次世代プロセス制御用システムの候補は、エクソンの標準であるハネウェルのシステムとIBM(ACS)+横河(CENTUM)の二つに絞られたが、この絞込みに至る道には国産機(SPC用)をどうするか?と言う問題があった。精製側では富士通、三菱電機両社のシステムが使われていたし、石油化学にはGEの流れを引き継ぐ東芝製のプロコンが多数導入されていた。
国産メーカーの良さは何といっても国内に全ての体制(研究・開発、製造、エンジニアリング・サービス、保守)があり、臨機応変にユーザー・ニーズに応えてくれるところにある。長期にわたり利用するものだけに、この魅力は捨てがたい。一方でIBMは基本的に自社製品を販売するまでが通常のビジネス境界で、アプリケーションを含めたターン・キーは特別な事情(例えば国家プロジェクトに近い東京オリンピックやNHKのシステムのような)が無い限り、提供していなかった(これは独禁法の面からの制約もあったようだが)。それ故にIBMを好まないユーザーもいたのである。グループ内ではIBMシステム実績の無い石油化学(以下TSKと略す)にその傾向が強かった。
第一世代の時代には、それでもユーザーが種々のアプリケーション・システム(例えばプロセスデータの収集・蓄積や利用者への加工情報の提供ソフト)開発支援ソフトを自ら開発し利用することも行われていたが、システムが高度化・大型化するに従い、このような基盤ソフトはメーカーが用意し技術進歩に応じてヴァージョンアップする傾向が高まってきていた。
1980年春には先の二グループを意識した、見積もり照会用の仕様書が中央チームによって準備されつつあり、この仕様の骨子を国産メーカーに開示して彼らの対応を問うてみることが行われた。照会した二社(富士通、東芝)は産業用システムのプラットフォームをミニコンにシフトしていたこともあり、汎用機や大型専用機をベースにした製品を持たなかったので、基本アプリケーションソフトをこのためにゼロから開発する必要があった。そのため“全開発費”をユーザー負担としてきたのである。これでは世界マーケットをベースにソフトウェア・パッケージの価格設定している米国メーカーに太刀打ちできないのは明白であった。
後年アプリケーション・ソフトウェア販売のビジネスを始めてみて、あらためてプロセス工業用パッケージ・ソフトで世界に売れるものはほとんど米国製(一部英国製、フランス製)であることを、身をもって知ることになるが、その因はわが国メーカーが日本の有力ユーザーに合わせ過ぎ、世界マーケットへの展開力を欠く点にある。これは今に続く“ガラパゴス化”のはしりであったとも言える。
実はSPCからは国産メーカーが落ちても、DCSには横河のCENTUMがあり、世界標準で開発されたIBMのACSとつなぐコンピュータ間通信部分では同様の新規ソフト開発が必要になる。これにも同様の議論(開発費をどう負担するか)があったが、幸いCENTUMそのものは標準化が進み、海外にもビジネス展開が可能なことから、開発費を折半し売り上げに応じてバックマージンをもらえるように見積もり条件を整理した。SPCアプリケーション・基本パッケージ全体に比べれば、通信部分に限られていたこともあり、その影響が全体計画に及ぶ割合は小さくて済んだ。
こうして二グループによる決戦が迫ってきた。
(次回;比較調査への取り組み;見積もり照会)
2011年7月6日水曜日
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