 

(次回:恐山)

 

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2026年7月31日金曜日

今月の本棚-216(2026年7月分)


 

<今月読んだ本>

1) 福音派(加藤喜之);中央公論新社(新書)

2)本とは何か(難波優輝);新潮社(新書)

3)日本史はいかに物語られてきたか(河野有里);新潮社(選書)

4)コロナが去って、アジアを旅する(下川裕治);朝日新聞出版社(文庫)

5)テクノ・クーデター(マリエッチェ・スハーケ);早川書房

6) それはどこでも起こり得る(ブレイディみかこ); 文藝春秋社

 

<愚評昧説>

1)福音派

-科学的地球誕生期も認めぬ、聖書中心主義者が動かしてきた米国戦後政治の軌跡-

 


1970年初めて海外出張した。行先は米国とフランス。先輩達の忠告に「政治と宗教の話はするな」があった。これは我が社だけでなく、どこでも言われていることだと後日分かったが、当時は海外旅行など珍しい時代、貴重な忠告と感じ取った。とは言うものの、専門分野の会話さえままならない英会話力。彼らと交わした雑談で記憶に残るのは、開催中の大阪万博のことくらいだ。1979年二度目の米国出張に出た。日米の経済力は接近、通商問題が日常会話になってくる。「コメは譲れない」「米国にとって自動車はコメと同じだ」と言うように。1980年代後半から年23回米国出張するようになり、親しい友人・知人ができて、通商に限らず、遠慮なく政治問題を論ずるようになった。しかし、食事の際、ときにお祈りをするようなことを除き、宗教に触れることはなかったし、それが政治に影響することなど深く考えたことはなかった。トランプ第二次政権誕生前後からにわかに“福音派”が注目されている。時宜を得たテーマに惹かれ読んでみることにした。

本書はキリスト教宗派としての福音派を解説するものではなく、現代の米国内政(外交はイスラエル関係のみ)・選挙と福音派の関わりを述べる内容で、宗教よりは政治に重点が置かれ、ケネディ、ニクソンに触れる前史を除けば、概ねカーター政権発足から第二次トランプ政権誕生までをカバー、章立てもその時間軸に沿う。

福音(Evangelicals)はギリシャ語のエヴァンゲリオンに発し、原意は「良い知らせ」、これが日本語で“福音”となる。では「良い知らせ」とは何か?聖書に記述されているこの世の終末後にやってくる「永遠の天国の完成」である(終末論)。世界は終わりつつあると信ずる白人は増加傾向にあり、それが福音派に引き寄せられていく。福音派の最大の特徴は「聖書中心主義(聖書の無誤謬性)」であり、発端はキリスト教原理主義運動にある。白人キリスト教徒・教会の主流である伝統的プロテスタントが、近代科学やリベラルな考えを受容し、時代の変化に柔軟に対応してきた点と大きな違いがある。地球起源から進化論まで聖書にないことは全否定、直近の政争論点では人工中絶・同性婚に反対。ユダヤ人国家建設、エルサレムをキリスト教徒の首都とすること、なども聖書に明記されているゆえに、その実現を真剣に追求する。第一次トランプ政権で米大使館をテルアビブからエルサレムに移したのがその典型例だ。

全体的には、政治勢力として一見共和党の岩盤のように見られているが、政策や個人的宗教体験により、民主党支持も有りなのだ。カーターは、福音派が重視する回心(リボーン;個人的に信仰を告白することで、霊的に生まれ変わる)したことを公言、福音派の支持を得ているし、クリントン、オバマも選挙時は福音派にすり寄り、当選を果たしている。また、元々は人種差別・隔離を謳っていた時代もあり、同じ福音派でも黒人教会・教徒は必ずしも共和党支持ではない。ユダヤ系米人社会との関係も複雑だ。7割のそれは民主党支持、共和党支持は実利に結びつく富裕層中心。福音派にもユダヤ教徒と組むことを良しとしないグループもある。

福音派の勢力拡大に与ったのはカリスマ牧師・TV伝道師の存在、メガチャーチやTVを通じての動員力は、政治家にとって集票マシーンとして垂涎の的。彼らを通じたロビー活動に応じないわけには行かない。進化論教育反対(聖書内容併記)、イスラエル政策支援の背景に、福音派の隠然たる力が存在する。

米国のキリスト教社会は我が国の仏教・神道を元に理解することは出来ない。宗派の独立性が強く、福音派と言っても多種多様、緩やかな連合体が実態(総本山は無し)。これらと政治の関わりを丹念に追った内容は、米国理解に欠かせない、と読みながら感じた次第である。

著者は1979年生れ。プリンストン神学大学院(プリンストン大学とは別組織)で博士課程修了(Ph.D)、現在立教大学文学部教授。専門は思想史、宗教学。

 

2)本とは何か

-印刷された文章は楽譜・料理レシピに過ぎない。それぞれの読み方によって味わいは異なる-

 


本を読んでいるとき、明らかにただ文章を追って、そこにあるものを理解しているだけではない(活字中毒者である私は、それに近い読書もあるが・・・)。何かを想像したり、整理したり、疑義を感じたり、行間を探ったりしている。分かりやすい例は小説。専ら軍事サスペンスの愛読者である私は、想像力を膨らませながらそれを読み楽しんでいる。だから、それが映画化されたとき、その矮小なシーンに失望させられることが多い。本書はタイトルの“本とは何か”よりは“読書とは何か”がより相応しい内容と言える。文字に書かれたことは、音楽で言えば楽譜に相当し、読書はそれを演奏(パフォーマンス)することだ、が著者の言わんとするところ。きわめてユニークな読書論である。

冒頭、幼児に絵本を読み聞かせるシーンから話を始める。音読し、子供の表情や動作を観察、その変化から、読み方に工夫を凝らしていく。これは当にパフォーマンスだ。古い時代の読書は音読が基本、これが黙読になり、一人で読んでいても、形を変えたパフォーマンスがある。著者はこれを書物のジャンル別に、自らの読書体験を元に論じていく。

先ず小説(物語);自分と遠く離れた世界に触れ、いろいろな人間の心や世界を楽しめる。「共感」は、時代・階級・世代を超える。読者のその時の状況によって気分が変わる。初めてトム・クランシーを読んだのは「レッドオクトーバーを追え」。まだ邦訳が出る前のペーパーバックだった。英語なので、想像力動員で読み終えた。当に著者が言うパフォーマンス読書である。

ノンフィクション(人文書);分からないから読む。分からないことを楽しむようなところがある。分かったときの感動が大きい。ざっと分かるので良いのではないか。読む本の95%はノンフィクション、ここにある通りの読書であり読後感だ。

ハウツー本;中身が薄く、効果のないものがほとんどだ。しかし、自己啓発本を中心によく売れている。読むと「頭一つ」抜け出した感じになり、自己変革を予感する。仮面ライダーの変身ベルトのようでワクワク感がたまらない。現役時代経営関連のハウツー本は読んだが、幸か不幸か自己啓発本は読んだことが無いので、これは未体験。

雑誌;余計な情報が大量に盛り込まれている不思議なメディア。回遊しながら様々な話題に触れるので、思わぬ話に引き込まれ、未知の世界に踏み込むきっかけになる。一方で深みがないので「くつろぎ」の時間を与えてくれる。まったく同感だ。

マンガ;これは本か?!読書か?!ここではマンガ論が展開され、出版業における売上高では大きな割合を占めていることを教えてくれた。著者は文字のウエイトが低いところから「読書パフォーマンスらしさをもっとも欠く書物」と整理する。「ゴルゴ13」は面白かったし、海外事情や諜報の世界を学んだ。

ここまで語ったところで、主題はジャンル別考察を離れ、読書とパフォーマンスの関係を別角度から論ずる。切り口は本と楽譜・料理レシピとの関係。書物に記された文章は、楽譜やレシピと同じ、しかし演奏や料理そのものは演奏者や料理人によって、まったく異なったものになる。同じ本を読んでも、読者の読み方(パフォーマンス)次第で、読後感は異なると。この対比説明は分りやすい。

最近はSNSで読後感を発信する人が多いようだ(本ブログもその範疇か)。この行為もまた読書パフォーマンス。書棚に並べられた書籍は庭造りと同じ(整然としていなくても良い)。書店巡りは広大な庭園を散策しているようなもの。いずれも一種のパフォーマンスである。「そう言う見方があるか!」と、著者の展開する“読書哲学”に学んだ。これからの読書が少し変わる予感がする。

著者は1994年生れ。神戸大学大学院人文研究科修了。専門は分析美学(どんな学問かまったく想像できず)。ここに記された発想は、この分野の研究がバックグランドになっているようだ。

 

3)日本史はいかに物語られてきたか

-皇国史観一本槍から解き放たれた戦後日本史観。百花繚乱のそれを右から左まで総覧する-

 


「金鵄(きんし)輝く日本の 栄(はえ)ある光 身にうけて 今こそ祝え この朝(あした) 紀元は二千六百年 ああ一億の胸はなる」。皇紀2600年を祝う子供向けの賛歌である。昭和15年(1940年)がそれに当たるので14年生れの私は満1歳、祝典のことはまったく記憶にないが、この歌だけはよく覚えている。講和条約で独立を回復、中学校の社会科の中で日本史を学ぶことになる。皇紀にはまったく触れず、我が国の歴史は、石器時代から縄文・彌生と進み、時代区分は政治の中心地、奈良・平安・鎌倉・室町から江戸へと続き、年代表記は全て西暦だった。爾来皇紀は日本史の世界からほとんど消えてしまう(学校教育では完全に)。今国会で皇統問題が論じられ、その起源について古事記・日本書紀に基づく神話(神武天皇説)、科学的・実証的見地からの継体天皇説、南北朝と現天皇家の血統関係などが話題となった。国家・民族(それに宗教)の歴史は、純粋な科学(地理学、考古学、歴史学)とは別世界、神話(物語)がむしろ本流となっている。戦後、識者(作家、評論家、政治学者、社会学者など)は日本の歴史をどう物語ってきたか。右の皇国史観から左の唯物論史観まで様々な史観を俎上に上げ、それと執筆・発刊時の社会情勢(思想空間;この影響が大きい)を踏まえて分析、「史観総覧」と言った内容だ。

構成は作者とその作品で章立て(一部は対称的な二人で1章)され、序章、終章を含め19章から成る。取り上げるのは2020作品だが、論評には、他の論壇人も多数登場する(例えば、丸山真男など何度も)。先ず、作者の経歴、特に思想的立ち位置を概説、次いで作品の概要を紹介、それに本著者の作者・作品に対する分析・評価を行う。比較的知名度の高い作者数名について、手短に内容紹介をしてみたい。

・百田尚樹「日本国記」;この本はミリオンセラー、著者は保守党代表、日頃ナショナリズムを声高に語っていることから、その主張が強く反映されているものと予想したが、意外と「教科書的」で物語では無く、面白くない。特に、問題なのは貫かれる史観が無いことだ。

・渡部昇一「日本の歴史」;保守系論壇の重鎮。「日本国記」に多くの重複が見られるが(「日本国記」は本書の剽窃と難じられた)、面白さという点ではるかに優れる。建国神話の重要性を認識せよという、独自の史観が明確だからだ。「男系天皇」へのこだわりは現今の「女系天皇論」へのアンチテーゼとして援用されるほどだ。

・西尾幹一「国民の歴史」;保守系言論人として、従来の日本史教科書を自虐史観と批判。道徳的視点(植民地政策など)ミニマムの史観。意外なことに天皇不在と言っていいほど、天皇制に関する記述が希薄。

・上野千鶴子「ナショナリズムとジェンダー」;本の内容はともかく、この人の史観はきわめてユニーク。たとえ科学的実証的に正し事柄・事件でも、現代の社会環境からそれを再評価すべしと訴え、戦争から女性問題までこの観点から考察・論評する。

・網野善彦「日本社会の歴史」;本書に限らず網野史観は、官と農を中心とした伝統的な国史に対して、その他の庶民、特に商業や海(いずれも自由度が高い)に目を向けた点に特色がある。また天皇は後景に退き、日本史と言うより日本列島史の性格強い。

・松本清張「象徴の設計」と司馬遼太郎「坂の上の雲」は一つの章で対比する;前者は天皇制を歪ませ最大限に利用したのが山縣有朋を始めとする明治の元勲たち、維新以降戦前に至る現代史の暗部はすべてそこに発すると見る。対して司馬史観は明治を明るく描き、昭和の初め軍部が天皇を現人神とまつりあげ、国運を損なうことになったとする。つまり、明治観が対称的なのだ。

この他、山本七平「現人神の創作者たち」、小松左京「日本沈没」、教科書裁判の家永三郎、天皇制自然消滅を予測する「共同幻想論」の吉本隆明など多士済々、最後は昭和皇国史観の精神的支柱、平泉澄が戦後著わした「物語日本史」で締めくくる。

著者はそれぞれの史観に関し良否は断ぜず、戦後の昭和が百花繚乱であったのに対し、昨今それが低調なことを憂い、かつての勢いの再興を願って筆を置く。

著者は1979年生れ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。専攻は政治学、政治思想史。現法政大学法学部教授。

 

4)コロナが去って、アジアを旅する

70歳を過ぎてもバックパッカー精神を失わない老旅行家のアジア近況報告。中国人観光客が減っているのは日本だけではない!-

 


1970年来10冊近くつないできたパスポートが本年10月で切れる。初冊の入国印は19706月の米国(フェアバンクス)、最終冊の出国印は昨年6月の中国(大連)、半世紀間で29カ国を訪れている。訪問回数では米国が7割ほどだが、家族旅行を含め東南アジアの国々へ出かけたことも多く、欧米に比べ何か気持ちが安まるところがあった。この地域への最後の旅は2016年の台湾。パスポートの更新はもう考えていないが、まだまだアジアへの関心は尽きない。せめて直近の事情を知りたく、読んでみることにした。

本書は一種のセンチメンタル・ジャーニー、かつて住んだり、訪れたりした場所をコロナ後再訪する話である。従って内容を紹介する前に、著者が旅行作家として自立し、その世界で知名度を上げるまでの経緯を概観してみたい。

著者は1954年生れ。バックパッカーに近い倹約旅がその基本で、そこが人気の源泉と言える。本年で72歳になるが、それが持続できる体力や身体の使い方は高校時代(松本深志高校)山岳部に所属し、鍛えられたとある。慶大経済学部に進むが、山や旅に関するサークルなどには加わっておらず、慶應義塾新聞に所属、ここで執筆・編集を学んだようだ。この学生時代初めて外国に出ている。動機はタイで会社経営をしていた親類を訪ねることにあり、現地でしばらく仕事の手伝いをしている。本書でもタイは頻繁に出てくるが、タイ語を学ぶため長期滞在を含め足かけ2年を過ごしたほど特別な国だ。大学卒業後産経新聞社入社、社会部記者として勤務するが、仕事で海外に出てはいない。1988年産経新聞を退社、フリーランス作家となり、6月から週刊朝日に「12万円で世界を歩く」の連載を1年半続け、これが本格的旅行作家としての原点となる。1990年単行本出版、1997年にはこれが文庫本化され現在15刷に達するロングセラーとなっている。旅先は、アジアのみならず、北米大陸やユーラシア大陸横断、カリブ海などをカバーする12の旅をまとめたもので、人気のもとは克明に記された費用明細にある。12万円の用途は、航空券代・その他の交通費・宿泊費・食事代などで、これは週刊朝日が提供している。為替レート130円/$台、世界全体に現在よりも物価が安かったことあったことで実現しているが、ギリギリの予算であったことは想像に難くない。その後の旅は全て自腹、その主たる財源は100冊を超える著作の印税であり、現在に至るも自転車操業状態と自嘲、今回も“倹約”旅行の生々しい実態が随所で具体的に語られる。

旅行記で仕事と生活を成り立たせている著者にとって、コロナ禍は最大級の厄災。この間都バスの旅や高尾山登山などの著作も出しているが、おそらく本意では無かろう。何とあの災禍の中、2022年からワクチン接種・PCR検査・隔離政策を受入、アジアの旅を続けていたのだ。第一章は、やはり勝手の分かっているバンコク。取り上げるのは二種の食堂、無論老舗の名店などでは無い。カオゲンと言うタイ式カフェテリアとアハーン・タムサンなる注文食堂。テイクアウトでカオゲンは衰退、食材から調理法、味付けまでその場で個人の注文に応じるアハーン・タムサンがしぶとく生き残っている。この話など旅行者ではなく完全に現地住民目線だ。

コロナで入出国管理も変化している。ここでは各国のオンライン手続きを紹介する。ほとんどの国でオンライン申告が普及してきている。このシステムだとビザランと呼ばれる、一旦国外に出てはビザを取得、頻繁に入国する者(かつてのバックパッカーに多かった)を容易にチェックし、それを排除出来るのだ。観光客動向で教えられたのは、中国人観光客の減少とインド人の増加である。中国植民地の観があったカンボジャを始め、ヴェトナム、タイ、インドネシアなどでそれが顕著になっている。この背景はコロナ禍もあるものの、中国の景気後退も大きいと著者は推察し、最近の中国三大航空会社の運用状況を報告する。価格はLCC(低価格航空便)より安く、機内食も供されるが、それでも搭乗率は高くない。高市首相の台湾有事発言以前から、この状態は起こっており、政府による日本旅行自粛要請は渡に舟だった訳ではある。

倹約旅行のノウハウも種々開陳される。LCCは出発時刻・到着時刻が通常の生活時間帯から外れた早朝・深夜になることが多い、また乗り継ぎも利便性を欠く。そのため空港内で宿泊することが頻発する。どこの空港のどんな場所が安全で安眠できるかを教えてくれる。諸物価高騰に円安が重なり、空港-市内間移動、あるいは市内交通も電車やタクシーの費用がバカにならない。割安感のある路線バスが好ましいが、利用方法が分からない。しかし、最近はバス利用アプリが多くの都市でダウンロード可、行き先表示なども現地語より数字で表わすところが増えて、スマフォに慣れていれば、格段に利用し易くなっている。

本書を読んだ最大の収穫は、既存マスメディアが報じることとは異なる現地事情を知ったことである。中国の観光客が激減しているのは日本ばかりで無ことなど、その一例だ。

 

5)テクノ・クーデター

-様々な分野で国家権力を超える巨大IT企業、元欧州議会議員が訴える危機の実態と市民復権への道-

 


私のIT環境は; PCはマイクロソフトのWindowsで動き、本稿を含む文書作成はWord、インターネット・ブラウザーはグーグルのChrome、本ブログのプラットフォームも同社提供のものだ。友人・知人たちの日常を知るのはフェースブック、書籍購入の80%はアマゾン経由、スマフォはアップルのiPhoneである。おまけに最近頻繁に利用するようになった生成AIは、グーグルのGemini、マイクロソフトのCopilot、それにオープンAIChatGPT。極論すれば、知的(?)活動はすべて米国巨大IT企業に依存している。これは私ばかりで無く世界中が同様な状態にあると言っても過言ではあるまい(中国は、米国を模倣した類似システムが普及し、数だけは国産が支配的であるが)。そして、この状態は個人のみならず、国家運営にまでおよんでおり、巨大IT企業が国の主権を脅かすところまで進んでいる。政治、経済・財政、社会保障、国家安全保障など、本来国家・地域(EU)が果たすべき役割が巨大IT企業(以下テック企業)に侵蝕されてきた現状を具体的に語り、テック企業対策を如何に進めるべきかを論ずるものである。

著者は1978年オランダ生れ、2009年から2019年まで10年間欧州議会議員を務めている。それゆえ、ハイテックでは技術でも企業経営でも米国にまったく太刀打ちできず、ただ規制に血道を上げ、驚くほどの制裁金の課す、反米的内容ではないかと予想しつつ手に取った。しかし、読み進めていくと、これはゲスの勘ぐりであったことが分かってくる。著者は欧州議会議員のあとスタンフォード大学サイバー政策センター(ディレクター)に移り、学生指導やシリコンバレーのテック企業と交流もあり、むしろ親米家とも言える政治的スタンスの人物であることが分かった。

本書の要旨は、技術の進歩や事業の発展にブレーキをかける意図は無く、新自由主義の下、特にシリコンバレーでは過度な自由主義(リバタリアン)が横行、自己・自社の都合の良いよう振る舞い、ときに国を上回る力を垣間見せる、テック企業の実態を明らかにし、彼らが民主主義市民社会に親和性の高い行動を取ることの必要性を説く内容になっている。つまり、本書はテック企業の内幕をジャーナリスティックに伝えるものではなく、一種の政策提言の書である。

本書は先ずハードカバーとして20249月に刊行、翌20259月ペーパーバックが出版されている。邦訳はこのペーパーバック版からで、そこには“ペーパーバック版に寄せて”の一文が加えられている。ハードカバー版への批評に「タイトルの“クーデター”は少々大げさではないか」とのコメントがあったようだ。この間の大きな変化はトランプ第二次政権誕生。祝賀の場にはアマゾン、フェースブック(FB)、アップル、オラクルなどの創業者・経営者が並び、イーロン・マスクは政府効率化省のトップに任じられ、大胆なリストラに取り組む。「当にクーデターではないか!」と著者は“寄せる”に記している。

従来の国家主権へテック企業が影響力をおよぼし、時にはそれに反する行動まで取る事例は、少々古いケースもあるが広範だ。英国のEU脱退やトランプ第一政権誕生時のFBデータの利用(「いいね」の分析)、オバマの選挙戦もSNSが大きな役割を果たす。麻薬捜査における、FBIに依る容疑者スマフォ秘密キー開示要求に対するアップルの拒絶(個人情報保護)、暗号通貨に依る中央銀行権限への侵蝕、ウクライナ戦争におけるスターリンク(衛星通信)の利用諾否(イーロン・マスクが決定)、各地(EUを含む)で秘密裏(ダミー企業を介在させる)に進められているデータセンターの建設・運営(大量の電力と冷却水を必要とする)、AIとの対話を通じた詳細個人情報の蓄積・利用、激しく巧妙なロビー活動(国のみならずEU、さらに国連まで)、人材の回転ドアー(政・官・民)、丸投げ同然の業務委託などがそれらだ。商売のためには権威主義国家(中国、ロシアなど)に協力も辞さないテック企業の行動も時に国益に反する。

これらに対する規制の現状:米国は国家安全保障重視(あとは自由)、EUは市民利用面重視(技術でディジタル世界に挑戦できていない)。いずれの政府・議会も後追いに終始、法律が成立したときには実効力を欠く。ディジタル技術を施政面で最大限活用しているのは権威主義国家がはるかに先行している。

「透明性」確保と「説明責任」明確化を中心に、民主主義国家における“クーデター”阻止策を提示して結ぶ。「理想としてはまったく同意だが・・・」が読後感。

 

6)それはどこでも起こり得る

-「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」の息子も今や大学生、在英30年の主婦による辛口英国社会時評-

 


200768歳、現役引退後の夢であるOROperations Research;応用数学の一種)歴史研究のため渡英、彼の地に半年滞在した。この時10年続いた首相職がブレアからブラウンに代わり、英国の政権交代を、主にTVニュースや国会中継を通じ垣間見た。この政権交代は総選挙ではなく労働党党首交代という形だったが、そこに至るまでは総選挙の可能性も報じられ、保守党党首のキャメロンもTVで馴染みの人物となった。爾来英国政治を外野から観戦、関連書籍に目を通すようになった。著者の作品に初めて触れたのは2019年刊の「ブロークン・ブリテンに聞け」(EU離脱が中心)、英国在住が長く、保育士として無料託児所勤務なども経験した履歴は、完全に労働者階級目線で鋭く英国社会と政治を考察、辛口ではあるがユーモアもある、いかにも英国風の評論に惹かれるところがあった。その後子育てをテーマにした「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」を読み、知られざる英国社会の深部(育児、初等・中等教育)に触れ、すっかりファンになってしまった。本書はその最新作、たまたま読書中の720日、キア・スターマー首相退任、アンディ・バーナム首相誕生というグッドタイミングとなった。

本書のジャンルは基本的に英国における社会・政治時評である。ただ、2024年の構想段階で「言葉を解きほぐす」と言うようなテーマを考えていた、とまえがきにある。社会のキーワードになっている言葉を選び、どうしてそれが人々の口に上がるようになっているのか探ってみようと言うのだ。従って各章の題名や文中にそのキーワードが、はっきり分かるように埋め込まれている。そのキーワードと論点を超短訳すると;

1章「レスポンシビリティ」と「アカウンタビリティ」;前者は担当者、後者は指示者、が負う「責任」、前者は重く、後者は軽くなる傾向にあり、「責任」階級闘争が生じている。第2章「エクストリーム・センター(極中)」;理念なき中道。明快で強い政治指針を欠き、世論動向で動く政治家。選ぶ側の無党派も同じ。退任したスターマー前首相(出版時は首相)はその典型。第3章「クラス・シーリング(階級天井)」;労働者階級や経済的困窮者出身者も一流大学、一流企業に入ることが出来るようになったが、依然生まれ育ちによる格差が存在。第4章「プラットフォーム・ポリティックス」;何でもありの政治家・政党。大衆やジャーナリズムの動向で言動が左右される。ITにおけるプラットフォームの役割しか果たしていない(果たせない)。ここでもスターマーが登場。第5章「テクノ大衆」「テクノ富豪」;ここは英語表現がないが、「テクノ・オプティミズム」(楽で便利を求める風潮)から造語したようだ。IT富豪はそれを大衆に提供。大衆はその中にどっぷり浸かる。SNSの政治への影響力。第6章「アナキズム」「フェミニズム」;両語とも新語でも流行語でもないが、根底にとことん話し合い合意形成する精神があると説く。右か左か、敵か味方かの一択選択(特に政治)に対する警鐘。第7章「リマイグレーション」;本来の意味は「再移住」だが、トランプ政権やAfD(ドイツのための選択肢)、英国のリフォームUK(議員数は少ないが、直近の世論調査では労働党、保守党と拮抗)が唱える違法移民・難民強制送還。正規移民まで問題視する方向にあり、ナチスの民族浄化にも通底する考え方。英国籍である著者にも「それはどこでも起こり得る」ことなのだ。

既刊書に比べ、多くの文献を参照・引用して、社会・政治・思想に一段と踏み込んだ作品。それゆえ、学ぶことは多いが、楽しく読み進めるものではなかった。

著者は1965年福岡生れ。1996年から英国在住、夫は英国人、息子が一人おり、その子の成長記が「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」。この子も大学へ進んだようだ。

 

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