2017年11月17日金曜日

磐梯・会津紅葉ドライブ-6


6.ホテリ・アアルト
猪苗代湖周辺、紅葉、温泉、大内宿、山岳ドライブ、連泊、が今回のキーワードである。計画を検討し始めたのは9月上旬。先ず決めなければいけないのが宿泊先。会津や猪苗代に焦点を合わせれば、東山温泉、磐梯熱海あたりがポピュラーだがややリゾート感に欠ける(会津若松の奥座敷あるいは古くからの湯治場感が強い)。その点磐梯山の裏側は、何となく別荘地風で落ち着けそうな感じがする(ごく少ない体験に基づくのであやしいが)。一方で伝統的な温泉宿は少なく、ホテルやペンションが多い。リゾートホテルの問題点は団体と流行っていないところを選んでしまったときの寂謬感である。あれこれ当たってみて最も好ましい候補として裏磐梯高原ホテル(約50室)が浮かび上がってきた。しかし、残念なことに10月中旬から11月中旬の一ヶ月間で連泊できるところはなし、他のホテルは大き過ぎて複数の団体客利用の恐れが多分にありそうだ。これだけは避けたい。対象をオーベルジュタイプ(レストラン付き小ホテル)などに広げて探したところやっと見つけたのが“ホテリ・アアルト”であった。
惹かれたところは;客室が少ない(13室)、建物は古い山荘を建築家3人が徹底的にリノベーションしたもの、木の素地を生かした内装・家具、部屋にキッチン設備があること、夕食は本格的なフレンチ、五色沼に極めて近い、米沢方面へのアクセスが良いなどである。気になったのは;道路に近くうるさいのではないか?道路とあまり違わぬ高さだと部屋からの景色はどうなんだろう?元の“山荘”は何だったのか?もし山登り主体だと浴場や食堂などが粗末ではないか?などであった。しかし、ハイシーズンで残りの部屋も少ないようなので、即Webで予約した。
ホテリ・アアルトはHotelli Aaltoと綴る。いずれもフィンランド語でHotelliはホテル、Aaltoは波のことだとHPにあった。周辺に五色沼、秋元湖、小野川湖、雄国沼などが点在し、少し北には桧原湖、曽原湖、南には猪苗代湖がある(大小300余りの湖沼があるようだ。敷地内にも湧き沼がある)からこんな名前にしたのだろうか。確かにフィンランドを舞台にした“1000湖ラリー(別名ラリー・フィンランド;今年はトヨタ・ヤリス(ヴィッツの欧州名)が優勝)”と言う湖水地帯を巡るラリー競技があるから、あながちフィンランドと波に無縁ではない。無垢の木を生かした内外装・家具も明らかに北欧をイメージしているのでそんなコンセプトを売り物にしているようだ。
ホテルへのアプローチはユーチューブの動画で国459号を上り下りして確認してあった。道路際に在るこれも無垢の板に書かれた“HOTELLI aalto”が目印だ。時刻は4時半頃、磐梯山の北東裏に当たるためもう完全に太陽は山陰に隠れており、辺りは薄暗くなってきている。するとその看板が現れた。まもなく左に折れる緩い上りの道を進むと大屋根形式の建物が見えてきた。駐車場はその前に開けているが、結構車が止まっており、一部は前後2台が踵を接するように駐車している。「どこに停めたら良いのか?」と思案していると玄関からスタッフが出てきて誘導してくれた。どうやら2台連結駐車は従業員用らしい。
二重扉玄関の中は小さなフロントとロビー兼ラウンジが配されている。ロビーの窓側はカウンター席になっており、書き物やPCを扱うのに手ごろなように設えてある。ロビーの奥はL字型にソファーが置かれ、書物や新聞を読むのに適した感じだ。全体の内装は板張りで当に山荘であった。チェックイン手続きを終えると若い女性スタッフが、一階の施設(浴場、食堂、庭への出入りなど)を説明してくれ、エレベータで2階に向かう。208号室が我々の部屋だ。
予約をしたときこのホテルが13室から成ることは判っていた。クラスは、スウィート;1、スーペリア;4、デラックス;8である。予約時空いていたのはデラックス2室だったから、写真で「これはチョッと面白そうだ」と感じて指定したのがその部屋だった。写真に写っていたのは、リビングに簡易キッチンが付いた一角と寝室部分が分かれており、その間に廊下がある造りになっていた。案内された部屋に入り、それがどう言う構造か分かった。全体の形は凹型、左の突起部分に玄関・トイレ・クローゼット・洗面/シャワー室、キチンコーナーそれにリビングが配置されている。突起の右側が寝室で、二つの突起を廊下でつないでいるのだ。この分離方式はなかなか使い勝手がよく落ち着いた雰囲気を醸し出していた。では凹みの部分は何か?エレベータシャフトがここを貫いているのであった。幸いなことに音は全くしなかった。
夕食時間は6時半を予約したのでまだ1時間半ほどある。先ず温泉で今日の疲れを癒すことにした。

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(次回:ホテリ・アアルト;つづく)

2017年11月14日火曜日

磐梯・会津紅葉ドライブ-5


5.阿賀野川に沿って
日本は山国であることもあって、川も急峻でそれに沿う道も変化が多い。ドライブの楽しみにこれを取り込まない手はない。初めて自分のクルマを持ったのが和歌山だったこともあり、紀ノ川は無論、有田川、日高川の有吉佐和子川三部作は源流近くまで走っているのを始め、紀伊半島深奥部を流れる熊野川を新宮から遡り十津川を経、高野を超えて紀ノ川筋まで至ったドライブも忘れ難い。今のクルマでは、四国の吉野川や四万十川、中央フォッサマグナ沿う糸魚川や九頭竜川走行も面白かった。直近の6月奥飛騨・加賀・越前ドライブでは、神通川を分水嶺から富山湾近くまで下った。さて今度はどうするか?
会津方面に発する代表的な川には、只見川と阿賀野川がある。この内只見川は2012年に東から西に走っている。新潟・福島県境の六十里(峠)越えはなかなか厳しい道で、それなりにクルマの持ち味を発揮できたが、方向が違うとはいえ同じ道は避けたい。そんなわけで阿賀野川沿いの道筋をしっかり調べてみた。ガイドブックによればこの沿線は紅葉の見所や川下りの観光スポットもあるし、磐越道にと並行することもあって、会津と新潟をつなぐ主要国道とはいえ、トラック街道の趣はないようだ。それをユーチューブの動画でも確認して、ここを走ることに決めた。
安田ICのSSを発ったのは12時40分頃。そこで昼食場所として想定していた道の駅“阿賀の里”の所在を確かめたところ「15分くらいですよ」との返事。丁度いい時間だ。予想通り国道49号線は空いており、高低差も少なく走り易い道だった。12時55分道の駅到着。大きな建物群が二つあり、走ってきた手前にあるのはホールと展示館、先に在るのが名産品、土産、レストラン、食堂と川下り観光船の案内所であった。広い駐車場には観光バスが数台、自家用車が10数台止まっている。もう1時であるからまず昼食。レストランは2階にありあまり客が入っているようにも見えないし、メニューも地方色を感じないので、麺類中心の食堂で適当なものを選ぶことにする。惹かれたのは“酒粕ラーメン”、塩と醤油の2種がある。カウンターで「これで酒酔い運転になることはない?」と確認して、自動販売機で券を求める。運ばれてきたそれは一見湯麵風、少し甘目で確かに酒粕の味がするが、それほど個性的な感はなく、匂いもほとんどしない普通のラーメン(というよりチャーシュー一枚を除けば湯麵)と何も変わらなかった。
食事の済んだ後、川を見下ろす土手を少し散策してみた。船着き場には川下り観光の船が舫ってあるが、誰も人はいない。川の水量は多く、かなり濁っており、さらに曇天で気温も低い。加えて紅葉には少し早いようで、山の上方がやや黄味を帯びているほかは、色の変化に乏しい。これでは川下りを楽しもうと言う気は起らないだろう。
次に名産品展示即売のコーナーを巡ってみる。他の道の駅では決して見かけることがないと思われるのは木工家具、それに刃物・大工道具・調理具である。木工はこの辺りのものらしいが、刃物類は三条燕産である。あとで道を地図上で辿ってみると、走路は三角形の二辺だが、ここと三条は他の一辺で隣町なのであった。
阿賀の里を発ったのは2時15分頃。次のナビセット地は道の駅“にしあいず”。道はしばらく阿賀野川に沿って東に向かい、津川という所で川と別れる。ここからは上りとなりワインディングが適度にあって本日初の山登り運転を楽しむ。峠を越すと西日の中に会津盆地が遠望でき、天気が明るくなってきたこともありちらほら始まっている紅葉に癒される。“にしあいず”到着は3時、ここではトイレ休憩だけにして、次の目標を諸橋近代美術館にする。あわよくばホテルチェックイン前に見学しようとの魂胆である。そのために最短時間経路(自動車道)を選択し、会津坂下(あいずばんげ)ICで磐越道に入って、東に向けて疾走する。しかし、この盆地は予想外に広く、裏磐梯への取っ掛かりとなる猪苗代磐梯高原ICを出たのは4時、そこから地方道(県2号、国459号)を北上して、美術館のすぐ手前に在るホテルへの入り口に着いたのは4時半に近く、辺りは薄暗くなってきている。5時閉館だからもう見学は受け付けられない(1時間前まで)のでホテルへ直行した。ホテルチェックイン4時半。本日の走行距離;521km。

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(次回:ホテリアアルト)

2017年11月12日日曜日

磐梯・会津紅葉ドライブ-4

  
4.いざ出発
出発2週間チョッと前の10月22日は日曜日、衆議院選挙の日だった。季節外れの台風21号が列島を縦断して天気は大荒れ、投票率にも何がしかの影響を及ぼしたに違いない。これで“台風一過”と思っていたところに続いて22号号が迷走を始め、出発直前の週末の天気が怪しくなってきた。毎日の天気予報に一喜一憂するとともに、裏磐梯方面の紅葉便りも気になるところだった。10月半ばにこの方面に出かけた会津若松在の友人は「桧原湖はまだ色づき始めだが、磐梯山のスキー場は見ごろ」との情報をくれたし、27日に塔のへつりを訪れたかつての仕事仲間は「塔のへつりは少し早かった」と教えてくれた。一方でWebの紅葉情報では磐梯吾妻は“見ごろ”、西吾妻スカイヴァレーは“落葉始め”のマークだった。こんな状況下、台風22号は30日(月)の朝には房総半島沖を通過北上して午後から晴になった。直近の予報は概ね31日から週末までは関東・東北南部は晴の予想で、31日の新潟地方のみ雲の陰に傘マークが出ていた。
初日は走行距離が550km、大部分は自動車道なので走行時間は7時間程度だが、観光や休憩時間を考慮すると自宅からホテルまでの所要時間は9時間見ておく必要がある。そこから出発予定時刻を午前7時とした。
31日6時少し前に起床すると予報通り天気は晴だった。風も穏やか絶好のドライブ日和である。出発は結局7時15分。横々→東名→圏央道と一部に渋滞はあったものの概ね順調に進む。圏央道を利用するのは2015年の草津・志賀方面ドライブ(関越道)と今年6月の奥飛騨・加賀・越前ドライブ(中央道)に次いで3回目だが圏央道のSA、PAを利用したことは無かった。そこで今回は狭山PAで一休みしてみることにした。自宅から1時間程度と適当なタイミングと考えたからである。このあと鶴ヶ島JCTで関越道に入り、3車線の道を快適に飛ばす。高崎付近から北に山並みが見え始め関東平野の代わり映えしない景観に変化が現れ始める。コーヒータイムは赤城高原SA、到着は10時少し前。ここで20分ほど休憩を取る。SAの周辺に紅葉もちらほら、青空の下に雪を頂いた山塊が遠望できる。谷川連峰だ。出発する際次の目標地点であるゼネラル安田SSをナビにセットする。
月夜野ICを通過し、しばらく走ると山岳地帯、自動車道ゆえそれほど勾配はきつくないが、山が迫り、時々現れるチェーン着脱場が、着実に高度が高くなってきていることをうかがわせる。ここら辺りも赤や黄色に染まった木々が緑の中にアクセントを添える。やがて谷川岳を貫通する関越トンネルに入る。全長11kmは首都高中央環状トンネル(18km!)が開通するまでは日本最長の自動車道トンネルである。前回通ったのは初の長距離ドライブに挑戦した2008年、塩沢石打ICまで行き、そこから松之山温泉に向かって以来のことである。9年ぶりの今回幸い交通量は少なく、運転に不安を感じるようなことはなかったが、最近は暗所の視力が低下しており、ここは慎重を期して走り抜けた。
前回もそうだったが、上越線の清水トンネルではないのに、なぜか川端康成の『雪国』の書き出し「長いトンネルを抜けると雪国であった」を連想してしまう。雪ではなかったが、予報通りトンネルを抜けると曇天だった。三国山脈の北と南では天候はまるで違うのだ。これから向かう新潟方面の空はさらに黒みを帯びている。ときどき黄葉林が山の端に続くところがある。3回目の休憩は越後川口SA。先が読めないのとまだ11時半と言うこともあり、ここではトイレ休憩だけにし、昼食はその先、阿賀野川が見える所で摂ることにする。
長岡JCTで北陸道に入ると雨が降り出し、やがてワイパーをハイスピードにしても前方がぼんやりするほどの豪雨になる。ライトを点灯して走る車が増え、こちらもそうして先行車のテールライトに追従する。しかし、これは長くは続かず、新潟中央JCTで磐越道に入る少し前には止んで、あとは安田ICまで道は乾いていた。ここで自宅近くの堀口能見台IC来の自動車専用道を下りてSSで給油したのち国道49号(若松街道)を走ることになる。時刻12時35分、給油量;34ℓ、走行距離;408km、燃費;12km/ℓ。

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(次回:阿賀野川に沿って)

2017年11月9日木曜日

磐梯・会津紅葉ドライブ-3


3.ルートを考える
宿泊日と場所、マークすべき見所が決まった。残るはル-トである。時間と距離を最短にするならば東北道と磐越道往復利用になる。裏磐梯と会津を除けばほとんど自動車道、これではいかにもつまらない。今回は移動型でなく滞在型と言っても、そこまでの行程はやはり一工夫したい。先ず出来るだけ同じ道は走らないで、未知のルートを加えたい。今後の他地方へのドライブに参考になる情報を得たい。山岳路の峠越えを複数含めたい。このルート要件と見所を組み合わせて詳細を詰めていく。
ラフな周回コースは、横浜から北に向かい新潟へ出て、そこから阿賀野川域を東進して会津盆地を経て裏磐梯に至る。ここを基地にさらに北進して米沢を観光した後東に向かい、途中で南に転じ磐梯吾妻スカイラインを走って裏磐梯に戻る。裏磐梯を去る日には、磐梯山の西側を南下して会津若松に至り、ここからさらに南へ下り大内宿を目指し、そこから先は白河に出て、東北道・首都高・湾岸道で横浜に戻る。これは基本的に時計回りだが、天候なども考慮して、反時計回りもありだ。また裏磐梯から米沢・磐梯吾妻方面への行程も天気次第で臨機応変に対応しよう。
新潟廻りを選んだのは、2012年秋に只見川沿いは走っているが阿賀野川流域は全く未体験だからと言うことが第一。第二は、果たして実現するかどうか怪しいのだが、もう一度北海道を走ってみたいとおもっていることと深く関係する。前回の北海道は大洗から苫小牧へフェリーで渡り、道央・道東を巡ったので、次回は西側を南北に縦断しようと考えている。この場合、新潟からフェリーで小樽に向かう案が考えられる。そのためには、この際自宅から新潟へ達する道筋を一度確かめておきたかった。関越トンネル通過は2008年以来経験しておらず、今回が良いチャンスなのである。
大まかな道筋は自動車道、主要地方道(主に国道)になるが、峠越えはその時になってカーナビでセットするとなかなか思うような道が取れないことが多い(交通量の比較的多い、走り易い道を選ぶ;だいたいこれが最短路)。そこで事前にPCソフトのNAVITIMEで当たっていった。裏磐梯→米沢ルートでは白布峠(1405m)、磐梯吾妻スカイラインでは平湯峠(1245m)、会津若松→大内宿ルートでは大内峠(907m)を必ず通るようにである。いずれも大型車がわざわざ利用するような道ではないから、快適な走りが出来るはずだ。
コース取りでもう一つ重要な要素はガソリンスタンド(SS)の所在地である。今春JX(日石・三菱・JOMO)と合併してJXTGとなったものの、来春まではエッソ/モービル/ゼネラルのSSならOB割引が効くのだ。これは自動車専用道では非常に限られ、関越道、磐越道、仙台以南の東北道には存在しない。幸い磐越道の安田ICを下りて国道49号(若松街道)出る途中にゼネラルが在った。自宅からここまで約450kmだから充分到達できる。また裏磐梯・米沢・磐梯吾妻方面および会津若松市内にも何件かE/M/GのSSが見つかったので、先ずこの地での給油には問題がない。しかし、会津若松市街から大内宿を経て東北道の白河ICの間には皆無、それ以降は自動車道だから当然ない。困った!あれこれ調べているうちに、会津街道(国118号)から分かれ白河に向かう国289号を取らず、118号をしばらく直進するとエッソ楢原SSがあることが分かった。チョッと時間は食うが、そこで給油して国289号へ戻れば良い。こうすれば少々渋滞しても家まで問題なく帰れる。
結局ルートは、第一日目;横々道→東名道→圏央道→関越道→北陸道→磐越道→国49号→猪苗代湖周辺一般道→ホテル;550km、第二日目;ホテル→県2号→白布峠→米沢→国13号→磐梯吾妻スカイライン→ホテル;160km、第三日目;ホテル→一磐梯ゴ-ルドライン→会津若松市内→市内一般道→大内こぶしライン(県131号)→大内宿→国118号→国289号→東北道→首都高→湾岸道;365km、計1075km、と決まった。

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(次回:いざ出発)

2017年11月6日月曜日

磐梯・会津紅葉ドライブ-2


2.裏磐梯拠点決定まで
愛車を入手して10年、この間今回を含めて12回の長距離ドライブを敢行している。その内秋は4回、黒部・飛騨(2010年)、磐梯・吾妻・只見(2012年)、四国(2015年)そして今回。いずれも紅葉狩りが狙いである。しかし、長期天気予報や地元情報を集めて準備するのだが、なかなか自然は予想通りに推移してくれない。いままで高低差のある所を除けば総じて早過ぎてしまった。四国の場合は11月半ばでも色づき始めだった。このうち最も印象的だったのは2012年の磐梯・吾妻方面である。特に桧原湖から白布峠(1400M)を超えて米沢に向かう福島県道2号線は葛折れをくい返し高所に登っていくので、必ず紅葉を楽しめる。下は染め始めでも中ほどは見ごろ、上はぼつぼつ散り始めと言うように。ただこの時は10月半ば、磐梯吾妻スカイラインの見所はまだ色づき始めで、今一つの感が残っていた。信州は春に飛騨へ抜けたこともあり、再びこの方面へ行く気にはならず、もう一度前回と少し時期を遅らせて磐梯吾妻方面に出かけてみようとなった。
連泊はどこにするか?2012年以外にもこの地方には、会社のレクリエーションやまだ小さかった子供たちの夏休みに出かけている。東山温泉、猪苗代、桧原湖ペンション村、白布温泉が宿泊地だった。いずれも温泉は良かったが一長一短。今度も当然温泉は必須として、今まで泊まったことのない所をと探すと、よく知っている地名は裏磐梯。ここで特色のある比較的中小規模ホテル(50室以下)・旅館(20室以下)を当たってみることにした。
計画を具体的に検討しだしたのは9月初め、まだまだ充分時間はあると、旅行サイトの口コミ情報などを基に10月下旬から11月初旬にかけて平日2連泊できる、評判の良いところを調べると、驚いたことにほとんど×印である!誰も考えることは同じなのだ。裏磐梯以外もこの周辺は当にハイシーズンなのである。それでもやっと第一希望の裏磐梯に“ホテリ アアルト”と言う小規模なホテルに空きを見つけ、10月30日あるいは31日から連泊が可能で、値段もリーズナブルだったので即Webで31日から2泊の予約を入れた。場所は五色沼の近くで、磐梯吾妻方面、会津若松方面、喜多方や米沢方面いずれへも便の良さそうな所で連泊する意義もありそうだった。
さて宿泊先は決まった。ではドライブと紅葉以外に何を楽しむか。家内の希望は五色沼散策。ここは30年くらい前子供の夏休みにペンション村に滞在した時来ているのだが、駐車場から一番近い毘沙門沼の周辺を歩いただけで、それぞれ特色のある数々の沼を訪れる機会はなかった。できればそれを全部巡ってみたいとのこと。私には二つ行ってみたい所がある。一つは米沢。ここは仕事(学会、リクルート)で山形大学工学部に何度かお邪魔しているのだが、一度も観光する機会がなかった。米沢藩中興の祖上杉鷹山の話などは断片的に耳にしていたし、何といっても謙信が祀られている上杉神社を詣でてみたい。もう一つは、維新までは会津と江戸を結ぶ会津街道の宿場であった大内宿である。ここの復元状態はなかなかのもので、近年高い人気を得ていると聞いていたからである。しかも近くには、奇岩で有名な塔のへつりもある。この他にも時間が許せば会津若松の鶴ヶ城にも立ち寄りたい。こうして見所を検討している時に、ホテルのごく近くに諸橋近代美術館なるものが在ることを知る。調べてみると世界有数のサルバドール・ダリ作品が収集・展示されている施設であることが分かった。これらすべてを観て廻ることが出来るかどうかは現地の状況次第だが、これで訪問場所候補が決まった。

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(次回:ルートを考える)

2017年11月4日土曜日

磐梯・会津紅葉ドライブ-1


1.第二ステージへ
社会人になった1962年以前から、長いこと我が国における退職定年は55歳が慣例だった。40代半ばを超えたころから、“その後”のことを考えるようになり「10年くらい、ITコンサルタントのような仕事ができたら、そしてそれが終わったら・・・」と漠然と思うようになった。幸いその頃定年制が60歳まで延長になり、加えて1985年ITサービス会社が設立されて、そこで64歳まで働くことができた。さらにこれを終えた後、“ITコンサルタント”に限りなく近い活動のチャンスが横河電機から与えられ、結局68歳まで、長く関わってきた世界に留まる結果になった。「70歳まで居てもらって良いですよ」と暖かい声をもらったが、“それが終わったら・・・”の夢を実現するためビジネスマン人生に終止符を打つことにした。夢は二つ、一つは英国に渡りOR歴史研究をすること、第二は好きなクルマで日本中駆け回ること、である。二つの夢とも退職年の2007年にスタート、第一は5月から10月まで英国ランカスター大学に滞在して指導を受け、第2は帰国直後10月末に、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、念願だったポルシェ・ボクスターを入手した。職業人から道楽人へのステージ移動である。
購入時セールスマンから「2000kmまではエンジン回転数3000rpmを上回らないように乗ってください」とのアドヴァイスがあり、本格的な長距離ドライブを開始したのは翌年7月、新潟・長野方面の山岳地帯にチャレンジした。爾来、既報“信長回想ドライブ”に記したように、本年5月末から6月初めにかけての、飛騨・加賀・越前・近江を廻る旅で石川県を訪れ、沖縄を除く全都道府県走破を達成、“日本中駆け回る”と言う第二の夢を一応実現した。これが終わった段階での総走行距離は約45,000km。10年にしてはさほどの距離ではないが、想い出はいっぱいである。
そして新車時登録日、10月31日が記念すべきボクスターによる、次の新しい旅の始まりの日となるのである。10年後は88歳、そこまでいくかどうかはともかく、終の棲家ならぬ“終のクルマ”として求めたものゆえ、運転できなくなるまであるいは動かなくなるまで、このボクスターで人車一体の旅を続けたい。ならば、ひたすら駆け抜けることを目指さず、新たなドライブスタイルを模索してみよう。こんな考えを基に、プランを練ることにした。
旅に関する形に二つの選択肢がある。移動型か滞在型かである。最終目的が景勝地や名所旧跡あるいは博物館や美術館を訪れるという共通項であっても、この二つの違いのどちらに力点を置くかで、かなり異なる旅になる。物心ついたときからの自動車好き、少年時代の鉄道技術者への憧れ、高校時代に目指した航空エンジニア。大学時代は再び関心が自動車に戻る。とにかく乗り物が大好きだ。眺めていること乗っていること(長じては運転していること)、そのこと自体が楽しいのだ。完全に移動型である。必然的に海外旅行のツアープログラムでも乗り物優先となる。「どうしても(一度だけは)鉄道に乗りたい」それだけで候補はかなり限られてしまう。
ただ時間とともに乗りたいものに好悪が出てきている。あれほど好きだった飛行機も最近は苦痛だし(機内だけでなくセキュリティも含めて)、いくらクルマ好きでも、ボクスターの楽しみを知ってしまった今では「レンタカーじゃな~」となってしまう。バスも長い時間はご免だ(ローカルバスは楽しいが)。国内鉄道も新幹線型は味気ない、在来線から長距離は消えてしまい、のんびり車窓を眺める時間を過ごすことが出来なくなってしまった。実はボクスターでも自動車専用道路走行はあまり楽しくない。密やかな愉悦を味わえるのは普段一般道ではできない走りを短時間トライするくらいである。だからルート決定のカギは地方道、特に山岳路となる。
一方同乗者はもともと乗り物全般に強い体質ではない。狭く地上高の低いスポーツカーの助手席に長時間座っていることはかなり辛いらしく、目的地到着までしばしば居眠りをしていることが多い。今回出た要件は連泊、“滞在型”への切り替えである。まだまだ行きたい所は多々あるのだが、走り一辺倒を改め、拠点を意識した新しいドライブ旅行を考えてみよう。こんな思いで計画検討に入ることになった。つまり第二ステージへの模索である。

上から:渋峠近く、斜里(小清水原生園)、富士山をバックに、越前海岸、大内峠

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(次回:裏磐梯拠点案に決まるまで)