10.東からの紀伊半島-1 SSSを入手して間もなく、昭和43年11月23日、名古屋で末妹の結婚式があった。我々の家族は関東住まいだったが、連れ合いとなる男性は名古屋の出身であったためこうなった。SSSロング・ドライブの最初の機会である。22日通いなれた、紀ノ川沿いの道で五条経由天理に出て、そこから名阪自動車道で亀山→四日市を経て、夕刻名古屋のホテルにチェックイン、ここで一族と合流し、家族水入らずの夕食を楽しんだ。
23日の結婚式は夕方からだった。プロ野球もシーズンオフ。中日ドラゴンスの新宅と言うキャッチャーの結婚式も同じ所で行われ、当時監督だった水原茂氏をロビーで間近に見たのが、つい先日だったような気がする。式場が隣接する二組の結婚式は、こちらも知事などに列席いただいたが、野球選手の方が随分賑やかだった。新郎新婦は式が終わると神戸へと発った。
翌朝両親らと朝食を摂った後、紀伊半島を東から回るドライブに出発した。宿泊先は既に予約してあり、志摩に一泊、湯の峯に一泊である。一般的なルートなら、亀山まで来た道を戻り、伊勢志摩へ出て、あとは42号線を半島の外縁に沿って走り、新宮から熊野川を遡ることになる。しかし、これでは42号線の東側以外あまり楽しみが無いような気がした。特に前半志摩までが面白くない。そこで国道1号線を一旦東に走り、豊橋で渥美半島へ出るコースを設定した。豊橋からは259号線で半島の先端、伊良湖岬に至り、そこからフェリーで鳥羽に渡るルートである。渥美半島を東から伊良湖岬に向かう道は二本あり、三河湾沿いが259号、太平洋岸が42号である(これが42号であることは今回の旅で知った)。豊橋から入るには259号線のほうが近かったのでこれを選んだ。半島自身が平坦で、先に大きな町も無いのでほとんど印象に残らないドライブだった。このルートの期待している見所はフェリーの航路、やや伊良湖側の中間点に在る“神島”、三島由紀夫の「潮騒」の舞台である。今から丁度48年前、昭和36年に公開された映画では、若い漁師を久保明、若い海女を青山京子が演じていた(この原作は何度も映画化されており、その後浜田光男・吉永小百合、三浦友和・山口百恵などが同じ役を演じている)。健康な半裸体。あの瑞々しく初々しい恋の舞台はどんなところなのだろう?フェリーのアナウンスで知らされ、穏やかな伊勢湾の緑の島をぼんやり眺めながら、29歳の無粋な一人旅に寂しさを堪えるばかりであった。
鳥羽からは一度伊勢に出て、それから志摩半島・賢島に向かった。今日の宿はあの“志摩観光ホテル”である。当時からわが国を代表するリゾートホテルとして有名であったこのホテルに泊まることが、この時のドライブ行の目的の一つだった。山崎豊子の「華麗なる一族」の冒頭シーン、神戸の銀行家が妻妾同席の新年を祝う場面はこのホテルがモデルだ。それまでに都内の一流ホテルで会食したことはあったが、これだけ格式のあるホテルに宿泊するのは初めての経験である。丁重なお迎えを受けて、かなり緊張したチェックインであった。
英虞湾の先端に位置するこのホテルに着いたのは、未だ夕暮れまでには時間のある午後だった。部屋は西に面しており、落日が複雑に入り組んだ晩秋の入り江に映えて、美しい情景を作り出していた。
夕食は、名物の鮑のステーキにした。白ワインと食したそれは忘れ難いものとなった。「必ずもう一度来よう」 それにしても、こんな素晴らしい時間ほど、独り身の無聊がひとしお強く感じることはなかった。
2009年7月13日月曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿