2024年12月31日火曜日

今月の本棚-197(2024年12月分)

 

<今月読んだ本>

1Numbers Don’t LieVaclav Smil);Penguin Books

2)鉄道の科学(川辺謙一);講談社(ブルーバックス)

3)迷走するボーイング(ピーター・ロビンソン);並木書房

4)強い通貨・弱い通貨(宮崎成人);早川書房(新書)

5)このドキュメンタリーはフィクションです(稲田豊史);光文社

6)戦時下の政治家は国民に何を語ったか(保阪正康);NHK出版(新書)

 

<愚評昧説>

1) Numbers Don’t Lie

-“数”に基づく社会科学研究に特化。ここから確かに現実世界が見えてくる-

 


小学校6年生(1950年)のとき、創刊されたばかりの「少年朝日年鑑」なる年鑑を買ってもらった。大冊・大判で社会科や理科に関連する統計や解説が主体の内容だった。参考書として役立つばかりで無く、特別な目的なしに開いたページを読むと、思いがけない知識が得られ、読み物としても楽しめた。社会科や理科が好きになったのはこの年鑑のおかげだ。高校へ進むと「日本国勢図会」の存在を知り、爾来時々購入しては国の現状を数字で眺め楽しんできた。本書もそれに類する書物で、絞り込まれた71のトピックスを数字で解説するものである。1月に書店で見つけ購入したが読み始めたのは4月初旬から、一気に読み通す本でもないので11月までかかってしまった。因みに、訳本は20213月「世界のリアルは「数字」でつかめ」なる邦題でNHK出版から出ている。

著者は本欄9月に「SIZE」を取り上げた際紹介しているが、再度ここに転記する;1943年チェコスロバキア生れ、1969年のソ連軍進駐で米国に亡命、ペンシルベニア州立大学で地理学博士号取得、現在カナダ・マニトバ大学特別栄誉教授、カナダ王立協会フェロー。専門は、エネルギー、環境変化、人口変動、食糧生産、技術革新、公共政策と広範。

71のトピックスは七つの章立てに分けられる。1.People2.Countiries3.Machines,Designs,Devices4.Fuel and Electricity5.Transport6.Food7.Environment、がそれらだ。個別トピックスは概ね現代に関するものだが、「ピラミッド建設に要した労働力は?」のように、時に思いがけない話題も散見される(この後に「失業率の数字は一様ではない」が続くことから、無縁ではないが)。また、各章・個別トピックスの導入部では歴史的背景説明が説かれる(Transportの章の導入部は「狭まる大西洋;帆船からジェット機まで」)。いずれのトピックスも統計や経年変化、予測値などの数字が中心となるが、これを著者がどう料理するかが読みどころとなる。通奏低音のように響いてくるのは、流布されている通説に対する疑義・警告、特に広義の環境問題(食品ロス、食肉生産、輸送手段エネルギー効率、住宅空調など)におけるそれらだ。いくつかのトピックスで内容紹介に代えたい。

本書には日本・日本人がわりと取り上げられている。「高くなる身長」の項でオランダ人が最も高く、欧米では背の高いほどCEOになりやすいという俗説(身長遺伝説)を述べたのち、東アジア人中でも日本人の伸びが著しい例を1900年から2020年までの18歳男子平均身長の変化で示す。1900年の160.0cm1940年までは163.2cmと漸増だが1960年には166.3cm1980年は170.2cmと急速に伸び、2020年には172.6cmに達し(こんなに高いとは本書を読むまで知らなかった!)、身長が栄養状態と密に関係することを示し遺伝俗説を否定する。著者は日本人の伸びを牛乳摂取量と関係付け、中でも終戦後の学校給食の効果に着目する。もう一つはFoodの章で寿命と食生活の関係から日本人の長寿の因を探る。結論は肉食増加では無く、一日の取得カロリーの差にありとする。米人は過剰カロリーで肥満体率が著しく高いのだ(最近は日本人も肥満体が目立つが・・・)。

Environmentの章にある驚くべき視点を二つ。「牛と人間」では、牛のゲップがCO₂発生源として問題になっていることを導入部で語ったのち、牛の頭数(15億頭)×重量(平均400kg)=600mt(百万トン)、世界人口(77億人)×50kg3.9mt、をはじき出し、今や地球は「牛の惑星」になっていると警告する(またFoodの章でも牛の飼育効率の悪さを数字で示している)。もう一つは携帯用機器組込みICと自動車の年間エネルギー消費量比較。自動車0.7exajoule1018乗ジュール)に対しIC0.4と決して低くない。AIの実用化とそれによるクラウド用コンピュータ増加などを考えるとき、ICの省エネ対策にも目を向けるべきと説き。その電力確保も種々問題含みであることを縷々述べる。

データは2020年まで、いささか古いが大勢に影響はないだろう。興味を持たれた方は邦訳をお薦めする。

 

2) 鉄道の科学

-鉄道ファン再学習最適の書-

 


子供は誰も乗り物好きだ(と思っている)。私もご多分に漏れず、自動車・鉄道・飛行機・船、いずれも大好き、今でも乗り物愛は子供のままだ。ただ終戦直後見かける自動車は格好悪い木炭エンジン車ばかり、飛行機は禁じられ、船は港へ出かけなければ目にすることはできない。結果として身近な乗り物は鉄道に限られる。小学生時代目指したのは鉄道技術者だった。小学校6年生の時Oゲージ(軌間32mm)の鉄道模型セットを持っている級友が居り、自分もそれを作ってみようと思い立った。近郊電車の1両、屋根と床は板材、前後・側面はボール紙で作り、モーター・パンタグラフ・台車・連結器は市販のものを購入した。外装は当時人気の湘南電車風にオレンジとグリーのツートンカラー。友人宅の線路とトランスでこの模型電車が動いたときの感動は忘れられない。電車が動く原理はこれで理解できたと思っていた。たまたまフェースブックで本書広告を目にし、読んでみた。なんと鉄道に無知だったことか!これが読後感である。

ブルーバックスが科学技術を平易に解説する新書であることは承知していたが、最近は全く手にしていない。久しぶりに読み、改めてその取っつき易さを再確認、新知識を習得できた。とかく乗り物は本体(車体・機体・船体)中心になりがち、本書でもそこに多くの紙数を割いているが、それにとどまらず、運用・保守・設備(信号・橋梁・トンネル・給変電など)にも触れて、全体システムとして理解できる構成になっている。また、新幹線のような最新鉄道ばかりで無く、路面電車や山岳鉄道の技術にも言及する。記述内容は挿絵・図・写真を多用、説明も初心者向け、小学生でも十分読みこなせる。一方でオールドファンを覚醒させてくれる話題も事欠かない。二、三その例を。

車体関係で学ぶことが多かったのは台車周り。高速でのカーブ通過、防振・防音、動力伝達に関する技術だ。鉄道ファンを自称しながら恥ずかしい話だが、車輪がレールの接する部分(タイヤに相当)が外へ向かい径が小さくなる(傾斜している)理由を知らなかった。カーブをまわる際外側は距離が長くなるので、早く進む必要がある。自動車では差動歯車でそれを調整するが、鉄道の車輪は左右直結でそれはできない。これを遠心力を利用して調整するためにタイヤ部分が傾斜しているのだ。傾斜のあることで線路と接する車輪の円周が内外変わって、左右のバランスがとれるのだ。車体の章では、このほか車輪駆動システム、パンタグラフ、連結器、ブレーキ、防振装置、列車制御装置なども詳述される。

線路の章も多々新知識を得た。線路は下から上へ路盤・バラスト道床・枕木・レールで構成される。地盤、走行する車両、列車編成、スピードなどによって、その構造・構築方法や使用資材、保守作業内容が変わってくる。新幹線が開業する遙か以前1955年、フランス国鉄がスピード記録に挑戦する。線路は在来線、その速度は331km/時で当時の世界記録となる。この実験後の線路の状態が写真に収められ本書に掲載されているが、レールが大きく曲がっており、その後を次の列車が走れば脱線必定。数分おきに300km/時で運行する我が国新幹線が、いかに高度な線路敷設・保守技術に支えられているか、改めて知ることになった。

運用の章では、よく知られるダイヤ編成から発し、安全システム(各種信号、標識)、駅改札システム(最新は顔認証)や自動運転まで、最新情報が網羅されている。

模型に発した浅薄な鉄道ファンとして、多様な楽しみ方に目覚めさせてくれた一冊だった。

著者経歴が変わっている。1970年生まれ、東北大学大学院の修士課程を修了した技術者、大手化学企業で半導体開発に従事した後、2004年著述業に転じたとある。既刊書はすべて自動車、鉄道関係である。

 

3) 迷走するボーイング

-新自由主義経営がもたらす凋落への道。多くの日本企業はここから学べ!-

 


19569月の講和条約調印少し前から、戦後禁じられていた航空関連の活動が始まり、航空雑誌を目にした鉄道技術者志願の中学生は飛行機少年に転じた。羽田や米軍基地で実物を目にする機会は多かったし、大学生になると“東京ソリッドモデルクラブ”に入会、150の木製機作成に励んだ。しかし、実機に搭乗する機会はなかなかやってこず、それが叶ったのは1968年(昭和43年)の秋だった。和歌山工場から東京出張の際規定旅費(新幹線利用)に自費を追加、伊丹から羽田へ飛んだ。搭乗機はボーイング727B-727)。2回目の飛行は19706月、初の海外出張でパンナムのニューヨーク便、使用機はB-707。帰途は就航間もないジャンボ機B-747。爾来国内外で多くのボーイング旅客機に乗り、上記の他720707の短距離バージョン;海外のみ)、7377577677777877シリーズすべてで飛んでいる。JALがダグラス機を使用していたことや欧州ではエアバスが多く就航していたこともあり、他社の飛行機にも乗っているが、時間・距離ともボーイング圧勝の搭乗歴である。そのボーイングが最近おかしい。新鋭機787のバッテリー事故、2度にわたる737-MAXの墜落、新スペースシャトル打ち上げの延期、そして直近のストライキ。タイムリーに出版された本書でその因を探ることにした。

米国航空機製造会社はロッキード、マーチン、ダグラス、グラマン、マクドネル、ノースロップなどすべて航空技術者によって創設されたのに対し、ボーイングはシアトルの豊かな材木商ビル・ボーイングの趣味から発したところに違いがある。後発であった同社の発展のきっかっけは第二次世界大戦におけるB-17爆撃機生産、最盛期には日産12機に達したとある。そしてその後継が日本にとっての疫病神B-29となる。ジェット旅客機への進出も爆撃機が契機。米空軍最初の大型ジェット爆撃機B-47(エンジン8基)は、押収した独空軍技術資料から学び後退翼を採用、これが707に生かされ、世界初のジェット旅客機コメット(平行翼)やダグラス他に差をつけ、後に続く7シリーズ(成功したB-17B-477を生かす)開発につながっていく。一時は大型旅客機市場で圧倒的なシェアーを誇った同社だが、2020年の納入実績(原著出版は2021年)はエアバス社566機に対しボーイング157機、この凋落はどこにあるのか?これを追及していくのが本書の骨子である。

縦糸は1967年に型式証明を取得し、改良を重ねて未だ生産を継続する、驚異的長寿命の737型最新バージョンMAXと最新機7872機種。いずれも事故に焦点を当てて衰退の具体例としての役割を果たす。横糸は経営環境。歴代経営者(CEOのみならず、候補者や技術責任者を含む)を実名で多々登場させ、彼らの言動から企業文化の変化が、開発・生産・販売の現場におよぼす影響を深掘りしていく。この過程では社内事情ばかりでなく、航空行政や経営思想の変化にも目を向ける。主題は事故機の技術的問題より、経営環境変化に置かれ、根底にある新自由主義(株主利益最重視)批判が論旨となっている。

レーガン政権下で顕著になる規制緩和は新自由主義に基づくもの、連邦航空局(FAA)業務の民間委託のような行政に直結することばかりでなく、株主重視の経営方式が技術屋集団の航空機メーカーにも波及していく。GECEOジャック・ウエルチの信徒たちが役員に入り込んでくるのだ。その極めつけが、1997年経営に行き詰まったマクダネル・ダグラス(MD;軍用機中心で冷戦終了の影響大)をボーイングが吸収合併した際経営陣に加わるMDCEOストーン・サイファー、GE出身でウェルチの崇拝者。この時代からボーイングは営利追求型に大きく舵を切り、その後のCEOもこれを継承する。大胆なアウトソーシング、コストと納期重視の開発(安全は二の次)、悪名高いランク&ヤンク(ウェルチ経営手法;毎年成績下位10%を解雇;経験を積んだ高給技術者狙い撃ち)、ベテラン工員の多いシアトル(組合活動が活発)から賃金の安いノースカロライナへの新開発機工場移転。加えてMDの経営は安定度の高い軍用機重視、リスクの高い民間機ビジネスへの投資を絞り込む。

787バッテリー事故は、バッテリー・メーカーに丸投げしたことに発する(バッテリー本体はGSユアサだが、電力供給システムとしては仏タレス社がまとめる)。防火ボックスを重量増加・コストアップで削ったことが原因だった。

737MAX墜落事故の背景は複雑だ。計画段階から安全性を種々の角度からチェックする部門が、納期短縮とコスト削減で年々縮小されていることに根本原因がある。先にも述べたように737は長寿、この過程で10種を超える派生型を開発・就航させている。そのコックピット操縦システムを大幅更新することなく小改造を積み重ねることで、古い型式証明や操縦資格の適用延長をしてきていたのだ。その結果、他機では当然装備されている電子チェックリストが採用されず、依然分厚いマニュアルで異常時対応をせざるを得なくなっていた。事故のきっかっけは些細なセンサー保守ミスにあったが、その情報を処理する機動特性強化システム(一種の自動操縦システム)がセンサーの誤信号で作動、操縦不能となってしまったのだ。電子チェクリストが備わっていれば素早い対応で避けられたに違いないのだ。

著者の結論は「集団浅慮がはびこった結果」。これは利益を専ら自社株購入に充てる最近の我が国製造業にも当てはまる警告ではなかろうか。

著者は生年不詳。スタンフォード大学歴史学修士、ブルームバーグ記者。

 

4) 強い通貨・弱い通貨

-ニクソンショックで基軸通貨の座を降りたドル、依然覇権通貨ではあるが、その近未来は?-

 


原油の価格はバレル(容積)とドルで表わされている。これは就職したとき(1962年)から現在まで変わらない。馴染んだこの相場感覚はエネルギー環境変化をマクロに把握するには好都合だ。この業界常識の数値理解が一気に改まったのは1971年のニクソンショック。それまで360円/ドルが308円となり、さらに1973年には変動相場制となって円高が進んだときだ。このとき初めて為替レートと自社経営が直結した。それだけではない。この間は大規模工場建設の最中、取引先の中には製品・サービスを輸出する企業もあった。そこから聞こえる声は海外ビジネスの苦境だった。これで自社の経営のみならず、国家財政や貿易収支にも目が行くようになり、円安が(石油会社はともかく)我が国にとっては望ましいものと思い込むようになる。これに疑義を感じ始めたのは現役退職後、財政赤字が続く中、大量に国債を発行し、金利が低下しても円高傾向が一向に収まらないことだった。これはいまだに私には謎である。この財政金融政策が円安に結びついたのはアベノミックス下黒田日銀総裁による異次元緩和策採用以降、就任時のレート80円台が現在は160円台に迫っている。ドルに対して円の価値は半減してしまったのだ。輸出産業はこれで潤うかもしれないが、いまや食料・エネルギーの輸入大国、このまま行けば外貨が枯渇、IMFの管理下に置かれるのではなかろうか?こんな不安で本書を手にした。

著者は1962年生まれ、1984年大蔵省(現財務省)入省、主計官などを経て副財務官で退職した通貨の専門家。東京大学大学院客員教授・都市銀行顧問。

読後感を先に述べれば、通貨問題を初歩から学ぶという点において、極めて優れた構成・内容・筆致、関心のある方々に是非一読をお薦めする。先ず通貨というものの基本概念を学べる。次に異なる通貨間取引の問題点・歴史的変遷を学べる。そして現代最も重要な意味を持つ国際経済と通貨の関係、つまり強い通貨・弱い通貨について学べる。しかし、円安不安は解消されなかった。著者の問題意識は“誰がドルを殺すか?”(取って変わるか?それはあるのか?)である。

物々交換から始まった商取引。その不便を解消するため生み出されたのが通貨。しかし、通貨そのものにたいした価値はない。第一次大戦後のドイツの超インフレ下では紙としての本来の価値と等価になってしまったのがその好例である。対して多少の変動はあっても、金・銀などは普遍的な価値を持ち、金本位制はその代替として信用されてきた。ゆえに大英帝国の通貨ポンドは長らく国際通貨として君臨した。しかし、帝国の衰退でそれを維持できなくなり、1944年連合国が戦後の復興策を検討したブレトンウッズにおいてドルを基軸通貨とする固定為替制度が決する。このとき米国は世界の金7割を保有していたのだ。戦後1ドルが360円と決まるのもこの体制の下である。しかし、冷戦やヴェトナム戦争で米国の金も流出、兌換不可となって停止され(ニクソンショック;1971年)、それに続くスミソニアン合意(1973年)で変動相場制に移る。その後さらに低下するドルの価値を支えるためプラザ合意で円高(ドル安)を容認する(1985年)。

しかしながら、唯一の国際決済通貨でなくなってもドルは依然としてトップの座にあり、ユーロ、ポンド、円がそれに続く。ドルは基軸通貨ではなくなったものの“覇権通貨”ではあるのだ。そこへ躍進する中国経済を反映して人民元が登場、シェアー拡大・支配力強化をうかがっている。これが国際通貨の現状だ。

黒田異次元緩和は円の価値をドルに対し大幅下落させた。本来中央銀行は通貨政策を担う機関ではないのだが、結果として公定歩合によってレートが動くことから、昨今日銀の言動が注目される。通貨の強弱はどう決まるのだろうか?広義の経済力(GDPとその成長力、国家財政、金融政策、国際収支など)が中心を占めるのは間違いないのだが、その国に対する無形の信用力が大きな役割を果たすと著者は見ている。その視点から、加盟各国が個別財政金融政策を採りながら域内統一通貨ユーロを使うことの齟齬、政策決定過程・情報公開に難がある中国の人民元、いずれも信頼度においてドルに劣り、それに取って代わる可能性はなしとしている(円・ユーロ同様の補完通貨)。では「誰がドルを殺すのか?」、著者はもしそれがあるとすれば米国自身として、「「誰もいなくなった」世界を恐れる」と結ぶ。確かに次期トランプ政権にはそんな危険性をはらんでいるような気がしてくる。

多くの図表や数値を用い、説明も平易、おまけにミステリーファンとしての遊び心も窺える。ドル覇権確立までの章は「鷲(米国の意)は舞い降りた」、ポンド凋落では「死にゆく者への祈り」、人民元の興隆では「レッド・ドラゴン」、ユーロの出現は「大いなる幻影」、地盤沈下する円は「Yの悲劇」、国際通貨の今後を語る「そして誰もいなくなった」、いずれも著名なミステリーあるいはサスペンス小説からの借用である。

 

5) このドキュメンタリーはフィクションです

-あらゆるメディア作品・報道はフィクションです。意外と歯応えのあるメディア論-

 


私の読書傾向は極端にノンフィクションに偏っている。本を読む動機の主因が(興味のある分野に限るが)“好奇心を満たす”ことにあるからだ。情感よりも事実、これが満足度評価基準である。TV番組も同様、ニュース・天気予報を除けば、限られたNHKのドキュメンタリー番組を視るくらいである。現在よく視ているのは、「呑み鉄本線日本旅」「にっぽん百低山」、それにシリーズ3回目となる「映像の世紀」、ちょっと変わったところでは中小・中堅工場をお笑いトリオが訪問紹介する「探検ファクトリー」くらいである。ここにかつて人気が高く、私も楽しんだ「プロジェクトX」が20数年ぶりに装いを新たに復活してきた。初回から数回視たが、期待外れでその後ほとんど視ていない。“作られたノンフィクション感”“感動させよう感”が鼻につくのだ(前シリーズは事実と異なることを盛り込み中止となった)。これに比べれば「探検ファクトリー」の方が素直に受け入れられる。そんなとき、この嫌悪感をズバリ指摘するような本書のタイトルを目にし、早速読んでみることにした。

ジャーナリスティックな題名から、二、三の映像作品を俎上に上げ、面白おかしく揶揄する軽い読み物を予想していた。届いた本書をひもとき、プロローグに目を通し「これは!?」となった。「広辞苑 第七版」の“ドキュメンタリー”を引き、「虚構を用いずに、実際の記録に基づいて作ったもの。記録文学・記録映画の類。実録」と紹介。それゆえ多くの人にとって、ドキュメンタリーは「脚本や仕込みのない、事実のみを記録した映像」であり、「客観性や中立性が守られる」作品をイメージさせる、と意訳する。その上で、前者については「強い作為性こそが、作られたドキュメンタリーの本体である」と-正反対の見解を開陳、後者について「客観性・中立性でないからこそドキュメンタリーは面白い」との反意を述べて常識を覆す。つまりドキュメンタリーというのは作品になった段階で事実ではなくフィクションになってしまうのだと。「これは歯応えがありそうだ」が読前感。全くその通りの読後感。本格的なドキュメンタリー論であった。

著者は1974年生まれ。映画配給会社に入社。その後、出版社でDVD業界誌の編集長を務めたのち独立。現在は作家・コラムニスト・編集者。

本書の構成は、ドキュメンタリーの面白さを浮き彫りにする論点を抽出、その代表作を例に、見方を論じる形になっている。論点は、被写体(人間以外を含む)への関与、被写体と制作者の関係(父の死を追う娘の作品)、外国人目線(まるで007のスパイ映画もどきの、紀伊大地のイルカ追い込み漁をほぼ盗撮で撮った「コーブ」)、ストーリー展開(歴史改竄例として「映像の世紀」)、脚注(解説の扱いや、エンディングの一言)による作意、お笑い番組やプロレス中継の内実、などがそれらだ。

被写体の題材選択だけでもそこに制作者の意図があり、カメラワーク、映像のつなぎ方、やらせや誘導質問、用意されたシナリオ、さらには虚偽まで、ドキュメンタリーが虚実ない交ぜであることを具体的に示し、それが制作側だけでなく、ときに取材対象者の自己宣伝(ブランディング)まで加わり、真実とは真逆の方向に進んでいくことさえ起こる。そして、このことは程度の差こそあれ、視聴者も承知の上で楽しんでいると断じる。その典型例がプロレスだ。演じる側は極めて周到なシナリオを用意、誰も真剣勝負と思っていないが、迫真的演技にファンはすっかり虜になってしまう。

結論は;「あらゆるドキュメンタリーはフェイクドキュメンタリーである。それを前提にドキュメンタリーを楽しんでほしい」と言うことのようだ。そこで「新・プロジェクトX」が私にとって何故面白くないのかを再考してみた。わかったことは「製造業の出番が少ない」(期待する題材でない)ことだった。工学分野は作意の入る余地が少ない。これをストーリー化するところが不自然になる。それに反し、関西のお笑いトリオが進行役務める「探検ファクトリー」は意識的にエンタメ化しているにも拘わらず圧倒的に現場寄り、これが「新・プロジェクトX」との違いだった。

タイトルには軽薄さをおぼえたが、本書の内容はしっかりしたメディア論。“ドキュメンタリー”を“新聞報道”と置き換えても通用しそうだ。

 

6) 戦時下の政治家は国民に何を語ったか

-軍事主役、政治脇役の昭和史に一石を投ずる書。24人の政治家演説を棚卸し裏読みする-

 


歴史好きながら、明治維新以前の日本史には何故か興味を持てず、恥ずかしながらその知識はせいぜい中学生程度、関連図書も数冊しか書架にない。それに比べると昭和史は満洲物を含め数十冊になる。生きた時代であるとともに、生まれ育った満洲が今日の日本の運命を決したとの歴史認識だからだ。その昭和史に関する作家で評価するのは、小説では吉村昭、歴史家では本書の著者保阪正康である。両者とも特定人物に過度にのめり込まず、静かで客観的な筆致が好ましい。その保阪が戦時の政治家の発言を材料に昭和史に切り込む新たな切り口に惹かれ、本書を読むことになった。

新たな切り口というのは、取り上げられる政治家の肉声録音を文字に起こし、そこから各人の発言の背景や狙い、あるいはその後の影響力を探る手法にある。これが文献資料だけで語られる歴史とは異なる、不思議な読書環境に引き込んでいくのだ。

取り上げられる政治家は24名(首相経験者14名)。退役を含め軍人が9名と最多だが、髙橋是清や松岡洋右のような有力閣僚、社会民主主義運動家の安部磯雄・大山郁夫、憲政の神様尾崎行雄、反軍演説を国会で行った斎藤隆夫など、バランスに配慮している。“戦時”に関しても熟慮の跡がうかがえる。終戦時の首相鈴木貫太郎を最後にしたのは当然だが、トップに田中義一を持ってきたことは、著者の昭和史観への視座を知るという点で意味がある。田中は普通選挙法(成人男子の大部分が有権者になる)下初の総選挙(19274月)で選ばれた首相であるばかりでなく、この年5月に起こった山東事件(天津付近に居留した日本人殺害)で対中武断外交策を採り、これが満州事変・支那事変へとつながる動機となったからだ。

政治家それぞれの演説評価は、以下のような流れで語られる。先ず政治家としての略歴を手短に紹介、次いで演説内容をそのまま示す。このあと当時の社会情勢の下でその内容を著者の歴史家としての眼で分析・考察する。無論読みどころはここにある。この考察は民間人(非軍人)に対しては政策(軍縮、金解禁など)や信条(憲政擁護、社会民主主義など)を掘り下げているのに対し、軍人に対しては政治家あるいは首相としての適性、力量に重点を置く。

対象者24名の過半を超える首相就任者の在任期間を見るとき、1936年に起こった2.26事件前後で顕著な違いが見て取れる。それ以前では5.15事件で暗殺された犬養毅を除けば、短くとも1年を超えているのに対し、それ以降では近衛と東條を除き極めて短命なことである。最短は阿部信行の4ヶ月、林銑十郎5ヶ月、米内光政6ヶ月など、就任の決意を述べてはいるものの、ほとんど国政に意味をなさない。著者は彼らの発言を深耕し「2.26以降の首相は総じてその任を果たすのにふさわしい人物とは言えなかった」と総括し、最長在任であった東條についても「典型的な大日本帝国の軍人で、特に思想はなく、むろん優れた歴史観もなく、戦争という軍事の一断面のみに知識が偏在している」と厳しい評をくだす。この評価は私が学んできた知見とほぼ一致する。それに対し第一次近衛内閣発足に当たっての近衛演説に対する考察には違和感を覚えた。演説は対支強行策を述べているのだが、「歴史上では、近衛の性格の弱さといった見方がされるが、事実は軍部のゴリ押しによる政治への抑圧であった」と近衛をかばうトーンになっている。天皇の信認と国民の期待が大きかった背景を考えると甘い気がする。

本書で最も感銘を受けた演説は、首相でも閣僚でも軍人でもない、一代議士の斎藤隆夫が昭和15年(1940年)2月議会で行った「反軍演説(支那事変撤退収拾案)」である。軍部はこれに激怒、議会に除名を迫り、議会も7名の反対者があったものの、圧倒的多数で除名を決議する。しかし、昭和17年の翼賛選挙で非推薦となりながら当選(出身は但馬出石(兵庫県)とあるからそこが選挙区であろう)、気骨のある政治家とそれを支える有権者の存在はあの時代にあって希有なこと、当時の日本人をある意味見直す結果になった。

すべて公式発言だけに“よそ行き感”は免れぬが、時代順に並べ背景解説を加えることで、とかく軍事中心の昭和史が別の角度から見えてくる一冊であった。

 

 

-今年の3(掲載順)

    帆神(玉岡かおる);新潮文庫(187回)

水主(水夫)から有力廻船問屋まで昇り詰めた実在の人物工楽松右衛門の伝記小説。強力帆布の発明がカギ。

    日ソ戦争(麻田雅文);中公新書(193回)

条約・法規無視のもう一つの戦争。ロシアの戦争文化を考える。

    メトロポリタン美術館と警備員の私(パトリック・ブリングリー);新潮社(196回)

警備員から見た、教養主義とはひと味異なる美術鑑賞。

 

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2024年11月30日土曜日

今月の本棚-196(2024年11月分)

 

<今月読んだ本>

1)メトロポリタン美術館と警備員の私(パトリック・ブリングリー);晶文社

2)日本外交の劣化(山上信吾);文藝春秋社

3)伝説の編集者坂本一亀とその時代(田邊園子);河出書房(文庫)

4)舟を編む(三浦しをん);光文社(文庫)

5)軍産複合体(桜林美佐);新潮社(新書)

6)起業の天才(大西康之);新潮社(文庫)

 

<愚評昧説>

1) メトロポリタン美術館と警備員の私

美術館警備員というなじみのない視点からの美術鑑賞。教養主義的それとは異質の楽しみ方を教えられた-

 


米国東海岸への出張は、エクソンの技術センター(ERE)が在るニュージャージーかNYマンハッタンの米国IBM営業部門が多かった。州が異なるとはいえEREも比較的マンハッタンに近く、路線バス一本で1時間弱、土地勘のない者でも出かけるのに難儀する場所ではなかった。そんな折休日を挟んだり、空き時間ができたりすると、美術館や博物館で過ごすことが多かった。近代美術館、自然史博物館もよく訪れたが、最も回数が多かったのは本書の舞台メトロポリタン美術館、おそらく56回は訪れている。何か特別な分野や作品に惹かれた訳ではないが、五番街に面するセントラルパークの中央部、通りの向かいはガードマンが立つ高級マンションが立ち並ぶ環境が緊張感を和らげてくれる。入場すれば全米一の広さを誇る館内には古代ギリシャやエジプトから近代絵画まで様々な美術品(神殿を含む)が溢れ、飽きることなく時間を費やすことができる。本書はこの美術館で10年警備員を務めた著者による館内紹介である。そこには業務ばかりでなく、展示物に対する著者の感性も反映したガイドブック的性格も込められている。

著者の正確な生年は明らかになっていないが、本書の中にちりばめられた人物背景から1984年前後と推察する。美術館における警備員の地位は決して高いものではなく、移民や希望職種に就けない人の一時的なつなぎ仕事の性格が強い。しかし、著者は外から見れば恵まれた職場を去り、自ら望んでこの職を選び、10年務めた後もその経験を生かしツアーガイドに転じ、講演や著述に励んでいる。この動機の違いが、NYタイムズ、ワシントンポスト等で高い評価を得る結果をもたらしたと言える。

父は地方銀行員、母は大学で美術史も専攻した舞台俳優。この母の影響が大きいことは、本書の随所でうかがえる。本人の学歴はNY大学(私立)で英文学を専攻、これ以前のカレッジ在学中美術も学んでいる。大学卒業後著名な週刊誌「ニューヨーカー」の発刊元に就職、ここで4年を過ごしている。転機は仲のよかった2歳違いの兄の癌による早世。社内では「出世しそうだ」と噂されながら、型にはめられていくような日々に疑問が募り、警備員に出世はないものの、好きなものに触れられ、束縛の少ない美術館警備職を選ぶのだ。

この勤務を通じて確立されていく、著者の作品への接し方、来館者観察が本書の肝となり、本書を質の高い美術館ガイドに仕立てている。例えば、教科書的な「重要な要素」を直ぐ探そうとする誘惑に打ち克つこと。来館者の多くはこの美術館を博物館と勘違いし、芸術から学ぶのではなく、芸術について学ぶことを目的としていると見抜き、素人が芸術作品から勝手な意味を引き出すべきでないと思っていることに警告を発する。「何もしてはいけない、ただ見るだけにして、自分の目にそこにあるすべてを吸収する機会を与えるのだ!」と。このような鑑賞姿勢の基となるのが子供の時分母が語った「その美術館で自分が本当に好きだと思う絵を選ぶまでは帰っていけない」という教えである。これは私もこれから心がけたい鑑賞姿勢だ。

警備員業務の内輪話も面白い。勤務場所(日時で変わる)の床の好み;大理石<木造<絨毯敷き;疲れと冷えから大理石は評判が悪い。警備員数;約600名/全従業員約2000名、出身国はガイアナ/アルバニア/ロシアで過半を占める。特別展は混雑で警備員の負担大、皆嫌がるが著者は対話の機会を楽しむ。全館情報;年間入場者約7百万人、コレクション総数は200万点以上だが展示品は約26千点に過ぎない。入場料は2018年まで任意の献金(私は510ドル払っていた)だったが、それ以降これが適用されるのはNY州民のみになる。

美術・美術館愛好者には是非一読をお勧めしたい一冊だ。

 

2) 日本外交の劣化

-首相の靖国参拝に「千鳥ヶ淵に行かせろ」と共産中国恐怖症の駐中国大使。「敗戦国に歴史を語る資格はない」と公言する事務次官。日本外交劣化極まれり-

 

 


私の一族は、祖父・父を始め国家公務員が多い。そんな中に、旧制中学卒業後雇員(ノンキャリ)として外務省に入省、苦学力行し職員に昇格、戦争遙か以前コンスタンチノープル大学(現イスタンブール大学)に派遣留学した伯父(父の義兄)がいる。海外などはるか遠い時代、外交官を別種の人間のように感じたものである。しかし、社会人となり海外駐在員と接したり自身海外に出たりするようになると、外交官の評価は“官尊民卑”“上から目線”と総じてネガティヴな方向に変じていく。また、昭和史を学ぶに連れ三国同盟や太平洋戦争開戦に際しての不手際(通知の遅れ)など、稚拙な我が国外交に疑義を持つようになる。さらに、中国・韓国からの歴史戦への対応には切歯扼腕させられることが多い。最近の外交・外務省はどうなっているのか?こんな時目にしたのが本書。

著者は1961年生まれ、1984年外務省入省のキャリア職員、国際情報統括官・経済局長などを経て2020年駐豪大使に就任、2023年末退官。現在は法律事務所顧問を務めながら外交評論活動を展開している。

本書の構成は、①日本外交劣化の現実、②なぜここまで劣化したのか?③再生への道、の3部からなる。①では最近の特定国家(ソ連・ロシア、中国、米国、韓国、アフガニスタン)との外交問題を取り上げ、それへの対応経緯を具体的に批判する。次いで②でそのよってきたる因を掘り下げて分析、③で今後の改善策を提言する。

20235月駐豪大使を終え帰任した著者が次官と対面するところから本書は始まる。一年先輩の森健良次官から、真摯なねぎらいの言葉もなく「次の大使はオファーできない。待命中に今後の人生を考えるように」と告げられ、併せて「在外勤務をオファーされたが、家庭の事情で断った。私は退官する」と自らのその後を明かす。かつて病弱の夫人をかかえた後輩が医療環境のよくない国へ大使赴任を命じられた際、別の任地を希望したところ、「任官拒否だ」と罵倒した本人が、「家庭の事情」で国外へ出ることを拒んだことに組織劣化を痛感する。駐豪大使が必ずしも上がりポストでないことも考慮すると、本書はかなり著者の私憤を含む内容になっているが、よく知られた外交案件を取り上げ、関係者を実名で登場させ、歯に衣着せず批判していくところに惹かれる内容だ。

歴代首相では安倍元首相の外交を高く評価しつつも、北方領土問題では前のめり姿勢が目立ち、結局成果は何もなかった。西側諸国は当初から疑問視していたにも拘わらず、外務省が直言すべきところを、それを怠り首相をやる気にさせてしまった。著者はプーチンを決して独裁者ではなく既得権益者の代表と見做し、この大事を決することのできる人物とは見ておらず、100年単位の交渉事として取り組むべしとする。

歴史戦・尖閣諸島・原発処理水など対中国外交は総じて腰砕け、「波風を立てない」「寝た子を起こさない」姿勢が目立つ(これは全く同感)。対外広報活動の強化に努め、タイムリーに反論すべしとする。ただ、ここは省内にも中国融和派がおり、著者はそれを劣化と見る。その具体例;小泉首相の靖国神社参拝に対し駐中国大使が「千鳥ヶ淵に行くように働きかけろ」と意見具申していたことを明かす。この大使は本書の中に実名は明かされていないものの、「ご尊父が英霊として靖国に祀られているだけに不可解極まる顛末だ」とあることから、終戦時割腹自決した陸軍大臣阿南惟幾大将の息子阿南惟茂とわかる(本月死去)。

慰安婦問題ではしばしばゴールポストを動かす韓国を難じ、「目の前の相手方や隣国と居心地の悪い関係を続けることに堪えられない」体質を問題視する。

このような劣化に至る主因として、対外発信力の弱さ、確固たる海外人脈作りの不足(国内要人の訪問に対し先方のアポイントメントを取ることすら容易でない)、「歴史戦」に対する事なかれ主義(講演で「敗戦国は歴史を語る立場にない」と述べた斎木昭隆次官)、日の丸を背負う気概の弱さ、外務省の地盤沈下(政策官庁でなくなってしまった)、プロフェッショナリズムの軽視(特に、地域専門性と語学力)、内向き指向(海外より本省勤務、外交より内交)、規律の弛緩、いびつな人事、を挙げている。いずれも具体的に語られるので、興味深く読み進められるが、読後感として「こんなことで日本の将来はどうなるのか」と不安が残った。

 

3)伝説の編集者坂本一亀とその時代

-坂本龍一が書かせた父の伝記。三島由紀夫、小田実、水上勉を発掘した凄腕編集者-

 


活字中毒者の乱読とはいえ長年多くの本を読んでくると、ときに読んでいる本に対する不満や疑義を生ずることがある。タイトルや帯に惹かれて求めたが期待外れ・的外れだとか、誤字脱字をチェックしたのだろうかとか、翻訳がおかしいとか、というような表面的なことから、章立て構成や情報の確度のような本作りに踏み込んだことまでそれらは様々だ。こんな読書感を、十数冊著書を著している友人にぶつけたところ「それは編集者の問題」との答えが返され、爾後そこに着目して読んでいると、総じて一流出版社の作品は無難なことがわかり、採用や登用過程にそれなりの体系ができているのだろうと推察するようになった。しかし、その実態は依然不明のままだった。本書を知ったのは日経夕刊の文化欄、1126日まで日本近代文学館で開催されていた“編集者かく戦へり”に関する記事にある。そこに坂本一亀(かずき)が音楽家坂本龍一の父とあり、それにも惹かれ即取り寄せた。

坂本一亀、坂本龍一、著者の関係と本書(文庫)出版に至る背景・経緯を整理すると以下のようになる。一亀は1921年生まれ、大学を繰上げ卒業、学徒出陣。満州から帰国後1947年河出書房に就職し編集者としてのスタートを切る。その後河出書房は1957年倒産、河出書房新社として再起する。著者は1937年生まれ、大学卒後1961年河出書房新社に入社、一亀は月刊文芸誌「文藝」復刊準備中でその部下となる。龍一はこのとき9歳になっており、著者はこの頃から坂本家に出入りし、やがて龍一とも懇意となる。一亀は倒産後も新社再建のため1976年まで河出に勤務、正式には2年後に退社する。このとき(1978年)著者も河出を去り、フリーな立場で編集や執筆に当たっている。こんな縁で、あるとき龍一から「父が生きているうちに父のことを書いてほしい」と依頼を受け、約束通り書き上げる。その原稿を一亀は丁寧に読み、誤解や間違いを訂正、さらに大まかな指示と細かい要望を示したが、出版は死後と希望され(2002年没)、単行本は2003年作品社から発行、文庫本は2018年発刊となる。龍一の死は2023年だから、いずれかに目を通しているに違いない。

一亀の担当ジャンルは純文学。本書は15話から成り、基本的に一話一作家(時に数人。野間宏のみ二話)、登場する作家を順に記せば;野間宏「真空地帯」「青年の環」 、椎名麟三「永遠なる序章」、三島由紀夫「仮面の告白」、中村真一郎、埴谷雄高(はにや ゆたか)・武田泰淳・梅崎春生、水上勉「霧と影」、小田実「何でも見てやろう」、高橋和巳・真継伸彦、山崎正和・井上光晴、黒井千次・丸谷才一、平野謙・いいだ・もも、辻邦生、島尾敏雄。純文学は私には無縁の世界だが、文化勲章受賞者やベストセラー作家が並ぶ、錚々たるメンバーである。一亀の凄さはこれら後の有名作家が無名の時代に発掘、一流作家に育て上げたところにある。例えば、三島由紀夫がまだ平岡公威として大蔵省勤務時代から注目して、「仮面の告白」を仕上げるまで、厳しいが暖かくで見守る。また、純文学を目指しながら今ひとつの観があった小田実に「何でも見てやろう」執筆を薦め大ヒットさせたのも一亀である。

著者が本書を仕上げるアプローチは、作家や作品について一亀が残したものと、作家本人あるいは関係者(龍一を含む)が残したものを援用、それを巧みに組み合わせ、その時代の社会背景をベースに、一亀の編集者としての特質・人間関係、作家の意図、作品の意義を、著者なりに咀嚼・解説する形式になっている。24時間臨戦態勢、妥協なき精神で自ら行動し、部下を叱咤する場面がしばしば描かれ、読後著者に「お疲れ様」と言いたくなった。

 

4)舟を編む

-カネと時間を要し、辛気くさい辞書作りを、喜劇調で学ぶ楽しい一冊-

 


新聞や雑誌の書評欄に著名人が登場するとき、しばしば座右の書なるものが紹介される。「立派な本を読んでいるんだな~」と感心するとともに「こんな本を何度も読むのだろうか?」とかすかな疑問が過る。私の座右(左側だが)の書は圧倒的に辞書、卓上に国語・漢和・英和・和英・英英・類語と並んでいる。しかし、これらを頻繁に使っているのかと問われれば、年々低下、今では携行に便利な電子辞書やPC組み込みの辞書に頼っている。とはいえ、電子化されてはいても原典は紙に印刷されたもの。それらが世に出るまでの編纂者の苦労は並大抵ではない。それを知ったのは半世紀前出た高田宏著「言葉の海へ」。これは明治初期、文部省職員であった大槻文彦による我が国初の国語辞典「言海」編纂の物語である。本書が単行本とし出版され評判になったとき、辞書編纂物と知り、読んでみたいと思ったが文庫まで待っていたところジム仲間から回覧され、ようやく機会が巡ってきた。

前述の「言葉の海へ」も本書も小説である。しかし、両者の違いは大きい。前者はほとんどノンフィクション、大槻文彦伝記と言える内容だ。彼周辺の人物や出来事に触れるところがあったとはいえ、大部分は辞書作りとその出版にいたる苦難。それだけに重い読後感が残っている。対して後者は辞書作りの苦労は同様だが、いささか作られ過ぎた人物像が気になるものの、登場人物が皆善人。軽い感じで読み進められ爽やかな読後感で読み終えた。だからといって内容が軽薄なわけではない。著者が辞書作りを真剣に学び調査した上での作品であることが伝わる作風である。それ故に、現代の辞書作りの手順や難しさがよく理解できた。

作品中の辞書のタイトルは「大渡海」、著書名「舟を編む」とともに、この題名は「言海」から発想したのだろ。中型国語辞典とあるが「広辞苑」がモデルと推察する。理由は、解説を岩波書店辞書編纂部の人が書いていること、頁数がほぼ同じであること(3千頁弱)、企画から出版まで10年以上要していることによる。ストーリーは大手出版社玄武書房初の本格的国語辞典発刊である。出版社にとり、辞書出版は誇りであり財産である。成功すれば20年は屋台骨がゆるがないといわれるものの、膨大な資金と時間を要しハイリスク・ビジネスでもある。

話は37年辞書作りに従事してきたベテラン編集者荒木が定年を迎え、後継者を探すところから始まる。その人物は営業部でくすぶっていた馬締光也、整理整頓にこだわるところを見込まれた結果である。この馬締を中心に顧問格の荒木、監修者の松本先生(退官した大学教授)、辞書編集部の面々(といっても34人)、それにやがて馬締の伴侶となる香具矢で物語が進められていく。

私の関心事は小説のストーリー展開よりも辞書作りにある。すでに同種の辞書が多々存在しPC・インターネットが普及している現代、当然のことながら「言海」とはまった異なる環境下での作成であり、そのプロセスは如何様かという点を知りたかった。荒木の構想は、既存のものと比べ、現代の生活に密着する面を充実させ、百科事典的要素(図版を含む)をそなえて差別化を図るというもの。例えば、ファッションやグルメなどがそれに相当する。そのためには該当分野の専門家に語彙の拾い出しを依頼することになる。とはいえ、大部分の語彙は既存の辞書類から集め、さらに松本先生や編集部員が気づいた言葉を加えて、用例採取カードを作成していく。このカードが辞書作りの出発点となるのだ。本書の中ではこのカードは紙のカード中心に語られるが、最終段階ではPCに取り込まれている。しかし、メールを除けばインターネット利用に触れるところは無かった。因みに、最新の「広辞苑」に収められている語彙数は約22万語、オリジナルの「言海」5万語。

集められた用語は編集部員によって優先度付けされ、掲載候補が絞り込まれ、執筆要領を定めた後、分野別専門家(主に大学人)に解釈と用例の執筆を依頼する。執筆者が権威者だけに一筋縄ではいかない。これも「広辞苑」の例だが、その数は200人を超えている。集まった原稿の校閲・修正は編集部員が行い、それをさらに2030人の人文系学生アルバイトがチェックする。

内容が最重要に違いないのだが、意外と大きいのが紙の質、軽く薄くしかも強く裏写りしないものが必須だ。本書の中で製紙工場の抄紙機まで踏み込んで解説されるが、この辞書のために特別な用紙を開発するのだ(高機能だけに用途は多様)。一回で済まないのに“ぬめり”がある。辞書を繰るときの手触りのことだ。試みに手持ちの「広辞苑」を繰ってみた。単行本とは大違い、天も地も1ページずつ確実にめくれる。インクの配合(色合い、濃淡)、試し刷り・本刷り、いずれも何か問題を生じる。一つでも語彙の欠落があれば大問題、学生アルバイトも含め昼夜兼行作業が続く。校正は雑誌では初稿一回で済むものが5稿まで行う。

企画から刊行まで15年、松本先生が病床で試し刷りを手にして亡くなった1ヶ月後「大渡海」が刊行される。

基調はユーモア小説(馬締=真面目)。辞書作りという辛気くさい話を楽しみながら理解でき、“言葉”に関し学ぶことが多々あった一冊である。

 

5)軍産複合体

-我が国にアイゼンハワーが恐れたような軍産複合体は存在しない。靴下調達から定年後の生活までもっと軍産は協力せよ!ユニークな自衛隊応援の書-

 


軍事技術史に関する書籍は蔵書のかなりの部分を占め、何か調べたい際には直ぐ引き出せるよう背面書棚の中央部に置いてある。そんな本の中にリチャード・サミュエル著「富国強兵の遺産」(原題;Rich NationStrong Army)がある。開国以降1990年代初期に至る我が国技術全史ともいえる内容で、技術開発・実用化を考察する上で参考になること大なる一冊だ。米国で出版されたのは1994年、調査分析時期は“Japan as No.1”の時代に重なる。MIT教授の著者は日本の技術力の根源を究明するためにこの研究を始め、結論として明治期以降脈々と培われたイデオロギー“富国強兵”策をその因とする。つまり、1980年代の日本の繁栄は、民生産業と防衛産業の相互依存にありとする。ここで留意すべきは、戦後に関しては決して軍事技術が先行しそれが民需品に生かされるのでは無く、相互依存と見ている点である。この本が出て30年、我が国技術競争力は相対的に低下傾向にあり、過度な軍事アレルギーは解消せず、防衛省が提供する先端技術プログラムに対する学術会議や大学の抵抗は依然強い。こんな環境下先端兵器の輸入は増加し、一方で小松製作所が新型装輪装甲車入札を辞退する事態が生じている。軍産複合体など存在しないと思える今日、この辺りの現状を知るべく本書を手にした。

本書は書店で求めたものだが、帯を見て「オヤッ!」と思った。比較的若い女性の写真がそこに印刷されていたからだ。1970年生まれ、大学の専攻は芸術学部、アナウンサーやディレクターを経てフリー・ジャーナリストとなった人のようだ。 “軍産複合体”を題する書物はおおむねそれを批判する内容だが、本書はその強化促進を訴えるもので、その点でユニークな一冊といえる。

「軍産複合体」なる言葉が世に知られるようになるのは、1961年のアイゼンハワー大統領退任演説にある。これは国の政策決定に不当な影響を及ぼすことを懸念する意図から出たものである。それが工業生産額で比較にならぬくらい小さい我が国防衛産業(1%以下、20202.5兆円)に対し、些細なことを問題視する現状に疑義を呈し、「抑止力の根源は技術力・生産力」「自衛隊と防衛産業はもっと接近すべし。これに学界も協力すべし」と説くのが本書の骨子である。まったく同感だ。

「安全保障技術研究推進制度」(2015年)、「経済安全保障推進法」(2022年)、「防衛生産基盤強化法」(2023年)など高いレベルの政策決定の背景や実情を縷々述べていくのだが、面白いのは先端正面兵器よりも一見脇役と思える話題に踏み込んでいる点だ。例えば、歩兵の靴や靴下、競争入札で調達した安物ではとても悪路50kmの行軍に堪えられない(もの以上に足が)。しかし、仕様を細かく規定すると、随意契約を意図していると非難される。あるいは定年制度、階級が下位のものから上位へ退役年齢が上がっていくが将・将補で60歳、関連企業で十分専門能力を生かせるのにそれを禁じられていることを問題視する。

米国や海外のそれと匹敵するような防衛企業など我が国には存在しないというのも本書の論点。防衛省と取引のある企業における防衛部門の売上げは平均で4%程度、この部門が存続できているのは民生あってのことなのだ。大手以上に問題なのはその下につながる中小の防衛特化企業、特殊な材料や部品、技術は民生品に展開しにくいものが多い。対地支援戦闘機F2では約1100社、10式戦車で約1300社、護衛艦(DD)では約8300社もが関与しているが、利益確保や後継者問題など経営維持に苦慮しているところが多い。では輸入頼りになるとどうなるか、この問題も奥が深い。運用上の問題(例えば日本人の体格;ヘルメット、防弾チョッキ)、最新技術のブラックボックス化、保守・改修の限界、有事の際の供給(部品を含む)、性能・品質(上級射手による銃弾テストでは輸入品と国産品に明らかな差がある)、納入管理方式(過不足ゼロを求める自衛隊の厳しい数量管理;これは薬莢一つ紛失すると事件扱いなる国情がむしろ異常と著者は見ている。同感だ)。ただ実戦を戦う可能性がある自衛隊員の中には最新技術を求める声もあり、著者もそこは歯切れが悪い。

価格決定方式、輸出の是非・可否、専守防衛からの制約(例えば射程、航続距離)、特別国家公務員という身分からくる軍との違い(年金、退役後の就職など)など、さまざまな面で他国に比べ過剰なくらい遠い自衛隊と防衛産業の関係を少しでも改善すべきというのが本書の要旨。ここで言う「軍産複合体」はアイゼンハワーが恐れたものとは別世界なのだ。やや軽い感があるものの、それだけに軍事に関心のない人には読みやすい。是非自衛隊が置かれた現状理解に役立ててほしい。

 

6)起業の天才

-情報化社会を先取りした希有な起業家江副浩正評伝。未公開株譲渡での蹉跌が無ければ我が国DXは別の姿に-

 


私の専攻は機械工学科制御工学、東燃就職は助教授の薦めによる。1961年卒論開始まもなく、どんな業種を希望するかと問われ、ユーザー系と答えた結果である。入学前から理工系ブームが始まっており、求人活動は青田買いと呼ばれるほど早く、助教授は卒論研究が本格化する前に落ち着かせてしまいたいとの考えだった。就職後わかることだが、これはいずれの大学も同様で、研究室の教授・助教授の力は圧倒的、学生課や科の事務所に求人申し込みが来ていても、一覧する就職情報に過ぎなかった。それから20年、長い工場勤務の後本社情報システム室に転じ、新たに加わった仕事に採用活動がある。制御システムは技術部が担当、私の室は数理システム担当。学科は応用物理・数理工学・管理工学・経営工学など名称は様々だが、応用数学専攻の学生が対象だ。教授・助教授は同年配、ほとんどは工学部出身者、あちこちの学校訪問で聞かされた話は嘆き節だった。工学部ゆえ教え子たちをエンジニアとして世に出すことを考えているが、金融業をはじめとするサービス業分野からの求人が活発、初任給も製造業より高く、自分たちの裁量だけで就職先を決められないのだという。ここで嘆き・不満の対象として何度か聞かされたのがリクルート社の存在である。本書はそのリクルート創業者江副浩正の半生記である。

江副の生年は1936年(昭和11年)、父は佐賀県出身の旧制中学・女学校数学教師、戦後高校に変わってからもその職にある。母は生母と継母二人。こうなる事情は父の女性関係にあるが、格別継母との関係が悪いことは無かったようだ。中高一貫教育の甲南中学・高校で学び、1955年東大入学、教育学部教育心理学科を1960年卒業(1年留年)、直ちに「大学新聞広告社」を立ち上げリクルート社へと成長させていく。江副の死は20132月、翌201410月東証一部上場を果たしたリクルート社の時価総額は78千億円、希代の起業家と言っていいだろう。本書は時代を先取りした情報サービス会社の業容拡大過程と “リクルート事件”を中心に江副の人物像、果たした役割を詳述する内容だ。

広告会社設立の動機は学生時代の「東大新聞」広告取りアルバイトにある。一流企業大卒初任給が月収2万円を下回る時代、月20万円に達するほどコミッションを得る凄腕セールスマンだった。これを東大外にも広げれば事業になると考え卒業と同時に資本金60万円で「大学新聞広告社」を立ち上げ、就職情報誌「企業への招待(のちのリクルートブック)」を創刊する。紆余曲折はあるがこれが企業・学生双方にうけ、発展への足がかりができる。創立メンバーは教育学部の同級生や「東大新聞」の運営者など、サークル的な乗りで業容を拡大、「とらばーゆ(女性就職誌)」「就職情報(中途採用)」「エイビーロード(旅行誌)」「カーセンサー(中古車情報)」など続々と創刊し成功させ、情報がビジネスになることを具現化していく。この中に1976年創刊の「住宅情報(現SUUMO)」がある。最初は月間からスタート、間もなく週刊となる。不動産広告はいい加減な内容のものが多い。これを顧客目線で審査し正確を期すようにしたことで評価を高めていく(例えば徒歩1分を80mと定める)。順風満帆のこれら広告情報は、従来新聞社・出版社の縄張り、求人広告ではダイヤモンド社、不動産情報では読売新聞が参入、初期には駆逐され兼ねない勢いだが数年後両者とも廃刊を余儀なくされる。考え方(顧客目線)と投入する人材の質が比較にならなかったからだ。

広範で膨大な量の情報を扱うことから、コンピュータと通信は欠かせなくなる。折からの通信自由化では第二電電立ち上げ準備のオリジナルメンバーの一人となる。しかしながら新会社設立段階で稲盛社長から「江副くんはすこし早いんと違うか」と外され、NTT回線販売に転じ、社長の真藤と懇意になる。その縁もあり日米貿易摩擦下NTT経由でクレイのスーパーコンピュータ購入を決し、その設置場所を川崎テクノピアビルにしたことが“リクルート事件”の発端となる。

このビル誘致は川崎市が推進、担当の企画調査局長に不動産子会社リクルートコスモス社の未公開株を譲渡していたのだ。しかし、未公開株を知人・友人に評価額で譲渡することは何ら違法では無く(公開後株価が下がるケースもある)、神奈川県警・横浜地検ともに賄賂と設定するのは難しいとして、送検を見送っている。しかし、19886月特ダネを報じた朝日は諦めず“賄賂”とすれば誤報となるので、それを避けながら世論を煽る。やがて、政治家や財界人、さらにメディア経営者(日経社長)まで譲渡を受けていることがわかり世は騒然となる。こうなっても直ぐに検察は動かない。これほど広範に配られると賄賂の目的が絞り込めず、立件できないのだ。ここで江副はミスを犯す(著者は“オウンゴール”と記す)。複数の政治家の名前が出てきたことから、爆弾男楢橋弥之助社会党議員が国会での追及を予告する。それを事前に防ぐため密かにカネを渡すことを画策するが、この現場を隠し撮りされ、その場面がTVで放映されて一気に“事件”化、19892月地検特捜が江副逮捕に踏み切る。100日を超える拘留に堪えかね、保釈を条件に「絶対正義」主義に貫かれた検察が作り上げた調書を認めてしまう。裁判では「強制されたもの」と徹底抗戦するものの、20033月「懲役3年、執行猶予5年」の判決が下り、13年を要した事件が決着する

不動産へ傾注していく動機・経緯(1984年マンション年間供給戸数第2位)、中曽根派への肩入れ(山王経済研究会中核メンバー、首相になると「土地臨調」の委員に選ばれる)、中内ダイエー会長との交友、稲山経団連会長との面談(“虚業”をメンバーにすることに反対)、バブル崩壊によるリクルート社および江副個人への影響なども掘り下げ、全方位から“起業の天才”江副を描いた力作。読後、事件による挫折さえなければ、GAFAM創業者に比肩する人物が我が国にも存在し、ディジタル後進国と揶揄される現状は避けられてのではないかとの思いが去来した。

著者は1965年生まれ。日本経済新聞記者・編集委員を経て2016年独立、著書には経済人の伝記類が多い。

 

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