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2019年9月28日土曜日

道北ドライブ2000km-20



80yrs Memorial Run to The Northernmost

20.彌彦神社
新潟フェリー港から自宅までは約400km。直帰すれば5時間余りで着いてしまう。これでは時間がもったいないと考え、あまり来ることのない新潟なので最後の訪問先として彌彦神社を選んでおいた。ここで少し時間を潰せば、今日一日が有効に使える。フェリー港を出発したのは9時半、北陸自動車道への道は市内中心部を抜けるのだが、仕事が始まる時間帯と言うこともありかなり渋滞していた。新潟中央ICで北陸道に入り、巻潟東ICで降り、あとは一般道で彌彦神社に至る。1110分神社駐車場に到着。平日の午前と言うこともあり空いている。
実はここをお参りしようと思った動機は、1956年元旦の彌彦神社事件の記憶が鮮明に残っていたからである。越後国一の宮としての歴史があり、源義家・義経・上杉謙信らと縁があるこの神社は人気スポット、大みそかから元旦かけて三万人の参拝客が押し掛け、階段の玉垣が崩れ、将棋倒しになった人々が大勢(134人)亡くなり、大変なニュースになったのだ。毎年ゆく年くる年で紹介されるたびに、このことを思い出すので、この機会にと訪問を決めた次第である。
しかし、鬱蒼たる高い木々に囲まれたそこを鳥居から本殿まで歩いてみると、階段は数段から十数段で傾斜も決して急ではなく、過去の惨事がよみがえるような造りはどこにも感じられない。あとで分かったことだが、あの事件後参道は大改造された結果なのだ。いくつもの山門をくぐり、本殿で帰路の無事を祈る。晴天ならケーブルカーで弥彦山頂まで上がってみることも考えていたが生憎曇天、11時半そこを後にした。
神社から一般道で今度は北陸道の三条燕ICに出て北陸道を南下、長岡JCTで関越道に乗り換える。あとはひたすら都心を目指すだけとなると気持ちもゆとりが出てくるのだが、先の天候が気になる空模様になってくる。越後川口SA1210分到着、ここで昼食とする。このあとの休憩は谷川PAと考えていたが六日町辺りからパラパラきだし、降ったりやんだりが続いて谷川岳周辺は雲の中。結局赤城PAまで休まず走る。降るときは土砂降りだが直ぐ青空が顔を見せるような天気で結構神経を使う。関越道最後の一休みは高坂SA。ここで夕食用の合鴨弁当を求める。
3時に高坂SA出発。天候は完全に雨。これから先は鶴ヶ島JCTで圏央道に入り海老名JCTで東名道に出て保土ヶ谷BP→横々路で自宅に戻るつもりだった。彌彦神社を出発する時“お帰り”でナビをセットした時もそのようなルート表示だったつもりだったが鶴ヶ島JCTの手前でナビが「えびな方面直進です」と言うので「変だな~」と思ったがその指示に従った。補聴器をつけるようになってから聴き取り能力が低下、音量は充分だが正確さを欠くようになった。ナビが言ったのは「えびな」ではなく「ねりま」だったのである。結局練馬IC→環八→第3京浜→保土ヶ谷BSと走ることになり、環八の渋滞でずいぶん時間を食う結果になった。それでも515分自宅に無事着いたから、圏央道経由より距離は短かったのかもしれない。
トリップメーターの数字は710日自宅を出てから2012km、この間の給油量は181.4ℓ、燃費は11.1km/ℓとなり、極めて良好な値だ。ガソリン代総計26,844円、自動車道通行料金総額20170円。
とにかく北海道の走りは素晴らしく、このクルマの持ち味と本州・四国・九州には無い景観を堪能した。もっと日にちをかけても、もうこんな長距離ドライブは出来ないかも知れない。

写真;彌彦神社4

(写真はクリックすると拡大します)

長いこと道北ドライブ記を閲覧いただき、有難うございました。

-完-

2019年9月26日木曜日

道北ドライブ2000km-19



80yrs Memorial Run to The Northernmost

19.フェリーらべんだあ
乗船のラインに並んでいると年代物(1960年代)のマツダコスモスポーツ(ロータリーエンジン車)が何台もやってきた。どうやらグループでツアーをしてきたようだ。北海道をクラシックスポーツカーでツーリングする。良い趣味だ。
フェリー“らべんだあ”は総トン数;14千トン、全長;約200m、速力;25ノット、トラックを主体に200台、人員600人を運ぶ堂々たる大型船だ。私はクルージングの経験はないが、宿泊を伴う大型フェリーは何度か利用している。いずれも古さを感じることは無かったが、この船は2017年就航と言うこともあり飛び切り新しい。
乗り込む前に交通整理の担当者が地上高を測り「かなり凸凹しているのでゆっくり行ってください」との注意がある。3時半頃所定の位置に停めて、フロントのある5Fでチェックインを行い、さらに1階上の船室に向かう。客室は623号室、客室配置としては最上階だ。部屋は左舷側ツィンベッドルームで、往きと違い少し狭いが専用デッキがあるのが良い。やがて別乗船だった家人もやって来る。
5時出港まで1時間くらいあるのでしばし休憩。これからしばらく運転しなくていいと思うと何となくホッとする。それくらい今回は走り回ったと言うことである。出港時間近くになったのでデッキに出てみると、雲間から夕日が差してきている。上手くすると7時頃どこかで落日が見えるはずである。
定刻小樽フェリー港を出港した船は先ず北西に進路を採り積丹半島を左舷に見ながら徐々に半島を反時計方向に迂回して行く。既に出港時からレストランがオープンしているので、少しいつもの夕食時間よりは早いが出かけてみる。
今まで乗船したフェリーの食事はすべて同一価格のバイキング方式だったが、ここは好きな料理を選んで最後に精算するビュッフェ方式。無論渇望する生ビールもある。団体客が乗船していないこともあるのだろう、席も余裕があって直ぐに西の海側に確保できた。太陽はたなびく雲に隠れているものの、切れ目から陽光が差し、夕日の沈むところをじっくり眺めることが期待できる。
食事を終えて後甲板に出てみる。左舷後方には二日目訪れた神威岬が遠望でき、西側には雲の下から、赤い太陽が顔を出し始めている。先へ延びる雲は薄くなっているので日本海に沈むそれを確実に眼とカメラに収められそうだ。まだ時間はあるがデッキの好位置でそれを待つ。誰も考えることは同じ、続々と乗船客が甲板に出てくる。カップルあり、小グループあり、独り者あり、我々のような老齢者夫婦あり。
ついに雲が切れ赤く丸い火の玉が現れる。皆の姿が西日に神々しく輝き、感動の声をあげる者さえいる。完全に太陽が没するのはそれから10分くらいだったろうか。とにかく何度もシャッターを切った。
部屋に戻るともう薄暗くなった海上に明かりがちらほら見え隠れする。漁火なのかそれとも青森沿岸の街明かりだろうか。さらに暗くなってもそんな明かりが時々現れる。
往路の船では海上は穏やかだったが、寝ていて揺れをかなり感じたが、今回はそんなことは微塵もなく、帰路と言う安堵感もあって熟睡する。
船室は東側に在る。翌朝部屋が明るくなったのでカーテンを開くと丁度日の出の時刻、遠い島影(多分粟島)の一部を浮かび上がらせながら、昨夕沈んだ太陽がこちら側から顔を出し、みるみる周辺が明るくなっていく。こんな時「船旅も良いな~」としみじみ感じる。9時丁度“らべんだあ”は新潟港に接岸した。

写真は上から;コスモ、らべんだあ、小樽出港、神威岬、夕日3葉、朝日

(写真はクリックすると拡大します)

(次回;弥彦神社)

2019年9月19日木曜日

道北ドライブ2000km-18



80yrs Memorial Run to The Northernmost

18.富良野経由小樽へ
715日(月)いよいよ北海道も今日一日、夕刻には小樽からフェリーで新潟に向かう。ホテルを発ったのは8時半、天候は薄日、晴れていれば南に十勝岳が見えるはずだが上の方は完全に雲の中。先ず向かったのはその麓の展望台“望岳台”、15分ほどで到着した。しかし早朝だと言うのに既に駐車場は満車、どうもこの3連休で登山をする人たちの車で占拠されてしまったようだ。仕方なく路肩駐車して展望地点を目指す。足元は赤っぽい小石や砂でいかにも火山地帯であることが一目瞭然だ。数人のグループで山へ向かう人が多く、この展望地点だけ立ち寄る観光客はほとんど見かけない。雲が目前に迫っていることもあって、写真撮影を済ませて早々に駐車場に付帯するビジターセンターに立ち寄ってみるが、まだ早いからなのか無人。カウンターに登山者名簿が置かれているだけだった。センターの屋上に上がり北西方面に広がるはずの富良野盆地に目を向けてみたが、そこもうすい靄に覆われ眺望がきかない。
次に向かったのは、ファーム富田のラベンダー・イースト。これは有名なファーム富田の遥か東側に在るラベンダーのみのお花畑で7月から期間限定で開園されている。2011年本家のファーム富田は観ているので今回はここにしてみた。出発前から分かっていたのだが、連絡先の住所や電話番号は本家の方しか記載されていない。いろいろ調べて住所だけは分かったので、ナビにそれをセットして目指した。しかし着いた所はやや大きめの農家と言った風情。どうやらファームを管理する作業場のようで、ラベンダー畑は少し離れた所であることが判明、教えられた通りに進んでいくとやっと観光用駐車場に到着することができた。時刻は10時少し前。時々太陽が顔を出すようになり、明るい空の下で丁度見ごろの広々したラベンダー畑を堪能することが出来た。
別に駐車料金や入場料を取られるわけでもなく、チョッとした土産物ショップが付帯するだけ。ラベンダーの匂い袋を数個求め、見学の謝礼とした。
富良野で給油。ここから小樽へ向かう場合、一旦国道38号線を北西に進み芦別経由滝川ICで道央道を走る方が時間は早いのだが、幹線道路であまり面白そうではない。そこで道道135号線から国道452号線(夕張国道)に入り道央道三笠ICへ出る南西へ向かうルートを採ることにした。しかし、この道は思っていたより交通量が多く、札幌方面と富良野・美瑛を結ぶメインルートの感があった。また期待していた山岳ドライブも一気にトンネルで抜けてしまい、道内ファイナルランとしては盛り上がりを欠く結果になった。
三笠ICで道央道に入り岩見沢SAに丁度12時に到着、ここで昼食。イングリッシュガーデン風の小公園が北海道ガーデン街道の締めくくりをしてくれる。
あとは日本中どことも変わらない自動車専用道、道央道→札幌自動車とつなぎ小樽ICで降り、ガソリンの余裕は充分だが、明日の新潟弥彦神社観光に備え給油を行い、小樽運河倉庫地帯の一画に駐車ししばし運河地帯の観光を行った。とにかく大変な人出、過去二度ここを訪れているが、賑わいは遥かに今の方があり、特に外国人が多いことが当時と全く異なる。
フェリーの出港時刻は5時だが1時間半前にチェックインを求められているので、運河観光の後はフェリーターミナルの直行、3時には手続きを終わり。乗船ラインに並ぶ。往きの太平洋フェリーにくらべ乗用車・トラックとも数が少ないのは連休だからなのだろうか?それとも日本海側はいつもこんなものなのだろうか?


写真上から;望岳台、ラベンダー・イースト3葉、岩見沢SA小公園、小樽運河2

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(次回;日本海フェリー;ラベンダー)

2019年9月16日月曜日

道北ドライブ2000km-17



80yrs Memorial Run to The Northernmost

17.青い池
東側へ向かう旭山動物園や旭川空港への道路標識を見ながら、花人街道(国237号)を南下し、美瑛駅の近くで道966号に入ると白金温泉方面を示す案内が現れる。ここを進めば青い池経由で宿泊先のホテルも間近だ。この方面を最終泊地に選んだのは、温泉に浸かりたかったのと“青い池”観光にあった。ことに青い池は2011年の道東ドライブでその存在を知っていたのだが旅程の関係でパスしただけに、何としても来たかった所である。人気スポットだけに、連休の中日でということもあり、駐車のことが気になっていたが、「夕方だから何とかなるだろう」と楽観していた。実際南へ下る車にくらべ、北上する方が多いから、読み通りと思っていた。
先ず立ち寄ったのはビジターセンター。時刻(4時)のわりに駐車スペースは埋まっていたが何とか確保できた。しかし、ここから池まではまだかなりあり、ハイキングはともかく、ここで停めて歩くわけでではないことが分かる。さらに2kmくらい進むと、池に隣接する駐車場に入る待ち行列が出来ている。しかし、動いているので一安心。やはり帰る車が多くなっているのだ。410分クルマを降りて観光に入る。
この池は、十勝岳の地下水を水源とする美瑛川防災のために作られた堰堤にせき止められて出来上がったもので、上流から流れ込む水にアルミ系の微粒子が混ざっており、それが光に反射して青みを帯び、独特な色合いになるようである。想像していたよりかなり小規模だった。背景の山の緑、池の中の立ち枯れた木々、晴天なら十勝岳をバックに素晴らしい景色が楽しめるのだが、今日は残念ながら曇天、それにこの時刻でも散策路は人でいっぱい。とても静かな水辺とは言えなかった。それでも、他では見られない景観に、はるばる来た甲斐はあった。
ホテルパークヒルズ白金はここから5分くらいの所に在る。チェックインしたのは5時丁度、あまり特色の無いリゾートホテル。温泉地ではこじんまりした旅館に泊まりたかったが、2カ月前の予約段階でここしか空き室なかった。朝食のビュッフェはともかく、夕食もバイキングのみ、大食堂(とてもレストランと言う雰囲気では無い)でのそれは喧騒の極み、旅情を味わうどころではなかった。ただ、従業員は皆一生懸命サービスに努めていること、部屋は清潔で決して居心地が悪いわけではなかったこと、大浴場はまずまずだったことは救いであった。
このホテルで唯一良かったのは、青い池に流れ込む源流、白ひげの滝が間近に見られることである。

写真上から;青い池3葉、ホテル、白ひげの滝

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(次回;富良野から小樽へ)

2019年9月14日土曜日

道北ドライブ2000km-16



80yrs Memorial Run to The Northernmost

16.上野ファーム

前日稚内のホテルで家人から翌日の立ち寄り地点について変更の可否を問われた。当初予定の三浦綾子記念館ではなく、上野ファームに行けないか?と言うものであった。この日の最終目的地は美瑛の白金温泉。その前に前回の道東ドライブでは訪れることのできなかった、温泉の手前に在る“青い池”に寄るのがオリジナルプラン。三浦綾子記念館は名寄と旭川の中間点に在り、青い池へのルートを考えるとほとんど寄り道にならず、夕刻までにチェエクインすることを考えると、青い池観光に割ける時間はこの方が好ましい。しかし、正直言って日本文学に全く興味の無い私にとって三浦綾子記念館は時間の無駄と言う考えは早くからあった。こちらが言い出す前のこの変更提案は大歓迎である。地図を調べてみると、やや迂回路になるがさほど計画していたルートを外れないことが分かり、美深で昼食後は道央道の無料区間を旭川北ICまで行き、そこから上野ファームへ向かうことことにした。
2011年道東ドライブは先ず富良野・美瑛を目指すところから始まり、最初の訪問地が倉本聰のドラマで有名な富良野プリンスホテル隣接の「風のガーデン」。その後花人街道を北上、「ファーム富田」や「四季彩の丘」などを巡り、釧路湿原を経て、今度は帯広を中心に「十勝ヒルズ」「六花の森」「紫竹ガーデン」「十勝千年の森」など観て廻る、当に庭園巡りの旅だった。そしてこの時唯一欠落していたのが上野ファームだったのだ。「風のガーデン」の設計者として知られる上野砂由紀だがここが在ったからこそ倉本からドラマの舞台づくり任された所なのだ。
旭川市の南東部にあるここは、道路はきっちり直行する広々とした畑地が広がる先に在り、クルマを使わない人は石北本線の桜岡駅からシャトルバスで来るようである。ファーム到着2時半。今日は日曜日、西口一般駐車場は満車近かったが何とかスペースを確保できる。大型バスの駐車は反対側の東口に在り、両方から入場できるようになっている。インバウンド客も含めてかなりの人出だ。ゆっくり見学したいなら平日に訪れるべきだろう。
上手い所に設けたものだと思うのだが、周辺は平坦なのだがここはチョッとした小山が在り、その高低差も利用して見事なイングリッシュガーデンが展開する。「ファーム富田」や「四季彩の丘」がいかにもお花畑ぜんとしているのに対して、ここは当に“ガーデン”。北海道ガーデン街道の中で最も“庭”らしい景観だ。さすが倉本が選んだだけのことはある。
観光案内に必ず載っている“ミラーボーダー”がオレンジ色のレンガを対称に左右に広がる。“マザーズガーデン”ここの庭づくりの第一歩だったところ。こんな名前でそれぞれの演出を示す“庭”が10ほど1600坪の敷地に広がっている。どこを観ても花の高さに変化があり、複数の品種(全部では2000種)が、彩に配慮して植えられているので、庭や散策路と一体となって美しさを際立たせている。またこの庭は花ばかりでなく高い木々(主に白樺)も植えられており、陰影を作り出しているのも効果的だ。
2007年滞英中訪れた何ヵ所かの邸宅庭園より遥かに好ましい印象を得た。こちらの方がより自然に近い感じを持てたのだ。「イングリッシュガーデンを学ぶなら英国まで出かけなくてもここで充分」と言われるのももっともだ。立ち寄り点を変更したことは大成功であった。1時間少々をここで過ごし、今日の最終観光地点“青い池”に向かう。


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(次回;青い池)

2019年9月4日水曜日

道北ドライブ2000km-15



80yrs Memorial Run to The Northernmost

15.エサヌカ線
今回のドライブ計画で走りのポイントとして選んだのは、積丹半島を巡る“カブトライン”、長躯日本海沿いを北上する“オロロン街道”、そして通常の道路地図には名前を記されることもまれなオホーツク海に沿って走る猿払(さるふつ)村道“エサヌカ線”、の3か所である。知ったのは、事前調査でこの地方を走った幾人かのオートバイライダーの動画をチェックしていた時である。その景観は半端ではなかった。長距離の直線道路がどこまでも続き、信号は無論、電柱、ガードレール一切なし。両側は牧草地対向車や前をゆくクルマもない。オロロン街道の後半部と似てはいるが、直線度・平坦度でこちらの方が徹底しているし、国238号がほぼ並走している(見えないが)のにわざわざ何でこんな道を造ったのか、好奇心が沸く。加えて妙な名前である。北海道に多いアイヌ語由来かと思ったが、現時点でも判明していない。
雲中の宗谷丘陵を抜けオホーツク海を左間近に見る国238号に戻る。もうそこは猿払村、この地方の主要国道であって交通量はそこそこあるが、重い空模様も相俟って寂しさ一入の感だ。しかし、帰宅してから“猿払”を調べてみると、何と個人平均所得全国自治体4位の金持ち村なのを知った。豊かさの元はホタテ漁である。道の駅さるふつ公園には村営ゴルフ場まで併設されていた。こんな過疎の地で一体誰が?これもあとで知ったことだが過疎化はホタテ漁に深刻な影響が出ているようだ。
道の駅は村の中心部(?)からかなり北に位置し、国238号をさらに南下してエサヌカ線に入るのだが、この分岐路が分かり辛いく、ライダーたちも引き返したりしている。事前に彼等の動画とグーグルアースで確認しておいた猿払川を渡ったところで海岸方面に向かうと小集落が現れ突き当り右折して集落内を抜けると、エサヌカ線の始点(終点)が現れる。遥か先まで通じる道路上にクルマもバイクも居ない。生憎空気はしっとりと重いが今回のドライブラストラン開始である。
最左端はオホーツク海そこから道路までは低い灌木や熊笹、道路の右は広大な牧草地。こんな景観が一直線(厳密には小クランクが二カ所ある)に18kmも続くのだ。途中には駐車スペースは無いが、この直線道路に直交する形で農道が幾筋も通っているのでそこを利用して停車・写真撮影ができる。ライダーたちがそんな所でお互いに記念撮影をしているのでこちらもそれに倣う。彼らも一気に駆け抜けてしまうのは惜しいと思っているのだろう。こちらも同感、何度も停車して、沢山の白いカバーに覆われたヘイ(牧草を海苔巻き状に巻いたもの)など、ここ以外では得られない景観を眼底に収める。終点で右折すると並走していた国238号に達し浜頓別の街中で国238号は左に向かい、ここから国道番号は275号と変わって音威子府(おといねっぷ)、名寄へと南下していく。
前日までこの後は名寄で昼食を摂り小説「氷点」で有名な三浦綾子記念館に立ち寄る予定にしていたが、それより旭川から美瑛への途上に在る上野ファームを訪れる方が良いと家人が提案してきていたので、名寄北の美深から道央道の無料区間を利用して旭川北ICを目指すこととする。その前に道の駅みぶかで昼食を摂る。空は明るく空気も乾いてくる。

写真上から;猿払公園ゴルフ場、同道の駅、エサヌカ線3

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(次回;上野ファーム)