クルマが遥かな夢であった時代から、現在の“クルマ離れ”の時代まで、自動車雑誌も変化してきていることを前回述べた。そこには時代を先読みする優れた自動車ジャーナリストの存在がある。
技術解説や外観のデザイン評価(グラビア写真解説)が紙面の大部分を占めたところから初めて脱したのはカーグラフィック(CG)の運転評価レポートである。やっと自家用車に手が届く可能性が出てきたときに創刊され(1962年)、試乗可能な国産車の遥か先を行く欧州車を俎上に上げて、その優れた性能を伝えてくれた。この新しい企画の中心にいたのが、CG創刊メンバーの小林彰太郎である。わが国自動車ジャーナリストの始祖と言ってもいいこの人は東大経済学部出身、当時の業界にあって、異色の存在であった。後年書かれた伝記風紹介記事によると、ほとんど自動車部出身と言ってもいいような学生生活であったようだ。学生時代からモーターマガジン誌などに寄稿、おそらく外国の自動車雑誌などに目を通す機会もあったのであろう、CGが斬新な内容で多くの自動車ファンを惹き付けたのは、そこに手本があったからと推察する。取材活動を通じて出来た海外人脈・出版社との関係も他の自動車人には無い、彼の財産といえる。
創刊時、出来たばかりの東名をベンツで200km/hを超すスピードで飛ばしたことを記事にして物議をかもしたこともあるが、それほど彼我の差があった時代である。欧州車への賛辞が現代の自動車ジャーナリズムに続くのは、その影響ともいえる。私のひと世代前の人だが今でもCGの顧問として時々書いているようだ。
乗用車を技術以外の視点も加えて分析した次の人物は徳大寺有恒である。タクシー業経営者の家庭で育ち、高校生の頃からクルマに乗り始め、大学を出るとメーカーの開発アドバイザーやレーサー生活を経て自動車ジャーナリストに転じる。何と言っても彼を有名にしたのは「間違いだらけのクルマ選び」(1976)である。
この本が出たのは、マイカーが普及し、世界のマーケットに日本車が進出した時代。どんなクルマも国内で乗る分には一応満足できる状態にあった。しかし、この本でこの“一応”を鋭く攻め立て、評価を行ったのだ。価格と性能のバランス、わが国道路での取り扱い易さ、駐車スペースとの兼ね合い、色やインテリアの選択肢など、大金を払って一台しか持てない高価な商品の選択に役立つ情報を、手短にかつポイントを突いて解説する内容が大人気を呼ぶことになる。
その後のこの人の書くものを見ていると“社会・生活”の視点が一番確りしており、“社会派”自動車ジャーナリストと呼んでもいいような独自の位置を作り上げた。同世代ながら十年位前病を得て身体が不自由になったようで、運転の機会が減っているのが残念だ。
同じくクルマと生活の関係を取り上げながら、もう少し文化的な視点で発信したのがNAVIの創刊メンバーの一人、鈴木正文である。高校生の頃からおしゃれにはことのほか関心が高かったようで、50歳を過ぎた今でもユニークな服装でトークショウなどにあらわれ、若い人に人気がある。一方でかつて安田講堂篭城も経験した学生運動家の心意気は今も衰えず、NAVI編集長時代は編集部員を湾岸戦争反対デモに動員したという。
この独特のキャラクターがNAVIを追われる原因の一つだったようだが、ENGINEの編集長として返り咲くと、むしろそれが売りともなった。NAVIが休刊しENGINEが生き残ったのは彼に負うところが大きいように思う。巻頭の“from Editor”は、必ずしも直接クルマに関する話題ばかりではなく、文学、哲学や社会時評などにも及び、なかなか含蓄のある内容で、本誌の特集記事へ繋がっていく巧みなものだった。ひと世代若く、唯一の“文化派”とも言える彼も定年でENGINEを去った。次の舞台はどこになるのだろうか?気になる人物である。
上記三人ほど知名度は無いが、笹目二朗という人の書くものに興味を持っている。この人は自動車会社のエンジニアから転じた人で、雑誌にはそれほど登場する機会が多いわけではないが、レンタカーを借りて海外を走り回り、それを単行本にしている。大体同行者は夫人。車とガソリン、食・泊の苦労、道とスピード取締りの話が中心で、旅情を伝えるものは少ないのだが、クルマ旅の書き物が少ないだけに存在感があるのだ。こんな人が、ありふれたクルマを「いい車だ」などと評価すると、ディーラーの宣伝と見紛うような記事より信用できるような気になってくる。
この他にも数多自動車ジャーナリストはいる。この時代食べていけるのかと他人事ながら心配になるほどだ。自分の特色をどう出すか?時代は何を求めているか?雑誌も書き手も問われる時代が既に来ているが変化の兆しは見えてこない。
“自動車を巡る話題”はこれで一区切りしますが、好きなテーマだけに折を見て登場させるつもりです。明日から“吉野・高野・龍神ドライブ”に出かけてきますので、しばらくブログアップ中断します。これからもよろしく。
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