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2015年8月5日水曜日

上州・信州山岳ドライブ-13

12.上州・信州山岳ドライブ総括;最終回
2008年から始めた今のクルマでの長距離ドライブ。2泊というのは初回の松之山温泉(新潟)・女神湖(白樺湖近く)以来である。それ以外は少なくとも3泊、北海道ではフェリー泊も入れて6泊、和歌山ですら5泊したこともある。やはり2泊はチョッと物足りない。次回からは最低3泊で計画したい。
今回の目玉は何と言っても草津温泉。初回以来必ず温泉場は含まれているが、ここほど身近に至るところで豊かな温泉源を見、触れたところはなかった。街としてはさほど魅力を感じなかったが(湯畑が町の中心にあるのはユニークで大いに評価できるが)、温泉そのものにはある種の感動すらおぼえた(我が国温泉の多様性)。これからのドライブ旅行にも温泉場立ち寄りは必須、新たな発見が楽しみである。
宿泊したのは2回とも温泉旅館。草津は老舗旅館、浅間温泉はモダン旅館。前者は家族経営でできるだけ伝統を守ろうとしているが、外人観光客への対応も含めて和洋折衷がいささかアンバランスな感じがした。この種の旅館は純和風が個人的には好みである。後者はチェーン経営(星野リゾート)の折衷型だが違和感はなかった。ただ従業員が若くマニュアル的なサービスが妙に気になった。いっそのこと、評価の高いリゾートホテルの方が(食事も含めて)快適なのかも知れないと思ったりもする。
旅の楽しみに大きく影響するのは何と言っても食事。歳をとってくると味や食材ばかりでなく種類と量も問題になる。最近はネットにプランを載せているところが多いのでこの点は昔に比べて親切である。専ら軽めのプランで申し込んでいる。それでも「若干多いな~」と感じる。今回もそれは変わらなかった。料理の内容は適度にローカル色を出しているが、これも「オッ!」というようなものは無く、極端に言えば全国観光地均一。都会の懐石の方が洗練されている。むしろ小布施の昼食で食べた栗ごはんに「こんな栗ごはん久しぶりだなー」とおふくろの味を感じたりした。
観光は、草津は先述した温泉、小布施散策それに善光寺参り、霧ケ峰のグライダー。どれも楽しんだが、山岳路を選んだことで季節的に中途半端だった。桜にはやや遅く、新緑には早すぎた。これは桜を諦め(桜の後に楽しめる草花は多い)、緑を謳歌すべきだったと大いに反省している。
私の旅は何と言ってもクルマの運転にある。その点では開通間際の渋峠や美ヶ原ビーナスラインなど、残雪が思ったより少なかったことを除けば、ほぼ期待通りだった。道は良いし交通量は少ない。好天に恵まれた上州・信州の山道、今度はもう少し信州の北を東西に走ってみたい(豊野辺りから大町方面へ)。
全行程725km、ガソリン消費量70ℓ、10.4km/ℓは山岳走行の割合が高かったことを考慮すれば、まずまずの燃費だった。

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-長期間閲覧ありがとうございました-


2015年7月23日木曜日

上州・信州山岳ドライブ-12


11.イングリッシュガーデン
私にとってドライブ旅行は“運転”に尽きる。高低差があり曲折する道でのハンドルさばき、アクセルとブレーキの加減、トルコンを介してはいるもののマニュアルに切替てのミッションの選択。空いた道路でこれを存分に楽しむことが第1の目的である。だからどうしても山道が多くなる。今回も草津から志賀高原に至る渋峠越え、美ヶ原から蓼科に至るビーナスラインで期待通りの走りができた。しかし、同乗者にとってはここが最大の関心事ではない。クルマを下りてしばし“観光”するところを配する必要がある。小布施散策、善光寺参りなどがそれらであり、草花が趣味の家内にとって庭園やお花畑を巡るプランは特に好まれる。本日の、というより今回の目玉としてバラクラ(バラ色の暮(クラ)らし)・イングリッシュガーデン訪問を組み込んだ。
ここはバラで有名な所だがそれには時期的にやや早いことは承知していたが“イングリッシュガーデン”を味わえればいいとの考えで訪れた(パンフレットにも「ここはバラ園ではありません」とことわりが書かれている)。事前調査でレストランとこの庭園が近いことは分かっていたが、レストランで聞くと歩いて行けるほどの場所であることが分かった。あの庭園が在るからここも流行るようになったのかもしれない。そんな両者の関係が勘繰られるほどの位置関係である。
この庭園は英国園芸研究家の日本女性が1990年(日本初)に開園したもので、今年はその25周年に当たる記念すべき年である。この間チェルシー(ロンドン)で開催されるフラワーショウのガーデン部門で何度か入賞を果たしている(遠隔地にあるものをどう評価するのか?)とパンフレットに紹介されているから、ここを目指して観光客が集まるのも頷ける。1万㎡の敷地には英国風の建物なども配され、花々も四季を通して愛でることが出来るように植生してある。この時は水仙やチューリップが見ごろであった。
本来のイングリッシュガーデンは人工的な工夫を極力抑え(感じさせぬようにして)自然との共存を旨とするところにあるので、ここもその点では気配りが行き届き、環境もそれにふさわしい場所に在るのだが、何か今一つ本場と比べると“貧相”に感じてしまう。この印象は3年前北海道の富良野や帯広郊外の“イングリッシュガーデン”を訪れたときと同じである。ロンドンの公園、地方のマナーハウス(貴族の館)の庭、あるいは英国の伝統を生かしたといわれるカナダ・バンクーバー島ヴィクトリアのブッチャーガーデン(ここはイングリッシュガーデンばかりではなく、日本庭園を含む各種庭園が在る)などとの対比は酷としても、改善の余地がある。
想像するに、これは経営面の苦しさから来ているのではなかろうか?英国の庭園経営が如何様かは知らないが、彼等も土産物店やレストランを併設したり、小規模な遊園地もどきがあったり、さらには寄付や会員を募るパンフレットが置かれたりしているところから、決して豊かでないことは推察できるが、大英帝国の誇りがそうさせるのか“貧相”を訪問客に感じさせるところは無かった(英国人がどう感じているかは分からぬが・・・)。何かやり方があるのではないか?そんな思いが残る庭園散策だった。
ここで1時間程度(その程度でひと巡りできる)過ごした後、諏訪南ICを経て帰途についた。

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(次回;総括;最終回)

2015年7月16日木曜日

上州・信州山岳ドライブ-11


10.美ヶ原へ
429日(水)昭和の日、今日も好天だ。9時前に旅館を出立。昨晩夕食時美ヶ原へのルート、ビーナスラインが月曜に開通したばかりと知らされる。松本からこの山岳路を走るのはおそらく10年ぶりくらい。その時は途上ハイオクタンガソリンを扱うSSが見つからず往生した。それもあって今回は一旦松本市内へもどりモービルのスタンドで給油する。その際ビーナスラインへの取っ掛かりを聞くがどうも釈然としない。ナビで美ヶ原をセットするととんでもない道を選んでくる(何と茅野まで長野道・中央道を進んで戻るルート!)。仕方なく浅間温泉の上に在る美鈴湖を目指すことにする。記憶する道に比べ狭く、明らかに前回と異なるが方角は合っている。何とかナビに導かれて貯水池の様な小さな湖に到着。ここでナビは終わるが、湖畔の道は左右に分かれる。広い方を選んだのが間違いのもとだった。進んだ先は松本・上田を結ぶ国道254号線、途中で誤りに気付き142号線(中山道)へ入ってしばらく行くと、先はもうビーナスラインの中ほど和田峠、美しの塔を始めとする美ヶ原高原の見所をバイパスしてはるかに先の出てしまった。
ここからは尾根道を通って八島ヶ原湿原を経由、霧ケ峰高原、車山高原、白樺湖へと向かうことになる。残雪は渋峠ほど残っておらず、走行に難儀するような道ではないが、さすがに高地ゆえ緑が芽吹く季節には早い。八島ヶ原湿原でニッコウキスゲか水芭蕉を期待したが、湿原はまだ枯草に覆われた状態であった。
次に向かったのはビーナスラインの中ほどにある霧ケ峰高原、昼食は一応蓼科を予定していたのでトイレ休憩くらいのつもりでいたのだが、広い駐車場に入ると目の前でグライダーが飛び立った。この辺りは何度か来ているが飛行を見たのは初めて。昼食後の予定は庭園を覗くくらいしか考えていなかったので、昼食時刻を先延ばしして、しばらくここでグライダー見物をすることにした。
滑空場は柵で立ち入れないようになっているが、柵に沿って遊歩道があり、先の方に観覧場所もある。滑走路端にグライダー1機とトラックが停まっており、どうやら進空準備中のようで、操縦席に人の姿も見える。しかし、風の様子でも見ているのだろうかなかなか飛び立たない。あまり長い時間ここで過ごすわけにもいかないので駐車場へ戻りかけたところ、音もなく急にグライダーが飛び出し、急角度で上昇していく。すると機体の下から何かが放り出される。一瞬不具合でもあったかと思ったが、どうやら牽引索(結合部だけ特殊な機器が付いている)が外され、細いロープは遠くから判別できないので、空中に得体の知れぬ物体が漂っているように見えたのだ。間近で初めて見るグライダーの離陸に興奮させられたひと時だった。
駐車場を出たのは12時半ころ。次の目的地は蓼科高原にあるバラクラ・イングリッシュガーデン近くに在るイタリアンレストラン、リストランテ・イル・ポルトである。1時過ぎにレストランに到着、連休初日、評判も高いようで結構混んでいたが、少し遅かったのが幸いし、直ぐに席が用意された。魚介・肉のランチメニューもあったが、それほど空腹でもなかったのでパスタで簡単に済ますことにした。ワインと一緒ならと思うがクルマ旅のランチはそこが辛い。

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(次回;バラクラ・イングリッシュガーデン)

2015年7月12日日曜日

上州・信州山岳ドライブ-10


9.界松本
浅間温泉には30軒くらい旅館がある。数軒はコンクリート造りの高層ホテルもあるが、客室10数室のこじんまりしたところが多い。開湯は千年以上前と言われているが、少なくとも江戸時代からの湯場(松本歴代藩主が湯あみした御殿湯;枇杷の湯)も残っているので、それなりに由緒ある旅館もありそうだ。調べていくと、確か与謝野晶子など多くの文人も投宿したなどと説明されるところや、明治・大正の面影を留めるいかにも老舗風の構えをHPに載せているところもある。当初はそれらの中から口コミで評判のいいところを選ぼうかと考えていたのだが、前日草津で老舗旅館に泊まることを決めていたので、少し変わった所が無いものか更に調べを進めてみた。その結果目に留まったのが界松本である。
先ず建物の外見が極めてユニーク、“旅館”というより小規模なイベントホールの様な感じなのだ。施設内容を調べると、和室、洋室さらにそれに露天風呂が付いたものなどそれほど普通の旅館と違わない。客室数が26というのも手ごろな大きさである(団体客は入らない)。更に調べていくとこれが星野リゾートグループであることが分かってきた。どうやら老舗温泉旅館で経営に行き詰ったところを買収し、再建したところを“界”チェーンにしているのだ。ここもその一つ、旧名は貴祥庵とある。予約状況をみると繁盛していることが分かるし、口コミも決して悪くない(悪いのもあるが“星野リゾート”への期待値とのギャップと言っていい。実際星野リゾートとそのカリスマ社長には毀誉褒貶多々あり、評価は分かれる。典型的なのは“ぼったくり”(これは界ではなくリゾート系;中国人には人気らしい)。「一度体験してみよう」こんな気持ちで2泊目をここに決めた。
この温泉街は他とは違い、土産物屋や飲食店が無くまるで住宅地のようだ。ナビが「目的地周辺です。ここで案内を終わります」と言われてもそれらしき建物が見つからない。左側は高い塀が続く、するとその先の小さな看板に“界松本”と書かれていた。塀の内側が旅館の敷地だったのだ。看板の所を廻り込んだ所が駐車場。計画検討中に見た円筒形の奇妙な構造物が目の前に屹立する。しかし、その円筒形部分には入口は見つからない。よく見るとその右の内塀に小さなくぐり戸がある。ここがロビーへつながっている。円筒部分は高い天井の吹き抜け、ロビー、フロント、土産物コーナーなどがある。結論からいえば、この旅館の建築上の特徴はこの円形多目的ホールと、もう一つ宿泊・飲食施設がある本館?との間に在る中庭につきる。
部屋は一番安い和室“スタンダード”にしたので、口コミでは評判の部屋専用露天風呂は無いし、売り物の北アルプス遠望もできない。しかし、広縁や収納コーナーを含め広さは充分、トイレ・風呂・洗面(二人分ある)も清潔で申し分ない。大浴場(露天風呂、2種のサウナなど併設)も明るくて気持ちがいい上に、誰も入っておらず、のんびり今日一日の疲れを癒すことできた。
夕食は一階の和風個室(掘り炬燵形式で外国人にも抵抗が無いだろう)を連ねた一つでいただく。メニューは、これも“スタンダード”にしたが、地産の野菜や鱒など使いまずまずの出来、量は充分すぎるくらいだった。
夕食後ロビーを兼ねたホールで8時過ぎからフルートとピアノの演奏会があった。軽くアルコールなど飲みながら聴くのはなかなかの雰囲気だ。子供がいたのでジブリ映画の主題歌なども演じられた。日によってジャズなどもあるようだ。最近はこのような催し物サービスの有るところが増えているような気がする。ただし、都心で本格的に楽しむものとの差は大きく、まあ余興というところである。
旅館の周辺は静かで、ゆっくり安眠できた。早朝一風呂浴び、前夜と同じ個室で伝統的な和朝食。これもまずまずであった。
界松本の感想;価格(3万円弱/一人)やサービス、設備も含め総合的にはまずまず(5点満点で3.5)。とにかくスタッフが若い。一生懸命やっているのは好感が持てるのだが、健気さが表に出るほどで、経験を重ねた滑らかさが無い。多分報酬は安く、ベテランは去っていくので若さが際立つのではないかと勘繰ってしまう。
今回は草津の老舗といい、ここといい、誠心誠意サービスこれ努めているのだが、何か経営の辛さ・厳しさを感じてしまった。これも歳をとったからだろうか。それとも根が貧乏性ということだろうか。考えさせられた2泊であった。

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(次回;美ヶ原へ)

2015年7月8日水曜日

上州・信州山岳ドライブ-9


8.浅間温泉
学生時代からの一泊以上の個人旅行(出張でない)を行き先別に振り返ってみると、断然長野県が多い。一人で、二人で、家族で、学友や職場の同僚と一緒に。宿泊地は、東は軽井沢・清里・海ノ口・志賀高原、西は上高地・黒部、南は木曽福島・昼神、北は飯山・白馬、中心部では長野市、松本市(安曇野を含む)は無論、美ヶ原・蓼科・諏訪などがあり、これに数々の訪問地(浅間山・乗鞍山・妻籠宿・馬籠宿・白樺湖・松原湖・天竜峡・駒ケ根山など)がさらに加わる。山へ、川へ、森へ、湖へ、そして温泉へ。季節は春夏秋冬すべてあり。乗り物は、鉄道で、長距離バスで、レンタカーで、そして自分のクルマで(現在までに9台所有し、7台が長野県を走っている)。これだけ巡ってもまだ行きたい場所、走りたい道がいくらもある。その一つが浅間温泉だった。
この温泉の名前を知ったのは1963年夏、和歌山工場の仲間と上高地から美ヶ原へ向かう途上だった。松本を出てしばらくするとバスがここで停まり、かなりの数の登山客が乗り込んできたからである。「浅間?浅間山が近いのかな?」こんな見当違いの記憶が今に残る。2回目も安曇野から美ヶ原を経て蓼科へ抜ける途上だった。松本市街に続いたそこは、景観に惹かれるような土地ではないものの、何となく松本の奥座敷的な雰囲気があり、「もしかすると城下町松本の名士たちが利用してきた由緒ある旅館があるのではないか?」こんな動機でこの地を2泊目の宿泊地に選んだ。
善光寺を発ったのが3時半、長野から松本に至る一般道はJR篠ノ井線に並行する国道403号とこの地の幹線道路国道19号を南下するルートがある。ドライブの楽しさは圧倒的にこちらの方だが、事前調査ではいずれも所用時間は2時間強なのでチェックイン予定時刻の5時を確実に過ぎてしまう(問題があるわけではないが)。そこで長野道を利用するようナビをセットした。すると善光寺から市内を南に向かい長野ICで高速に乗り松本ICで下りる案を選んできた。豊科・岡谷間は何度か走っているが、長野から豊科までの道は初体験である。距離は70km強、予定所要時間は1時間20分、大部分が自動車専用道の距離のわりに時間がかかる感じがしたが、これで進むことにする。
善光寺平から、安曇野平を通り松本平に抜けるわけだから比較的平坦な道ではあるが、さすが山岳県、山に囲まれた雰囲気は独特だ。そのわりにトンネルが少ないのがいい。南信、北信の中心都市を結ぶ道だが、思いのほか交通量は少ない。途中で松本ナンバーのスバル・アウトバックが一気に追い越して行ったので、これをフォローすることにする。「地元のクルマなら勘所(つまり速度違反取締)は分かっているだろう」そんな考えからである。それから小一時間、時にはこちらが先になりながら松本ICまで“相当なスピード”で一緒に走り、そこから市内に入ってもしばらく並走する形になった。予想通りドライバーはかなり若い人だった。山中の自動車道で思わぬ楽しさを味あわせてくれた若者に感謝。
それにしてもスポーツカーと互角に走り抜いた国産SUVの実力を見直し、それがクルマと市場を絞り込んで独自の評価を得ているスバルだったことがうれしかった。それは世界で2社しかない水平対向エンジンをパワーユニットにするいわば同志意識のようなところからきている。
松本ICは市街の西側に在り、浅間温泉は東の端にある。買い物や早目の退勤時間と重なっているのだろう。市中はすでに渋滞が始まっており、これを抜けて今夜の宿、界松本に着いたのは丁度5時だった。飛ばしたわりにナビの予測所要時間が正確なのは、長野・松本両市内を抜けるのに結構時間を要したことによる。このあたりまで予測するナビはなかなかの優れものである。

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(次回;界松本)

2015年7月3日金曜日

上州・信州山岳ドライブ-8


7.善光寺
上州・信州の温泉場を廻る計画を発念した時には善光寺参りは考えていなかった。第一のポイントは草津、第二は渋峠越えで小布施。それから先は松本・上田周辺から山梨県北西部の温泉地で適当なところと考えていた。これであれこれ当たった結果松本市街とつながる浅間温泉が浮上してきた。ここは何度かの信州(特に美ヶ原・白樺湖方面)ドライブで通過はしているものの、宿泊したことが無かったからである。「松本の奥座敷ならばいい旅館があるかもしれぬ」と。小布施から浅間温泉までも山間部を走る一般道を選べば運転を楽しむこともできるし、時間もかかる。早過ぎれば見どころの多い松本市内で調整すればいい(概ね既に訪れているが)。この案を家内にぶつけると、ご本尊御開帳中(丑年、未年に実施;「牛に曳かれて善光寺参り」はここからきているのであろうか?)の善光寺に寄れないかという返事。私は何度かお参りしているが、家内は一度も出かけたことがなかったのだ(長野市に泊まる旅行はしているがその時は松本観光の途上だった)。ご本尊は拝観していないので、その提案に乗ることにした。小布施から長野に出て善光寺参り、そのあとは長野道を松本まで一気に南下すれば、立ち寄り時間は充分とれる。
小布施を出たのは2時少し前、千曲川を小布施橋で渡ると国道18号線に突き当たる。そこを南西に20分ほど行くともう長野市内。予想外に近い。カーナビにセットした“善光寺”に導かれ門前通りの西側を走る大通りを行くと何カ所か駐車場が現れる。満車の所もあるが平日の午後、何とか善光寺の末寺が経営するらしい所にスペースを確保できた。特別な催し物があるので当然だが、駐車料金は一回2千円!とびっくりするような値段である。ただ長野駅周辺の比較的安い公共駐車場に停めると、そこから善光寺までの交通手段確保の手間と時間がかかるのでこれで我慢することにした。
駐車場から仁王門に至る道はメインストリートではないが、それでも人で溢れており、御開帳人気の高さがうかがわれる。仁王門から山門(重要文化財)に至る参道は仲見世で、両側に土産物・お守り・仏具などを商う店舗が並ぶ。この仲見世を通り過ぎ山門を入ると、本堂(国宝;江戸時代中期)との間に回向(えこう)柱が据ええられ、人々がご利益を得んとさかんにこれに触れている(ご本尊に触るのと同じ意味を持つ)。
本堂手前右側の案内所で御開帳参拝券(5百円/人)を求めて行列に並ぶ。本堂の外では真っ直ぐ本堂に向かっていた行列は、履物を脱いで中に入ると4列で何度もつづら折りになり、ご本尊(一光三尊阿弥陀如来;天竺、百済を経て渡来)を拝観できるまでには1520分かかる。私たちはここまでで終えたが、本堂の下や周辺を巡るお戒壇巡り、印分頂戴(宝印を捺してもらう)など様々な参拝場所・方式があるようだ。
宗教(仏教)にまるで疎い私が奇異に思ったことは、この寺は天台宗と浄土宗が同居してことである(天台宗;「大勧進」と25院、浄土宗;「大本願」と14坊)。天台宗の方が古いことからメインなのだろうが、二つの宗派が一つの寺にまとまるというのは例がないのではなかろうか?しかも浄土宗の「大本願」は尼寺なのだ!なお、住職は代々公家から出ており、現在は鷹司家出身121代目とのこと。これもちょっと他の名刹では無いのではないか(宮司はともかく)?思わぬ立ち寄りからあれこれ好奇心が起こってきた。「少しは信心ということを考えろ」ということかもしれない。
3時半ここを発って、今日の宿泊地浅間温泉に向かう。

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(次回;浅間温泉)

2015年6月23日火曜日

上州・信州山岳ドライブ-7


6.小布施
小布施町に寄ろうと思った動機は二つある。一つは2008年夏、十日町から飯山を経て白樺湖方面に向かって走っている時通りがかり、街道沿いの古い街並みの保存状態を目にして、記憶に残っていたこと(松之山・蓼科グランドツーリング;200882日本欄投稿)。二つ目は昨年知人の紹介で知り合った「そうだ、トマトを植えてみよう!」(今月の本棚-7120147月)にブログアップ)の著者大塚洋一郎さんの開いた農商工連携6次産業(農産物の生産=1次、加工=2次、流通=3次、合計6次)に関するセミナーで、ここの町づくりの話を町長から聞く機会が在り、興味があったからである(因みにこの時のもう一人の講演者は小泉純一郎元首相であった)。
信州中野で国道403号線(谷街道→大笹街道)に入り15分も南下すると、道の両側は統一感のある古い民家や商家が続くようになり、江戸時代に戻ったような雰囲気になっていく。南信の馬篭宿や妻恋宿に似ているが、そこを国道が貫く点で見世物ではなく生活感に満ちているのが良い。予め中心部の町営森の駐車場をナビにセットしておいたが、収容台数が少ないにもかかわらず運よく駐車できる。4時間以内なら300円。駐車場管理事務所は観光案内所も兼ねており、散策用の地図が用意され、管理人が丁寧に説明してくれる。あとのスケジュール(特に善光寺参り)を考えると、徒歩では少し距離のある6次産業センターやフローラルガーデンはパスせざるを得ないようだ。
駐車場を出て先ず街道に出て南へ歩く。当然と言えば当然なのだが、大部分の商店は土産物屋、飲食店、名物の栗を材料にした和菓子店、専ら観光客相手の店がほとんどだ。東へ入る小交差点に交通整理の人が居る。聞けばその奥の欅の大木が在る広場が、街歩きの中心点だと言う。近くに北斎館(美術館)やカフェテラス、大型バス用駐車場が配置されていて、観光客が集まっている。我々もしばらくカフェテラスで人の動きを観察しながら、昼食を含めて3時間程度の行動計画を考えてみる。北へ向かう“栗の小道”、次いで“(個人住居の)オープンガーデンを巡る散策路”、“北斎館”、いくつかの“和菓子店”、それに昼食くらいで時間はいっぱいのようだ。
表街道の一見江戸時代風から徒歩行しかできない小路に入ると、昔のものがそのまま上手に保存されている(見えないところで近代技術が使われているのだろうが)。暑さを増す日中、影が多いのに助けられる。オープンガーデンは少し中心部を離れると、立派な庭園が拝見できるようだが、町中はささやかな小庭園や道沿いの植え込み程度でチョッと物足りない。歴史を誇る銘菓店はどこも外見は時代劇に見るような大店風だが中はいたって現代風。菓子によっては冷やしたり、日持ちを良くするために缶詰や特殊包装になっているのだから、この辺りのバランス感覚は決して悪いものではない。ただ産地だからといって決して安くない(というよりもかなり高価)ことに驚かされた。そんな店の一つでお土産用に“栗かのこ(栗きんとんと同じようなもの)を求める。北斎館を除いて見所を一巡した後、広場に戻り、近くの食堂で“栗ごはん定食”をいただいた。
最後の訪問場所は“北斎館”。小布施と北斎の関係は、晩年この地に住んで、画業の集大成を図ったことによる。赤富士や神奈川沖浪裏代表的な版画ばかりでなく、肉筆画や祭りの屋台装飾の作品なども展示されており、版画ファンとして種々の角度から北斎を学ぶことが出来た。街並み保存は随分見てきたが、日常生活との共存と言う点でここはなかなか高い水準にあるといえる。

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(次回;善光寺)

2015年6月16日火曜日

上州・信州山岳ドライブ-6

5.渋峠を越えて                                                                  
翌日428日(火)の朝も好天だった。宿を出たのは9時過ぎ、玄関前は何とかクルマ一台は停められるスペースはあるものの、それは宿泊客のチェックインの一時駐車のみ。それが済むとどこか別の場所に回送されてしまう。こんなことは湯の峰温泉、銀山温泉、城崎温泉など古い温泉地で何度か経験している。草津の場合はかなり宿からは離れた西(サイ)の河原公園の一画に在る町営駐車場だった。そこまでは狭い路地を宿のマイクロバスで送ってくれる。
駐車場を出て直ぐ町北側の外周道路ベルツ通りを経て草津から志賀高原に抜ける国道292号線にでる。この道を走るのは45年ぶり。その時は軽井沢から志賀高原の横手山まで行って、浅間山方面へ戻っているからそこから先は、何度かスキーでは滑っているもののクルマでは初めての道である。
連休前の平日、適度に曲折しながら上る道は空いており行き交うクルマはほとんどない。高度を上げるにつれ開け放した窓から吹き込むが冷たく、爽快な気分で運転できる。やがてちらほらと雪だまりが見えるようになり、国道最高地点(2,172m)を目指すルートが実感できる。雪原は少しずつ広がり、駐車スペースにはSUVが停まっていたりする。多分近くで春スキーを楽しんでいる人が居るのだろう。やがて眼前に白根山が現れる。又従兄弟の情報も、宿での話でも火山活動が活発化しており、山頂付近は駐車禁止とのこと。かつて志賀高原からスキーで万座へ行く途中見た、緑の水をたたえたお釜を見学することはできない。確かに硫黄の匂いが一面に漂い、山の斜面や道路の両側も瓦礫で荒々しく、長居をする所ではないので下車することもなく、素早く通り過ぎる。最高地点に近づくと、24日に通行可能になったにしては、それほど高くはない雪の壁が残っている。もう少し高くて長い雪廊を期待していたのだが・・・。
峠を越えた最初の休憩場所は志賀高原スキー場の頂点である横手山ヒュッテ、駐車場も広く諸設備も整っている。残念ながら真冬ほど空気は澄んでおらず、周辺の山々は春霞の中にぼんやりとしか見えない。ここからは下りになり、熊の湯、丸池など有名スキー場への案内表示版が現れては消えていく。この辺りで滑ったのは40年位前のこと、それも冬だったから景観に全く異なる。新緑にはまだ早く、山岳ドライブ時期設定の難しさ(雪・桜・新緑を同時に味わいたい)を実感させられる。
この日の予定は山岳道路の走行次第で二つのオプションを用意していた。いずれもこの後小布施に寄るのだが、山岳地帯で時間を費やし、そこから松本郊外の浅間温泉に直行する案、山で過ごすのが適当でなければ“御開帳”が行われている善光寺に寄りそれから最終目的地の浅間温泉に向かう案である。横手山ロープウェイ、猿の湯あみで有名な地獄谷温泉など見所もあるのだが、山歩きは少々早いと断じ、善光寺参り案を採ることにした。
スキーシーズンには鉄道からバス乗り換える基地、湯田中を過ぎると道は平坦になり、道も観光道路から生活道路に変じ軽自動車やトラックが増えてくる。この辺りの平野部は北陸新幹線と上信越道の影響で新旧の道が錯綜する。旧道(谷街道)を走って、そのまま小布施の街中に達したいのだが、ナビが新道を選ぶので、これにちょっと苦労した。11時小布施の町営駐車場着。

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(次回;小布施)

2015年6月4日木曜日

上州・信州山岳ドライブ-5


4.草津温泉-2
泊まった宿は、何度も名前を出しているが、奈良屋。昔からの温泉場ではこのところ、中心地にある老舗旅館を選んでいるところから、ここに決めた。紀州で過ごしたことがある者にとって吉宗が入った風呂(無論何度も作り直しているだろうが)が在るのも魅力だ。ガイドブックで見ると湯畑も見える部屋があるので、そこに面していると思ったが、ちょっと違っていた。角地には同じように古い作りの山本館が在り、それをL字型に囲むようになっており、Lの頭の部分か最上階からしか湯畑は見えない。Webで予約をする時からそれらの部屋は埋まっていたので、泉游亭という新館の空き部屋を確保した。
入口は狭い道路に向かって広々と開いている。正面に木格子に囲われた帳場が在る。雰囲気は旅籠。上がり框にはスリッパは無く帳場前の広間は畳敷きになっており、素足のままそこに上がり、投宿の手続き。それから同じように畳敷きの廊下を通って中2階の部屋に案内される。部屋は寝室が洋風の二間続きであることは、予約時の写真で承知していた。しかし、居間に入って驚いた。何とも妙な和洋折衷である。部屋そのものは和風だが、窓際は全て低いソファー風の椅子が作りつけられている。このアンバランスは全く予期せぬものだった。何故こんな?と自問して、思い当たることがあった。Webの口コミに外国人が多数投稿しており、ほとんどがその快適さを褒めていたのだ。彼らがこの部屋でTVを見たり、語り合うには座椅子では辛いのだ。ただ、日本人にはどうも・・・。
食事の前にひと風呂。“(吉宗ゆかりの)御汲み上げの湯”へ出かけてみる。先客は一人、入れ違いだった。洗い場も浴槽も完全に近代風だが湯船を囲む壁は檜造り。まずまずの雰囲気だ。湯はかけ流しで清潔感もある。しかし、湯畑で見た湯ノ花は全くないし、硫黄の匂いが全くしない。旅館の案内には、館内で一旦貯えて湯船に供給とあったが、これも伝統なのだろうか、それとも外国人向けサービスなのだろうか。チョッと物足りなさが残る。次に露天風呂に移ってみる。一等地だけに周辺は建物に囲まれているので、頭の上までほとんどよしずで覆われ、青空が僅かに見えるだけ。翌朝は男女入れ替えで、そちらの露天風呂に入ったが、こちらの方がまだ開放的であった。ここは温泉が目的だっただけに、“「今一つ」の感だった。
歳をとってからの旅で、いつも気がかりになるのは食事の種類と量である。2食付きの場合、普通のプランに従うと種類や量が多すぎて、食べ切るのも残すのも辛いことがままある。だから最近は質重視の“控えめプラン”の有無も宿泊先を選ぶ大事な条件になっている。幸いここにもその種のメニューがあったので、それを選んだ。焼物・煮物・造りなど概ね懐石料理、メインは上州牛の石焼。山菜などは別にして、おそらく地場のものはこれくらいだろう。期待していしていたのだが、やや硬く味も充分とはいえなかった。
部屋へ戻り大きな液晶TVを点けてみた。右の端5センチ位のところに黒い縦線が何本か走っている。些細な故障であるが、サービス業として「観るのに障害はない」と放置してはならないことだろう。ちぐはぐな和洋折衷、その改築も影響しているのか電気のスウィッチ類の配置や、機能(源が消えたり、部分で切れたり)が分かりづらかったり、何か細部の気配りが欠けている。従業員のサービスに全く不満が無かっただけに「もしかすると老舗も経営が苦しいのかなー」そんなわびしさが残る旅館であった。

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(次回;渋峠を越えて)