<今月読んだ本>
1)反ポピュリズム論(渡邉恒雄);新潮社(新書)
2)世界鉄道史(クリスティアン・ウォルマー);河出書房新社
3)海幹校戦略研究 第2巻第1号;海上自衛隊幹部学校
<愚評昧説>
1)反ポピュリズム論
小泉首相時代あたりから、トップと大衆がメディアを介して、直結する傾向が強まってきた。郵政選挙、それに続く参議院選、そして民主党政権誕生がその総仕上げのようだったが、人気先行で当事者能力を全く欠く二人の総理で、民主人気は急落、次の選挙での大敗は必定である。目下話題の中心は維新の会とそれを率いる橋下氏に移っているが、地方行政と国政では大違い、人気だけで世直しが出来るとは到底思えない。しばらくは衆愚政治が続き、日本の衰退に歯止めは掛からないのではないか?こんな鬱々としている時に出版されたのが本書である。
親の代から朝日新聞を取っている(私は日経もとっているが)。読売新聞は芸能・スポーツ新聞、インテリの読む新聞ではないとまで言われていた時代があった。もう20年近く前酒席で尊敬する大学教授から「まだ朝日なんか読んでいるんですか!?」とたしなめられたことがある。体制批判がはなはだしく、害毒を流し続け、国を弱体化させているとの評であった。「では何新聞が良いんですか?」と問い返したところ、「読売ですよ」との返事。率直なところ意外な感じがした。それ以来読売が気になりだし、インターネットで電子版が無料で閲覧できるようになってからは、毎日見ている。確かに政治的に中道保守の位置が感じられ、先入観をかなり払拭しつつある。気に入らないのは相変わらず“ジャイアンツ新聞”であることだけだ。
著者は読売新聞主筆、あのナベツネである。政治はとも角、この人を目にするのは相変わらず“ジャイアンツ”であることが多い。それもワンマンとして球団や球界を動かそうとする“嫌な奴”との印象が拭えなかったのだが、最近総合誌に発表した論文のタイトル(文春「日本を蝕む大衆迎合政治」;中身は読んでいない)は、読んでみたくなるようなものであった。そんな経緯もあり、たまたま待ち合わせに時間があり、書店に立ち寄った時目にして本書を求めた。
内容は、自らが関わった政界裏面史を披瀝したり、現代のわが国政治家や政策を批判もしているが、いわゆるジャーナリスティックな興味本位でそれを書くのではなく、何故大衆迎合(ポピュリズム)の政治が行われるようになったか、大衆迎合主義の弊害はどこにあるか、またその中でマスコミが果たした役割は何か、わが身をどう正すべきかを論じたものである。
目指す政治形態は、政界再編制による、安定多数を制することが出来る中道保守であり、その実現に向けた改善点の一つとして中選挙区制の復活を提唱している(このために2007年福田内閣のねじれ解消に民主党との大連立を画策した経緯があるが、この件は振り返ってみれば、わが国現代政治の岐路だったことがよくわかる)。こう要約してしまうと55年体制(保守合同)に戻るように見えるが、ここに至る背景として、ロイド・ジョージ(英国;ワン・イシュー選挙;論点を一つに絞り賛否を問う)、ヒトラー、マクガバン(1972年民主党の大統領候補として急浮上し、また急降下した;この時期著者はワシントン支局長)、近衛文麿など、大衆扇動者あるいは人気者の政治がどのように発し、どんな結末を迎えたかを紹介し、これらの歴史を踏まえながら提言していくところに、ただの思い付でない説得力を感じる。
加えて、太平洋戦争に至る政局の動きとその当時のマスコミの論調を、反省を込めて、赤裸々に語るところも好感のもてるところである・
さらに、現役時代の著作や記事が多く引用され、巷間知られるナベツネとは異なる気骨あるジャーナリストがこれを書いているとの感を深くした。
2)世界鉄道史
読書の中でも乗り物、特に鉄道関係は大好きなジャンルである。従って、英国における鉄道誕生から始まって、北米やシベリアにおける大陸横断鉄道建設、新幹線がきっかけとなる鉄道の復権など、鉄道史の本はかなり読んできたし、本欄でもその一部は紹介してきた。この本の広告を見たとき、最初に思ったことは、「もう語り尽くされているのではないか?」と言うことであったが、ファンとしての興味に抗せず購入した。結果は、鉄道の政治・経済・産業・外交・軍事・科学技術等への影響の大きさを、地球規模であらためて認知し、新知見を得ることが出来、大いに知的好奇心を満たされた。
この本の原題は“Blood, Iron & Gold – How the
Railway Transformed the World(鉄道は如何に世界を変えたか)-。内容はこの原題通り、空間的・時間的広がりをもって、鉄道が社会に及ぼした影響が語られる。
例えば、北米大陸を横断する鉄道は、米国に5本、カナダに3本建設されている。米国はとも角、人口希薄なカナダで何故3本もの横断鉄道が建設されたのか?理由はカナダが英国の植民地を脱し、一つの自治領としてまとまるために、西部の諸州が統一の条件としてその建設を求めたからだ。また、南北アメリカで最初に横断鉄道が建設されたのはパナマであり、運河が建設される前には、大西洋と太平洋をつなぐ重要な交易路であったこと、その工事が鉄道史上希に見る難工事で、たった50マイルの地峡を横断するのに、控えめに見積もっても6千人の死者を出している(1.6kmに120人)、ことなど小規模で特殊な存在である鉄道にも目が向いている。
鉄道経営も確り分析されている。大きく分けると官営か民営かと言うことである。英米は伝統的に民営、大陸ヨーロッパは官営の傾向が強く、後者の場合領邦国家(特にドイツ;最初に鉄道を国有化した国はプロイセン)が近代的国民国家にまとまるために果たした役割が大きいことを、周辺国との関係も含めてよく理解できる。
民営化で進んだ英米には新幹線タイプの高速鉄道がいまだに無い。ユーロスターも車両こそ高速鉄道タイプだが英国内では既存の鉄道と変わらない。米国では時々話題にはなるもののなかなか前へ進まない。何故か?米国の鉄道業の歴史を辿ると、如何に国家の金・資産(特に土地)を騙し取るかの歴史と言ってもいい。スタンフォード大学にその名が残る、リーランド・スタンフォードはもともとはカリフォルニアの食品卸売業者、利権を手にして、“鉄道王”にのし上がっていく。多くのアメリカ人は未だに鉄道はダーティービジネスとの思いが強く、政府(中央、地方)が鉄道に関わることを頑なに拒む下地になっているのだと言う。
鉄道と戦争も切っても切り離せない。スペインやロシアが広軌を採用しているのは独・仏を恐れてのこととはよく知られているが、一時期地域戦争の多かった南米などもゲージが統一されていない。また、軍事作戦における鉄道の役割はその国の戦略とも密接に関係するので“戦略が鉄道に何を求めるか”によって平時の鉄道運営も変わってくる。19世紀末、ドイツはスピードを重視し、フランスは柔軟性と即応性を求めている。ドイツは先制攻撃能力(攻め)を、フランスは複数の拠点からの即応態勢(守り)を戦略の要としていたからである。
19世紀末に頂点(敷設距離、機関車数、列車本数など)を迎えた鉄道も第一次世界大戦を契機に、先ず道路交通(自動車)に、次いで航空機に圧され始め斜陽の時代に入っていく。それが復権の兆しを見せるのは1964年のわが国新幹線の開通である。最終章(第13章)のタイトルは“鉄道の再生(ルネサンス)、書き出しは「1964年秋、東京-大阪間に世界初の高速鉄道が開通した時、大げさでもなんでもなく、それは鉄道の新時代の幕開けだった」で始まる。半世紀も前の話ではあるが、久し振りに日本人として誇らしい気分で、約5百ページもある大部の本を読み終えることが出来た。
専門書に近い内容だが、訳も不自然な表現が全く無く、優れたものである。
戦争と鉄道は二大関心事であるから、同じ著者の“Engines of War”を発注し、既に入手している。
3)海幹校戦略研究 第2巻第1号
通常本欄では、雑誌、学会誌・論文集、研究機関の紀要などは取り上げていない。本書も紀要の範疇のもので、かつ電子本(PDF)でもあるので、本来掲載対象外であるが、以下の動機、背景等から紹介することにした。
5年ぶりに始めた仕事は中国との関係が深い。中国滞在者や長くそこでビジネスをしてきた人と話す機会も頻繁にある。ある時30年以上中国ビジネスを担ってきた大手商社マンOBの話を聞くことがあり、彼の地に骨を埋めるに近い人生に感銘を受けた。その際「一党独裁で資本主義を採用、目覚しい経済発展は世界が注目するところだが、人民解放軍とこの経済活発化にどんな関係があるか?(主に利権と言う意味で)」と質問してみたが、解放軍に関する一般的な回答(解放軍は国軍ではなく、党の軍隊と言うような)しか得られなかった。これに限らず、中国の安全保障上の脅威が語られるときにも、新聞やTVで人民解放軍の深奥に及ぶような解説は滅多にお目にかからない。そんな不満を自衛隊に精通した、古くからの勉強仲間の一人にフェースブック上でつぶやいたところ、送ってくれたのが下記のURLである。
本書のタイトルを成す“海幹校”は海上自衛隊幹部学校の略、この学校は旧帝国海軍の海軍大学校に相当し、それは参謀養成を目的とした軍の最高学府であった。だから“戦略研究”はその核心を成した筈である(“筈である”と書いたのは、卒業生が、本来“戦略”が講じられるべきものを、実際は旧兵器(例えば大艦巨砲)中心の戦術研究ばかりであった、と批判しているからである)。そしてこの“海幹校戦略研究”は旧海大とは異なり文字通り、戦略を論ずる研究報告書であった。
私がフルに読んだのは、特別寄稿の「リアリズムの復権-国家と主権をめぐって-」(袴田茂樹;青山学院大名誉教授)と、この本を読むきっかけとなった「人民解放軍の意思決定システムにおける中国海軍の影響力-人民解放軍と海軍との海洋を巡る認識の差-」の二編だが、新聞の論調や訳け知り顔でTVなどで語る“識者”の見識など足下にも及ばない、奥の深いものだった。
例えば袴田論文は、冷戦崩壊後の“ポストモダニズム”が如何に一時的・表層的なものであることかを論じた後、次期ロシア大統領に返り咲いたプーチンが北方領土に関して述べた内容が、(朝日)新聞紙上で我々に知らされたものと如何に異なるかを教えてくれた(二島返還さえ確約したわけではなく、もし返還したとしても歯舞・色丹に何がしかのロシア主権を残すことと取れる発言をしている)。
また、後者は空母建造などで“危機迫る”と騒ぎ立てる、中国海軍の解放軍内での地位が如何に低いかを、長く中国に駐在した防衛駐在官(実質的には武官に相当するが、軍隊でない自衛隊には武官は存在しないため、このような官位になる)が調査分析した報告である。これを読むと中国では海軍は陸軍の一兵種に過ぎないことがよくわかる。当然軍事外交は解放軍中枢を見ていない限り、その挙動はつかめない。わが国が四界海で海軍・海上自衛隊との交流を欲しても、陸軍がその気にならなければ、政府間交渉の合意事項ですら話題にならないのだ。
リベラル系知識人と大衆メディアの偏向で、異常な軍事アレルギーに冒されているわが国では軍事学を一般大学で学ぶ機会はほとんど無い。国家安全保障を真摯に学ぶ良書として本研究報告を紹介した次第である。
この他にも「東シナ海における油ガス田開発とその背景-「利権集団」といわれる中国海洋石油公司(CNOOC)の役割-」など、ユニークな研究があり、ビジネス関係者にも役立つ情報が掲載されている。
なお、著者の多くはこの学校の教官・研究者で、この本に記載された研究内容はこれら研究者の個人的な見解であることが明記されていることを、ここでことわっておく。
詳しい論文内容は下記のURLにアクセスいただきたい。
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