2016年4月15日金曜日

九州遠征超長距離ドライブ(6)

  
4.山陰への道
ホテルの朝食は7時からフロント脇の喫茶コーナーのような所に和洋食が用意され、セルフサービス方式になっている。前夜までにそれほど宿泊客を見かけなかったが、スーツ姿、作業服の小グループ、リタイヤ組と思しき夫婦、女性の一人旅?などが出入りし、結構客が入っていたことが分かる。
8時過ぎにチェックアウトし、駐車場に向かう。クルマが朝露に濡れ、朝日に光っている(と思った)。キャリーバッグをトランクに収めて、濡れたフロントグラスを雑巾で拭おうとして驚いた。水滴と思ったものは薄く張り付いた氷ではないか!岡山県では最北部、これから向かう鳥取県との境には蒜山(ひるぜん)、大山(だいせん)など関西の数少ないスキー場の在る山岳地帯に近いことをこれで知らされる。
エンジン始動、燃料推算計を見ると昨日給油後の走りが極めて効燃費だったことが分かる。次の燃料補給まで400km超走行可とあるので足立美術館の後松江道に取りつくまで確実に走れる。事前にチェエクしてあった津山の給油地点は津山ICのすぐ近くに在り、昨日降りた際にも確認してあったが、その必要は全くない。それどころか、次の予備候補地、米子のゼネラルもパスできそうだ。カーナビに足立美術館の電話番号をセットすると、中国道への取つきを除き、事前検討通り道筋を選んできた。つまり入口は津山ICではなく、次の院庄(いんのしょう)ICから乗るところだけ違うのだ。820分、晴天の中を山陰に向け出発した。
ICまでの道程は主に国道179号線、時に吉井川や姫新線と並行する4車線の走りやすい道だった。おそらく旧道とは別に設けられたバイパスだろう。両側には自動車販売店やコンビニ、ファミレスなどが現れ、どこでも見かける風景がしばらく続く。
院庄ICで中国道に入り10分くらい昨日同様空いた道をすすみ、落合JCTで米子道へ分け入る。この道は中国道以上にクルマが少ない。遥か先を行くライトバン、さらにその先に軽自動車。道はやや上り、大きく緩やかにカーブしているので、それぞれの間隔が確認できる。空は青く、周辺はなだらかな山なみでトンネルや橋を除けばほとんど人工物は見かけない。家を出てから初めて運転そのものを楽しむ時間がやってきた。トンネルの出入り口やカーブで“路面凍結注意”の警告が現れる。今朝の駐車場の出来事から、現実味がある。山容が少し険しくなってきたところで、右前方に抜きん出て高い山が見えてくる。山頂付近はまだ雪が残ってくる。大山にしては少し早いと思ったら、道路標識が蒜山高原SAに近いことを教えてくれる。SA到着910分。ここで小休止しドリップタイプの自動販売機の暖かいコーヒーを求め、ひんやりする空気の中で蒜山の山々を眺める。
一休みした後も車窓の景観はそれほど変化なかったが、突然蒜山より高く大きな大山が現れたときには「オッ!」言う気分になる。半世紀近く前鳥取からここを目指したのは5月連休の午後(ここで宿泊した)、新緑の頃で今回とはまるで異なる。真っ白な山容に感動一入。近くのPAで停めようかどうか迷ったが、10時までに足立美術館に到着するする計画を立てていたので走り過ぎることにした。そこから安来道への分岐点は10分足らず、今度は2車線対向の無料自動車専用道。米子道とは様変わり、トラックの多い車列が延々と続く。山陰地方の海岸沿いを走る主要国道の9号線でもあるのだ。安来ICで一般道へ下り、県道45号線を今度は南西に向かう。周囲は広々とした田畑。こんな所に世界的に有名な美術館が在ることなどとても考えられない場所である。しかし、道路沿いに時々“足立美術館”を示す標識が現れるのでナビとそれを信じて、ひたすら進む。30分ほど行った所で山間の平地左前方に大きな建物が見えてくる。どうやらそれが目的の美術館らしい。
県道を左折すると道案内に従って広大な駐車場に導かれる。大型バスが10台近く停まり、自家用車は5060台いるが、全体スペースの2割くらいしか埋まっていない。朝早いせいだろうか(到着時刻1010分、開館時刻9時)?全部で何台くらい収容可能なのだろうか?その時の見学者数は?先ず思ったことはこんなことである。

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(次回;足立美術館)

2016年4月12日火曜日

九州遠征超長距離ドライブ(5)


3.津山-2
一人ドライブ旅の宿はビジネスホテル(現役時代の経験から、男一人で泊まるにはこれがコストパフォーマンスを含めて最適)を原則として選んだ(結果的に門司港は違ったが)。津山の場合産業都市でも観光都市でもないので、選択肢は余り無いように見えたが、“国際”や“グランド”などと名のつくものがあり、駐車場などを含めるとその方が少し良さそうであった。しかし、“寝るだけ”には勿体無い気がして初志貫徹で楽天トラベル評価のお薦め順位が高かく(とは言っても得点は3点台半ば)繁華街に最も近い津山セントラルホテル・アネックス(新館)に決めた。現地でカーナビが「目的地周辺です」と案内をやめた所にビルが在るが直ぐにホテルと分かるような造りではなく、交通量が少ないので停車して確かめると、そのビルの喫茶店のような入口に目立たぬ看板があった。中へ入ると狭いフロントデスク(一人しか入れない)に中年のおじさんが居り、左側に喫茶コーナーがある。来意を告げると丁寧に対応してくれ、(契約)駐車場の位置や使い方を教えてくれた。
駐車場にクルマを預け(時間貸しで自動出入りだが、宿泊者は別扱い)、あらためてチェックイン手続きを行う。事前に有線LANが仕える部屋を頼んであったのでLANケーブルとカギを渡される。部屋は7階。エレベータホールにはWi-Fiが置いてあったから無線もOK。この辺りの配慮はいまやビジネスに限らず必須なのだろう。ワンフロアーの部屋数は六つ程度で3階から8階までが客室だから、それほど多く泊まれるホテルではない。
部屋へ入ると典型的なビジネスタイプ、動き回れるスペースはミニマム。ビルの外見やフロントの感じから(新館とは言え)“かなりの年代もの”であることが一見して分かったが、部屋も同様。電気のコンセントは後から多分岐型を追加したり、折りたたみアイロン台は使う際はベッドの上に展開する形式、“努力の跡は窺えるが、(本格的にリニューアルする余裕のない)きつきつの経営状態も見て取れる”、そんな部屋であった。ただ、一人で一晩過ごすだけなら、清潔・セキュリティは満たされているので、これでまあ満足すべきだろう。
こう言う中小都市で一人での晩飯は難しい。チョッと飲みたいとなるとなおさらだ。ガイドブックには“ホルモンうどん”が名物とあるが、とても食べる気にはならない。しかし、チェーン店も嫌だ。土地の人が出かける気の利いた小料理屋がいいが、よそ者に疎外感を持たせない店を探すのは至難の業だ。ここでフロント、否宿泊先の評価が決まる。結論を先に言ってしまえば、今回のこのホテルはこれで◎である。
城跡と城東保存地区を観たあと宿に戻って一休み。7時頃フロントに下りて例のおじさんに夕食場所の相談をする。薦めてくれたのは「ここは津山牛が売りです。牛の料理はどうですか?」「あまり重い料理は摂りたくないのですが・・・」「牛の串焼きなどどうでしょう?一本からOKです」「(それならいけそうだ」」「“小次郎”と言う居酒屋風の店です」 そこはホテルの隣の交番の角を入って直ぐの所に在るのだが、入口が少し奥まった位置にあり、看板が小さい。おまけに暗いので字もよく読めない。一度通り過ぎて戻る際にやっと見つけた。引き戸を開けると、履物を脱いで上がる形式だが、半オープンの個室仕立ての部屋が廊下の左右に並んでいる。若い女性のグループなども居て、カジュアルな感じにホッとする。「一人」と告げると「カウンターで良いでしょうか?」との問い。無論問題ない。「調理場の前で済みません」と案内される。部屋は結構埋まっているが、カウンター席は誰もいなかった。サラダ、オックステールの薄切り炒め(これは生ビールによく合う珍味だった)、そして走っているうちから渇望していた生ビールを注文し、メニューを見ながらメインを選ぼうとするが、牛の串焼きは種類が沢山、結局無難なフィレをお握りと時間を置いてからもらうことにこする。カウンター越しにこの店オリジナルと言うオックステールを褒めたところ、「これはサービスです」と牛刺しが出てきた。もう一杯飲まないわけにはいかない。最後の食事には牛汁がついてきた。これだけ食べて飲んで勘定は3千円でお釣りがきた!思わず「いやー安いなー」とつぶやいたら、女将さんと思しき人が「サラダと串焼きは半人前にしておきましたから」とおっしゃる。心憎い配慮に感謝。好印象の津山であった(ただ翌朝も身体から牛のにおいが発散している気分ではあったが)。

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(次回;山陰への道)

2016年4月10日日曜日

九州遠征超長距離ドライブ(4)


3.津山
今回のドライブで一番長いのがこの日の行程。もし既知の大都市なら夕食と宿泊でも良いが、知らない町は少しでも散策・観光する時間が欲しい。津山はそんな所だった。途中の休憩をミニマムに抑えて(合計で1時半くらい)運転し続けたのもそのためだ。
津山ICからホテルまでの道は東西に流れる川の北側を走る国道53号線に沿って西に向かう。ナビの案内で北向きに右折するとバスレーンもある4車線の道になるが100mくらいで進んで左折すると「目的地付近です」となった。雰囲気として市街中心地だが、交通量は人もクルマも少なく、“静かな町”が第一印象であった。クルマをおいて歩いて観て廻るのには良さそうな環境である。
見所として、事前調査では桜のシーズンの津山城跡がナンバーワンだったが、残念ながら少し早すぎる。しかし国の史跡にもなっている城跡だけでも何とか訪れたい。チェックインの際場所と観光方法を聞くと「直ぐそこです」と地図で教えてくれ「5時までやっていますから、充分時間はあります」との嬉しい返事。荷物を部屋に納めて、そのまま飛び出した。
ホテルを出ると先ほど左折した交差点を東に向かう。教えてもらった津山観光センターが通りに面して左側に見つかる。城跡への道の確認と地図を入手、センターの後背が目的の城跡なのだ。北へ登る坂道があり、その突き当たりは城内で、登城の道筋や広場は桜が開花する寸前、既にぼんぼりも飾りつけが済んでいる。表門の手前で入場券を購入(300円)するとき「備中櫓もこれで入れます」と告げられるが、その場では何のことか分からなかった。複雑に入り組んだ石垣に沿う道を登っていくと、南側に眺望のきく見晴台に出る、その一角にあるのが“備中櫓”と呼ばれる居住棟を復元したもので、ここに残る唯一の建造物であった。取りあえずそこをパスして更に道を進み登りきった高台に出る。ここに天守閣があったのだ。誰もいないこの場所から西日に映える津山の城下、さらに南西に広がる平野を見晴るかす。初期の領地美作を含めると18万石、津山藩だけでも10万石を納得できる光景が眼前に在る。
この城は17世紀始めに完成し、その後いく棟もの建物が建造され、最盛期には77棟を数えたという。これは国宝の姫路城より多い(61棟)のだが、明治の廃城令で全て破却されたのだと言う。備中櫓が復元されたのは2004年、一般の城の櫓(建造物)と異なり、造りが質の高い居住用(おそらく藩主およびその家族)作られていたことが往時の絵図に残っていたことによる。天守閣を初め、主要なものだけでも残していれば間違いなく国宝、観光スポットとして津山の存在も今とは違っていたかもしれない。そんなことを考えてしまう城跡巡りだった。
城を出ると一旦観光センターまで戻り、前の道をホテルとは反対に東側に進んでいく。道は若干左右に曲がるものの、やがて古くから出雲と大和を結んだ出雲街道に出る。そこら一帯は城の東になるので“城東重要建造物保存地区”と呼ばれ、武家屋敷や町家が残っているのだ。ただ街道沿いには電柱が林立、著しく景観を損ねている。これさえなければ(観光用に整い過ぎた)馬篭宿より余ほど現代との生活密着感があり、人々を惹きつけることが出来るのではないかと残念でならない。

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(次回;津山;つづく)

2016年4月7日木曜日

九州遠征超長距離ドライブ(3)

  
2.津山へ向けて
三日間も一人でドライブするのは19693月以来47年振りである。あの時は和歌山工場で大きなプロジェクトが終わり、休みを取って一人で高山・白馬・和倉・能登・金沢・白川郷を廻った。満30歳の時である。体力も気力も注意力も今とは比較にならないだろう。あの時もそうだったが、途中で何かあった時の対応は出たとこ勝負。この単独行に不安がなかったわけではないが、一方で気遣いのいらない旅への期待もあった。「今度問題なければ、これから時々一人クルマ旅をしてみよう」と。
数日前からの天気予報は、幸い16日の出発から2日間は関東も西日本も好天、皆が出発する19日前後に傘マークがあったが、それも雲がかかった傘が一日だったから天候に関してはまずまずと読めた。
16日(水)朝7時過ぎ薄曇りの中を津山に向けてスタートした。いつものように勝手知ったルートを走るときは直ぐにはナビのセットはしない。事前に検討したルートは、家から500Mばかりのところに在る堀口能見台ICで湾岸の横々方面に向かい釜利谷JCTで横々に乘って、保土ヶ谷BPを上川井まで走り東名横浜町田ICで東名に入る。あとは東名→新東名→東海環状道→伊勢湾岸道→東名阪道→新名神→名神で吹田JCTまで行き、ここから中国道に入って津山ICまでひたすら西へ向かう行程である。実際の走りもまったくこの計画通りだった。
このルート検討に当たってあれこれ当たったのは、一つは213日に開通した新東名の浜松いなさJCTから豊田東JCTの区間で、特に豊田東JCTにおける合流がどうなるのかやや気になるところだった。装備しているナビの地図もこの部分は更新されていないからだ。もう一つ考えなければいけないのは給油である。家から600kmを超える距離はどこか途中で補給の必要がある。東燃OBとして割引の効くSS(エッソ・モービル・ゼネラル)にしたいのだが、下りルート上には海老名SAしかなく、これでは近すぎてほとんど補給にならない(今や電気充電スタンドさえどこのSAにあるのに!)。あまり他社のガソリンを買わないために補給ポイントの検討は、それなりに知恵を使う必要がある。結果として新東名の浜松SAならおよそ20ℓ位ですむはずなので、そこを給油点に選ぶ。
大井松田を過ぎたころから空は晴れわたり、足柄SAでは富士山周辺に雲がかかっていたものの、当にドライブ日和。どうやら順調な走りが期待できそうだ。御殿場JCTで新東名に入ると走りやすいこともあって、うっかりすると相当なスピードが出てしまう。島田金谷ICを通過する際、遅い合流車を避けるため追い越し車線をかなりのスピードで走っていた時、さらに早い速度で追いついてきたクルマが急に「ウォーン」とサイレンを鳴らした。直ぐに走行車線に戻るとパトカーが横を通過。「どこかで止められるんだろう」と覚悟をしていたが、一気に追い抜いて見る見る遠ざかっていった。どうやら「前を開けろ」の警告だったようだ。
予定通り浜松SAで休憩とガソリン補給。読みはピッタリ、19ℓだった。ここで津山のホテルをナビにセット。浜松いなさJCTから先は道が無いのでポインターは宙に浮き、道案内の音声も沈黙する。しかし幸い豊田東JCTで復活し、問題なく伊勢湾岸・東名阪を経由して新名神に達する。土山SA到着が12時前だったからここで昼食と大休止をとる。このあとの行程も草津JCTで旧名神と合流、吹田JCTまで行って中国道に入り神戸JCTで山陽道と別れるまでは昨秋の四国ドライブと同じルートだから土地勘が残っていて、難なく中国道に乘る。
ここからガクンと車が減り、路面の荒れがチョッと気になる。大都会の無いこのルートは利用程度が低いのでメンテナンスが手抜きになっているのだろうか、そんな勘繰りさえ浮かんでくる。加西SAで休憩するが、東名・名神のPA程度の機能しかなく、下種の勘繰りも当たらずとも遠からずの感がある。鳥取の観光看板があり、山陰が近いことを知らされる。
津山ICは市街地からかなり離れており、川沿いの道を15分位西に走りホテルに到着。時刻は1515分、走行距離は631kmだった。

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(次回;津山)

2016年4月6日水曜日

今年の花見

 今日は古巣(上野)へ花見に出かけた。公園口から文化会館と西洋美術館の間を抜け、国立博物館前の広場を横切り、動物園と都立美術館を左右に見てその先の芸大の美術学部・音楽学部のキャンパスを分ける道を突き当たりまで行って左へ曲がると出身高校が在る。毎日通った道を何十年振りかで辿ってみた。とは言ってもその前に国立美術館(小学校名になった因幡池田家の黒門もここに在る)の平成館で「黒田清輝生誕150年展」を観て、法隆寺宝物殿内に在るレストランでランチ。通学路を戻って、広小路へ向かうメインストリ-トへ出ると大混雑!あの時代とは全く様相が変わっていた。60年前と比べるのが時代錯誤そのものだが・・・。






2016年4月4日月曜日

九州遠征超長距離ドライブ(2)


1.九州旅行への思い-2
単独行を3泊と決めたときから、本州1泊九州2泊の予定だった。何しろ今回の舞台は九州なのだから。津山1泊のあと、先に選んだのは最終泊地宮崎である。ここから鹿児島空港までは自動車専用道で一走り、少々トラブルがあっても皆との会合に重大な影響を及ぼすことがないからだ。では津山と宮崎の間どこで泊まるか?別府辺りも悪くはないのだが、本州の走り方によっては日暮れになる可能性もある。それに比べれば門司は指呼の間、それなのに鉄道では在来線も新幹線も遥か手前で地下に潜り、歴史を刻む関門海峡を目にすることはできない。そんな考えから、じっくり関門海峡が見渡せる門司港に泊まる案を当たることにした。
ここまで決まるとあとは、今回のドライブ目的である九州の観光スポットを選ぶ段階に入る。冒頭にも書いたように、長崎探訪と阿蘇を巡るやまなみハイウェイは必要条件、それに家族全員で廻る鹿児島・指宿・知覧は既定のコース。知覧から長崎に至る道はいくつかある。天草の島々からフェリーを乗り継いで雲仙に渡るルート、熊本港まで陸路を行き、そこから雲仙に向かうフェリーに乗るケース。あるいはひたすら自動車道で長崎を目指す案。それぞれ一長一短だ。天草ルートは短い時間だが2度フェリーに載らなければならない(それぞれ乗船時間は約30分)。このフェリーのダイヤが時間帯によって間隔が異なるので、一つ逃すと大幅に予定を崩す可能性がある。熊本港経由もフェリーダイヤとの兼ね合いが難しいのと島原半島での陸路に意外と時間がかかる。陸路だけで行く案は時間は読めるが見所がほとんどない。結局この選択は当日知覧での行動次第として、3案並列で残しておく。
必須条件でも長崎への思いは別格、ここは市街中心地に連泊しフルに1日丹念に観て廻りたい。長崎まで行くのなら西海路を走ってハウステンボスはどうだろう?ハウステンボスはHISによるテコ入れで最近は人気が高い。長崎とオランダの歴史からも面白そうだ。日本のテーマパークにはどこにも行ったことの無い私にも興味を惹くものがある。加えてオランダには仕事で2泊しているが、全く観光する時間は無かった。海外旅行でも優先順位の高い所でないからここで済ませてしまってもいいかもしれない。1泊すれば夜の催し物も楽しめる。
最終日はハウステンボスから阿蘇を経由して大分フェリー港に向かう。出港は1915分だから1時間前到着とすると結構時間がある。少し遠回りになるが熊本まで九州道を南下してそこからとりつけば、やまなみハイウェイの前哨戦とも言えるミルクロードの山岳路のワインディングも楽しめそうだ。阿蘇・九重の観光スポットを何カ所か訪れた後は由布院ICから大分道に乗り、適当なSAで時間調整して大分ICで下りればいい。
こうして家族・家内と同道する行程はほぼ固まった。残るは門司港から鹿児島空港に至る経路を決めることである。
長崎や阿蘇ほどではないが、九州観光するなら訪れたいと思っていた場所に、天孫降臨の地、高天原と高千穂峡がある。そこで門司港から宮崎への道として大分光吉ICで一旦東九州道を外れ、一般道を豊後竹田に向かい、そこから林道に近い県道を走破して高千穂峡へ出る道を選んだ。のちに詳しく記すが、今回のドライブで最も厳しい行程がそこにあった。高千穂峡から宮崎へは主要県道を経て延岡郊外で自動車専用道に結び難なく達することが出来る。
単独最終日は会合時間に余裕があるので、えびの高原から霧島温泉経由で空港に向かうルートを選んだ。
以上が様々な九州への思いを込めたドライブ計画である。ただ、なかなか計画通りに運ばないのが旅である。次々と起こるハップニングは次回以降で紹介していきたい。


(次回;津山へ向けて)

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2016年4月2日土曜日

九州遠征超長距離ドライブ(1)


1.九州旅行への思い
仕事で何度も九州へ出かけているが、福岡(博多・北九州)が圧倒的に多く、あとは数回大分を訪れているものの、観光の機会は全くなかった。個人旅行では1972年義妹の結婚式が博多で行われ、その帰途鹿児島と宮崎を駆け足で回っただけである。一方で中学生時代から長崎に一度行ってみたいとの思いがあり、それは今に持続していた。最大の理由は欧州や大陸との特異な歴史にあるが、歌謡曲の影響もあるような気がする。何ともロマンチックなイメージなのである。大学3年生の春休み工場見学旅行でこの地の企業を訪問する計画があり、そのために積立貯金をしてきたのだが、実施直前翻意しその金を自動車運転免許取得に振り向けることにしてしまった。“九州か自動車か”の選択である。この選択は今でも正しかったと信じているが、爾来“自動車で九州を”が、いつも長距離ドライブを構想する時に去来し、昨秋四国一周を敢行したあとは「いつやるか」に変じていた。その機会が突然やってきたのである。
家内の両親は101歳(父)と97歳(母)の誕生日を前に数年前相次いで亡くなった。彼らの出身地は鹿児島で数代前からの墓は鹿児島市内に在る。しかしそこには近親者が居住していないため、墓をどうするか残された者はしばし思案していたが、一昨年末結局鹿児島に納骨することにした。その墓参りを我が家一族(子・孫を含む)で行いたいと家内が言い出し、今年の新年会で3月の連休実施の内諾を皆からもらったのである。基本案は23日、往復空路。これなら現役世代(学校を含む)も休みを取らずに参加できる。こうして図らずも長年の念願であった九州ドライブの道が開けたわけである。
四国ドライブの時もそうだったが、助手席にひたすら長時間座り続けることはかなり退屈なことらしい。あの時もどこかの空港で合流・別帰することを提案したが、3本の橋に惹かれて全行程同道となった。しかし、さすがに今度はそんな気はさらさらなさそうだったから、鹿児島空港合流案が問題なく決まった。
皆と合流以降のルートはともかく、鹿児島空港まで単独行となると、かなり自由度はある。この際本州で今のクルマ(ポルシェ・ボクスター)の轍の後を残していいないところは出来るだけ走破しておきたい。石川県・鳥取県・島根県・山口県がそれらである(いずれの県も半世紀近く前の和歌山工場勤務時代に走っているが)。この内石川県はかなりの迂回ルートになるし、別途ゆっくり出かけたいところでもあるので外すと山陰3県がその対象になる。これに合流までの九州ルートで福岡・大分・宮崎の3県を駆け抜けるのが、単独ドライブ行程の骨子として固まった。
合流後は空港から鹿児島市内に出て墓参、その日は市内に泊まり、翌日は主に鹿児島市内観光、午後遅く指宿に向かいここで二泊目、最終日は知覧の特攻記念館を訪れて、そこで解散し、家内を除き空路組は空港へ戻り、我々はここから九州他県の観光をスタートさせる。欠かせないのは何と言っても長崎、それに阿蘇を巡るやまなみハイウェイである。また帰路も全行程陸路はつらいので、大分港から神戸港へフェリーを利用する案を第一選択することにした。
最初に検討したことは、鹿児島空港合流までに何泊するかである。1300kmくらいの距離だから2泊で可能だが、これではほとんど観光が出来ない。そこで3泊する案をベースにした。山陰3県を廻るとすると、中国道・米子道・安来道・松江道を使うのが良さそうだ。訪れる観光スポットは境港、松江と宍道湖、出雲大社などが浮かんだが、境港を除けば昔一度観ている。それにこれだけ廻ろうと思うと二日目の行程が結構きつそうだ。そこで思いついたのが安来郊外に在る足立美術館、関東からツアーが出るほどの人気スポットである。ここ一か所をじっくり観てあとはひたすら自動車道を走れば2泊目を門司港にして、そこでの夕方の観光が可能になる。では1泊目はどこにするか?足立美術館が決まり米子道を採ることから中国道の中堅都市津山がビジネスホテルを何軒か備えていることや、自宅からの距離(約630km)が適当なこともあり選ばれた。一度も訪れたことの無い町だが、姫路と新見を結ぶ姫新線は本籍の龍野(父の代までここが本拠)を経由して津山も通ることから何となく親近感を持っていたことも、ここにした理由の一つと言えなくもない。

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(次回;九州旅行への思い;つづく)