2009年3月20日金曜日

決断科学ノート-1

決断科学ノート-1
“決断科学工房”の由来
 ビジネスを離れてからのライフワークとして考えていたことは、趣味(道楽?)の軍事システム研究から得た知見を、経営における情報技術(IT)利用の普及(特に、意思決定における数理技術利用)に役立てる情報発信を行うことだった。一人で気ままにやることなので、会社設立のような考えは無かったがそれでもなにか名前が欲しかった。組織に長く属していると、こんな気持ちになるものである。
 “工房”に惹かれたのは、化学工学分野のシステム研究で若いころ知り合った、東大のN先生のご自宅に後年お邪魔したとき、表札に“研究工房:シンセシス”とあるのを見たときである。同先生の下で学びJGCに勤務、退職後JABEE(Japan Accreditation Board for Engineering Education; 日本技術者教育認定機構;工学部の格付け機関)関連のコンサルタントをしているTさんの名刺にも“工房”がつけられていた。一人でコツコツやる非営利作業に相応しい字(特に“房”)と響きが良い。商人よりは職人に近いところが好きだ。
 このブログを見ている友人から「最近よく決断と言う文字を目にします。これも今の混沌とした社会のせいでしょうか?先見の明がありましたね」と言うメールをいただいた。確かによく目にする。しかし私は現在を見越してこれをつけたわけではない。
 1988年渡米した際、Exxonにおける数理技術(特にLP;線形計画法)の泰斗だったトム・ ベーカーに6年ぶりに再会した。83年にExxonを早期退社した彼は、ECCS(Exxon Computer ,Communication & Systems)の仲間を中心に生産管理ソフトウェアの会社を立ち上げていた。創設者であり彼の名声がビジネスを支えているにもかかわらず、自室の机の上には社長(CEO、President)ではなく“Research(研究)”という名札が置かれていた。はにかみながら「経営は苦手でね」と言ってそれを指差す。そんな彼の会社の名前はChesapeake Decision Sciences。“Decision Sciences”始めて目にする英語である。数理技術の世界で“Decision Making(意思決定)”はよく使われる言葉である。何事にも一ひねりする彼らしい会社名に強く印象付けられた。“決断科学”か!それもSciencesと複数になっていると。しかしそのとき私が発した質問は「ニュージャージに在って、何故“チェサピーク”(チェサピークは大西洋がヴァージニア州南部でワシントンDCに切り込むように北上する湾の名前;シーフードで有名)なんだ?」 答えは「海が好きな俺は(彼は何度もヨットの艇長として大西洋を横断している)Exxonを離れたらチェサピーク湾を臨む地に事務所と住居を構えるつもりだった。そこでこんな名前を登記したんだ。しかしリンダ(夫人)がここを離れるのに猛反対でね。所在地とは関係ない名前で会社を運営することになったんだよ」 Exxonグループの会議やセミナーではいつも厳しい彼の、普段は見せない気弱な一面を垣間見た。決断しても実行できないことが身近にあることがおかしかった。数理科学(論理)では一流でも心理学(情緒)や社会学(慣習)と言う決断要素を軽視した結果の失態で、これは組織の決断でも往々見られることである(もちろん論理軽視と言うその逆も)。最後に会ったのは1998年春、この時二人はそれぞれ重大な決断をしていた。このことについてはいずれこのノートで紹介する予定である。
 決断科学工房は、こうして尊敬する二人の知人・友人からヒントを得て名付けたものである。“研究”を入れるかどうかしばし迷ったが、暇つぶしに近い所為ゆえ止めることにした。
 渡英する少し前、OR学会の新年会で当時会長だったK先生(LPシンプレックス解法の考案者、ジョージ・ダンチックの愛弟子)に名刺をお渡ししたところ「決断科学か!これは使えそうだな!」と言ってお墨付きをいただいた。

 この“決断科学ノート”は、本来このブログの中核として開陳したいと思っている「ORの起源に学ぶ経営とIT」そのものではなく、そのための調査研究、私が見聞したり関わった会社経営・管理における決断、あるいは日常目にする政治や経済における決断に関する話題を、エッセイあるいは評論風に書いていくことを目的に立ち上げた。いままでの旅行記や書評とは違いかなり硬い内容になるが、時間のあるときにお読みいただき、コメントをいただければ幸いである。

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