11.仏ヶ浦へ
今回のツアーでまったく知らなかった観光スポットが仏ヶ浦。案内パンフレットに記されていたのは、斧の形をした下北半島の刃の中央部に在る奇岩地帯。2023年の三陸旅行で訪れたリアス海岸の一部である浄土ヶ浜と名前が似ていることもあり、同じような所だろうと想像していた。
5月24日(日)天候は曇り、予報では午後から雨も降るとのことだった。この日は見所いっぱいの最終日、ホテル初は7時半と早い。事前に地図で調べると、斧の付け根から時計回りで行けば近いことは明らかなのだが、バスはむつ市街を出ると国道297号線を北上する。つまり反時計回りである。どうやらとけいまわりのルートは大型車通行不能の道らしい。昨日むつ市に来るまでは道路・街並みとも整っていたが、今朝は左右どちらも灌木だらけに原野が続くばかり。景観が変わるのは道が半島の北端の海に突き当たってから。右(北)は海、左は傾斜のきつい山となり、ときどき漁村集落があらわれ、やがて大間の町に入る。
幸い空は明るくなり、海も穏やかだ。バスは大間には停車せず、斧の刃に沿って南下、8時半過ぎ仏ヶ浦観光の出発点佐井港に到着。こから観光船で仏ヶ浦に向かう。海の青さと透明度が半端じゃない!所要時間は30分、仏ヶ浦にも船着き場(コンクリート製突堤)が在り、30分間自由時間で無人の浦を見学する。この船着き場1991年に出来たもので、それまでは陸路で断崖の上に出て、そこから崖を降りるか(遊覧船が欠航の場合はこのコースになる)れば、近在の村で漁船をチャーターするしか、観光の手段は無かったとのことだ。
この地を世に知らしめたのは大正時代の歌人大町桂月で、1922年(大正11年)「神のわざ、鬼の手づくり。仏宇陀(ほとけうだ)、人の世ならぬ処なりけり」と詠んでいる。しかし、観光地として多くの人が訪れるようになるのは船着き場が出来てからのこと。私がその名を知らなかったのも、当然なのだ。
仏ヶ浦の名前の由来は、およそ2kmに渡る三角錐状の奇岩の連なり(高いものでは100m)、白緑色それが多数の仏像が並び立っているような景観を呈しているからだ(私には観音像に見えた)。
生成過程は約5百万年前の火山の噴火、それによるカルデラの火砕岩(凝灰岩)が風雨の浸食で今のような姿になったということらしい。冒頭比較対象とした浄土ヶ浜は、プレート衝突で隆起した古生代の堆積物(石灰岩)、はまるで異なる地質・地形のだ。同様の場所は和歌山潮岬の橋杭岩、トルコのカッパドキア、ヴェトナムのハロン湾など、いずれも景勝の地だ(橋杭岩以外は現地訪問無し)。小石の広がる浜辺を写真を撮りながら30分ほど歩き回り、同じコースを戻り、10時20分佐井港着。
(次回:大間)
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