3.3年ぶりの新幹線
出発の日5月22日は金曜日。東京駅9時5分集合は丁度出勤ラッシュ時、おまけにあいにくの雨。こんな時最寄駅で増設車があるのは助かる。品川駅で京浜東北線に乗り換え、8時半には東京駅着。昼食は各自準備なので駅弁店に寄り、「金沢海宝百万石」と書かれた海鮮幕の内とお茶のボトルを購入。9時少し前に八重洲口神田寄りのツアー集合場所に着く。既にツアー添乗員のNSUさんが旗をかざして待っており、数人今回参加者が集まっている。名前を告げNSUさんに参加人数を確認すると、23名とのこと。3年前の三陸旅行の時は40名とツアー最大に達していたのとは大違いでホッとする。後で分かることだが、23名の内訳は一人参加2名(私のほか1名)、3名が一組、2名(夫婦が多い)が9組(18名)だった。
NSUさんの先導で東北新幹線のホームへ出て乗車を待つ。私の席は2号車6番E。二人掛けの窓側、ついている。乗り込んでみると隣は若い学生風の男性。通路を挟んだ反対側に仲間とおぼしき同行者が居る。この車輌は団体専用だから、どこかの学校の修学旅行かも知れない。
はやぶさ11号は定時9時36分に発車。大宮に10時到着、あとは仙台、盛岡、新青森に停まるだけで、終着新函館北斗13時33分となる。東北新幹線は仙台までは何度も利用しているが、そこから先は3年前の三陸旅行で盛岡まで行ったのが最北端、それから先は初体験だから楽しみだ。盛岡到着11時45分、天気は晴。ここを発車して直ぐにとなりの若者に一声かけて弁当にする。この際彼は私が席を立つと誤解したので、弁当を指さし間違い正した。すると彼もおこわ弁当を開いて食べ始めた。
この新幹線で確かめたかったのが新青森駅周辺の景観である。東海道新幹線開通時の新横浜・新大阪は在来線の横浜駅・大阪駅とはまったく別の場所に設けられたため、田畑・荒野の中に忽然と出来た近代的建造物、違和感おびただしかった(その後の発展・変化はめざましいが)。そして新青森も60数年前のそれらを彷彿とさせるもの、周辺は田畑や山林で農家とおぼしき建物がちらほら点在するだけ(写真2葉)。これから60年を経れば、第2の新横浜・新大阪のように大変身するのだろうか?
新幹線本州最北端駅奥津軽今別駅を意識することもなく通過、車内放送があり、13時少し前列車は全長50kmにおよぶ青函トンネルに突入、蛍光灯の明かりが時たま現れる真っ暗闇の中を20分強疾走し地上に顔を出し、北海道側の最初の駅木古内を通過、13時33分定刻通り新函館北斗駅に到着した。北海道側で目についたのは、連続する騒音防止壁のような衝立、線路に沿う街や建物が全くないことから、暴風雪対策と推察する。
列車を降りてホーム移動中分かったのは、隣席の若者は東南アジア(おそらくタイ、フィリピン、インドネシアあたり)の修学旅行団体の一員であったことだ。どおりで笑みを返しながら、日本語を一言も話さなかった訳である。
(次回:函館観光-1)
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