■「文春砲」に思う
菅内閣、特に菅首相の評価が芳しくない。ついに女性差別改善の目玉だった内閣報道官も、接待疑惑で辞職した。追い詰めたのは「週刊文春」、スクープ記事連発、今やその筋(と言っても芸能人、スポーツ選手から政治家、経済人、はては皇室まで多様だが)の著名人から「文春砲」と恐れられるメディアである。国家権力や社会に影響力のある人物・組織の不正や暴走を監視しさらに防止するのがジャーナリズムの使命である以上、今回のような官民癒着の暗部にメスを入れることは大いに評価する(と言うよりも録音まで押さえていたことに驚かされた)。しかし、新聞広告でしか内容は知らないものの、週刊文春に限らず週刊誌の記事には、芸能人のスキャンダル(不倫問題など)に代表される個人の私生活を暴き、時には不当に社会的抹殺を図るようなものも多い。個人的には、その卑しさに嫌悪感を催し「お前らは正義の味方でも裁判官でもない!分を知れ」と叫びたくもなる。
もう死語だが、1960~70年代“トップ屋”なる言葉があった。話題になりそうなテーマを独自取材し、それを雑誌社などに売り込むフリーランスのジャーナリストのことである。当時既に企業スパイ戦を扱った「黒の試走車」などで有名作家になっていた梶山季之(故人)はそのはしり、「週刊文春」創刊に社外スタッフとして参加、情報を集めるデータマンとそれを記事としてまとめあげるアンカーマンの組合せを確立させたと言われている。ただ彼の場合それ以前に文筆家として既刊の雑誌等に寄稿・投稿していた経験があり、両者の役割を一人でこなせる力量を持っていたから、何でもかんでも話題性があればいいと言う無節操な姿勢ではなく、“社会性”の次元が現在の週刊誌より高かったように思う。
トップ屋ではないが週刊誌からスタートしたノンフィクション作家に草柳大蔵がいる。東大法学部在学中に学徒動員(特攻隊訓練時終戦)された戦中派、復学・卒業後就職難で中小出版社を転々、大宅壮一の助手になり頭角を現しやがて「週刊新潮」の創刊に関わることになる。大宅が主宰した“ノンフィクションクラブ”の創設メンバーでもあり、この時代「女性自身」の創刊でも中心的役割を果たした経緯は武田徹「日本ノンフィクション史」に詳しく紹介されている。女性週刊誌は芸能人や皇室(主に女性)を早くからテーマにしているが、草柳はこれにどの程度関わっているのであろうか?私は専らノンフィクション作品で知るだけ、「実録満鉄調査部(上、下)」は、現代から見ても一流のシンクタンであるその歴史と活動を、構想10年、調査(ワシントン国会図書館を含む)に3年かけ、「週刊朝日」に1年3カ月にわたり連載された重厚な作品。所持する満洲関連図書では児島譲「満州帝国(全3巻)」と並ぶ永久保存書である。軽妙で時宜を得た女性向け記事で「女性自身」をその分野のトップに押し上げる一方、先の「満鉄調査部」や1966年文藝春秋に連載し読者賞を受賞した「現代王国論」(創価学会、日本共産党、NHKから電通、読売巨人軍、代々木ゼミまで13の王国の内情を探る)、「池田大作論」など硬派のノンフィクションも多く著したその才覚は一流ジャーナリストの証、芸能人スキャンダルや著名人の醜聞をネタにする軽佻浮薄な世界に無縁であった。もしこの人が健在であったら、“モリカケ”よりははるかに巨悪の臭いがする総務省(旧郵政省)と放送・通信業界の闇を追及してくれたような気がする。
今回の菅首相絡みの総務省接待問題と「文春砲」で即浮かんだ名前は立花隆だ。1974年文藝春秋11月号に載った「田中角栄研究-その金脈と人脈-」は同年12月首相田中角栄をその座から引きずり降ろすことになる。立花は1964年東大仏文科卒業後文藝春秋社に就職、「週刊文春」編集部に配属になるが担当はプロ野球、これが不満で1967年に退社している。その後東大哲学科に学士入学するが大学紛争でまともな授業を受けぬまま1970年に中退、一時バーの経営をしながら「諸君」「文春増刊号」「週刊文春」などにルポライターと大学紛争関連記事を書き、1972年ジャーナリストとしての活動を本格化する。第一次田中内閣発足は1972年7月だから、その前後から情報収集・取材を初めて2年後「田中角栄研究」を世に出したことになる。同じ時期米国ではニクソン大統領の側近が民主党選挙対策本部の盗聴を行い(1972年6月)、これをワシントンポストの記者、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタイン記者が独自調査を行い1974年8月、ニクソン大統領は辞任する。3人が放ったのは砲と言うより核弾頭級の爆発力だった。立花はこの後政治や社会分野に留まらず、「脳死」や「宇宙からの生還」のような理系のテーマも手掛けるようになり、ノンフィクション作家としての地位を確立する。
梶山季之、草柳大蔵、立花隆、いずれも一時期「文春砲」のトップ屋のような立場を経験しながら、物書きパパラッチに留まらず、作家として大成した。果たして総務省接待疑惑から何が飛び出すだろうか?
0 件のコメント:
コメントを投稿