6.英石油コンサルタントKBC社
連載中断前の最後の話題はSBC社と言う、株式公開とプロジェクト業務補完を期待して主要株主の一つとなっていたソフト開発会社のバブル崩壊による倒産までだった。1995年初めのことである。しかし、“プロセス工業特化”戦略が功を奏して‘94年、’95年とも売上高・営業利益・人員増強は順調に推移している。この時期、こちらが探す前に先方から声をかけてくる海外プロセス向けソフト会社が何社かあった。その一つが今回紹介するKBC社である。
KBCと言う社名の由縁は3人の創設者の姓、K.V.Kricorian、J.C.Brice、P.J.Closeの頭文字からきている。いずれも英国籍で1980年代初めまでロンドン近郊に在った、Exxon Engineering Europe(EEE;通称トリプルE;エンジニアリング会社)のプロセスエンジニアである。1979年の第2次石油危機のあと、この組織は大幅に規模を縮小、多くの技術者が去ることになる。この事態で3人が立ち上げたのがKBCである。
私は彼らと職種が違い東燃時代全く関わることはなかったが、1988年BriceがIBMの縁を頼って私にコンタクト、まだ東燃本社内に在ったオフィスに訪ねてきた。当時の名前はKBC Process Technology、主な業務内容は製油所の効率改善で、その中にはプロセス制御技術の供与もあった。しかし、この領域は多くのパートナーや潜在顧客から望まれていたものの、SPIN設立時東燃の技術提携先であるEREから厳しく制約を受けており、自社で直接取り扱わず代理店になるだけでもデリケートな問題を生ずる恐れもあったので「日本で貴社のサービスに該当する案件情報があったら連絡する」と接触だけは保つようにした。と言うのも我が国のエンジニアリング会社(専ら建設特化)とは違い、プロセスに関するソフト技術力は格段に高く、情報源も世界的な広がりを持つ点に惹かれるところがあったからである。
しかし、当初外から入ってくる評判は必ずしもいい話ばかりではなかった。最大の問題はExxonがKBCを技術盗用で訴えているというものであった。Exxon石油精製技術の核心は“REFINE”と称する多種多様な石油精製プロセスをカヴァーするシミュレーションソフトウェアで、これで設計、運転解析さらには生産管理まで行い、ライヴァルとの差別化を実現していると信じているものである。どこまで共通性があるものかは不明だったが、KBCは“PETROFINE”なるソフトを使ってビジネスを行っており、これが係争のもとだったのである。
Briceが訪ねてきたとき、彼のオフィスはシンガポールに在った。小さな会社なのにこんな点では大英帝国の名残りか、営業活動は一見グローバルな広がりがあるように思えた。SPINとしては、プロセス技術そのものをビジネスにする考えは例え東燃・Exxonが認めてくれたとしてもやる気は全くなかったし人材も皆無だった(そのために東燃テクノロジーが存在した)。この時点で我々の興味は専ら“プロセス制御”にあったのだが、これについてKBCは「出来る」とはいうものの、実績はトリプルE時代組織としてやったことから目新しいものがないことも(もしビジネスが具合化したら専門家を採用する考えのようだった)、こちらから積極的に関係を強化し、日本の顧客に紹介するところまで踏み込む気は起らなかった。
こんな経緯からKBCとのコンタクトは1989年半ばで一旦中断する。
(次回;英石油コンサルタントKBC社;つづく)
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