2010年11月12日金曜日

決断科学ノート-50(トップの意思決定と情報-10;経営者と数値・数理-2)

 経営者や管理者が共通して関心を持つ数字は、何と言ってもお金に関する情報である。“共通”と言う視点で整理すると、それは為替、株価、金利などの外部情報と、経費や設備投資それに収支などに関する内部情報がある。この他に経営上重要な数字として資金の調達や運用などが入ってくるが、これは専ら経理・財務部門の専管事項と言える。
 会計関連業務への電算機利用は技術系よりも遥かに歴史があり、TIGER構築時には統合はされていないものの、一般会計(国の予算区分で言う意味とは異なり、経費予算の立案・執行状況など)、販売会計、貯蔵品会計などが個別にバッチベースで走っていたし、設備投資に関してはこれら会計システムとの結合を部分的に実現していた、COMPACS(COnstruction and Maintenance/Planning And Control System )と呼ばれるシステムが実用に供せられていた。これらの一部情報はTIGERでも提供していたのだが、処理頻度は早いもので月次ベース(あとは四半期、半年)なので、スタッフがその時説明すればそれで充分だった。つまり閉じたルーチンワークの中でことが決して行った(担当者の苦労は在ったが)。
 設備投資に関する意思決定は、成熟社会到来前の装置工業にとって最重要経営課題であった。投資金額も大きいし、その回収にも時間がかかる。それ故に比較的広範な人々・部門がこれに関わってくる。需給見通しは、海外情勢や国策と深い関わりを持つ企画部門と生産・物流活動全般に責任を持つ製造部門がまとめていく。価格動向や為替の見通しや資金・収支見通しでは経理・財務部門がベースになる数字を整備する。設備の新設や改造を実際に行う技術部門は技術的施策とそれによる経済効果を取りまとめる。社内審査をパスした案件はさらに大株主、E社・M社との調整を要する。その時の共通判断基準となるのが投資回収率である。
 比較的実現のシナリオがわかりやすく、投資金額が小額の場合は単純なペイアウト・イヤー法(回収年限で判定)でもいいが、複雑なもの・期間を要するものはDCF(Discount Cash Flow)リターン法で判定される。これは回収までの期間から投資の現在額を評価するもので(翌年回収できる場合と10年後に回収できる場合とでは、回収率によって現在の価値が変わる;その時の金利が参考基準)、個々の稟議書は、技術的実現可能性が説明でき、この回収率をクリアーしていればまず実行可能となる。その時の金利や将来の原料・製品価格、人件費などが効いてくるので、(簡単な)数理に基づく計算方法ながら、この判定基準数値は主計局機能を担当する経理部予算課が決定する。
 あるとき(TIGER後)、回収率にやや楽観的なところがある(一応基準はギリギリ超えていたが)工場用コンピュータ利用投資案件を、何とか技術部の了解を取り付け、次いで経理部に説明に行った。当時経理部長は同期のFJM君だったので、率直に経済性に関するこちらの問題意識を打ち明けた。即座に返ってきた言葉は「省エネルギー関係ならその程度の不確定要素はいいよ。長期的に見れば、エネルギー・コストは現在使っているものより上がると見ているんだ」ということであった。その後の経緯はその通りになった。
 この判定基準の柔軟な運用が彼一人の決断だったのか、あるいは役員や関係先との合意だったのかは不明だが、ここにはヨーカ堂の鈴木敏文氏が日ごろ主張している「経営者は仮説を建て、それを常に検証せよ」という考え方に共通するものがある。TIGERはここまで踏み込んだ情報創造のベースを提供できていなかったが、システムの有無に関わらずそういう資質を持った人はいるのである。道具より経営センス(感性)を、と言うことであろうか。
(次回:新規事業と数字)

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