2021年12月4日土曜日

今月の本棚-160(2021年11月分)

 

<今月読んだ本>

1)鳥と雲と薬草袋/風と双眼鏡、膝掛け毛布(梨木香歩);新潮社(文庫)

2)「太平洋の巨鷲」山本五十六(大木毅);KADOKAWA(新書)

3CODE GIRLSLiza Mundy);Hachett Books

4)美麗島紀行(乃南アサ);新潮社(文庫)

5)プロ野球「経営」全史(中川右介);日本実業出版社

6)歴史のダイヤグラム(原武史);朝日新聞出版(新書)

 

<愚評昧説>

1)鳥と雲と薬草袋/風と双眼鏡、膝掛け毛布

-自ら訪ねた122カ所の地名から喚起される思いを綴った旅のエッセイ



大陸(満洲)生れ育ちと言うこともあるのだろうか山よりも海への憧れが強い。それが高じて初めての我が家を三浦半島の先端久里浜の造成地に建てた。通勤にはいささか遠かったが、自然環境は優れ、子供たちもここが気に入っていた。しかし、土地購入の時から引っかかっていたのは地番“ハイランド町”である。確かに高台にあるから間違いではないが、何とも安っぽく気恥ずかしい名前だ。外国宛ての郵便には
Hairandoと記し決してHighlandとは書かなかった。これは英国ではスコットランドを意味するし、他国でもそれを知る人は少なくない。先輩格の多摩“プラーザ(スペイン語;広場)”に住む知人も同じような思いを抱いたと言うから、造成地に目立つXX台(現住所は能見台;これも土地分譲業者が駅名まで変更して誕生した)、YYヶ丘、ZZ平などの地名・地番に違和感を持つ人は意外に多いのではなかろうか?本書では行政の便宜や不動産業者のイメージアップを目的とした安直な地名も“新しく生まれた地名”としてまとめられ、南アルプス市、四国中央市などが具体例として取り上げられているが、他の歴史のある地名に比して批判的な結びになっている。この感覚・見解は個人的に好ましく、歴史や景観からの由来を留める古い地名を羨ましいとさえ思えてきた。

本書は単行本として2013年に刊行された「鳥と雲と薬草袋」(新潮社)と2020年筑摩書房刊の「風と双眼鏡、膝掛け毛布」を合本・文庫本化したものである。さらにその出典は、前者が西日本新聞、後者はPR誌「ちくま」に連載された記事にある。前者の場合“九州を中心に”との注文があったようで、関西・東日本が皆無と言うわけではないが、その趣旨に沿って少ない。これに対し後者はこれを補う形で北海道を含む東日本に主眼が置かれ、両者合わせて全日本をカヴァーする結果になり、合本が意味を持つことになる。

本書の著者紹介によれば、1959年鹿児島生まれの作家とあり、あとは代表作をいくつか挙げているものの、それ以上経歴は何ら記されていない。しかし、本書を読み進めると全国を渡り歩いている印象が強く、別途調べてみると児童文学・絵本作家としてTV放映や映画化された作品が多数あること、同志社大学で学び、この時には京都に居住、卒業後英国に留学していることが分かった。また、カイヤックの乗り手としても相当なレヴェルにあることが推察される。さらに本書を読み進めると、登山や長距離ドライブ(キャンプやカイヤック、仕事)で日本中動き回っている、行動力ある人物像が浮かび上がる。取り上げられる地名はすべてこれら活動を通じて自ら訪問・滞在したところばかりだ。その数122、歴史作家や郷土史家のように名前の来し方を深化するのではなく、字面や歴史から連想するその土地に対する著者の思いを語り、それを読者に疑似体験させるような筆致は、一刻知らぬ場所を逍遥するような気分にさせてくれる。コロナで旅行に制約のある昨今、誌上でそれを味わうには最適な一冊だ。

 

2)「太平洋の巨鷲」山本五十六

-英雄・指導者論は一先ず置いて、用兵者山本五十六を戦略・作戦・戦術から評価する-

 


今次世界大戦を軍事技術の視点から追い、それと“敗軍の将”を重ねた時、我が国の戦史・戦記・評伝では陸海軍とも多くの将星が記されているものの、海外(主として米英と独)の著作で頻繁に名前が出るのは
YAMAMOTO(山本五十六元帥)くらい、あとは生き残り戦後海外の歴史家や作家のヒアリングを受けたGENDA(源田実大佐)が少々と言ったところ、陸軍に至っては皆無である。これに比べれば、ドイツは戦略・作戦・戦術の各局面で実戦を戦った将官が名を連ねる。陸軍では電撃戦のグーデリアン上級大将、ロンメル元帥、海軍では潜水艦隊司令長官のデーニッツ元帥、空軍では第一次世界大戦のエースでナチス党No.2のゲーリング国家元帥など多士済々、戦後も彼らの用兵思想や作戦が米英の高等軍事研究・教育機関で講じられている。対してこれらに匹敵する唯一の日本人が山本なのである。

内外の戦史・戦記で山本を描くときクローズアップされるのは真珠湾奇襲成功とミッドウェイ海戦の敗北。しかし軍事技術と用兵を重ね合わせた時軍事史家が注目するのは、世界初の機動部隊創設とその運用、それに海上を長躯飛行し敵主力艦隊を攻撃する(海軍の)多発陸上攻撃機の開発と運用である(これはマレー沖海戦における英戦艦プリンス・オブ・ウェールス、巡洋戦艦レパルス撃沈で結実する)。山本を描いた著書はその名をタイトルにしたものだけでも当に汗牛充棟、おそらく三桁に達するだろう。しかし本書にある“巨鷲”は明らかに航空機を象徴し、既刊諸書とは異なる印象が強く、また著者が最近従来とは異なる切り口で独ソ戦やロンメルを著し、通俗史観に一石を投じていることに惹かれて手に取った。

ここにも確かな新しい切り口があった。既刊著書が軍人以前のリーダーとしての人物評や三国同盟や日米開戦の反対者としての軍政家を描いたのに対し、本書ではキャリア各段階における仕事・課題処理の実績を、戦略・作戦・戦術、三つの視点から評価するものになっている。つまり、山本を用兵者の面から見ることを主眼としている。

用兵者としての資質を問う背景は直接の作戦・戦闘を離れて軍政に関わる場面も多い。例えばワシントン軍縮会議(1922年;中佐)、第一次ロンドン軍縮会議(1930年;少将)、第二次ロンドン軍縮会議(1934年;中将)での言動からの戦略的見識。初の航空隊勤務(1924年;大佐;副長)における航空隊の整備、航空本部技術部長(1930年;少将)、本部長(1935年;中将)の経歴を踏んだ航空主兵の用兵思想涵養。これから見えてくるのは意外と山本は意思決定に際し表面的に右左に振れが大きかったり曖昧だったりすることである。つまり一連の軍縮会議では艦隊派であったり条約派であったりするし、航空主兵を唱えながら新戦艦(大和、武蔵)の建造に賛成したりしている。

このような資質背景が実戦ではどのように影響していくのか。次の評価材料は、真珠湾奇襲、マレー沖海戦、珊瑚海海戦、ミッドウェイ海戦、ガダルカナル戦。それぞれの戦いが棚卸しされる。

総合的な著者の評価は;1)統率の面では卓越した力を持っていたが、無口で正確に指示しない欠点もあった。2)戦術評価は下級指揮官が対象になるので日露戦争に参加したものの負傷し入院、それ以降は平時で戦術能力は未知数。3)作戦面の山本は、真珠湾攻撃を除けば、愚将と言わぬまでも平凡かそれ以下(目的の二重性、兵力の分散、航空優位の不徹底)。4)戦略面の評価は跳ね上がる。航空総力戦を予想しての軍戦備の推進、三国同盟が対米戦につながるとの洞察、対米戦は必敗の認識。

数々の名将論、それ対するアンティテーゼ、凡将・愚将論、政治史やリーダーシップ論で描かれた山本五十六を“用兵者”と“戦略・作戦・戦術の三次元”で再評価すると、新しい山本像が現れてくる。我が国を代表する軍事技術啓発先駆者がそれである。

著者は立教大学大学院卒業後独国費留学生としてボン大学で学び千葉大学や陸上自衛隊幹部学校講師を務める現代史家、本欄でも2020年新書大賞受賞の「独ソ戦」(岩波新書)ほか数冊取り上げている。

 

3CODE GIRLS

-暗号解読に動員された女性は11千名、女性解放とも深く関わることにもなった彼女たちの第二次世界大戦-

 


ICT
の世界に黎明期から関わってきていつも感じていたことがある。広義のソフトウェア技術軽視である。ハードウェア分野では素子を含めて米国と拮抗するまで猛追、1980年代手掛けた第5世代コンピュータプロジェクト(ある種のAI開発)では、彼等の不安感が極度に高まったほどである。しかしソフトに関してはその価値を認めようとせず、ハードのおまけのような見方をしてきた。その結果どうなったか!現在のGAFA+マイクロソフトと我が国ICT企業の差を見れば当に“後悔先に立たず”の状況にある。このソフト軽視文化は既に太平洋戦争以前からの外交・軍事施策に見て取れる。情報収集・分析および暗号技術への人材投入の大きな違いだ。本書はこの分野で戦前・戦中米国が如何に取り組んだか、それを女性の活用に焦点を当てて語るものである。当時の我が国では思いもおよばぬ総動員体制に括目させられた。

先ず数を挙げる。1945年までに暗号解読に従事した人数は、陸軍;本国1500名+戦域担当者(正確な数字無し)、内女性7千名、海軍;本国5千名+艦船乗組み担当者(未知)、内女性4千名、総計約2万名の内女性が11千人を数える。我が国では動員された学徒の一部が通信傍受(解読には至らない)に従事しているが、数百人程度にとどまり、女性は皆無である。

本書は米国暗号史から始まる。その中で女性が登場するのは第一次世界大戦と第二次大戦の戦間期、1920年代初期からである。この歴史に初めて登場するのはAgnes Meyer、オハイオ州立大学で数学を専攻、高校の数学教師から転じ海軍省に入省(1917年;28歳)、ワシントン軍縮会議(1923年)前に日本海軍の暗号解読に成功している。さらに19391月に海軍の新暗号(米呼称JN-25)も解き明かし、開戦後これが米海軍作戦に大きく寄与する。開戦前に日本外務省の暗号(米呼称パープル)が破られていた(19409月)ことは内外の史書や戦記でよく知られている。その第一の功績者は民間の暗号研究者William Friedmanと言われるが、ここに二人の女性が深く関わっている。一人は193927歳でフリードマンの下に採用されたGenevieve Grotjan、バッファロー大学数学科卒、それにElizebeth Friedman(旧姓Smith1917Williamと結婚)、ヒルスデイル・カレッジ(ミシガン)で英語・ギリシャ語・ラテン語専攻。中でもElizebethは本来農学遺伝研究者であったWilliamを暗号の専門家育て上げた影の功労者であったようだ(Elizebethは禁酒法時代闇取引の暗号を破り財務省や陸軍に力量を認知される)。これらの事例から見えてくるのは数学・語学専攻者の当該業務の適性である。

問題はこれら専門分野の女性大学卒者が全体の4%にとどまり、絶対数が少ないのだ。また当時セヴン・シスターズと呼ばれた北東部の名門女子大学(ラドクリフ大(現在はハーヴァードに統合)、ヴァッサー大など)は花嫁学校的な性格が強く、職業婦人を目指す学生も少なかった。加えて、陸海軍とも戦前は女性を採用することに強い抵抗があった(特に海軍;人事の根底に海上勤務がある)。やがて両軍は採用戦争を始めるのだが、戦前そこまで読める先駆者はいない。

暗号を解読し実戦に活用するには、新暗号を解明するのとは異なる仕事がある。日常的な通信傍受、その解読(明らかになっている解読法を使い先ず敵国語を平文にし、これを英語化、それを作戦情報として整理)することだ。ここには外交や大作戦ばかりでなく、現地部隊(敗残部隊・兵の助けを求める通信まで)のやり取りや船舶の交信など膨大で雑多な情報が扱われる(我が国輸送船(団)の動きはほとんど事前に把握されており、潜水艦による撃沈の半数は暗号解読に依る)。翻訳、情報分類、タイプ、キーパンチ、解読機(一種のコンピュータ)の操作など、どんどん女性の担当域が広がっていく。もう4年大学卒で数学・語学専攻者に限るわけにはいかない。短大(カレッジ)卒、高卒の採用が一気に増えていく。

これに伴い、採用、教育訓練、勤務形態(シフト)、キャリアパス、昇進(士官への)、処遇、制服制定、機密保持策から住居、結婚まで、女性受け入れ態勢が出来ていない軍に様々な問題が提起され、一つ一つを解決していくにも大変な苦労がともなう。

本書の骨子は二つある。一つは暗号解読、もう一つは女性解放・女権拡大。そして後者こそ著者が訴えたい第一の論旨と読めた。米国も戦前は女性差別がいかに激しいものだったかを本書で具体的に知った。そこから脱するために彼女たちは暗号解読者を目指したのである。

著者は女性作家でワシントンポストへの長期寄稿者。

 

4)美麗島紀行

-ベストセラー作家による、観光とは異なる台湾探訪記、知られざる台湾が見えてくる-

 


台湾には二度出かけている。一回目は
19941月、前年11月から準備していたセミナーの招待講演者として工業技術研究院化学工業研究所(Union Chemical LaboratoriesUCL)に招かれからだ。台北でのセミナーの他、新竹に在る研究所、中国石油の高雄製油所での講演と見学がスケジュールに組み込まれていた。加えて、大学のクラスメートで台湾からの留学生(帰化して東京在)が台北工専時代の同級生が所長を務める中国石油永安LNG基地訪問もアレンジしてくれた。宿泊地台北と高雄の二カ所、観光は休日の故宮博物館程度だったが、公私ともに快適な旅だった。この島が美麗島と呼ばれるのを知ったのはこの時、いずれもう一度との思いが残った。

その思いを実現した二回目の訪問は2016年、家人との個人旅行。大好きな鉄道で台湾一周を試みた。今度の宿泊地は台北・高雄に加えて嘉義と花蓮にも泊ることにした。嘉義は阿里山森林鉄道に乗るため、花蓮は東海岸を観てみたかったからだ。この旅は前回以上に楽しく、台湾の人々の温かさをいたるところで体験した。

もう海外旅行に出かける機会はないが、書物でのセンチメンタル・ジャーニーは継続したい。そんな時目にしたのが本書である。著者の名前は多くの平積み著書で知っていたが作品に惹かれることもない。しかし、“美麗島”ズバリのタイトル、それも“紀行”となれば読まずにおかれない。

読み始めはベストセラー作家の大名旅行かと思わせる。案内役や運転手はいきなり登場するからだ。しかし、どうもただの観光旅行ではない。最初の舞台が台南、初めての台湾旅行者が選ぶ土地ではない。読み進めると案内人も運転手もそれを生業とする人ではなく、著者との関係が深いことが分かってくる。また、著者の台湾訪問は半端な数ではないが、観光地などまったく関心がないことも明らかになる。1960年生まれの著者は日本統治下にあった台湾を全く知らない。「日本人として台湾を知る」ことが旅の目的であり、本書はその報告書とも言える。この島が原住民のものだった台湾、明・清時代の台湾、かつて日本の植民地だった台湾、中国に復帰後国民党が長く戒厳令下に置いた台湾、現代の台湾を、日本との関わりに焦点を当てて、19のエッセイとしてまとめている。

初期の清朝時代(福建省の一部)島の中心であったのは台南、ここは“台湾の京都”とも言える場所で、近代都市化が進む台北に比べ日本統治時を含め古いものが残っている(特に建造物)。著者はこれらに惹かれそれらを探し歩く。そこで日本兵の祠(ほこら)、飛虎将軍廟をみつけ、戦争末期被弾し墜落するゼロ戦を市街地を避けて戦死した20歳の飛行士が祀られ、今でも電飾が施され供物が絶えないことにうたれる。

台中はこの地は清朝末期福建省から台湾省として独立した際、省都となりその時代の名残を留めてもいる。また「台湾平定の英雄」と日本側が称えた近衛師団長北白川宮能久王(マラリアで死去)の石碑が在る。さらに新竹には宮の妃であった富子が後にこの地に植えた「手植えの黒松」が今も残っていたりする。

現地の人が案内してくれる、島の最南端原住民が住む三地門も観光村のような所ではない。著者が「ニーハオ」と挨拶すると「よくいらっしゃいました」と完璧な日本語が返り、驚かされる。ここの原住民はパイワン族、現在の人口は約82千人、アミ族(約15万人)、タイヤル族(ほぼワイワン族と同数)、彼等が3大原住民。語られるのは「高砂義勇軍」として南方で戦った当時の日本と台湾である。

私も訪れた嘉義の南方に広がる広大で肥沃な大地、ここは日本人土木技術者八田與一が烏山頭ダムを建設し用水路を整備し出来上がったところだ。彼もまた台湾の人々から顕彰されている。

辛い話は東海岸の花蓮。ここに多くの日本人が国策移民として送り込まれ、聞くと見るとでは大違いの荒れ地を開拓するが豊かにはなれない。国に帰る資力も無く「花蓮港は帰れん港」と言われたと教えられる。

日本人は今の台湾の人々に評価されるものを残したが、それでも差別感は残っている。日本人として高等教育を受けた人、戦中留学していた台湾人と恋仲になり戦後間もなく難しい渡航条件を乗り越えて結ばれた日本人女性、これらの人々を通じての日本観は通り一遍のものとは一味違う。

戦後の国民党支配は「犬(日本)が去って豚(国民党軍、本土人)が来た」と言われるほど酷いもの。長い戒厳令下で再び差別されてきたのが現在台湾の人々なのである。著者はこれも確りフォローしている。

本書の単行本出版は2015年(集英社)、私が二度目に出かけたのは2016年、「この本を読んでおけば!」の無念さが残る内容だった。これから台湾旅行をする人には一読を薦めたい。

 

5)プロ野球「経営」全史

-選手も監督も勝敗も関係ない球団経営に絞り込んだプロ野球史、ユニークで貴重な一冊だ-

 


8
歳まで過ごした満州で野球を見たり遊んだりしたことはない。野球というゲームどころか言葉さえ知らなかった。昭和21年(1946年)晩秋、日本に引揚げてきてしばらく西荻窪の母の実家に同居、ここで小学校2年に編入、初めてゴロベースや三角ベースを友達と遊ぶようになり野球を知った。ある時遊び仲間の大将格が「職業野球はどこを応援するんだ?」と聞いてきた。母を含めて実家全員巨人ファン、当然のこととして「巨人」と応えたら、大将は「それはダメ!巨人を好きなのは大勢いるから、別のチームにしろ」と言われてしまった。母に聞くと「上井草(荻窪の北方)に東京セネタースがある」とのこと。これで仲間外れになることを免れた。このチームは2リーグ制になるまで、東急フライヤーズ、急映フライヤーズ、東映フライヤーズと変じ、現在日本ハムファイターズとして命脈を保っている。私の贔屓チームは2リーグ制になってからは大洋ホエールズ、これは横浜DeNAベイスターズの前身である。このように私がファンとなった2チームだけでも何度か経営母体やチーム名を変えている。本書は、職業野球の起源から現在の12球団まで、プロ野球の経営変遷史を克明に追うもので「全史」の名に恥じない、史料的価値の極めて高い著書である。

本書に有名選手・監督はごく一部しか現れないし書かれても名前程度で選手としての活動は一切触れられることはない。あくまでも「経営」つまり球団のオーナーの視点から描かれるのだ。その総数55(個人オーナーを含む)、現在は12社だから球団の身売り・合併・消長の激しさが想像できるだろう。

我が国に野球を持ち込んだのは横浜に居住していた米国人だが、それとは別に維新後1871年海外使節団に同行した平岡庄七という12歳の少年が普及にあずかる。彼の地に留まり鉄道技師として研鑽、職場のチームでも傑出した存在だった。1876年帰国した平岡は工部省鉄道局に就職、ここで結成された野球チームがわが国最初の「新橋アスレチック倶楽部」である。爾来鉄道会社は野球と縁が深い。阪急電鉄は1920年代、阪神電鉄は1930年代沿線開発や利用客増を目的にチームを発足させ球場を開設している。

黎明期日本の野球は大学野球、中でも東京六大学の人気が突出していた。これと本場の米国チーム(MLB選抜)を戦わせるアイディアが親日家エージェントよって企画・実施されるが力の差は歴然としている。これを興業的に利用することを考えつくのが正力松太郎、紆余曲折はあるが、1934年大学野球や企業宣伝役の半端なものでなく、全日本として戦える強力な職業野球集団結成を目論み、ここで誕生したのが「大日本東京野球倶楽部(のちの巨人軍)」である。このチームが11月ベーブ・ルース、ゲーリッグを擁するMLB選抜と対戦18試合が各地で行われる(全敗)。主催は読売新聞であるが、この球団(株式会社)の筆頭株主は京成電鉄、東急や阪神も株主に名を連ねている。チームのニックネームは「ジャイアンツ」だが、この時点では京成の子会社、“読売”となるのは戦後(1947年)のことである。

1936年「日本職業野球連盟」が発足する。実質以下の6球団だが、別の連盟を企画し頓挫した大日本野球連盟を加え名目上は7球団となっている。その6球団は;大東京軍(国民新聞)、東京セネタース(有馬頼寧貴族院議員、西武鉄道)、名古屋軍(新愛知新聞)、名古屋金鯱軍(名古屋新聞)、大阪タイガース(阪神電鉄)、阪急ブレーブス(阪急電鉄);新聞社と電鉄会社がオーナーである。

戦後のリーグ再出発は8チーム;巨人、東急、金星(個人)、太陽(個人)、中日、阪神、阪急、南海、でスタートする。金星は大映、太陽は松竹に転じるから、ここで新聞・鉄道に映画会社が加わることになる。

2リーグ体制発足は194911月、8球団は15球団に膨れ上がり、翌1950年からセントラル・リーグ、パシフィック・リーグに別れて試合が行われることになる。その15球団は;セントラル;巨人、阪神、中日、松竹、広島、大洋、西日本(新聞)、国鉄、パシフィック;阪急、南海、大映、東急、毎日、近鉄、西鉄。オーナーを業種別に分けると、鉄道7、新聞4、映画2、食品1、市民1(広島)。東急はオーナーが東映に変わるから、鉄道6、映画3となる。

現在は12チーム;ヤクルト(食品)、阪神(鉄道)、巨人(新聞)、中日(新聞)、広島(市民)、横浜(IT)、オリックス(金融)、ロッテ(食品)、楽天(IT)、ソフトバンク(IT)、西武(鉄道)、日ハム(食品)。時代の流れをマクロに見れば、新聞・鉄道、一時期の映画、そして現在のIT、食品といったところ。選手の活躍やチームの強弱とは全く次元の異なるプロ野球が見えてくる。親会社の経営にも詳しく踏み込みそれとの球団運営を深く掘り下げており、正史化している“読売巨人軍史観”を根本的に見直すプロ野球史と評価できる(東京巨人軍創設は1934年、リーグ発足時(1937年)のオーナーは国民新聞、読売は1947年からだが、戦前からのオーナーであったとする説が一般化。創設時(1936年)からオーナーが変わらないのは阪神)。やや残念なのは索引を作らなかったことである。

著者は1960年生れ、出版社編集者を長く務め特にクラシック音楽に精通した人。野球に関しては「阪神タイガース19651978」「阪神タイガース19852003」があり、あとがきに熱烈なタイガースファンとある。

 

6)歴史のダイヤグラム

-短い鉄道エッセイ集、しかしそこに日本近代史が確り埋め込まれている-

 


11
月末2年ぶりに小旅行をした。前回は2019年晩秋クルマで蓼科へ出かけた。この年9月に硬膜下血腫を発症、生まれて初めての入院・手術をし、免許証返納を決意した最後のドライブ行であった。「これからは鉄道で」と思った矢先にコロナ禍で旅が難しくなり、やっと実現した修善寺行きである。昼過ぎに横浜を発つ踊り子号は下田行きと修善寺行きが連結され熱海で切り離される。15両の内5両が修善寺行き、こちらの編成にグリーン車はない。何かローカル線の気分である。久し振りの列車旅、クルマのように運転に集中する必要がないので、駅弁とビールを楽しみ、たっぷり景観に見入って、雪を頂く富士山の写真も車窓から撮れた。昭和30年代(1960年代半ば)までは、こんな旅がスタンダード、歴史も鉄道と伴にあったと言える。

著者は鉄ちゃんとして知られる大学教授(1962年生れの明治学院大学名誉教授)、既に何冊も著者の鉄道随筆を読んできた。今回のものは朝日新聞の週末版“be”に連載されたもの79話をまとめたものである。

構成は5章から成り;第1章移動する天皇、第2章郊外の発見、第3章文学者の時刻表、第4章事件は沿線で起こる、第5章記憶の車窓から、となる。いずれも短い語りの中に歴史的出来事(必ずしも大事件ばかりではないが)が織り込まれ、各編に著名人(天皇を含む)が登場して、主題・鉄道・人物が強く結びつく。結果「そうだったのか!」「乗ってみたいな」「訪れてみたいな」「読んでみたいな」となる。

著者の専門は日本政治思想史、中でも天皇制・皇室に関する研究でよく知られている。従って第1章が“天皇”で始まるのもうなずける。明治・大正・昭和各天皇、皇太子(現上皇)、満洲国皇帝溥儀、秩父宮・高松宮らそれぞれの移動目的、ルート、出発・到着時刻などに関する調査・考察が行き届き、ある種の秘史のような面白さがある(例えは、二・二六事件時弘前連隊に赴任していた秩父宮帰京と擁立説)。

やりきれない思いにさせられたのは第4章の“ハンセン病患者の四〇時間の移動”。19313月東村山の全生(ぜんせい)病院から81名の患者が長島愛生園(岡山県瀬戸市)に移送される話である。出発は未明国分寺駅から貨物列車に連結された客車2両に分乗、いくつかの路線で切り離し・連結が行われるがいつも貨車と一緒、大都市ではブラインドを下ろし、40時間かけて大阪桜島駅に到着、ここから船で島に向かう。著者も「貨物列車でアウシュビッツに送られたユダヤ人を思い起こせる」と結ぶ。

一話は新書の3頁でまとめられた短いエッセイだが中身はカチッとしており、息抜き・気分転換の軽い読み物を期待したが、意外と鉄道の重みを歴史の中に感じる結果になった。

 

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2021年10月31日日曜日

今月の本棚-159(2021年10月分)

 

<今月読んだ本>

1)チャイニーズ・タイプライター(トーマス・S・マラニー);中央公論新社

2)モダン語の世界へ(山室信一);岩波書店(新書)

3)海図(ロム・インターナショナル編);河出書房新社(文庫)

4)ベイジルの戦争(スティーブン・ハンター);扶桑社(文庫)

5)歴史の証人ホテル・リッツ(ティラー・J・マッツェオ);東京創元社(文庫)

6)新 基礎情報学(西垣通);NTT出版

 

<愚評昧説>

1)チャイニーズ・タイプライター

-常用漢字だけで4千字、風刺画に描かれた漢字タイプライターは巨大な階段だ!-

 


現役時代は年に23回米国へ出かけていた。提携先との打ち合わせ、学会・業界の集まり、情報収集などが目的である。1990年代の半ばころフィラデルフィアで会議があり、そのあとプリンストン大学教授を訪れた。教授の研究室(研究所)はキャンパス内ではあるものの、木立の中にある大きな木造2階建て白塗りの瀟洒な一棟であった。つまり並みの教授ではないことを窺わせる雰囲気である。訪問前にファックスで目的や調査内容を確認していたのだが、会って話を始めると専門分野が異なることが分かり、一方的に先方の話を聞くはめになった((Process Controlを、当方は化学プロセスの制御と思っていたが、先方は(統計的)生産工程管理の研究者)。それでも嫌な顔をせず、当時先端を走っていた日本の製造業に関するQC活動を話題に歓談することが出来た。この時何かの拍子でコンピュータと日本語の関係を問われ、手持ちのPC日本語ワードプロセッサーでその説明をした。日本語原文(漢字仮名交じり)→ローマ字入力→ひらがな表示→漢字交じり文への変換(候補選択)→各文字のコード変換と保存→出力印字、と言う大まかなプロセスである。これに教授は大感激、アルファベットのように、入力したものがそのまま表示・印字される世界しか知らない人には想像を絶する異次元宇宙だったのである。「ランチを一緒に摂り、午後も話を続けたい」とまで言い出すほどだったが、午後は近くの製油所訪問が組まれており、断わらざるをえなかった。

文字入出力機械化の出発点は印刷機、電信そしてタイプライター、何万語もある漢字を効率的に伝達・文書化する道具は如何なるものか、先人たちの歩みを思想・文化・歴史そして機械と多面的に追い、その苦難や誤解あるいは文化闘争を語る本書は、多くの書物を読んできた私にとり、忘れられない一冊となった。本書にはごく簡単にしか触れられないが、先人の仮名(ひらがな、カタカナ;表音文字)の発明がどれほど我が国近代化に利したかを改めて学ぶ結果になった。

今回の東京オリンピック入場行進順序は、常に先頭と決められているギリシャ、難民選手団、ROC(国としての参加が認められなかったロシア選手団)の後にはアイウエオ順にアイスランド、アイルランドから始まり、次回開催国の米国が最後から2番目、最終は開催国の日本であった。では2008年の北京オリンピックはどうだったか?先頭はギリシャ、最後の中国は変わらないが、ギリシャに続いたのはギニア、次いでギニアビサウ、トルコ、トルクメニスタン、イエメン、モルディブとなり外国人には全く理解できない順番、メディア関係者には事前説明があったものの、多くの視聴者には知らされておらず、米国ではTV局の陰謀説(米国を最適時刻にするため)まで飛び交ったと言う。この順位付けは漢字国名表記の①画数、②書道の原則(8種あり順番がある;点・横・竪など)に依ったものであったのだ。ギニア(几内XY)で一番目の几は二画、トルコ(土耳其)は土が三画、イエメン(也Z)も最初の也は土と同じ三画だが、書き順が“横”から始まる土の方が優先順位か先となる。非漢字圏の人々が容易に理解できる順位付けではない。依然として漢字は彼らにとって摩訶不思議な存在なのだ。(XYZはワープロに無い漢字)

中国と非漢字圏(主として欧州)の交流は古く、漢字の存在は早くから知られ、研究者もいたが、実務レベルで双方が接近するのは19世紀以降、近代科学技術が東アジアに持ち込まれるところからである。字数が膨大な上に辞典で目的とする字を見つけるのさえ容易ではない漢字。彼らにとってそれは「まるでパズルを解くようだ!」。ここから漢字こそ近代化のガンと言う見方が西欧のみならず中国自身からも発してくる。例えば、生物におけるダーウィンの進化論が文化まで拡張され、文字は表意文字(象形文字)から始まり物とは無縁の表音文字に進化し、これによって抽象的な世界が広がり、精神文化が高まった。漢字は表意文字に留まっており、これを使うことは進化が遅れていること、と言う論理である。哲学者ヘーゲルは『歴史哲学講義』の中で「中国語筆記は学問の進展を妨げる」と断じている。また作家の魯迅も「漢字は中国の結核菌」と難じた漢字廃止論者であった。

こんな論争があっても中国の近代化は進んでいかざるを得ない。最初は印刷、これはキリスト教の布教活動に必須だった。少なくとも4千字の活字を揃えそれを版組みするのに多くの植字工が長大な活字棚の前を走り回る。それを改善するため効率的は棚の配置を考えるようになる。つまり使用頻度の高い文字を版組み作業場近くに置くようにする。この発想は最終的に漢字(和文を含む)タイプライターの肝となる。次に電信(モールス信号)、これはアルファベットと数字が基本、コード(長・短のパターン)の数は限られる。しかし、漢字をそのままコード化すると4千字を超えるパターンが必要になる。また長いコードは料金が桁違いに上がってしまう。それを避けるべく、送る文字を画数や偏・冠・旁(つくり)などに分解、それぞれをコード化して受信側で合成、元の漢字に戻す(理解できる)方式などの工夫が行われる。この分解合成法はキーボード入力型タイプライターの実現可能性を示唆し欧米人・中国人が種々の方式を試行する。中には最初の入力でいくつかの候補を示し選択する、現在のワードプロセッサーに近い発想もあった。しかしいずれも大きさ・操作性・価格それに文字品質(例えば海;氵(さんずい)と毎の間隔)に難があり、商品化に至ることはなく消えていく。結局漢字タイプライターは文字盤を操作しそれで活字を拾い印字する、ごく最近まで目にした和文タイプライターと同じ形式に収斂するのである。こうなると日本製が圧倒的に有利、軍事進出とともに中国市場を席捲する。戦後共産党中国が“国産”を謳うが、完全な日本製品コピー。違うのは文字盤上の文字の配置、頻繁に利用される文字は中央近くに集中する。それは毛・沢・東であり共・産・党であった。

紙数も割かれ興味深いのはキーボード型の模索段階である。特に欧米人が漢字に向かう姿勢が面白い。種々の分析的手法を試みるところは、生まれながらに漢字の世界に親しんできた者には滑稽に見えるが、一方でそのユニークな発想に驚かされ敬意さえ感じさせる。

本書は1950年代のタイプライター利用までを語りコンピュータ時代は次作になるようである。ただ現在の漢字入力処理は“漢語拼音(ビンイン)”と言う標準表音文字(1950年代に制定の中国語アルファベット;あるいは日本語の仮名に相当)が定められており、これで行うようになっていると記されている。

著者はスタンフォード大学歴史学教授。専攻は中国史。内容から漢字の知見がかなり深いと推察できる(多くの中国語参考文献)。

 

2)モダン語の世界へ

-「ももとせの 後の人こそ ゆかしけれ 今の此世を 何と見るらん」。100年前の歌を流行語で振り返る-

 


コロナ禍で孫たちと交流する機会が著しく減じている。それでも私たち夫婦が第2回目の接種を終えたあと、夏休みに我が家にやってきた。下の孫娘(小学4年;9歳)の楽しみは私のPCでユーチューブを視ることである(自宅では許されていない)。昨年までアンパンなど専ら漫画中心だったが、今回はなにやらアイドルグループを視ている。聞けば“嵐”とのこと。TVで視なくても名前くらいは知っている嵐、「随分前のグループだね」と言うと「友達はBTSが多いけれど私は嵐にはまっているの」ときた。ここで驚いたのが「はまっている」である。「憑りつかれている」「夢中になる」の意でだいぶ前から流行っているのは知っていたが、「こんな子まで!」が率直なところだった。

この子に反して私は子供の頃からはやり言葉を使うのが奥手だった。一つはそれを感知するのが遅かったこと、次いで使うことに何かためらいを感じたことである。先端の流行語(特殊な業界用語)が溢れるICTの世界に早くから身を置いたものにとっては、決してプラスではないのだが、それは今でも変わらない。このコンプレックス(?)を少しでも解消し、最新の流行語を知るいい機会と本書を手に取った。期待は全く裏切られた。“モダン語”の意はとてつもなく深いのである。

著者は1951年生まれの京都大学名誉教授(法学博士)、専門は思想連鎖史。学者になる前には衆議院法制局参事の職も経験している法律の専門家。本書は「モダンとは何か」から始まり「そこにおける人間とは何か」へ展開する深淵な思想史研究の一端を雑誌「図書」に連載したものをまとめたものである。タイトルに惹かれ社会学や言語学の専門家でないことを事前に調べていなかったことから来るミスマッチングである。チョッと考えてみれば“モダン”自身が死語に近いのに“流行語”と誤解した私の早とちりである。しかし、読んで損をするようなことは無く、「なるほど社会史(思想史)をこんな角度から研究するのか」と学ぶところ大であった。

 

モガ(モダン・ガール)、モボ(モダン・ボーイ)などと言う言葉が流行り出したのは大正末期から昭和初期(昭和元年=1926年)、この時期から“モダン”なる言葉が日本語化したと捉え、その前後を含め1910年から1939年までの20年間に焦点を当てて、“モダン語”から日本の近代化(海外拡大策を含む)の背景を探るのが本書の論旨である。つまり現代の“流行語”とは無縁の世界(社会史的に敷衍する部分はあるが)なのである。

例えば、今でも時として使われる“エロ・グロ・ナンセンス”。これは1920年代~30年代に流行ったものだが、この中の“エロ”を取り上げ、その起源がエロトマニア(色情狂)にあるとし、エロ気、エロガール、エロ百パーセントなど波及語を含めて普及場面を例示、それに対する大衆の反応、法律や官憲の対応を考察して流行語の裏にあるものを探る。そこには“真・善・美”を無前提で認めない、自らの生活世界の中の“偽・悪・醜”を前者と一体のものとして見出していこうとする意図があったとする。

モダン語発祥の由来(外来語、新造語、合成語、ギャグ、語呂合わせ、人名の転化など)、関連語との関係(例えは“エロ”であれば、当時の性風俗に関する言葉)、使用場面と社会への影響、言葉の裏にある真意(例えば差別;女性、外国人)などを時代の流れに沿う形で語っていく。

ある章の表紙にある1931年“モダン語番付”を紹介すると、東:横綱;イット(色気、セックス)、大関;エロ、関脇;ジャズ、小結;ルンペン、西:横綱;オーケー、大関;プロ、関脇;レビュー、小結;暴露作戦、である。

おわりにの一文が印象的だ。本書の対象時代は1910年に始まる。この時民俗学者の柳田國男が「時代ト農政」なる著書を刊行し、末尾に「ももとせの 後の人こそ ゆかしけれ 今の此世を 何と見るらん」との短歌を残している。「100年後の人」として柳田の問いに答えるのが著者の本書に対する心意気だったのだ。

モダン語として取り上げられている数は、正確に調べたわけではないが、関連語を含めておそらく500は超すだろう。巻末の“モダン・ガール小事典”に列記されている数はア行だけで約60(すべてが本文で使われているわけではないが)。援用したモダン語関連辞典(1912年~1940年刊)は200巻、大変な力作である。しかし、社会史の細部に興味のある人以外には薦められない。重ねて記すが、最近の流行語とは全く関係のない内容である。

 

3)海図

-海面下にある未知の世界を探りたかったが、我が国を巡る海洋話題のつまみ食いにすぎなかった-

 


軍事技術に関心のある者にとって海では何と言っても航空母艦と潜水艦が面白い。空母は航空機との統合システムとして捉えるが、潜水艦は孤高の戦略兵器(実際には各種の通信システムを介して戦略システムの一要素であるが、行動は個艦で行うので)という色彩が強く、私にとって最も興味ある存在だ。単に個艦行動をするばかりでなくそれが海中なのでめくら運転のイメージがあり、そこが隠密性と併せて好奇心をかきたてる。海自関係者(潜水艦乗りではないが)にこんな話をすると「いやー、よく見えるんですよ」とICTと組み合わされたソナー(音響探知機)の大まかな説明をしてくれる。確かに良く見えることは分かった。しかし、潜水艦映画や小説から得た知識では、こちらから音を発することは厳禁、対潜水艦・水上艦戦闘の最後の段階に限られるように受け取れる。通常の潜航航海はどのように行われているか?こんな疑問を解決してくれるのは海図にあるのではないか?こんな動機で本書に惹かれたが、残念ながらこの疑問に答えてくれるような内容ではなかった。“海図入門書”ではなく、海図を含む我が国における海洋問題の解説と言うのが本書の内容だ。

序章を含め7章から成る本書はいずれの章にも“海図”と言う言葉は出てくるのだが、それをタイトルにするには極めて散漫で深みの無い内容だ。序章で日本近海については世界(英国)版と日本版がありその違いを解説したり水深の表記法を説明、市販の海図の大きさなどを紹介する部分は導入部として悪くは無いのだが。肝心の水深測定法やそれ使われる艦船とそのための装備(測定機器)、国策との関係あるいは各国近海(領海や経済水域)における測定条件、逆に公海における測定と情報公開、さらに海図の作成方法などにはほとんど触れない。もし入門書として書くならば海図に関する歴史に触れるのも必須だろう。それも単に科学的な視点のみならず、それにまつわるか経済や国際関係(係争)も知りたい。これが読む前の期待だけに不満の残る読後感だった。

内容の大部分は、尖閣諸島・竹島問題、韓国が主張する日本海呼称問題、中国の南沙諸島埋め立て・領土拡張、新島誕生、バミューダ・トライアングル奇譚(船や航空機のミステリアスな消息不明)、沈没艦船に関わる話題(戦艦大和や武蔵)、深海艇など、船や海に関わるよく知られたトピックスを列挙したもので、個々の内容は浅く、章立て項立てもほとんど意味がなく、誰に何を伝えたくて書かれた本か分からない。著者もグループでその正体不明だ(海事の専門家でないことは確か)。

実は本書は友人のもので「海図に興味はありますか?」と問われ、珍しいジャンルで軍事技術と深く関わるので「是非」と借用したものである。

読後海図へ興味がまし、確りした入門書はないかと検索したが、数少ない専門家向けの技術解説書(教科書?)しかなく、幅広く私の関心事を満たしてくれるような本は無いようだ。潜水艦用などとなれば秘中の秘だろう。

 

4)ベイジルの戦争

18世紀の古書に秘められた暗号解読のカギ。英特殊工作員ベイジルは単独占領下のパリに潜入、唯一存在する写しの入手を目論むが・・・-

 


購入したことは無いのだが長いこと愛読していた「ゴルゴ13」の作者斎藤隆夫が亡くなった。知ったのは半世紀前行きつけの床屋、その後は友人が自炊でディジタル化しものを覗かせてもらっていた。我が国には優れたスナイパー(狙撃手)小説は皆無だが“ゴルゴ”は世界の誇れるそのジャンルの劇画だ。海外の売れ筋は本書の著者がシリーズ化した“スワーガー”シリーズ、アル、ボブ・スワーガー親子二代が活躍するそれは母国米国でも大人気、シリーズは20話を越えている。このシリーズの第1話「極大射程」に惹かれ、以後一部を除き(日本が舞台になるもの;エキゾチズム先行で読む気がしなかった)ほとんど読んできた。作者はワシントンポスト紙映画批評部門のトップを長く務め、2003年には批評部門のピュリッツァー賞も受賞している、映画にも通じる作家だ。スワーガーシリーズは率直に言って回を重ねるごとにマンネリ感が強まり、いささか興味を失っていた(スワーガーの舞台は専ら米国、ゴルゴ13は国際関係をテーマにするものが多いのでマンネリ感が薄い)。そこで出たのが本書、第二次世界大戦時の諜報活動を扱ったもので、スナイパー物ではない。新開地開拓と言ったところであろうか。この時代を扱った早期の作品に「マスター・スナイパー(最初の翻訳題名は「魔弾」)」がある。これはナチスが開発した暗視装置付狙撃銃が道具としての主役、個人的にスワーガーシリーズに比べ、格段と高質な作品と印象付けられた。柳の下の二匹目のドジョウを期待して本書を読んだ。

史実に“ケンブリッジ・ファイブ”と言うスパイ事件がある。1930年代ケンブリッジ大学で学んだ学生5人が政府の要衝(海外諜報部、外務省など)に就職、機密情報をソ連に流していたのである。主犯格のキム・フィルビーは1960年代レバノンに勤務中ソ連に亡命、彼の地で生涯を終え、国葬された。当時から彼ら5人以外にも細胞が居ると言われていたが、それがさらに追及されることは無かった。本書は、この疑惑をテーマにするもので、ケンブリッジ大学図書館の主任司書がその細胞の一人と言う設定だ。

ソ連諜報機関と在英エージェントを結ぶ暗号のカギを握るのは18世紀異端の牧師によって書かれた「イエスの道」と題する手書きの稀覯本、原本はケンブリッジにあり、おそらくその一部はコピーされてソ連の手にある。ケンブリッジの原本を抑えればそこでスパイ網は断ち切れるが、今は泳がしておき、交換される情報を把握したい。実は、牧師による写しがもう一部存在し、それはフランス学士院図書館に保存されている。それをコピーし持ち帰る作戦がたてられ、SOE(特殊作戦実行部;軍の諜報組織)に属するベイジル大尉に託される。ドイツ占領下のフランスに密かに侵入パリにある学士院図書館を訪れ、気付かずに希書を閲覧・写しをとって帰還するのが任務だ。本部はレジスタンスと連絡をとり、彼の行動を助けるように算段しているが、ベテランの工作員であるベイジルはレジスタンスを信用せず、独自行動をとる。待ち構えているのはドイツ国防軍諜報部(カナリス機関)と親衛隊(SS)。彼らは真の目的は知らず、レジスタンス工作のための潜入と考えている。疑いをいだくのはカナリス機関の課長一人だけだ。仏語をネイティブ同様に扱かえ独語会話も解するベイジルは常に手配の先手を取り、パリに迫る。おおよそこんな展開である。

このストーリー展開を“ブリーフィング”と“任務”の章を繰り返しながら進めていき、“任務”では専らベイジルの行動を描き、“ブリーフィング”では時間を作戦策定時に戻して、上官とベイジルのやりとりを通じて“任務”の背景を説明する。それが、二重スパイや前面の敵はドイツ、隠れた大きな敵はソ連、それに古典解説や暗号解読機関からむ複雑な話を、分かり易いものにしている。

チョッと気になったのはフランス・レジスタンスの扱いである。映画や小説ではその英雄的な活動がしばしばクローズアップされているが、ここでは組織はバラバラ、分裂・抗争が絶えず、戦力的にもたいしたことは無く、ドイツに通じる者も多々あるような存在として描かれる(あらかじめ決められていた着陸地に降りない)。たまたま次項で紹介するノンフィクション「歴史の証人ホテル・リッツ」を読んでいて、同様にレジスタンスの実態はがかなりいい加減なものだったことを知り、著者はその辺を確り抑えたことが明らかになった。ここら辺にも著者が新しいテーマに取り組もうとする意欲が感じられ、次作が楽しみだ。

 

5)歴史の証人ホテル・リッツ

-ウィンザー公、チャーチル、ヘミングウェイ、ココ・シャネルも常客だった超名門ホテル、占領下で繰り広げられる彼らの生々しい生き方。グランドホテル様式のノンフィクションでそれを描く-

 


パリには2度出かけている。一度目はセーヌ川河口の石油・石油化学工場訪問が目的だったからパリ滞在は週末のみの三日間。二度目は南フランスツアーの最終地で、ここはツアーメンバーと別れ、延泊を利用して3泊した。二回合わせてパリで過ごしたのは1週間と言うことになる。フルに一週間あればともかく、第一回目(1970年)と第二回目(2013年)は半世紀近く間隔があるので、前回観たところはパスしてとはならず、結局ルーブル、エッフェル塔、凱旋門とシャンゼリゼ、モンマルトルの丘、少し遠いところでヴェルサイユ宮殿、夜はムーラン・ルージュなど観光コースの定番を巡ったに過ぎない。パリの歴史に少し興味があれば見所はいくらもあるし、街歩きだけでも楽しそうで、「今度フランスに来るときはパリに焦点を絞りたい」との思いが残った。しかし、急速に進む老化を考えればもう実現は難しい。ではせめて紙上でと手に取ったが本書である。

世界の大都市には著名人・名士の集う超高級ホテルが在る。ニューヨークでは、ウォルドルフ・アストリアやプラザ、ロンドンでは、サヴォイやクラリッジ、パリには本書の主役リッツが代表だろう。ただ米英のそれらは富豪・政治家・財界人それに映画スターの利用、小説や映画の舞台になるものの、文化の香りはあまりしない。それに対しヨーロッパ文化の起源ともいえるサロンの趣きを継承するリッツは他の高級ホテルとは異質な存在だ。そのリッツを創業(1898年)から現在(2013年大改装休業前)まで、顧客を中心にグランドホテル映画形式で紹介するのが本書の構成である。当に“事実は小説より奇なり”を地でゆくノンフィクションにすっかり惹き込まれてしまった。

1898年開業のオテル・リッツ・パリ(正式名)はスイス人のホテル経営者セザール・リッツが王侯貴族を対象顧客として作った宮廷ホテルである(ファサードだけは18世紀そこがタウンハウスだった時のものを残す)。150の客室に対して従業員が450人も居たのだからその名に恥じないサービスを誇り、本書に登場する利用者もそれに相応しい超有名人ばかりだ。1898年から2013年までの長い期間を対象にしているが、最も紙数が割かれるのは第二次世界大戦中ドイツ軍占領期で、この時代ほど人間の生々しい生き方があぶり出された時期は無かったからだろう。実名で語られる彼等の本性はとても“上流”とは言えない。

創業から第一次世界大戦時までは主にフランスや欧州貴族のサロンの場となり、そこに参集した文化人はマルセル・プルースト(小説家)、ジャン・コクトー、ピカソなど。ココ・シャネルの小さなアトリエ(ブティック)もホテルの裏の通りに開かれる。大戦に米国が参戦すると、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドやアーウィン・ショウなど米国人作家もここを定宿にし、戦後も彼らやロバート・キャパ(写真家)、ウィンザー公など英米の著名人が利用する。第二次世界大戦が始まるとフランスが陥るまでの間、何度もチャーチルはパリに飛来しここを拠点にフランス政府との交渉に当たっている。

ドイツ軍がパリを占領すると“パリのスイス(中立地帯)”となり敵味方が同じホテルに滞在することになる。国家元帥ゲーリングは最高級スウィートを占有し、一方でウィンザー公夫人シンプソン(米国人)と独外相リッベントロップがベッドを伴にしたりしている!ココ・シャネルもこの時には大富豪、ホテルに自室を持ちドイツ貴族で外交官の愛人(戦前から)とそこで過ごすようになる。ココの香水ビジネスはユダヤ人との共同事業だったが、反ユダヤ政策を利用して、それをユダヤ人から取り上げる。ドイツ兵にとって“シャネルNo.5 ”は黄金と等価、その儲けは計り知れない。

この占領時代スパイ暗躍の場としてこのホテルの果たした役割も無視できない。総支配人、チーフ・バーテンダーは反独活動を密かに進め、ユダヤ人保護や連合軍脱走者の逃亡を助ける一方、ココやウィンザー公のように後にドイツ側のスパイを疑われる者も居る。一方で“ワルキューレ作戦”と称されるドイツ軍人によるヒトラー暗殺計画(未遂)もここで練られている。

連合軍ノルマンディ上陸で常連客の言動も変化を見せる。要するにほとんどの利用者は日和見、親ドイツ色を消しにかかる。また、ヘミングウェイを始め戦前の顧客(主に米国人)はホテル解放一番乗りを競う。825日英軍が一足早くそこに達したものの、ヘミングウェイに追い出され、彼が最もいい部屋を占拠、早速ここで連日大パーティを開きサルトルやボボワールなどがそれに参加する。マレーネ・ディトリッヒ、イングリッド・バーグマンも宿泊者であり、パーティ参加者でもあった。

パリ解放後の“正義の裁き”は当然フランス人顧客に向かう。ココ・シャネルはスパイ嫌疑で取り調べられるがチャーチルの手紙で救われスイスのローザンヌに移りそこでかつての愛人、ドイツ貴族と暮らし1950年代半ばパリに戻っている。

戦後はウィンザー公を始め往年の顧客が戻るものの、やがて経営難に陥り1979年エジプト人実業家モハメド・アルファイドの手に渡って大改装が行わる。ダイアナ妃が自動車事故死した時の同乗者はアルファイドの息子である。

冒頭に“主要登場人物リスト(第二次世界大戦前後)”があり、ホテル・スタッフ、ドイツ人、政治家、米国人、作家たち、映画スターと名士たち、総数50名。いずれも脇役でなく、戦争と言う異常時における主役としてそれぞれの赤裸々な姿が臨場感をもって描かれる。ノンフィクションをこれほど小説的に表現する作品は珍しい。ここが本書そして著者を高く評価するところである。

著者は米国のノンフィクション作家かつ大学で創作・文学・英語の教鞭を執る女性。

 

蛇足;フランス・レジスタンスは占領時の抵抗活動、ノルマンディ上陸作戦支援など、小説・映画でその活躍が英雄的に描かれるし、有名人の中に戦後それを自称するものが多い。しかし、本書によれば「占領時積極的にドイツに抵抗するフランス人はほとんどいなかった」「(レジスタンス神話は)フランスの国をあげての集団幻想にすぎない」と断ずる。前項の「ベイジルの戦争」もこの評価と通じており、第三者(英米人)から見ればそんなものだったのだろう。

 

6)新 基礎情報学

-シンギュラリティに翻弄されるな!人間の感性や情緒を具えた汎用AI出現は夢想だ!し同意だが、難しい本だった-

 


コロナ禍を契機に我が国を“ディジタル後進国”と揶揄・自嘲する声が高まっている。確かにコロナ対策における行政サービスの混乱、キャッシュレス化の遅れ、自国産SNSの不在(LINEは韓国製)、スマフォ普及率、リモートワークの実態など、ICT活用に一層の努力が必要であることは確かだが、先端技術開発や製造業の現場は、主に米系ICTコンサルタントが騒ぎ立てるほど遅れているわけではないし、むしろ流行に踊らされない、現実に即した堅実なシステムづくり・運用を行っている(これがICTコンサルタントや一部ベンダーにとってしゃくにさわることではあるが)。はやりのAIしかりである。超楽観主義者で“シンギュラリティ(人間を超えるAI)”到来予言者カーツワイルに同調する一流の研究者は我が国には居ない(これも話題性を好むビジネス誌などには気に入らないことだろう)。一体全体我が国先端ICT環境はいかがなものであろうか?それを知りたく本書を求めた。最大の理由は著者が著した2冊の本「集合知とは何か」(20135月本欄紹介)、「ビッグデータと人工知能」(20171月本欄紹介)を読んで、共感を覚えるところが多かったことにある。根本は「人間を超える汎用AIは出現せず、共生こそ現実的で望ましい」と言う考え方・主張にある。最近ICTに関して本格的に著されたもので読んだのは20207月紹介の「5G」が最後、いくつかのキーワードで探り当てたのが本書だった。「この著者なら間違いあるまい」と求め読み始めたが、予想に反し極めて難解なものだった。

勘違いのもとはタイトルにある。勝手に「最新の情報技術を解説する本」と解してしまったのだ。“新”も“基礎”も“情報”も一般名詞と信じ込んでいたが、“基礎情報学”とは著者が提唱する“人間と機械の在り方に関ずる学問”を表すものなのであった。言わば“西垣AI原論”と言ったところである。どんな学問にも出発点に哲学(考え方、世界観)がある。本書もそこから説き起こすので、気軽に読めるものではなく、分かりそうなところを拾い読みしたに過ぎない結果になった。

おおよそ理解できたところを紹介すると;

○最近のAI論の根底に“トランス・ヒューマニズム(超人間主義)”がある。これはユダヤ=キリスト一神教的な思想であり、論理的な普遍知と言う明るい面もあるが、文化的な多様性を押しつぶす暗い側面もある。

○これにもとづくレイ・カーツワイルのシンギュラリティ(AIが人間を超える技術的転換点)到来は最も楽観的な考え方だが、同じ転換点を予測するユバル・ハラリはその結果人間はデータを操作できる「デウス(神)」のようなエリート階級とそれを扱えない大多数の無用者階級に別れると暗い未来を、その著書「ホモ・デウス」で暗示している。

○トランス・ヒューマニズムには問題点が二つある。第一は理論的な面;人間は推論する理性は持つものの、生物学的特性(知覚など)のために神のように宇宙全体に直接アクセスできない(ここではカントの「純粋理性批判」が援用される)。第二はAIの現状;現行のAIはまだ、人間社会の実践的な課題を充分解決できるところまで達していない。論理的推論能力のみがクローズアップされているが、人間には身体的直観や暗黙知が備わっており、この面の機能をAIは備えていない。

○本書の目的は、このトランス・ヒューマニズム誤りを指摘し、ハラリの予測するデストピア(反ユートピア)回避の方法を理論的にさぐることにある。

○その出発点として、人間と機械の関係を論じた二つのパラダイムを解説する。一つはフォン・ノイマンに代表される「コンピュータ・パラダイム」、もう一つは「人間機械論」を表したノーバート・ウィナーに依る「サイバネティック・パラダイム」である。そして著者の唱える「基礎情報学」はこの「サイバネティック・パラダイム」立脚する。

○その理由は、「コンピュータ・パラダイム」が論理演算の可能性を純粋に追求するあまり、宇宙/世界さえ客観的(神のように)に眺めるのに対し、「サイバネティック・パラダイム」は主体同士の相互コミュニケーション(絶対客観不在)に注目する学問だからだ、とする。

○以上のような問題意識・考え方をもとに現状のAI論を批判しつつ、ネオ・サイバネティックスとも言える、自説を開陳していく。そこには狭義の情報科学のみならず、社会・人文科学に関する諸説が動員され、それを咀嚼する力は私には無かった。

○結論は、既に実績を示しつつある専用AI(例えばAI将棋、法律や経理に特化したAIなど)の発展性・将来性は大いに評価する反面、情緒・感性など論理と離れた人間の特性を機械が極めることの可能性を否定し、人間とAIが建設的・補完的に共生する社会の到来を予測して「ハラリのデストピアは来ない」と断じる。

○しかしながら「我が国にはその危険が大いにある。それは情報文明の本質を正しく理解しようとする人間がほとんど存在せず、「情報=コンピュータ」と信ずる傾向が強すぎる」と警告を発する。AI、ビッグデータ、DX(ディジタル・トランスフォーメーション;ICTに依る社会変革)、いずれも技術面ばかりがクローズアップされている。「もっと人間を見よ!」と解した。

とにかく理論構築の石積みの大きさ・重さに圧倒された。とても万人向けの書物ではない。ただAIブームに正面から取り組んでいることは、他書の比較でないことは確かだ。

著者は1948年生れ、東大名誉教授。東大計数工学科卒業後日立に入社、そこで第5世代コンピュータ開発(コンピューティング能力重視の人工知能を目指した)にも参加、その後東大に戻り大学院情報学環(文理融合の学門領域のようだ)教授を務めた人。

 

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