2009年2月4日水曜日

今月の本棚-1月

On my book shelf-6

<今月読んだ本>
1)見抜く力(平井伯昌);幻冬舎
2)知られざるインテリジェンスの世界(吉田一彦):PHP研究所
3)ランド-世界を支配した研究所-(アレックス・アベラ);文藝春秋社
4)不幸を選択したアメリカ(日高義樹);PHP研究所


<愚評昧説>
1)見抜く力 スポーツものの書籍を読むことほとんど無い。この本もたまたま昼食時のワイドショーで紹介されなかったら、買うことも無かったろう。筆者はあの北島に連続金メダルを取らせたコーチである。北島とは彼が中学生の時から指導に当っているし、連続銅メダルの中村礼子も指導してきた。その指導内容を静かに、分かりやすく体系的に語るところが好ましい。
 日本のスポーツ指導者は、概ね自らが一流選手だったか、闘将もどきで“根性”を鍛えるタイプが持て囃される。古くは女子バレーの大松監督、近くは(大嫌いな)星野がそのいい例である。スポーツ科学や心理学などを確り学び、それを自分のものとして咀嚼し、個々の選手の特性を踏まえて指導するような専門家が少ない。この平井コーチはその稀有のタイプの指導者である。
 自身の水泳選手歴は、スウィミング・スクールに属し中高一貫の進学校では飛びぬけた力があったものの、強豪選手ひしめく大学では主力選手になれず、先輩に資質を見込まれマネージャーに転じている。
 大学運動部のマネージャー役というのは、金勘定とスケジュール調整役くらいにしか考えていなかったが、一番重要な仕事は、個々の有力選手(上級生を含む)の練習メニュー(長期・短期)を作り、それを実行させることにあることを本書から学んだ。一人ひとりの身体特性と人間性を冷徹に分析し、それに合ったアドバイスをすることがカギになる。ヒエラルキーの厳しい運動部で上級生を“根性”で従わせることなど不可能である。20歳前後の青年にとってこれがどれだけ大変なことであろうか。ここで体得したコーチング技術と水泳に対する情熱が、就職に際して保険会社の内定を辞退させ、スウィミング・スクール指導者への道を選ばせる。
 北島の、そして中村の性格はどうなのか?泳ぎに対する身体の特質は?ライバルたちの泳ぎ方は?中学生の時とアテネでメダルを取った後とは当然違う。これらを全て掌握・分析して日常の指導に当たり、本番レースの細かい戦術を与える。“頑張れ”と言う一言を言うか言わないかにまで気配りする。
 この手のサクセス・ストーリーは、しばしば管理や経営の参考にすべく編集し、売れ行きを伸ばそうとする下心が見え見えというものが多い。筆者まですっかりその気になって書く下司なものが嫌と言うほど出版されてきた。しかし、本書にはそのような嫌味がまるでない。それは筆者が、信念があり意志も強いが謙虚に学ぶ姿勢を、どんな局面でも堅持していることによるものだろう。これこそどんな世界でもリーダが具備しなければならない資質である。
 経営への言及を批判しながら、矛盾するような話だが、入社4年目地方の工場で大規模なプロジェクトが終わり、メンバーの大部分が本社や他工場へ去って行った。工場に残される不満を、本人も栄転する課長にぶつけた。その時の一言「エンジニアには考えるエンジニアと作るエンジニアがあるんだ。君は作るエンジニアに適している。出来たばかりのプラントはまだまだ問題山積みだ。残って完全なものに仕上げてくれ!」 聞き方によっては「頭の悪いやつは汗をかけ」ともなるが、私の資質を“見抜いた”殺し文句であった。この一言がその後入社来20年にわたる工場勤務を支える原動力となった。
 未熟な若き日を久々に思い起させてくれた、爽やかな読後感を有難う!

2)知られざるインテリジェンスの世界  情報というと、①IT絡み、②政治・経済それに③外交・軍事・治安の三分野が主題となる。この本はその最後の分野、外交・軍事・治安に関するものである。この分野はわが国では、旧陸海軍人(もうほとんど生存していない)、自衛隊関係者、警察OB、元外交官などに限られる。大学人が書いていても大体がその筋のOBである。そんな中で生粋の大学人(神戸大学名誉教授)が学問として、興味深い事例を引用しながら“情報学”をまとめるがごとく書いたのが本書である。
 評者の仕事歴は広義の情報システム(計測・制御・IT)であるが、意思決定に関わる情報・データは圧倒的に“技術(テクノロジー)”の外に存在することを知らされてきた。“発展するITと外なる決定情報を融合するシステムは出来るか?如何に作り上げるか?“が未完のライフワークと言っていい。この観点から“情報”と名のつく本は随分読んできたが、90年代後期この人が書いた「情報で世界を操った男」(CIAの前身、OSSを作ったドノバン)を読んで、そのクール(この種の本はどうしても扇情的なトーンになり勝ち)な書きっぷりに惹かれファンになった。爾来「暗号戦争」「騙し合いの戦争史」などを読んだが、この「知られざるインテリジェンスの世界」はそれらを基にした情報学の集大成とも言える。
 先ず体系的な構成で、情報の定義やその信憑性検証、情報活動の基本、各種の情報収集法、その分析、分析結果からの予兆読み取り、最後にこれに基づく判断、を説明していく。材料は第二次世界大戦が多いものの、冷戦下の英国スパイ(007も出てくる)や中東戦争、江戸幕府の長崎(オランダ)経由欧州情報、更にはスパイ衛星にもおよぶ。また、それぞれの引用文献も明示してあり、中身に信頼が置ける。
 最後まで出来の良い軍事サスペンス小説を読むような気分を味わえる。企業経営分野でもこのような“面白い”コンテンツの“情報学”著書が出てきて欲しい(サプライチェーン絡みの業務プロセス改善を扱った“ザ・ゴール”のような本がベストセラーになったが、小説としては全く盛り上がりの無いものであった)。

3)ランド-世界を支配した研究所-
 ランドとは、R(Research;研究) and D(Development;開発)からきている。この研究所の存在を知ったのは多分1964年頃だったと思う。当時工場で京大の指導による(化学)プロセス・システムズ・エンジニアリングの勉強会があり、そこでダイナミック・プログラミング(動的最適化法;DP)の話を聞いた。その始祖、リチャード・ベルマンがランド研究所に居る時発案したものだと言うようなことだった。
 ランド研究所が一般の日本人に知られるようになるのは60年代後半の未来学ブーム到来からであろう。日本の飛躍を声高に語る(“21世紀は日本の世紀”などと持ち上げた)この分野の有名人、ハーマン・カーン紹介の中にしばしば登場した。
 この研究所の出発点は、第二次世界大戦直後における陸軍航空軍(当時は空軍として独立していなかったが実態は独立軍に近かった)の科学者センターにある。戦時中兵器開発や作戦策定にトップクラスの科学者を動員したアメリカでも、戦後は急速に軍務を離れる者が続出する。これに危機感を持った航空軍が一流の学者を引きとめ、集めるために設立したのがこの研究所である。そのような経緯から当初は兵器開発や作戦策定への数学・物理学の適用が中心であったがやがて社会科学、特に経済学や政治学の分野にも対象範囲を広げ、軍(始めは空軍だがやがて陸軍も)や合衆国政府のシンクタンクに変じていく。設立来60年におよぶ歴史の中で、冷戦下の核戦略、スプートニック・ショックへの対応、ヴェトナム戦争戦略、インターネット構想、冷戦の終焉そしてイラク戦争まで、アメリカの主要な国家戦略に如何にこの研究所が深く関わってきたかを“人を中心に”丹念に追っていく。
 この本の第一部第一章のタイトルは「東京大空襲から始まった」であり、“東京を如何にB-29 によって効果的に破壊するか”を、OR(応用数学)を用いて検討したことが、この研究所設立の背景に在ったとしており、“決断と数理”の関係を研究する評者にとって、いきなり核心に踏み込む構成になっている。その後の展開も、線形計画法(LP)、前述のDPさらには交渉プロセスの手法として広く適用されるゲーム理論などの数理手法が政戦略の実際問題に適用され、普及してゆく様を多々紹介してくれる。この数値至上主義ともいえる研究所の特質は、研究員あるいはアドバイザーとしてこの研究所に籍を置いた27人ものノーベル賞受賞者が、一人を除き(キッシンジャー元国務長官;平和賞)他は経済学賞、物理学賞、化学賞と数理系に著しく偏していることにも窺がえる。
 一方でこの数値至上主義は、マクナマラが国防長官としてその任に当たったヴェトナム戦争では人間心理や民族感情を顧慮しない作戦を多発させ、その敗因をつくりやがては反戦運動を目論む研究員によって極秘資料が流出し、あの「ペンタゴン・ぺ-パー」事件を引き起こすことになる。
 歴代のメンバーには、コンピュータの生みの親;フォン・ノイマン、線形計画法のシンプレックス解法を考案したジョージ・ダンチックや経済学者として有名なポール・サミュエルソンなど多士済々である。大統領・国務長官・国防長官など国のトップの意思決定に関わるテーマの研究に携わるだけに政府の重要ポストにつく研究員も続出し、本書のサブタイトルが“世界を制する研究所”となっていることにも納得できる。そしてこのランド人脈ともいえる国家政策決定マフィアの要所々々がユダヤ系アメリカ人で抑えられていることを知り改めてユダヤ人の凄さを認識させられた。また前国務長官のコンドリーザ・ライスは学生時代インターシップ(夏季研修生)でこの研究所で学ぶが、“あまりの上方志向で研究者に向かない”と判定され採用されなかったと言う逸話も簡単に紹介されている。
 優れた個人が活躍し、権力者に決断の合理的論拠を提供し続けたこの研究所も他のシンクタンク同様、個人から集団への転換途上にあり、突出した力を失いつつあるのが現状らしい。差別化を図るため、国外にも拠点を設け、外国政府を顧客とする活動も進んでいるという。こうなるとランド対ランドも有り得るわけで、一体ランドの将来はどうなるのであろうか?そして世界は?
 最後に、この本の筆者は新聞ベースのジャーナリストで、取材は全面的にランドの協力を得たものの、出来栄え(内容)はその意に副わなかったようで、訳者が問い合わせしたところ極めて冷たい扱いを受けたようである。それだけ本質的な問題点を突いているともいえる。また、最近読んだ訳本として極めて良質なものである。これは訳者が英語力に優れるばかりで無く、完全に内容を理解するまで追加調査を重ねた結果であろう。
 いい本にめぐり合えた。

4)不幸を選択したアメリカ
 オバマ本が書店に溢れている。概ね好意的なものが多い。演説上手なので演説集も人気があるようだ。そんな中で、この本はタイトルが示すようにオバマ批判本の第一号ではなかろうか?ある種の“キワモノ”意識はあったが、“不幸” に惹かれて購入した。
 筆者はNHK元アメリカ総局長であり、現役時代はニュースや特集番組でよく見かけた。退職後12チャンネル(?)で“日高レポート”と銘打って日米関係を軸にした特集番組をやっているのは新聞広告で見かけたが、今まで番組も関連著書も読んだことはない。経歴書を見ると退職後もアメリカの大学・シンクタンクと深く関わっており、取材源は豊富なようである。それに基づく内容だけにある程度真実味があるが、政治的スタンスがはっきり共和党支持であり、この点でフィルターがかかっていると強く感じる。欧米のジャーナリズム(個人も組織も)はこの点旗幟鮮明なので悪いことではないし、読む側がむしろこれを踏まえて消化する必要がある。
 実は評者も共和党贔屓である。これは親しいアメリカ人の影響と自分なりの日米関係観察からきている。大会社幹部やWASPは概ね共和党、労働者階級やマイノリティは民主党支持と言われる。偶々選挙シーズンに会ったりするとタクシーの運転手やホテルのボーイなどからもどちらを支持するのか質問されたり議論を吹きかけられることがある。これらの人々は民主党支持が多く、かつ日本人が共和党贔屓であることを知っていて、皮肉っぽく問いかけられたりもする。こう言うときは面倒を避けるため「確かに共和党ファンは多いが、ケネディの人気は今でも高いんだよ」とかわしてきた。
 2000年の大統領選の日マンハッタンに居た。翌日も結果は出ない。この日元エクソンのIT専門職(夫)・管理職(妻)で熱烈な民主党支持のユダヤ人夫妻に夕食に招待された。「どっちを応援しているんだい?」「日本人は共和党支持者が多いけどね」と曖昧に答えた。「ブッシュのアホが大統領になったらえらいことになるぜ!」 昨年5月の連休中この夫婦が来日し我が家にやってきた。丁度ヒラリーとオバマの戦いが始まった時である。「ヒラリーとオバマ、どっちを支持する?」「日本人は共和党支持者が多いからね」明言は避けたが無論先方は分かっている。「あの時(2000年)のこと覚えているか?酷い世界になっただろう!」
 それでも共和党を支持するのは、戦争で不況脱出を図ったルーズヴェルトやクリントン政権時代のグローバリゼーションに見るように、外に厳しいアメリカになるのはいつも民主党だからだ。ケネディも演説ばかり立派な理想主義者だったし、ジョンソンは大盤振る舞いで今に膨らむ財政赤字の元凶である。大衆迎合主義の傾向が強い民主党にどうしても組みすることは出来ない。それにオバマが見習おうとするリンカーンは共和党員であった。
 繰り返すが筆者は共和党シンパである。オバマの問題点が民主党の内情と併せて具体的に列挙される。そのフィルターを勘案しても、理想主義演説が先行し、確たる政治哲学が見えてこず、法律家としても議員としてもほとんど実績の無いことに不安を懸念する筆者の主張は共感できる。それはやがて演説上手で何も実績を残さず悲惨な最後で歴史に残ったケネディの運命と重なってくるのは筆者ばかりではあるまい。
 願わくはそのようなことが無いように!

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