TIGER(経営者情報システム)で提供した情報は全て数字情報であった。それ等は日常スタッフ部門が提供しているもので、その際にはただそれを渡すのではなく、何らかのコメントや解説が加えられ、場合によって質疑が交わされるのが常である。よほど問題意識を明確の持ち、常日頃自らモニターしている数字でない限り、数字だけでは経営情報にはならない。TIGERの失敗はそこにあったといえる。この項では経営上の意思決定と数値・数理について考えてみたい。
このブログ立ち上げの主旨は「決断においてもっと数理を!」と言うことである。それは日本的経営が慣習や経験あるいは人間関係に過度に依存していると考えるからである。一方にMBA教育に対する数値偏重に批判・欠点のあることも承知した上で、「もう少しバラランス良く」との思いが伝わることを願っている。
経営課題に対する数値・数理アプローチは、経験やしきたりに比べより論理的・客観的である(と思われる)。大きな環境変化があったときなどには、従来のやり方では方向を誤る恐れもある。二度にわたる石油危機(特に第一回目;1973年)では石油・石油化学会社の経営(原料調達・生産・物流・販売)は混乱を極めた。もしあのとき全社や各工場のLPモデル(一次多項式の巨大な数学モデル)を保有し駆使できていなければ、失ったものは大きかったろう。当時本社製造部長、軍隊なら参謀本部作戦部長とも言える職に在ったKNIさんから当時の対応策にご苦労された話を聞いたことがある。
原料(原油)供給と製品販売は株主のE社・M社が行うので、東燃の経営余地は限られている。無論グループ全体の最適化を前提に需給計画の大枠は決まるのだが、それぞれの会社は独立の法人であるから、国策も考慮しながら個別の最適化を実現したいと考える。E社もM社もLP利用では先輩格。簡単にはこちらの要求がすんなり通らない。とは言え情実や人間関係で泣き落としが通じる相手でもないし、株主として政治的な力を使ってくるわけでもない(後年当時の先方の担当者と話した時、「何度そうしたいと思ったか知れなかった」と語っていたが)。ロジック対ロジックの戦いである。
数値・数理に基づく意思決定は、一見公平で納得感があるように見えるが、それ故に注意も要る。最近話題のTPP(Trans-Pacific Partnership;環太平洋経済協定)では、同じ政府の中で、内閣府は年間4兆円のプラス、農林水産省は8兆円のマイナスと出している。つまり前提条件・境界条件が異なれば数学の答えはこれほど大きく変わるのである。
当時の製造担当取締役はTIさん(後に副社長になり情報システムも担当)、この人は工場の装置運転畑から転じた人で、SVOC(スタンダードヴァキューム社)に出張しLP導入の切っ掛けを作った人でもある。製造部門も広い意味で技術系であるが、設計を主体とする技術部門よりはやや商売っ気のある人(金銭感覚に鋭い人;必ずしも個人として蓄財に長けているわけではない)が成功する傾向にある。TIさんはどうもそう言うタイプの人だったらしい。
さて、石油危機到来後の需給計画(長期・中期・短期)をどうしていくか?自分でLPモデルを開発・運用したわけではないが、それに精通したTIさんから次から次へと検討課題が出される。LPの解は前提条件・境界条件よって大きく変動するが、どの因子によってそれが起こるのかは式が複雑・膨大なだけに容易に判明しない。TIさんは答えが自分の想定したものに近づかないと納得しない。彼は“交渉のロジック”を思い通りに組上げるためにLPを使っているのだ。これに製造部と情報システム室のスタッフが翻弄されていく。「最適とは何なのか?」と。
しかし、経営者の経験・感性と数理のバランスと言う点で、この使い方は一つの模範的な例と言えるのではなかろうか。
あれから約40年、最近の若い経営者の中には、使い勝手が飛躍的に向上したITツール(アプリケーション・ソフトを含む)を用いて、スタッフと対話しながら経営上の決断をする姿が現実のものとなってきている。TIさんのように、是非“俺のシナリオ”作りにIT・数理を活用してほしいものだ。
(次回テーマ:投資判断関連)
2010年11月6日土曜日
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