2025年1月31日金曜日

今月の本棚-198(2025年1月分)

 

<今月読んだ本>

1UNIT XRaj M.ShahChristopher Kirchhoff);Scribner

2)キャラヴァンは進む(沢木耕太郎);新潮社(文庫)

3)エリート過剰生産が国家を滅ぼす(ピーター・ターチン);早川書房

4)観光消滅(佐滝剛弘);中央公論新社(ラクレ新書)

5)コードブレーカー(ジェイソン・ファゴン);みすず書房

6)戦車兵の栄光(コリン・フォーブズ);新潮社(文庫)

7)アメリカの罠(大和和基編);文藝春秋社(新書)

 

<愚評昧説>

1) UNIT X

-強固な軍産複合体に挑み、新たな軍事技術結実を支援する官製ヴェンチャーキャピタル-

 


2007年企業人生を卒業、念願だったOROperations Research;軍事作戦への数理応用)歴史研究のため渡英、英米を中心に軍事科学技術に関する多くの情報を得た。そこで気づいたことが二点ある。第一は英米と日独の軍人と科学技術者の関係、日独は用兵者が上位、科学技術者(技術将校を含む)下位に置かれているのに対し英米では対等の立場にあること。第二は、英国における科学技術者活用が個人ベース(ここを中心に小組織を構成)であるのに対し、米国は大規模な組織化で総力戦に当たっていたということである。その代表はヴァンニーヴァー・ブッシュMIT教授を長とする大統領直属の学者グループ、その下で軍や企業あるいは大学がおのおのの研究テーマに従ったプロジェクトを推進、原爆開発のマンハッタン計画もその一つであった。この体制は終戦後解散したものの、冷戦が激化すると(スプートニク・ショックがきっかけ)1958年国防総省高等研究計画局(Advanced Research Projects Agency;略称ARPA(アルパ))として新規再編成される。そこで生み出されたARPANetが今日のインターネットとなり、GPS(位置情報システム)はカーナビを始めとする商用システムに転用されている。その後ARPAは頭にDefenseが付きDARPA(ダーパ)と改称、現在米軍事科学研究頭脳の役割を果たしている。しかし、そのDARPAも長年の軍産複合体体制の中守旧派官僚機構に変じ、21世紀になるとICT最前線を行くシリコンバレーとは疎遠な関係になってしまう。「これではいけない!」と先端技術活用を思い立ったのは第25代国防長官(2014年~17年)のアシュトン・カーター、長官直属の革新技術実験機構(Defense Innovation Unit Experimental;略称DIUx;別称UNITx)を創設する。本書はそのUNITx創設メンバーが語る、活動記録である。

DARPAUNITxともに自らは研究開発機関ではなく、ユーザー(軍)とメーカー・研究開発者を結ぶことが役割である。大きな違いはDARPAが年間3040億ドルの予算を使って先端軍事技術を開発するのに対し、UNITxは当初数十万ドルの資金を融通してスタートアップ企業の技術実用化を支援するところにある。一種の官製ヴェンチャーキャピタル+仲人がその実態と言ったところだ。ただ両者は対象・規模は異なっても、重なる領域があり、ここに縄張り意識の激しい官僚機構運営の難しさがある。それもあり、本書では興味ある広義の新兵器(官民デュアルユース)が数々紹介されるが、技術に関する解説よりも、政治・行政(採否、予算、実用化、調達)面での苦心談が中心となっている。

ペンタゴン(Pと略す)とシリコンバレー(SV)が疎遠であった背景について端的にまとめれば、軍服とジーンズ+Tシャツ文化の違にある。会議ばかりのP対直ぐに行動開始するSV、契約書を始めとする文書中心のP対握手で済ませるSV。かっちりした完成品を求めるP対試行錯誤でゴールを目指すSV、兵器産業(Prime)重視のP対民需主力のSV。それにヴェトナム反戦活動から継続するSVの反権力体質。結果としてPの伝統方式では時間とカネを要し、軍事環境変化に対して即応性を欠く結果になる。カーター長官は政治学者であるが学部では物理を修めた人、これを改めるべくUNITxを創設する。著者の一人Rajはプリンストン大・ペンシルベニア大大学院で学んだヴェンチャーキャピタリストだがイラク戦争にF-16戦闘攻撃機パイロットとして従軍した経歴を持つ。Chrisはハーバード大で学んだ後ケンブリッジ大学で博士号を取得、国家安全保障局(NSC)スタッフ(戦略計画担当)、統合参謀本部民間アドヴァイザーを務めている。事実上この二人がUNITxの産婆役、ワシントンから遠く離れたシリコンバレーに隣接する空軍施設内にオフィスを開設、人集めも二人が中心になって進める。導入部で語られるRajイラク戦争時(2003年)の体験談がその後の活動を象徴する。当時のF-16の航法システムは固定式で移動とともに画面が自動的に動くものでは無かった(カーナビはすでに自動移動になっていた)。飛行中適宜管制センターの指示で画面を切り替える方式だったのだ。ところがイランとの国境近くで通信が途絶えてしまう。一歩間違えれば領空侵犯で対空ミサイルが飛んで来かねない。咄嗟に私用のiPhoneで位置確認をし事なきを得る(私用のスマフォを機内に持ち込むことが許されているのだろうか?)。

中東域軍用機管制システム開発における、Primeであるグラマン・ノースロップ社と小規模なSVシステム開発会社の比較(8年対3ヶ月)、高性能米国製偵察・攻撃用ドローン(プレディター、リーパー)と安価な中国DJI社製マルチコプター(ホビー用)の有用性(イスラム国紛争やウクライナ戦争ではDJIが遙かに有効)、北朝鮮核開発監視用小型衛星開発(安価なものを多数ばらまく;Primeは不可と回答、スタートアップ企業が実現する)、など具体例を挙げながら実名(組織名、人名)で守旧派との戦いが描かれる。

この守旧派は狭義の軍産複合体(PPrime)に止まらず議会も含まれ、ロビー活動などに無知なSVスタートアップ企業を指導することや軍事委員会の議員を説得するのもUNITxの役割となる。この点で気になるのが行政機関の長の政治任用である。カーター長官はオバマ大統領に登用され、トランプ政権発足後退任、後任はマティス海兵隊大将でUNITxに理解があったが、当時のトランプ大統領は先端技術に関心が薄い人物として描かれている。第二期ではSVと関係が深く、トランプ側近のイーロン・マスクが政権入りするようだが果たしてどうなることか?

 

2) キャラヴァンは進む

-人気ノンフィクション作家の随筆全集。「深夜特急」はまだまだ走り続ける-

 


随筆というのは手軽に読める割に奥の深いものだが、その良さを理解し楽しむにはある程度人生経験が必要だ。私がこれに目覚めたのは、大学生時代購読していた月刊「航空情報」の“晴天乱流”と題するコラム欄に寄稿していた航空学者佐貫亦男の短文による。わずか2ページから、独日米英の航空技術・文化を学ぶことができた。次いで惹かれたのは就職間もない時期、寮の食堂に置かれていた週刊グラビア誌「アサヒグラフ」で目にした作曲家團伊玖磨による“パイプのけむり”である。身近にある物事をこんな眼で考察するのかと感心させられることばかり、特に動植物や自然に対するそれは、不得意分野だけに学ぶことが多かった。最初の家を三浦半島に構えたことに、この随筆の影響があったことは確かだ。この團が書き物の師としていたのが「阿呆列車シリーズ」で有名な内田百閒、とぼけたような表現の中にピリッとした世相批判が込められ、この薬味はパイプのけむりに共通する。ビジネスマンとしての作法を教えてくれた山口瞳、アメリカ現代文学への接近を導いてくれた常盤新平と続き、今は専ら本書の著者沢木耕太郎である。

沢木の作品に始めて触れたのは1986年刊の「深夜特急 第一便黄金宮殿」、第3巻まで続くシリーズは香港・マカオに発しバスでロンドンに至る貧乏旅行、のちに日本のみならず韓国・中国の若者バックパッカー達のガイドブックにまでなる、ノンフィクション作家としての代表作である。これをきっかけに、感性豊で品の良い筆致に惹かれ、愛読するようになる。本欄ですでに10作品を取り上げているが七つは随筆、そしてこれが文庫本としては最新作となる(単行本は2018年出版;2分冊となり後編が今月末発刊)。

それぞれの初出がどこに寄稿されたか記されていないが39話、時期は19944月から20183月と長い。テーマは私の期待する旅が多いものの、スポーツ、交友関係、執筆活動など様々、頁数も3から30まで幅がある。つまり、著者の随筆全集と言った趣だ。それだけに、思わぬ沢木像を知ることができ、これからの作品にますます期待する結果になった。

以前読んでいたときから薄々感じていたことだが、これだけ多様なテーマの話題を並べられはっきり見えてきたことは、作家ゆえ当然とはいえ執筆姿勢や言葉へのこだわりである。“すべて眼に見えるように”は子供の時は作文が苦手で夏休みの宿題が疎ましかったところから始まる。あるとき聞き上手な人に問われるまま答えたことをまとめてみると、それなりに読める文章になることを教えられ、ものを書く要領を会得してノンフィクション作家を目指すことになる。言葉へのこだわりは至るところで語られる。“茫然”と書いたあとで、これは驚き呆れたのだから“呆然”とすべきだと訂正する。“心が折れる”なる用語を読者に批判されると(こんな軽薄な表現を貴方も使うのか)、どこに出典あるのか探り、杜甫の詩の中にそれが在ることを見つけ出し安堵する。

「深夜特急」の旅は1970年代の話。当時の日本は昇竜の勢い、アジアはいまだ貧しい時代。40年後の2015年振り返るのは“鏡としての旅人”と題する一話。成長から成熟に変わったにも拘わらず日本の政治家は沸騰するアジアの中心に居たいと願っていることを批判し、1959年池田首相が「所得倍増論」を掲げた数日後、三島由紀夫が新聞に寄せたエッセイを紹介する。そこには「世界の静かな中心であれ」とあり、これこそ現在の日本にふさわしいと結ぶ。三島の生誕100周年、考えさせられる一言だ。

 

3) エリート過剰生産が国家を滅ぼす

-革命は大衆の意気と数だけでは成らない。野心を満たされるぬエリートこそが問題なのだ-

 


大学入学初年度、一般教養英語の夏休みの宿題は「英語の本を一冊読み、その感想文を提出すること」だった。そのために読んだのがチャーチルの「My Early Life(わが半生)」、幼少から初めて代議士になるまでを叙したものだ。ここで妙に記憶に残り、その後様々な場面で思い起こされる一言がある。「戦争が残酷なものになったのは大衆動員(徴兵制)が行われるようになってからだ」の意がそこに記されていたのだ。戦後の経済復興とスプートニク・ショックで理工系志願者は多く入試も一段と厳しい中、やっと入学したものの定員や学部新設も増える中で就職は大丈夫だろうか、が自身に関わる最初のアナロジー。スキーは地場の人を除けば、経済的に余裕のある人々の遊びから大衆スポーツに転じ、どこもリフト待ちの長蛇の列。マイカーブームによる渋滞、マイホーム獲得の狂乱、とチャーチルの箴言は至る場面で思い起こされた。本書のタイトルを眼にしたとき、最初に浮かんだのもあの一言である。

本書を貫く話題は米国における経済(資産・所得)格差問題である。しかし論旨はトマ・ピケティの「21世紀の資本」に代表される現時点の経済学的分析を深めるものではない。格差の結果もたらされる社会・政治環境、特に権力構造の変化を長期的に考察、支配層(エリート)の権力抗争激化による社会革命到来の可能性を論ずるものである。ここで著者が適用するのがクリオ・ダイナミックスと称する歴史動力学論、膨大なデータを用いて「歴史の法則」を見つけようという試みである。経済学に限れば「コンドラチェフの波」(景気の波動性)がよく知られているが、このような考え方を社会変動に導入するのである。データが多種・多様・大量でモデルの複雑性から“数理歴史学”とでも言える斬新な手法である(ただし、本文中には一切数学モデルは表れず、付録として巻尾に60頁にわたり解説される方式なので、読む分には煩わしさを感じることはない)。

本書の対象はアメリカという国家・社会。大きな権力構造変化として南北戦争、大恐慌を前例として現代を分析する。補完材料としてフランス革命、清朝末期の太平天国の乱、ロシア革命、ソ連崩壊あるいは近現代各地で発生している軍閥国家などにも言及する。革命は一般市民の不満が堆積し反権力の大きなうねりを生じて成就するような印象が強いが、決して自然発生的な大衆の力だけでそれが実現するわけではない。それを利用して取って代わろうとする組織が在って実現するのだ。著者はこの組織(集団)に着目する。反権力の中核を成すのはエリート志願者でありながら、そこに到達できなかった者たちがそうなるのだ。例えば、フランス革命の根底に分割相続から来る、資産・権限の縮小がある。父の代の生活水準を維持できない貴族の子弟がリーダーとなっているのだ。現下の米国の格差では貧困層拡大の一方で富裕層の絶対数は増えているが、権力の座はそれとは比例せず、椅子の数は限られている。つまりかつての富裕層が保持していた権力を享受できない者が増え、日常生活に差し障りがなくても不満が募ってくる。これが下層の反エリート風潮と共鳴することにより転換力が起こる。学歴中心に語られるエリート(これも本書の中で触れ、授業料高騰による広義の投資効率の低下。ポスドクの就職難が取り上げられる)以上にこの富裕層エリート予備軍の過剰が、社会的混乱の根源と著者は見るのだ。同じ富裕層でも上位10%より1%、さらに0.1%と絞り込まれるほど権力志向が強まるとの研究結果も示される。

この歴史動力学で注目するのが革命勃発の予兆に関する考察である。経済に絞れば賃金・収入となるが、不安が増長していくのは実質賃金ではなく相対賃金(賃金を一人当たりのGDPで割った数値)の挙動にありとする。そして1970年中頃から(つまり新自由主義市場経済が本格的に動き出してから)この値は約40年間低下を続けているのだ。加えて平均寿命・出生児余命・身長・自殺なども確実に停滞・低下しており、これは南北戦争や大恐慌時と同様の傾向を示していると、現代の危機を定量的に示し、「間違いなく私たちは、とりわけ騒然とした時代へ突入している」と結ぶ。

著者は1957年ソ連生まれ、モスクワ大学生物学部で学んでいた1977年父親と米国に亡命、ニューヨーク大学で生物学学士号、デューク大学大学院で動物学博士号を取得、コネチカット大学名誉教授。この間生物学から歴史学に転じた経歴を持つ。

本書の原著出版は20236月だが随所にトランプ批判があり、「公職(議員や官僚)をまったく経験したことのない唯一の大統領」と、米国社会不安定化を象徴する人物としてその適性に疑問を呈している。その人が二期目を務めることになった今月、様々な思い(米国はどうなるのだろうか?世界は?日本は?歴史動力学は正当な学問になるだろうか?)で本書を読んだ。原題は「END TIMES(終わりの時)」、複数になっているのは、歴史的に何度もあったことを意味するのだろ。時宜を得た一冊だ。

 

4) 観光消滅

-インバウンド増加の中で、子育て世代人口が減り続ける京都市。観光地は消滅自治体でもあるのだ-

 


本格的に旅を楽しむようになるのは引退後の2007年以降。念願のスポーツカーを入手、2020年まで沖縄県を除く全都道府県を走破した。最近旅行会社から届くパンフレット記載のツアー観光地はほとんど網羅している。足は自分のクルマだから手配するのは宿泊先だけ。専らネットで行ったが、必須条件は団体客の入らないところ。自ずと繁華な場所を離れた、小規模な旅館・ペンション・プチホテルとなる。時代が下るに従い、こんなところにも外国人を見かけるようになる。明らかに個人旅行者だ。すでに“観光立国”の話題はメディアで報じられてはいたが、まだ意外な感があった。クルマ旅をやめてから5年、コロナ禍を挟んで状況は一変、今や年間3千万を超すインバウンド(訪日客)による負の面がクローズアップされるまで状況は激変、本書はそこに焦点を当てた一冊である。それにしても“消滅”はいささかオーバーな表現だが、 “地方消滅”からの借用と文中にあり、今後の対応次第では立国どころかインバウンドの激減のみならず、観光消滅さえ招きかねない、と“立国”の現状を問いただす内容になっている。

著者は1960年生まれ、大学卒業後NHKに入局、クローズアップ現代などの番組制作に携わってきた人。この時代から多くの世界遺産を取材、退局後も含めると、その半数を訪問したとある。現在は城西国際大学観光学部教授。前著に「観光公害 インバウンド4000万人時代の副作用」(2019年祥伝社刊)がある。

京都における路線バスの超混雑、庶民の買い物の場であった各地市場の変容、ホテル・旅館確保の難しさ・料金高騰などはオーバーツーリズ(観光公害)としてすでによく知られているところだが、入国審査の長蛇の列、太宰府天満宮門前に並ぶ外国人(特に韓国人)相手の露天、居住者利用がままならない沖縄慶良間諸島に渡るフェリーなどあまり知られていないところにも目を向け、問題が訪日客側ばかりでなく、受け入れ側にもあることをつまびらかにする。その根源と著者が指摘するのは、観光立国=訪日客増=経済効果大という単純発想、政府も地方自治体もジャーナリズムもこれにとらわれ、数字ばかり追っている風潮である。例えば世界遺産、本来これは歴史・文化保護を目的とするもので観光とは無関係である。他国では厳しい条件の下、むしろ立ち入り・入場制限を課しているところさえある。しかし、我が国では専ら観光の目玉と登録に狂奔、自然破壊・文化破壊が危惧される所も出てきている。

さて“消滅”である。海外の富裕層を狙い各地に高級ラグジャリーホテルの建設が進んでいる。京都には一人一泊5万円以上のホテルが2020年以降24年完成予定を含め11施設開業。この内10は外資、もうけの大半は海外の本社に吸い上げられる。それだけで済まないのが、これら建設に伴う市中の不動産価格上昇である。全国で1700在る地方自治体の中で、2020年・2021年連続で人口純減数1位は京都市、最多は2529歳、次いで3034歳、三番目は04歳。つまり働き盛り・子育て世代が、家賃上昇でこの地を離れているのだ。第二の消滅ファクターは人手不足。宿泊・輸送関連は特に顕著。また、観光の目玉の一つ、祭りが担い手不足で中止されるケースが増えている。人手不足→値上げ→需要減の悪循環に陥る事態も予想される。実は、日本創成会議がまとめた「消滅可能性都市」と観光地はかなりの重なりがあるのだ。さらに問題視するのは気候変動や紛争、これは日本に限ったことではないが、桜や紅葉のシーズンがずれたり観られなくなる事態も生じかねない。

一般の日本人には法外としか思えない価格破壊(ニセコ;ハンバーガー20002500円、豊洲市場「千客万来」;最上級海鮮丼18千円、焼きタラバガニ足一本6千円、築地場外市場;ウニ盛りステーキ串6000円)、観光税や二重価格制の問題点、廃線・運休による交通インフラの劣化、地方創生の名の下丸投げされる観光補助金(不正の温床)、オリンピックや万博の経済効果に対する疑問(ロンドンオリンピックでは訪英観光客は減じ、他の欧州諸国へまわった)などにも触れ、「観光立国」問題点総覧という内容だった。

 同種の出版物では見かけなかった指摘に、最近の若者が積極的に海外に出ないことへの危惧がある。外へ出ることで内を見る目が育まれ、新たな「おもてなし」が生まれるとの考え方である。自然や遺産だけに頼る観光へ一石を投ずる、教育者でもある著者の卓見だと感じ入った。

 

5) コードブレーカー

-禁酒法下の密輸取締、中国からのアヘン輸入摘発、第二次世界大戦では南米諸国を連合国に取り込んだ凄腕女性暗号解読者の伝記-

 


何の教科だったか思い出せないのだが、高校の授業で劇作家シェイクスピアは哲学者で政治家のフランシス・ベーコンと同一人物との説があることを聞かされた。あれから70年近く経た現在、本書を読んでその由来を知ることになった。コードブレーカーとは暗号解読者のこと。ベーコンが自らの政治信条や王族との関係を暗号化し作品の中に埋め込んで、後世誰かがそれを解読し、ベーコンの真の姿を明らかにおしてくれることを期待していたと言うのだ。本書は暗号史に残る米女性暗号解読者エリザベス・スミス(ESと略す)の伝記である。彼女の夫、ウィリアム・フリードマン(WFと略す)は日本外交暗号パープル解読者として知られており、その協力者として位置付けられていたが、本書ではそれ以上の存在であったことを明らかにする。そして彼女が最初に取り組んだ暗号がシェイクスピアの作品群だったのである。

ESは英国から移住したクエーカー教徒の子として1892年インディアナ州で誕生。農家の9人兄姉の末っ子である。家は貧しいが父から利付きの借金をしてカレッジ(女子大)に進学。ここで詩と哲学を学び高校教師となるがその職に飽き足らず、研究・執筆の職を求めてシカゴに移る。ここの図書館でシェイクスピアの稀覯本に関心を持ったことが縁となり、大富豪ジョージ・フェビアン(繊維業で成功、シカゴ近郊に広大な敷地を持ち、そこにリバーバンク研究所を創設、科学・文化研究に務める)に、既に先任者が着手しているシェイクスピア=ベーコン説に基づく暗号研究の助手に採用される。これが暗号界への第一歩である。のちに夫となるWFはユダヤ系ロシア移民の子、こちらも貧しいがコーネル大学で遺伝学を専攻、この研究所で農産物の品種改良研究に従事している。

第一次世界大戦開戦、ドイツはメキシコに米国攻撃をうながす秘密工作を謀り、のちに“ツィンマーマン文書”として知られる機密文書を無線送信するが、これが傍受解読され、米国の世論が一気に参戦に傾く。政府は通信傍受・暗号解読の重要性に気がつき、民間人活用に注力、ここでリバーバンク研究所かその対象となる。ESWFともにこれに従事、チームを組んで実効をあげ、これが縁で二人は結婚する。

第一次世界大戦が終わってもWFは陸軍に残るが、ESは退職し子育てに専念。しかし、その力量はつとに知られており、密輸摘発に苦慮していた沿岸警備隊(当時は財務省の一部門;酒類取締局・麻薬取締局・税関も同省所属)が主任暗号解読官になることを懇請、おりから禁酒法が実施されたことやそれが廃止されると中国からのアヘン取締に重責を担うことになる。その結果全国ラジオ放送やリーダーズ・ダイジェストに「TTreasury;財務省)メンの鍵を握る女」として取り上げられ知名度をあげる。一方WFは軍事・外交機密を扱うため活動が世に知られることはない。

第二次世界大戦が始まるとESに課せられた任務は中南米諸国の動向監視・追跡。第一次世界大戦後大勢のドイツ人がこの地域に移民、親独政権も誕生、米英船舶の挙動をベルリンに通報、Uボート攻撃に役立てるようになる。ESの組織はこれを傍受しスパイ摘発を行うばかりか、アルゼンチンがドイツに送った外交特使を航海中拉致し、アルゼンチンが対独・対日断交するまで追い詰める。194111月真珠湾攻撃の直前、沿岸警備隊の主管は財務省から海軍に移り、この時点からESの名前が外に出ることがなくなる。

より高度な暗号解読の重責を負い、パープル解読用模造暗号機まで開発したWFは一時神経症を患い陸軍病院に入院、軍人としては名誉除隊し民間人として仕事を継続。真珠湾攻撃のニュースを聞いたときには「彼ら(軍・政府要人)はわかっていたはずじゃないか!」と怒りと驚きの声を上げることになる。

戦争末期冷戦の兆しも見え始めると政府内でESの奪い合いが始まる。軍、OSS(戦略情報局、CIAの前身)、FBIなどがそれらだ。不本意(トップのドノバン大佐の資質を嫌う)ながらOSSへ力を貸し、1946年末「死ぬまで沈黙を守る」ことを誓約し海軍を退職する。その死は198010月、この死までの間陸海軍の通信インテリジェンス部門はNSA(国家安全保障庁)として統一再編され、その施設の一部には彼女の名を冠した講堂がある。因みに夫のウィリアム・フリードマンは196911月没、軍に貢献した者としてアーリントン墓地に葬られ、そこに刻まれた墓碑は(簡単に解読可能な)暗号で記されているという。

暗号業務従事者の伝記は、機密保持や資料処分が徹底し、情報源が著しく制約される。本書の著者もそれに苦労したことが“はじめに”記され、謝辞を捧げられたら人々、引用文献の数からそれが推察できる。多くのインテリジェンス物にESの名前は見かけるものの、先にも触れたようにWFの協力者に止まっていた。その点で、本書は暗号史に一石を投じた一冊と言える。読後感の一つは、数理、否自然科学をまったく学んでいない女性が、よくここまで!である(当時の米国社会における男女差別が随所で語られる)。

著者は生年不明、米国のジャーナリスト。既刊書から科学・技術・文化を主たる対象域としているようだ。

 

6) 戦車兵の栄光

-西方電撃戦のさなか、孤立無援となった1両の英マチルダ戦車、無事ダンケルクに行き着けるか?-

 


本書は19405月に策動した第二次世界大戦における、ドイツ軍西方作戦を舞台とした戦争冒険小説である。奇しくも今年はあの戦争終結から80周年、個人としての時間経過はしっかり刻まれているものの、世界史上の長さは今ひとつピンとこない。そこでバック・ツー・ザ・フーチャー、1945年から80年折り返して1865年の出来事を調べてみたら、南北戦争終結がこの年だった。本書を今読むことは、終戦時南北戦争時代をテーマとする戦争小説を読んでいることと等価といえる。戦史や軍事に興味がある者はともかく、果たしてどの程度の人がこの本を購読するだろうか、出版社からの案内を見たとき最初に思ったことはそれである。

英国での原著出版は1969年、これなら納得。196070年代は、アリスティア・マクリーン(女王陛下のユリシーズ)、ジャック・ヒギンス(鷲は舞い降りた)、ケン・フォレット(針の眼)など、第二次世界大戦物ブームの時代だったからだ。しかし、何故今大手出版社が、本邦初訳文庫オリジナル作品と銘打って刊行したのだろう?依然残る疑問である。とはいっても私にとっては久々の欧州戦線物、しかも兵器は戦車、一気に読み通した。

193991日ドイツのポーランド侵攻で大戦の幕が切って落とされる。その三日後英仏が対独宣戦布告。しかし、空戦や北欧での戦いはあったものの“まやかしの戦争”と呼ばれるほど西方戦線に動きはない。この間英国は海外派遣軍(BEF)を組織、仏およびオランダ、ベルギー方面に派遣、連合軍を構成している。そのBEF戦車小隊(3両)の1両が本書の主役となる。機種はマチルダ戦車マークⅡ、装甲は強力だが低速の歩兵戦車、乗員は車長・操縦手・砲手・装填手兼無線手の4名。510日に始まる独装甲軍の作戦(装甲軍侵攻不可と考えられていたベルギー南端・ルクセンブルグにまたがるアルデンヌの森林地帯通過)は連合軍の意表を突くもので、戦線は大混乱、主人公バーンズ軍曹を車長とする戦車は単独で戦線偵察の任に当っている。小隊長とは遙かに離れ、連絡は無線みの状態。見晴らしのきく線路上に在るとき戦闘機・急降下爆撃機の急襲を受け、一発の銃弾が車内に飛び込み無線機を破壊、さらに線路上をトンネル内へ逃げ込むが、直後にトンネル入口に直撃弾が落下、そこを封じられてしまう。反対側に向かってみるとそこも既に爆撃によって崩落、ここからの脱出が導入部の山場。落石で砲手を失ってしまうのだ。単独行の始まりは516日、ダンケルクからの撤退は26日、この10日間の戦場彷徨を描くのがストーリーである。

現在地・原隊の所在も不明、言葉も通じず情報は遮断状態、食料・飲料水や燃料の確保に苦闘、立ちはだかる自然障害、破壊され無人の廃墟となった村や町、そこを狙うハゲタカのような窃盗団、とき遭遇する独装甲軍をかわしながらの逃避行、その途上での小戦闘で装填手兼無線手も戦死、帰国が叶うのはバーンズと操縦手の二人だけ。このメインラインに併走するのが、大抜擢され功名心に燃える若い中将の指揮する装甲師団の動き。参謀長ははるか年上の大佐、この大佐の諌言を無視して中将は上級司令部からの停戦命令に背きダンケルク突入を謀る。ダンケルクが二つのラインの結束点だ。

とにかく息つく暇もないほどのハラハラドキドキの連続、戦争サスペンスとして常道を行く作品だが、危機とその回避の場面が多すぎて、反って盛り上がりを欠く。「この程度の作品を何故今新潮社が?」。これが読後感である。

著者は1923年生まれの英国人。第二次世界大戦中、北アフリカと中東で従軍とある。

 

7) アメリカの罠

-“もしトラ”は現実になった。選挙前に世界的識者8人がくだしたトランプ評。7vs1No!だったが-

 


私には年末年始の挨拶状を交わす米国人の友達が十数人いた。過去形で書いたのは既に半数近くが鬼籍に入ったからだ。それでも何人かは家族との関係が続く。年初にそのうちの一人の未亡人から年賀メールが届き、そこに「Our family is sad that Trump got elected President. He caters to the rich, has no compassion, nor any integrity(彼は金持ちに媚び、思いやりも誠実さもない)」とあった。現役時代は大企業の管理職、高齢になってから介護機能の整った老人村に移り、夫人は今もここで暮らしている。二人とも熱心な共和党支持者だった。他にも「私たちは投票しなかったからね」のメッセージがあり、良識のある中産階級がトランプを支持していないことは明らかだ。しかし“もしトラ”は現実となった。本書は20248月の発刊、世界的な識者8人(米6、仏・イスラエル各1)にインタヴューした結果をまとめたものである。8人の略歴と見解を以下に要約する。

イアン・ブレマー;調査機関「ユーラシア・グループ」主宰。世界の10大リスクを毎年初に発表している。米国の力は軍事・経済は概ね問題ないが、政治システムは機能不全に陥っている。トランプは大統領にまったくふさわしくなく、出馬すべきでない人物。一方討論対決ではバイデンも支離滅裂、あの場を設定したのは誤りと見る。インタヴューは選挙戦解説調。本書には書かれていないが、「2025年の世界の10大リスク」では、“Gゼロの世界”を第1位に挙げ、第2位が“トランプの支配”、この他4項目がトランプがらみとなっている。

ポール・ダニス;保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」で2025年の大統領移行プロジェクト(スケジュールF)を指揮。強烈なトランプ支持者。第一期トランプ政権では人事管理庁主席補佐官。第一期がうまく運ばなかったのは「闇の政府(行政国家)」の存在と見ており、今回は“スケジュールF”でそれを解体すると弁じている。連邦政府の95%はリベラルと断じ、徹底的な改組を示唆する。インタヴューもこの件に集中。

ポール・クルーグマンNY大学教授、経済学者、2008年ノーベル経済学賞受賞。トランプはノーマルな大統領ではない。ドル安を目指しFRBの独立性を犯す可能性が高い。貿易赤字を関税政策で改善しようとの発想は間違い。負担は自国民にかかってくる。「報復」はアメリカ民主主義の終焉。インタヴューは経済政策と独裁批判中心。

ジム・ロジャース;イェール大学、オックスフォード大学で歴史学を学んだのち、金融界に入り、自身の投資運用会社「クヮンタム・ファンド」は10年間で4200%の驚異的リターンを達成している。トランプは経済学をまったく理解していない。貿易赤字解消に関税政策を用いるのは間違い。米国は2年以内に景気後退期に入る。中国との関係はデカップリング(遮断)ではなくデリスキング(依存度低減)策で行くべし。保護主義で貿易戦争に勝利した国はない。日本の国債発行高に懸念を示し、300円/$もあり得ると警告。話題は専ら歴史観に基づく経済。

ジョン・ボルトン;法学博士、第一期トランプ政権で国家安全保障担当補佐官を務めるもトランプと衝突、任期中に解任される。トランプは日米同盟の本質を理解しておらず「親切心から日本を防衛してやっている」との考え方。必ず見返りを求めてくる。世界は大きく変わってきている。中国だけを警戒するのは誤り。プーチンはトランプをカモと見ている。習近平、金正恩も同様。世論はトランプの独裁を恐れるが、独裁者になれるほど利口ではない。安全保障に終始するコメント。

ジャック・アタリ;フランスの経済学者・思想家、ミッテラン内閣のブレーン、初代欧州復興開発銀行総裁。ウクライナ戦争、ガザ戦争、中国の台湾侵攻、北朝鮮対韓国、第三次世界大戦の引き金は随所にある。トランプのウクライナ戦争解決策は実質ロシアの勝利。民主主義国家にとって大惨事。欧州の安全保障政策の見直し要。トランプは再び北朝鮮との関係修復に動く。台湾侵攻も考慮して日本は等閑にしてきた防衛産業の強化に取り組み、核武装も考えるべきだ。また、トランプは権力把握・強化のため司法制度に手をつける発言をしており、米国自身不安定化が進む。欧州安全保障に関する見通しと対応策に話題は集中する。

ジェフリー・サックス;コロンビア大学教授、経済学者。国連事務総長顧問(発展途上国支援)。第一期トランプ政権末期「全世界やアメリカ国民にとって、安定した人格を有していない危険な人物であり、アメリカ史上最悪の大統領」とトランプ批判をしている。バイデンは単純に白黒を分ける外交政策で完全に失敗。トランプの外交は気まぐれで予測不可能。政治も外交も「取引主義」だが、外交でこれは愚策。貿易戦争はどちらが勝ってもアメリカに危機をもたらす。日本に対しては「安全保障をアメリカだけに依存してはいけない。周辺国との関係改善を」と警告する。ただ、韓国やASEAN諸国はともかく、中国とはそう簡単にいかないが、そこにはまったく触れていない。主に外交関係に主力を置いたコメント。その点でバイデン批判が厳しい。

ユヴァル・ノア・ハラリ;イスラエルの歴史学者・哲学者、ヘブライ大学教授。「サピエンス全史」の著者として我が国でもよく知られている。ガザ戦争事前情報は早くからシンベト(国内諜報機関)に知られていたが、ネタニヤフは聞く耳を持たなかった。イスラエルの悪しきナショナリズムは「我々は単にユニークだけでなく、誰よりも優れている」という選民意識。第三次世界大戦は直前に迫っている。トランプの「ウクライナ戦争は直ぐに終わらせる」はプーチンの勝利と同じ。もしこのようになれば世界秩序は崩壊する。トランプ支持のMAGAMake America Great Again)は保守制度の破壊、革命派の発想である。人類絶滅の可能性は①生態系の破壊、②AIの脅威、③世界規模の戦争、いずれもその兆しは確実にある。もしウクライナ戦争がプーチンの勝利で終われば、世界は弱肉強食の争いになる。専ら人類史の角度からトランプ世界を危惧する。

さて、一人を除きトランプの大統領適性には否定的、読後感をどうまとめるか。編集者は、おそらく直近の米国世情をくみ取ってのことだろう、「トランプに追い風」としている。そして結果はその通りだった。著名な論客達の考えはわかったが、この本は何を目的にしたのであろうか?“確トラ”への警告・覚悟の書と読んだ。友人達から本書の登場人物まで否定の声が圧倒的なのにトランプは圧勝した。その因こそ知りたいところだ。なお、私は緒論てんこもりが嫌で、原則、複数著者・コメンテイターの書物は購読しない。本書は自ら求めたものではなく、友人から回覧されてきたものである。しかし、今回は人選が適切(専門分野、経歴背景)で興味深く読んだ。例えば、投資家のジム・ロジャースがしっかり歴史学を学んでいたことに感ずるところがあった。

 

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2025年1月1日水曜日


2025年、明けましておめでとうございます。巳年は「復活と再生」の年、世界にとても皆様にとっても「実りのある」年になるよう願っています。



眞殿 宏