このノートは「経営における意思決定の場で、IT・数理の利用を更に高めるには如何なる環境醸成が必要か」をまとめるための、素材やヒントを記録するために書いている。前回まで連載した“工場管理情報システム作り”では、課題の意思決定が迷走するプロセスを例示した。これからしばらくはトップ(必ずしも経営者ばかりで無く、政治家や軍事指導者を含む)が課題を“決断するために要する情報”について書いてゆく。
1981年5月、当時川崎工場勤務だった私に「本社トップ向け経営情報システム開発検討の指示が出たので出てきて欲しい」との連絡があった。この時期和歌山や川崎の工場管理システム、プラント運転のための次世代システム、中央研究所におけるラボラトリー・インフォメーション・システムなど、多くの情報システムが開発あるいは運用をはじめており、関連案件稟議決裁か何かの折に、社長が「ぼつぼつ本社の経営者に資する情報システムも要るんじゃないか?」とつぶやいたことに端を発する話であった。この話はやがてTIGER(Tonen Information GEneration and Retrieveの略、彼が工場時代しばしば大声で咆哮するところからタイガーと綽名されていたことにおもねてつけられた)プロジェクトとなり、9月に本社へ転任するとそれを担当することになる。今回の話はこのプロジェクトそのものの紹介ではなく、初めて体験した経営トップと情報(システム)の関係についてである。
工場に長く勤務していると工場幹部の日常の意思決定に必要な情報は見当がつく。いや非日常的なこと(運転異常や事故など)でもおおよそどんな情報がカギか想定できる。また、親しく話を聞くことも可能である。その点では実戦部隊は上から下まで一体である。しかし、本社経営陣に関わる情報ついては、担当業務として生産活動に関するLP(線形計画法)モデルによる生産計画の検討などがあるが、これはスタッフが運用し、結果を整理して情報提供している。直接的な数値・情報は稟議などの案件に関する特定情報を個別に準備することと定期的な情報提供(工場の生産実績や一般的な経営指標、新聞記事など;これらも実態はそれぞれの主管部門スタッフが解説する)くらいしか思い浮かばない。これは本社勤務経験がそれまで無かったこととはあまり関係なく、本社のベテランでも明快にトップの必要情報を提示するのは容易ではなかった。それは工場と違い、本社役員の扱う懸案事項が外部(取引先を含む)の環境変化に影響される部分が大きいことに因るからなのだ。
つまり工場管理では内部情報(特にプラント運転情報)が主体になるのに対して、本社の経営管理では外部情報(例えば原油価格、為替レート、金利、タンカー運航状況、短期エネルギー政策、他社プラントの操業状況(事故など)、調達予定機器の価格)がより大きなウェートを占めるわけである。そしてこの外部情報は、定型的・自動的に収集できるものは少なく(標準的な原油価格や為替レートくらいは集められるが)、役員の性格やバックグラウンドによってその任に当たるスタッフが種類・質・量を慮り、提供方法を工夫して、その用に資するものである。
それでも役員と頻繁に接触のある本社部課長にヒアリングし、“群盲象を撫でる”ようにして第一段階(内部データ、定例一般報告)の役員用情報システムを作り上げた。導入当初は物珍しさもあってまずまずのアクセス数だったが2,3ヶ月もすると全く使われなくなってしまった。
1960年代末期、企業にコンピュータが導入され、ルーチン・ワーク(販売実績処理や経理処理など)への適用が軌道に乗ると、MIS(Management Information System)という三つ文字が賑々しく登場した。これからは経営者がコンピュータを使うのだと。これは当時の技術や経済性の観点で、一定期間(日、週、月)を対象とするバッチベースの“実績情報分析”の一部に留まった。その後も類似のシステムが一時話題になっては消えていった。それは技術的問題よりは、経営者が意思決定に必要な情報を絞り込むことの難しさと必要な外部情報入手がITの及ぶ範囲を超えたところに在ることに因るからである。真に経営判断に資する有効な情報システム構築は、インターネットが普及し、かなりの外部情報が収集し易くなった現在でも、まだまだゴールは遠い。
(次回予定;トップの情報リテラシー)
2010年5月31日月曜日
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