組織発足に当たって「生産管理だけが対象ではない」と室長から説明があったものの、生産管理が工場管理革新の目玉であることは、和歌山と変わりは無い。そしてこのために工場数理モデルが必要なことも同じである。
違ったのは、川崎では石油精製・石油化学の“一体化モデル”が必要なこと、そのモデルを非線形モデル(一次式でない)で作り上げる構想からスタートした点である。
この非線形モデル提言の背景は、石油精製が“分離”を主体にするプロセスに対して、化学が“分解・合成”が中心になること、スケジューリング(生産活動の時間的割付)がガス化しやすい製品を扱う石油化学と、液体を扱いタンクでの保存が比較的長く可能な石油精製では異なることがそのおお元にある。言い換えれば、石油精製が長い時間軸の最適化を志向するのに対して、石油化学では出発点となるナフサ分解装置は、より短い時間のきめ細かな操作で生産効率向上を目指す傾向がある。それは“製造(管理)”というよりは“運転”に近い感覚になる。
加えて、TSKはグループ初のプラント最適化制御をナフサ分解装置(SC)に適用し、それに成功していた。その中核を成すのは非線形の細密なプロセスモデルなのだ。また、少し遅れたが和歌山工場でも、精製プロセスで最もメカニズムが複雑な流動接触分解装置(FCC)を対象に、同種の最適化制御システムの開発が進められていた。
室長の構想は、両社の心臓部(SC、FCC)はこれら非線形の細密モデルを使い、他は従来の線形モデルを利用して、川崎工場一体化モデルを作る。このモデルを工場経営環境変化に合わせて走らせ、工場全体の利益を最大化する操業上の拘束点を探り、その限界値を維持していけば全体最適化が実現できると言うものであった。一見論理的にはまともな案である。二つの会社の工場を一人で見ている工場長の期待にもぴったり嵌まる。
しかし、実際には問題だらけなのだ。 “一体化工場最適操業”と言う考え方、一定期間(ひと月、10日間、日々)のスケジューリングを行わず経済上のプラント操業拘束点に着目するプラント運転管理、非線形・線形モデルの統合、最適解を得るための計算・探索手法、複雑で巨大なモデルを走らせるコンピュータ、どれもこれも一筋縄ではいかない難問ばかりである。
それでも、モデル開発や最適化手法、コンピュータ性能はシステムズ・エンジニア固有の問題として、その分野の専門家・専門組織に委ねられたものの、一体化管理やスケジューリング(拘束点管理)に関する問題は、両社の製造部門を巻き込んで、激しい論争を呼ぶことになる。
TSKは東燃の100%子会社、その意味では全体を考えながら経営が行われるべきである。年度予算策定に際しては石油精製・石油化学一体化モデルを使って方針を決めていたし、経営環境変化に際しても両本社で協議して対応策を検討してきた。しかし、日常のオペレーションはそれぞれ独立した会社として行ってきたので、工場だけで一体的に生産管理が行われることに疑義が挟まれることになる。特に、一本社一工場(厳密には和歌山にもTSKのプラントは在るが)のTSKはともかく、三ヶ所(当時)に製油所を持つ東燃にとって、“単一の工場利益最大”と言う目的が、“全社利益最大”と整合性がとれない恐れがあるのだ。これがかなり高度な経営上の論点になった。
もう一つは、スケジューリングに対する考え方である。工場生産計画は、先ず一ヶ月を一つの括りとして最適の生産計画を作り、それを原料(原油)入手予定や製品需要見通し、設備保全計画、タンクの使い分けなどを考慮して、日割りして個々のプラント運転条件を決定する。これがスケジューリングである。石油精製では、このスケジューリング作業を何人かのベテラン管理員に振り分け、原油、白物(ガソリンや灯油)、黒物(重油)別に作成しそれを統合する。和歌山工場の生産管理システム作りでは、このベテランの作業を忠実に再現するプログラムを開発する方向で計画が進められていた。
これに対して、川崎案は先に述べたように、TSKのパイプラインでつながった(ほとんどタンク在庫の無い)顧客への製品供給をベースとする、全工場の収益拘束点を見極め、その限界値を維持し続ける運転を指向するので、“日割り”の考え方が極めて薄くなってしまう。これは根本的に従来の東燃のスケジューリング方式とは異なる。
“一体化”では本社製造部門の考えと、“スケジューリング”では現場最前線ベテラン生産管理担当者のやり方と異なるこの構想は、確かに革新的ではあったが、強い抵抗に遇うのは必然であった。
2010年2月9日火曜日
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