10.むつ市とホテル
道路沿いを観光バスの車窓から眺めただけで、その地方を論ずることが適当だとは思わないが、津軽半島側に比べ、下北半島側は道路や鉄道のようなインフラ、街並み、個人家屋など、全体的に充実し、活気を感じた。その究極は宿泊した“むつグランドホテル”である。むつ市中心部から東に位置する小高い丘の上に聳えた立つそれは11階建て、丁度我々を含む三つのツアーがほぼ同時に到着したため、ロビーは大混雑、部屋のキーを渡されるまで15分ほどかかった。私の部屋は9階でむつ市街を眼下に見下ろす眺望のよい部屋。その広がりは予想せぬ規模だった(写真)。
両半島の違いがあまりも顕著なので、帰宅後少し調べてみたところ、明治期までは田畑に利用出来る平地が多く、北前船の寄港地点も何カ所か在る津軽半島の方が豊かだったが、明治政府が日清・日露戦争前北方海域の守りの拠点として大湊に警備府(現在は大湊地方総監部;これは旧海軍の鎮守府に相当、警備府より格上である)を置いたことで、近代化投資が下北に重点的に行われ、半島発展の基盤となる。戦後高度成長期には、不毛の荒野を国家石油備蓄基地や使用済み核燃料処理施設建設(30年を経て未だ未稼働だが)に利用、更に近年は国内最大の風力発電地帯となり、経済規模で津軽半島を圧することになった訳である。加えて、観光資源として、恐山、大間(マグロ、本州最北端)、仏ヶ浦(海岸奇岩地帯)が在り、むつ市がその起点になっている。因みに、人口は下北が約6万1千人、津軽は約5千5百人、一桁違う。
部屋はツインベッドルーム、広さやアメニティ申し分ないが、セイフティボックスがないのは今時珍しい。このホテルは斗南温泉に立地、大浴場もあるのだが、それは別棟になっており、9階から1階に降りロビーを横切ってはるか先、風呂は日帰りも可なので外部の人も入ってくる。脱衣所がどんな構造か分からないので、貴重品を自室に置いて出かけるのはいささか気がかりだった(フロント預かりとなるが、これも何かと不便だ)。
夕食は19時から大広間で、お一人様はそれぞれ一人席だが、これは個人的には好ましい。料理は焼ホタテ貝や鯛のしゃぶしゃぶなど海産物主体の和会席(メニュー写真)。まあ、可もなく不可もなくと言う程度だった(メインの鯛、豚が味噌仕立て、あまり好みではない)。NHKBS「ワースポ×MLB」を視て就寝。
(次回:仏ヶ浦へ)
-写真・図はクリックすると拡大します-

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