<今月読んだ本>
1) 蒼海よ眠れ(第1巻)(澤地久枝);毎日新聞出版社(文庫)
2)イギリス帝国(木畑洋一);岩波書店(新書)
3)アメリカの本屋さんの歴史(エヴァン・フリス);東京堂出版
4)地理と鉄道(竹内正浩);実業の日本社
5)悪党たちのソ連帝国(池田嘉郎);新潮社
6)ロンドン骨董街の人びと(六嶋由岐子);中央公論新社(文庫)
<愚評昧説>
1)蒼海よ眠れ(第1巻)
-ミッドウェイ海戦の両軍戦死者3千名以上。その関係者を訪ね、あの戦いを偲ぶ力作ノンフィクション-
読む本を選ぶ理由は様々だが、その中には自分で求めたものでないものを、偶然読むことになるケースもある。人から薦められても、お断りすることが比較的多く、申し訳なく思うのだが、気乗りのしない分野・テーマあるいは著者の本を読むほど、苦痛なものはない。今回はその真逆、8月の本欄で大木毅「ミッドウェイ海戦」を紹介した際、この本の参考文献として記載されていた本書のことを知り、結びに、「澤地久枝「蒼海よ眠れ」を読んでみたくなっている」と記したところ、それを目にした水泳仲間が貸してくれたものである。文庫本で5巻になるものの第1巻、一番知りたかった“運命の5分間”が、その第一章という幸運に巡り当たった。
ミッドウェイ海戦の敗因は、戦略レベルから偵察行動まで諸処の角度から論じられてきたが、「運命の5分間」が海軍発の定説として人口に膾炙されている。つまり「あと5分あれば攻撃隊は発艦しており、あの惨状は起こらなかった」との説である。そしてこの遅れ(混乱)のきっかけが、ミッドウェイ島攻撃隊総隊長友永大尉が帰途打電した、「二次攻撃の要あり」にあったとするものである。この報告で艦船攻撃用爆弾・魚雷を陸上用に付け換える必要が生じ、発艦が遅れたというのである。本書(全5巻)は、その第1章「友永大尉の「真実」」でこの言説が誤りであったことを明らかにすることから始まる。要は、友永情報以前に機動部隊(連合艦隊)司令部は兵装転換を決しており、しかもそれが5分で終わるような作業ではないことを突き詰めるのである。言い換えれば、友永に全ての責任を転嫁した海軍中枢を難じるわけである。これにより、初出(サンデー毎日)出版後、澤地と旧海軍関係者が論戦を繰り返し、現在では澤地説が有力となっている。
このように書き出すと、本書も数多ある、あの“海戦”を語るものと思われるかもしれないが、戦場・戦闘は舞台に過ぎず、それほど深追いしない。代わりに、あの戦いで逝った日米兵士たちを主役とし、それぞれの短い人生を描くことで、戦争そのものを読者に考えさせる内容になっている。つまり、戦史や戦記物でなく、一つの作戦を契機に、あまたの個人レベル(出自、家族関係・軍歴など)で戦争を見つめる、オムニバス様式のノンフィクションなのだ。あの海戦の死者は日米合計3418名(日本3056名、米362名)。本巻あとがきに依れば、著者のファイルキャビネットにはその全員の個別ファイルがあるという。ここから、おそらく50~100名を取り上げクローズアップしたのではないかと推察する(第1巻だけからの推測)。だからと言って、それだけの人物しか記したわけでは無い。友永の章では同じ機に搭乗していた他の2名(航法・爆撃手、通信士)や中隊の他戦死者も取り上げられている。
本巻は3章から成り、第1章が友永丈市大尉(戦死後中佐)、第2章は20人居た沖縄県出身者全員(下士官・兵)、第3章は空母ホーネットから発し、米機動部隊の先陣を切った、第8雷撃(魚雷攻撃)中隊(15機、全機未帰還)隊長ジョン・C・ウォドロン少佐(中佐)について詳述する。
読後最も印象深かったのは第2章(沖縄出身者)。この章には他章の倍200頁近くを費やし、聞き取り調査対象者それぞれの戦中戦後を含め話が進められるので、壮絶な沖縄戦の中に自分も巻き込まれていくような感さえ覚えた。凄まじい取材力と筆力、これが全巻通すわけだから、1986年菊池寛賞受賞が肯ける。
著者は1930年満洲生れ。高校卒業後いくつかの職場を経て中央公論社勤務、この間早稲田大学第二文学部(夜間部)で学び、のち独立。初出は1982年6月から2年半にわたりサンデー毎日に連載されたもの。心臓に持病がある中での調査への執念と本作品の重みは、この経歴と無関係ではなかろう。
ミッドウェイ海戦物は何冊も読んでいるが、本書で知った初知識は、航空機搭乗員戦死者数。日本121名に対し米は208名、米の被害は倍近いのだ!
2)イギリス帝国
-世界七つの海を制し、陽の沈まぬ帝国を築き上げたイギリス、暴力・欺瞞・陰謀の4百年を簡潔にまとめた優れた帝国通史-
“イギリス”、子供の頃から何気なく使い、それは国家であり、大ブリテン島であり、ときに大英帝国だったりと、漠然とした概念だった。それが一変するのは1983年秋、カリフォルニア大学バークレー校の管理職向けMBAプログラムに参加した時である。クラスメイトに英国からの参加者があり、彼との会話で「(イギリスのつもりで)England出身ですか?」と始めたところ、「UK(United Kingdom)から来たんだ」と、ちょっときつい表情で返してきた。後日分ったことは、彼の住処はイングランド(ブリストル)に在るものの、何代か前アイルランドから移り住み、夫人はウエールズ人、二人ともカトリック教徒であったことだ。爾来英国人とコミュニケーションする際は、English(イギリス)を使うことに細心の注意を払っている(会話ではBritishを多用)。また、日本語表記では英国、英国人としている。そんなこともあり“イギリス”表記には特別なインパクトを受ける。本書を見たとき「何故、大英帝国としないのだろう?」との疑問がわいた。しかし、丁度先月紹介した、英外交官アーネスト・サトウの「一外交官の見た明治維新」を読んでいる時期だったこともあり、理解の一助にと購入した。
著者は1946年生れ、イギリス史専攻の東大名誉教授。本書を含め既刊書のタイトルには“イギリス”が目立つ。先生は分っているんだろうか?こんな気分もよぎるタイトルだが、さすが!そんなことはご承知。はじめにの中の「本書の留意点」でこのことに触れ、帝国形成過程で4国(イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランド)の役割に注意を払い、敢えて我が国で普及している“イギリス”を使う、とことわっている。
全体として、17世紀に本格化した北米移民を出発点に、事実上帝国の終焉とも言える香港返還までの約400年を対象とした、イギリス帝国通史と言える内容だが、それぞれの時期に特徴的な問題を、よく示している地域をクローズアップする構成になっている。また、この間、その最盛期を19世紀中庸から20世紀初頭とみて、そこに力点が置かれている。考察する視点は、経済や文化にも触れるが、政治史が中心となる。その政治史の中で著者が留意点として挙げているのは、帝国支配における暴力(戦争・紛争・治安維持活動)の存在、
“イギリス(4地域;以下英国と記す)”の違い、日本との関係(19世紀中期以降)、がある。
「陽の沈まぬ帝国」と言われただけに、帝国を構成する国・植民地も様々。画一的な統治体系の下で存続してきたのでないことを、最終的には独立した米国を含め、地域毎に問題点を絞り論じていく。
前提として押さえておくべきは、4地域の関係、ここにイングランドを頂点とする国内植民地主義が内在することである。特に、それはアイルランドに顕著だ(北米では白い二グロの扱い)。それに帝国と一言で括るが、植民地・保護領、自治領、委任統治と、統治形態が異なること。これらを踏まえた上で、時代による海外進出の動機と統治策を解説していく。国策による移民(オーストラリア;囚人流刑地(アイルランドの政治犯がが多かった))、様々な理由で社会の周辺に追いやられた人々の自主的移民(北米;ピルグリムファーザーズ)、重商主義や産業革命による市場獲得や資源獲得(自国に都合の良い自由貿易主義;インド、中国、アフリカなど、後年は中東も))、他帝国との勢力圏争い(アフガニスタン(対露)、アフリカ(対仏)、中東(対独))、帝国維持のための要衝確保(ジブラルタル、アデン、シンガポール)。
4地域の差が顕著に表れた一例は米独立戦争、本来独立志向の強いアイルランド人が黒人とともに王党派を支持する。それ以前奴隷貿易(三角貿易)を禁じたのが英国王であり、米独立を主張する勢力(イングランド人中心、スコットランド人も独立支持)は奴隷制度是認だったからである。
日本に関する記述はそれほど多くない。インドを帝国に組込み、アヘン戦争で清を屈服させて時期、「昨日のインドは今日の中国、今日の中国は明日の日本」との世論もあったが、薩英戦争における民間人被害が伝わり、自制する動きが強まったとある。これは冒頭取り上げたアーネスト・サトウの著書と一致する。もう一点は日英同盟、よく知られるようにこれは対露牽制策である。
著者は帝国の最盛時を世紀の変わり目と見ており(版図は第一次世界大戦後だが)、その後は衰退期に移ったとし、自治領の独立やインド・東南アジア・アフリカ植民地の独立運動と二つの大戦との関係(特に兵力動員)を延べ、ここに現代につながる国際紛争(中東、インド・パキスタン)や移民問題、さらにはブレグジットの背景などにも言及、通史として完結させる。
本書を読みながら、しばしば頭の中を過ったのは、生まれ育った満州国問題。イギリス帝国とは、いくつもの満洲(プラス韓国併合)を抱えたような状態、満洲はわずか40年だが、それを400年続けたことは、ことの善し悪しはともかく、国際社会における国としての力は桁違いだ。
3)アメリカの本屋さんの歴史
-書籍出版・販売の歴史は欧州・中国が先行、米国は250年に過ぎない。しかし、世界の書籍販売を牛耳るのはアマゾン、これで良いわけはない!-
仕事に関係深い専門書(ITと石油)や写真雑誌(LIFEのような)を除き、洋書を読むようになるのは、本社勤務となった1980年代初期以降。読んでいたのは、ジャック・ヒギンスやアリステア・マクリーン、あるいはトム・クランシーなどの軍事サスペンス小説。求めるのは日本橋丸善や本社の在ったパレスサイドビルの流水書房(洋書部)だった。しかし、これらの書店では軍事科学技術やそれらと関わった科学者・技術者の伝記類に触れる機会は無かった。この洋書調達先が大きく変わるのは、ITサービス子会社勤務に転じてからだ。頻繁に海外出張があり、休日や空き時間に、訪問地の書店を巡る楽しみを覚えることになる。日本との違いは、戦史や軍事学コーナー(Military)の広さと、種類の多様性である。現在書架にある(残す価値のある)洋書の大部分は、バーンズ・アンド・ノーブル(NY)やボーダーズ(SF;ここが一番多い;数年前倒産)など大都会の大型チェーン書店で求めたもの、いわゆる街の本屋さんに立ち寄ったことはない。本書は、米国独立前の本も売る店(書物だけ扱う店など皆無の時代)からアマゾン、その攻勢をかわし生き残り・復活する“昔の本屋さん”に至る米国書店史である。
著者は1980年生れ。ジェームズ・マディソン大学(バージニア州立)歴史学教授(PhD)。
1993年には全米で約1万3千5百軒在った書店は、2021年には約5千6百店に激減している(国勢調査)。動物なら完全に絶滅危惧種だ。これに危機感を持った著者は、その歴史を辿り、独立系書店復活の道を探る。13の章から成る本書のトップは米国最初の書店「ベンジャミン・フランクリンの店」(フィラデルフィア)。これ以降、書店史・出版史・読書史に時代を画した書店を選び、最終章はコロナ禍を乗り越え復活を果たした、テネシー州ナッシュビルの「パルナッソス書店」で終わる。章のタイトルは書店名だが、そこを中心に据えながら、一店に集中せず、当時の出版界(作家、編集者、出版社・書店経営)を俯瞰し、解説する内容になっている。
では著者が時代を画すると見る書店はどんなものか。フランクリンの書店は専業ではない、彼自身多才で、著者・印刷工・出版者それに郵便局経営まで兼ねている。文学と書店文化の礎とするのはボストンの「オールド・コーナー」(これは店名ではなく場所だが、長く書店同様に使われる)。当時本を読むような知識人はニューイングランドに集中していた。広い大陸では変わった本屋も存在する。移動書店「パルナッソス・オン・ホイール(旅する本屋)」。時代が下るとクルマになり、船も利用される(書店ばかりでなく、図書館も)。百貨店の書籍売り場からスタートした「マーシャル・アンド・カンパニー(シカゴの百貨店名)」、この売り場主任(女性)は書店界の女帝と呼ばれるほど、出版界の実力者となる。マンハッタンの「ストランド」は,我が国では神保町に当たるブック・ロウ(本の回廊)に初めて開かれた書店。当初は盗品やポルノなど違法性のある書籍も取り扱っていた。ナチズム特化の「アーリアン・ブックストア」(LA)、ゲイのための最初の書店「オスカー・ワイルド・メモリアル・ブックショップ」(NY)、黒人文学・黒人顧客を対象とした「ドラム・アンド・スピア」(ワシントンDC)、グリニッジ・ヴィレッジの路上で古本を売る人びと。ここでは書籍路上販売の歴史が語られる。いよいよ現代、大型チェーン書店の「バーンズ・アンド・ノーブル」、そして世界最大の本屋「アマゾン」、トリは大型店やアマゾンに抗して、成長している独立系書店「パルナッソス」(テネシー州ナッシュビル)。実績のある作家(この人の存在が大きい)と経営学を修めたベンチャーキャピタリスト(いずれも女性)の経営で、堅実に売上げを伸ばし(二桁成長)、ハーバード・ビジネス・スクール教授が「独立系書店の新たな復活」と題する論文を発表している。「パルナッソス」が2011年開店してから、ABA(全米書店協会)加盟店は27%増加している。そうは言ってもメディアの“復活物語”は実態と乖離。著者の結びは「独立系書店が生き残るには、ファンの人たちがすべての本を地元の本屋で買うこと、アマゾンの利用をきっぱりやめることが大切」と。「そう言われてもな~」が率直な読後感である。
4)地理と鉄道
-地学的視点で、我が国主要鉄道路線の生い立ちから運営までをたどるものは珍しい。初めて接した鉄道科学啓蒙の書-
3年前会社同期入社仲間と箱根に1泊旅行に出かけた。箱根にはクルマで数えきれないほど出かけているが、今回JRと小田急、それに湯元-強羅間は箱根登山電車を利用した。急峻な勾配路線に適用されている、スウィッチバック方式は知っていたし、学生時代何度か信州へスキーに出かけており、碓氷峠越えでこのシステムを利用しているはずだ。しかし、夜行利用だったからまったく記憶になく、今回日中だったこともあり、ジグザグでの運行がどんなものかよく理解出来、80歳を超えて面白い体験をした。本書は国鉄・JRの路線を中心に、我が国固有の地理環境下(国土形成過程・地形・地質・地層・地盤・河川・海洋)での、約40路線の路線決定・敷設工事・運行について、ときに政治や歴史的背景を交え解説するものである。いわゆる“鉄チャン本”ではなく、地学的視点が基本となる、かなり重厚な内容である。
著者は1963年生れ。1985年北海道大学法学部卒業後日本交通公社(現JTB)に入社、主として編集部門で働き、月刊誌「旅」や各種ガイドブックの編集に携わり、2004年退社、独立。現在フリーライター、歴史探訪家として活動。地学に関する知識は、業務と独学で習得したもの、(読後感として予想したが)特定の専攻・研究歴はない。
構成は3章から成り、第1章「構造線と火山」、第2章「峠と盆地」、第3章「半島と海峡」。従来の特定路線に絞り込んだ解説とは違い、地形・地勢をテーマに語るところが特色であり、覚醒される点でもある。
我が国土にはその創成過程に遡る二本の地殻構造線が走っている。一本は糸魚川-静岡構造線。その背骨を成すのは、北アルプス・中央アルプス・南アルプス。京阪神と東京を結ぶ線は東海道線に留まらず、中央本線もまたこの線を横切らざるを得ない。日本海側を廻っても北陸本線、信越本線もこの構造線と関わることになる。もっと密に接するのは、この構造線上を走る大糸線や飯田線。地理的視点からの経路選定ばかりでなく開通後も路線保守や災害対策に追われ、何度も経路変更を重ねた路線すら在る。その悩みは東海道新幹線・北陸新幹線、そして建設中の中央リニア新幹線にもおよんでいる。
第二の構造線は北関東ないし諏訪湖周辺に発し、長野県南部・三河地方・三重県伊勢地方を経由・紀ノ川沿いを走り・四国の吉野川に並走・佐多岬から大分県の佐賀関半島・阿蘇・有明海に至る中央構造線。河川や山脈が続き、河岸や山裾を走る鉄路、これを横切る路線も多い。飯田線・関西本線・和歌山線・阪和線・土讃線・久大線・鹿児島本線・九州新幹線などがその例だ。直近では3回の熊本地震で大きな被害も出ている(9月26日に起きた3回目は本書に取り上げられてはいないが、それを予見させる記述はある)。
峠と盆地の章では、北海道開拓に寄与した狩勝峠越えの石狩本線・釧路本線・根室本線、日本近代史を(アプト式、スウィッチバック方式採用で)変えたと言われる碓氷峠越えの信越本線、4連スウィッチバックで何とか開通した奥羽本線の坂谷峠(現在山形新幹線はトンネル通過)、峠に名前はないが山陽と山陰を結ぶ木次線の中国山脈越えルートもいくつもの案が検討され、並走する国道314号線は大蛇がとぐろを巻くような二重ループで越え「奥出雲おろちループ」と称しているほどだ。盆地もその創成過程で鉄路建設に思わぬ影響を与える。諏訪盆地東岸は全国屈指の軟弱地盤地帯、80mでも基盤に達せず、中央本線茅野-岡谷間は今でも単線である。
半島;先まで延ばす必然性が最重要。同じ関東にありながら鉄道開通に大きな差がある三浦半島と房総半島、三浦は横須賀に軍港があり、観音崎には陸軍の砲台要塞が設けられており、東海道線全通前に大船-横須賀間が開通している。軍の力である。ただ陸軍は半島中央部または東京湾側を強く主張、地形的難易度で鎌倉・逗子経由に決まる。房総半島は過疎地であったため後回しになる。
海峡;ここで取り上げられるのは関門海峡と津軽海峡。石炭がエネルギーの主力だった時代、関門間輸送力増強は早くから論じられる。最狭部は600m、玄界灘と瀬戸内海の潮位差から生ずる大きな海流変化、隧道案・橋梁案・渡船案の長短、ルート、様々なケースがあったことを、正確な地図で解説する。海底トンネル案の決めては空からの安全保障である。津軽海峡は少々論点が異なる。青函トンネル案はアイディアとしては古くからあるものの、具体的な検討は戦後しばらくしてから。ここで語られるのは青函連絡船と下北・津軽両半島の鉄道事情。日露戦争直後、下北半島大湊に北洋防衛を任務とする海軍要港部が置かれたことで東北本線につながる大湊線が引かれ、それまで不毛の地であったこの半島が発展していく(鉄道敷設前は平坦で田畑が拓けていた津軽がはるかに豊かな地であったが)。
詳細なカラー地図を多用して、歴史や逸話も含め丁寧な解説。鉄道辞典的な使い方も出来る(とは言っても索引が無いことは重大な欠陥ではあるが)、鉄道ファン必携の書と言って良い一冊だ。
5)悪党たちのソ連帝国
-猜疑心・陰謀・欺瞞、重苦しい印象ばかりのロシア・ソ連、レーニンからプーチンまで個人に焦点を当て、変わらぬ権力統治体系の連続性を語る-
満洲でソ連侵攻を体験しているだけに、子供の時の対ソ連観はネガティヴなものであり、朝鮮戦争はさらにそれを倍加した。中学3年生の時(1958年)スターリンが死去、何となく穏やかな世界が到来するような感を持った。そんな時同級生の一人が「スターリンは凄い!彼の死で世界の株価が暴落した。オレもあんな人物になりたい」とのたまった。入学時から少しませた男だったが、株のなんたるかもよく分っていない私にとっては、スターリンの死より、この一言の方が衝撃的で、いまだ鮮明な記憶として残る。だからと言ってそれで嫌ソ観が変わることはなかった。それが激変するのは2003年、計測制御システム会社で海外ビジネスを担当、主にロシアビジネスに従事、現地従業員と行動を伴にし、人と社会に親しく接するようになってからである。この年12月大統領選挙が行われ、2期目に挑戦したプーチン人気は高く楽勝する(選挙当日ヴォルガ川中域サマーラ郊外に在る、プーチンの政敵ホドルコフスキー経営のユーコス社製油所に滞在中)。決め手はソ連崩壊のどさくさ時、国有財産を私した者たち(オリガルヒ;ホドルコフスキーをもその一人)を糾弾、それを国家の手に取り戻したことにあった。あれから23年、プーチンは歴代ソ連指導者と変わらぬ独裁権力者に大変身していく。
本書はレーニンからプーチンに至るソ連・ロシア国家指導者を俎上に上げ、その権力体質を分析・解説するものである。チェルネンコとエリツィン、プーチンは独立した章としては記されないものの、チェルネンコはアンドロポフとゴルバチョフの章でしばしば援用され、エリツィンはゴルバチョフの章で準主役、プーチンは様々な場面で登場、最終章エピローグは実質的にプーチンの章と言える。
著者は1971年生れ。東京大学大学院人文社会系研究科教授(文学博士)。専門は近現代ロシア史。
タイトルに学者の作品には相応しくない「悪党」が使われている。無論凶悪犯罪者の意ではない。ライバル粛清から民族浄化、大飢饉もたらした計画経済、力による衛星国支配など様々な巨悪を平然とやってのける、独裁者の巨大な権力を意味する。だからと言って“悪”ばかりをあげつらうものではなく、個人的資質や統治方法のプラス面もしっかりと記述されている。
帝政からソ連に代わった当初の国歌は、よく知られた労働歌「インターナショナル」であるが、1943年新国歌が制定される。オリンピックなどでよく耳にするメロディーだ。このメロディーは、歌詞は三度変わるものの現在に継続する。最初の歌詞にはスターリンを讃える表現があり、1977年ブレジネフの下で改訂される。ソ連崩壊後しばらく「愛国歌」が代わりを務めるが、2000年プーチンの意向でメロディーはそのまま、新歌詞で歌われるようになる。初代作詞者は長命で二代目・三代目も同一人物によって部分改変されているだけなのだ。著者はここから、国の歩みが読み取れるとし、歴史のジグザグに関わらず、ソ連・ロシアの連続性を感じ取る。そして、その連続性を、強力な最高権力者の意思による歴史コース選定と社会全体を大家族としてとらえる国民性(民族性)を代表因子として、権力者を論じていく。
最高権力者(書記長、大統領)の論述概要は、出自(家族関係)、学歴・職歴(初期の党活動を含む)が導入部となり、次いで党内での主導権争いが語られ、権力掌握後の代表的な政治活動を分析、最後に終焉に向かう過程を述べる。各章の題名(端的にソ連史上の存在意義を示す)と一部トピックスを紹介すると;
レーニン(帝国の創始者);祖先追求はタブー(ユダヤ人の血が混じる?)、父は永年の国民学校視学官としての貢献により貴族に列せられている。レーニンが慕った優秀な兄は民主化運動家になり、ペテルブルグ大学時代絞首刑になっている。
スターリン(帝国の育成者);冷酷な粛清(テロル)ばかりが喧伝されているが、共和国・自治共和国など多民族が自決できる政治体制(地方分権)を作り上げ、高い支持を得る(政敵トロツキーは強力な中央集権指向)。
フルシチョフ(帝国の攪乱者);スターリン批判、瀬戸際外交(キューバ危機)。
ブレジネフ(帝国の大成者);人好きのする人格、ライバル処置が穏健(引退、肩書きだけのポスト授与)、(経済低迷にもかかわらず)福利厚生重視(崩壊へのボディブロー)、米ソデタント。
アンドロポフ(帝国の矯正者);KGB長官、歴代「悪党」の中で最も謎めいた人物、規律重視だが柔軟に思考するタイプ、若手抜擢(ゴルバチョフ)、書記長15ヶ月で病死。
章立てのないチェルネンコ(帝国の保全者);アンドロポフの下ではゴルバチョフのライバルだったが、後継者に選ぶ。
ゴルバチョフ(帝国の破壊者);改革急進策(ペレストロイカ、グラスノスチ、禁酒法に近い反アルコール政策)が予想外の激変を生む。国防相等のクーデターとその失敗(これを抑えたのがエリツィン)。
ソ連・ロシアを論ずる書籍はかなり読んできたが、それらはおおむね、暗く陰湿な読後感を残すものだった。しかし、本書は暗部を多々述べながら、権力者の資質から政策まで、評価すべき点もしっかり解説、バランスのとれたソ連観・ロシア観といえる。ただ「帝国は変わらない」という結論に納得するものの、むしろこの国に対する不信・不安は増大した。
6)ロンドン骨董街の人びと
-表を見れば、王室を含む上流階級御用達の英古美術商の世界。裏へまわれば、貧窮貴族の資産を買いたたき、成金から法外なカネを巻き上げる、ハゲタカ商法。日本人女性古美術専門家が内部告発する-
2007年5月からほぼ半年英国に滞在した。ランカスターは名前こそ広く知られているものの田舎の小都市で、夜は家でTVを視るくらいしか気分転換することはなかった。そんなTV番組の中で目立ったのが、廃屋を再生するドキュメンタリーやガラクタ同然の古物オークションの番組である。日本でも“お宝鑑定”のような番組はときどき視ていたが、英国のそれはきわめて身近な感を抱かせるもので、英語が分らなくても楽しむことが出来た。本書のタイトル“骨董”を目にしたとき、滞英時の思いが蘇り、中身も確かめず購入した。読んでみた結果は、当初予想した狭義の骨董・古美術エッセイではなく、それらを通じた英国社会考察・批評記であった。
著者の生年は不祥だが、1988年6月ロンドン大学東洋アフリカ研究所へ修士取得のため留学、1年で修士号取得、英古美術商の老舗スピンク(1666年創設)に就職、社員として1992年まで勤務している。本書の内容はその4年間の体験を語る滞英記である。単行本の発刊は1997年、2001年新潮文庫となり、今回25年ぶりに復刻出版されたものである。それゆえ、あとがきに大幅に加筆修正したとある(チャールス皇太子が国王になったことなどもあるが、著者勤務のスピンクがメダル・コイン部門を残し消滅している)。現在著者がどのようにしているかは明らかでないが、文中から日本を拠点に古美術ビジネスを継続していると推察する。
日本では古美術商は地味な存在だが、英国では真逆、スピンクが存在するセント・ジェームス街はかつてここに王宮が在り、高位の貴族の館が通りに連なるような場所だ。ダイアナ妃の実家スペンサー邸は通勤途上、周辺にはオークションのクリスティを始め50軒ほどの一流古美術商が集まっている。スピンクの建物もかつてのそんな邸宅の一つ、6階建てである。
古美術商の世界は、トップに鑑定・売買を仕切るディーラーがおり、その下にアシスタント、さらにその下にポーターと呼ばれる見習い・雑務担当者が居る。ディーラーの下には秘書もおり、ディーラーの力は絶大、封建領主さながらだ。著者は東洋美術部に配属され、主任ディーラー(他に4人ディーラーがいる)直属の翻訳家兼カルチャラル・アドバイザーという役割を与えられる(ほぼアシスタントと同格)。ディーラーたちはオックスブリッジ卒が多い。しかし彼らの多くはミドルクラス出身者、貴族や地方郷士ではない。それでもクウィーンズイングリッシュと上流階級の立ち振る舞いを身につけ、一見典型的な英国紳士を気取る。しかし、裏へ回れば困窮貴族を丸裸にするハゲタカ同然。著者はこんな場面にしばしば行き当たる。英国人の狡猾さは現代にしっかり続いているのだ。日本はバブルに向かう金ぴか時代ながら、成金日本に価値ある美術品を売りたいとはどの古美術商も思っていない。このような対日観から、著者は「大人が子供を見抜くように、日本の運命を見抜いているような、イギリスの老獪さを、スピンク勤務中に感じていた」と英古美術界の対日観を総括する。また、著者が欧州における日本古美術ビジネスに疑問を感じるのは、真に伝統的な美しさとは真逆のケバケバしい作品に関心・興味が高いことである。スピンクの中国・日本ギャラリーはその典型であった。
英国におけるコレクターの黄金期は1920~1930年代、著者の時代もまだその余韻は残っていたものの、1990年代初期から凋落傾向、1934年発足の世界で最も権威ある古美術フェアー、グロブナー・ハウス・フェアーも2009年幕を閉じ、今や古美術の中心はロンドンから香港に移っている。
18世紀に流行った英国貴族子弟の美術探訪の欧州旅行(グランドツアー;特にイタリア)。先祖の残した資産を古美術収集に当てるオールド・マネー・コレクター。貴族の屋敷丸ごとオークション(建物は一括だが、美術品、家具・備品は一点ずつ)のハウス・セール。贋作の見抜き方(1982年三越が主催した「古代ペルシャ秘宝展」は47点の大半が偽物、岡田社長退任につながる。1987年奈良国立博物館開催「菩薩」における「ガンダーラ仏の最高峰」と称された作品が、石片を接着剤で接合した100%贋作であった事件)など、著者の周辺で見聞した骨董・古美術に関する話題満載、帝国の遺産で食いつなぐ、イギリス社会と人びとを、考えもしなかった角度から覗き見る面白さを味わった。
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