2012年10月13日土曜日

決断科学ノート-117(メインフレームを替える-11;異なる社内組織文化)



次期メインフレーム(MF)の要件として日本語処理システムが浮上してくる背景には、コンピュータが計算機械から言語処理機能を含む情報処理機械に転ずる当時のITを巡る社会情勢の変化と、それに合わせるように始まった、本社事務合理化計画(Tiger-Ⅱ)にあることは既に述べたが、これと深く関わるのが、情報システム室内における二つの組織、機械計算課と数理システム課における組織文化の違いである。
東燃のMFの歴史を述べる段で触れたように、その始まりは会計統計機(パンチカード・システム;PCS)の導入にある。“会計”の名が示すように、これを扱う組織は経理部の一機能としてスタ-トしている。その後技術計算や製造計画業務にMFが利用されていくのだが、これら広義の技術系アプリケーションは“会計機”ではその任に耐えず、技術部や製造部の担当者が、エクソン・エンジニアリング・センター(米国)やIBMの計算センター(東京)を利用していた。この技術系の利用組織は初め製造部数理計画課として発足、やがて本格的なMFIBM S/360)を自社に持つ時代が到来、コンピュータ技術や数理技術の専門家を糾合して数理システム課へと発展していく。
PCSにしても、プロセス設計に関わるプログラムにしても、製造計画に使う製油所モデルとその最適化(LP)にしても、1950年代後半エクソンから教えを受けて導入・発展してきたし、使うのは同じMFである。“コンピュータ利用”という視点で外から見れば両組織とも大きな違いは一見無いように見えるが、実は陸軍と海軍ほど異なるのだ。現代のアメリカ軍でも陸・海・空の兵器体系一元化が困難なように、次期MF検討もそれぞれの組織が持つ歴史と文化に影響されることになる。それをアプリケーション(利用分野)、英語、IBMに焦点を絞って見てみたい。
機械計算課の対象利用分野は会計・税務・購買・人事などが主になるが、当然国内の会計法や税法がその基準になる。これに国の基準ばかりではなく、地方や取引先との関係も影響してくる。また正式文書は英語・ローマ字は無論、カタカナですら認められないことも多い。つまり極めてローカルなサービスが求められる。これに対して数理システム課が行う、技術計算や生産計画は基本的にプラントが同じものなら世界どこでも利用形態は変わらない。逆に言えば同じでなければ勝負にならない。英語も、長い文章や会話はともかく、専門用語は日常的に使っている。知らず知らずの内にある程度グローバルな環境に慣れているのだ。
次に、機械計算課の仕事は正確な会計処理がベースになるので、定期的で量が多い。毎日工場から上がってくるデータをチックし、パンチし処理する仕事は人手を要し、組織的に行う必要がある。そのためチェッカー、パンチャー(女性)、オペレータ、プログラマー、SEと言う職種がきっちり定義され、キャリアーパスとして組み上げられている。また東燃は販売部門を持たぬため、事務系の採用は著しく絞られており、コンピュータ利用の広がりに対処するため、工場運営要員(石油ショック前採用)が職種転換で廻されており、英語に馴染みの無い者が多い。一方の数理システム課は、コンピュータ技術、数理技術(統計解析など)、製造計画(LP)、技術計算、など専門分野別に数人(あるいは一人)でアプリケーションを見ており、組織的な体系化は緩い。ほとんどのメンバーはエンジニアで読解力に関する限り英語アレルギーのようなものは無いし、ユーザーも特に日本語にこだわることも無かった。機械計算課は陸軍、数理システム課は海軍に例えられようか。
IBMの営業は顧客のパワーストラクチャー(権力構造)の調査・分析・対応に極めて優れている。それはフォーマルな組織構造を超えて、誰が誰に影響力を及ぼすか、その実質的なところまで深い(これは後年IBMと一緒にACSIBMのプロセス制御システム)セールスを行う時に学んだ)。この当時日常的にIBMの営業・SEが接するのは数理システム課員(コンピュータ技術担当)と情報システム室管理職(室長、次長、課長)。やがてTiger-Ⅱの主力となる機械計算課員とのつながりはそれと比べて極めて薄かった。あのIBMにもこんな甘さがあったのだ。

(次回;私とIF

0 件のコメント: