2020年11月30日月曜日

今月の本棚-148(2020年11月分)

 

<今月読んだ本>

1Hitler’s ScientistsJohn Cornwell);Viking

2)避けられた戦争(油井大三郎);筑摩書房(新書)

3)嫌われ者リーダー論(鹿島茂);集英社

4)仮想通貨vs中央銀行(中島眞志);新潮社

5)中国の行動原理(益尾知佐子);中央公論新社(新書)

 

<愚評昧説>

1Hitler’s Scientists

-ナチス政権下、一流学者たちは何をしていたか?戦争責任は?-

 


学術会議会員任命が政治・社会問題化している。現役時代いくつかの学会で活動してきたが、専ら研究会や委員会レベルが中心で、理事や監事は務めたものの、直接国と関わることはなかった。科学技術に関する国の最上位機関には、学術会議の他に、学士院、学術振興会があり、それぞれ、政策提言、名誉職、科学研究予算配分が主務、多少関係したのは学術振興会だけである(下部の一委員会に所属)。率直に言って一番何をするところなのか分からなかったのが学術会議である。これは私に限らぬようで、朝日新聞もこの問題を論ずる際に、英国王立協会や英独仏の“アカデミー”と学術会議を一覧表にしていた。これらは本来学士院(The Japan Academy)に相当するのだから、比較対象として適切ではない。しかし、こんな些末なことはともかく、財源以外のことで科学技術と国の関わりが話題になるのはまれ、科学技術研究力低下が案じられる昨今、学術会議活動に関心が集まるのは悪いことではないと思っている。

本書を読むことになったのはこの学術会議問題とは関係なかった。たまたまあるIT企業のホームページに「軍事技術史に学ぶICT活用法」なる記事を連載中で、その最終回は“戦争を支えた科学技術者と組織”。二つの大戦で真に“科学戦”を戦ったのは米英独の三国(日ソは個別の兵器開発では優れたものもあるが、“科学者の関与度”と言う視点において大きく見劣りする)、米英の情報は手持ちの資料で何とかなりそうだが、ドイツの事情が今一つはっきりしない。そんな時見つけたのがこの本である。これでドイツの戦時科学体制をまとめることが出来そうである。タイトルから推察できる通り、主題はナチス政権と科学者の関係、読み始めて直ぐに“学術会議問題”との関連性を感じた。つまり政治イデオロギーと科学者の関係である。学術会議問題との違いは二点、一つは本書で取上げられる科学者は自然科学者が主体であるのに対し、学術会議問題の対象は人文科学者であること、第二点は本書で追及されるのは科学者の言動だが、学術会議問題で叩かれているのは専ら政府であること。主客が逆転している。

各論に入る前に、ナチス政権以前のドイツ科学を俯瞰し、次いでナチス政権下、特にヒトラーとその周辺、の科学に関する見識を棚卸しする。1930年代前半まで、第一次世界大戦後の混乱期を除き、ドイツ科学は世界の頂点に在り、中でも物理学・化学では突出していたことを、個人や研究機関・大学、それらの研究成果などを具体的に挙げながら解説する。これに対してヒトラーを含めナチス政権トップが正統な科学知識に疎く、非科学的であったかを浮き立たせる。ヒトラーは核物理学を“ユダヤ人の物理学”と蔑視したこと、現代医学を信じず自分の身体にメスを入れることを一切拒否したこと、占星術に頼る意思決定をしたこと、あげくは似非科学の典型である人種論・優生学に傾倒し、断種やユダヤ人大量虐殺につながったこと、などを例に科学界と政権に大きなギャップがあったことを示す。

各論で紙数が割かれるのは、素粒子論に基づく原爆開発、絶滅収容所で使われる毒ガス研究(如何に早く大量に殺せるか)、断種や生体解剖あるいは細菌・薬物実験。これらに高名な学者たちがどのように関わったかを戦後の取り調べも含めて追及していく。掘り下げられるのは国策に対する個々人の関与度と姿勢。これにユダヤ人問題(優れた物理学者の1/4は英米に亡命し原爆開発に従事。空中窒素固定化などで優れた業績を残した化学者フィリッツ・ハーバー(1918年ノーベル化学賞授賞;愛国者でキリスト教徒だったがユダヤ人の血をひく)は英国に逃れる。医師が不足し医療費が高騰する。大学の数学科は教授欠員で休講)や学界の主導権争い(実験物理学重視・理論物理学軽視;理論物理学者ハイゼンベルグは“白いユダヤ人”と難じられ一時研究に制約を受ける)、資源の奪い合いなどが絡み、正義感・道徳感の強い者は変心を迫られたり、活動の場を奪われたりする(カイザー・ウィルムヘルム協会(KWI;ドイツ最高の研究機構)会長のマックス・プランク(1918年ノーベル物理学賞受賞)はユダヤ人研究者をかばったためその地位を追われる。戦後(死後)KWIはマックス・プランク研究所と改名され今日に至る)。

さらに独裁者ヒトラーの歓心を買うため、ナチス党幹部や軍高官が科学者や研究を一本釣りで利用するため、国防科学体制は混乱を極め、組織立った活動が全くできていない。ここが米英との大きな違いである。

通常兵器開発では、レーダーとロケット兵器が重点的に語られる。ロケット兵器は敗勢になってからヒトラーの関心を呼んだが、それまではあまり注目されなかった(原爆、ジェット機も同様)。米ソのミサイルや宇宙開発にフォン・ブラウンを始めとする独技術者が関与し、ソ連は戦後関係者を連行、それで米国に先行したと言う説が流布しているが、著者は「一流どころは米国に行き、二、流がソ連に連行されたのでその寄与度は低く、ソ連自身の科学技術力を軽視してはならない」と俗説を批判する。

原爆開発には面白い情報が引用されている。戦後直ぐにハイゼンベルグ(193231歳でノーベル物理学賞受賞)やオットー・ハーン(最後のKWI会長、1944年ノーベル化学賞受賞))など20数名の物理学者が英国に連行され、軟禁下の古城で取り調べを受ける。サロンには盗聴マイクが仕掛けられている。ある日米国が原爆開発に成功したことを知らされ、仲間内の議論が始まる。甲論乙駁するが、共通するのは「素粒子理論(核分裂)はドイツが先行していた」と言う点である。著者が注目するのは、この期に及んでも学者としての業績・先陣争いが最も重視されたことである。本書の核心はここにある。「科学者にとって学問上の成果が最重要なのか?」と。

広島・長崎への原爆投下、ヴェトナム戦争における枯葉剤の利用、生物・化学兵器の開発、戦時下で独科学者がやってきたことと同じことを戦後各国科学者も行い、今も続いている。「科学者である前に人間であれ!」は“言うは易く行うは難し”。科学者も人の子、結局ナチス体制と戦後体制をうまく立ち回ったものが多い。ハイゼンベルグ、オットー・ハーン、フォン・ブラウン、皆このタイプである。著者もそれをとことん追及はしない。

読後感は、安全なところ(ポスト、収入)に身を置き「学問の自由」を叫ぶのはこれと同様と言うこと(著者同様私もこれを非難できない)。戦時に国家に尽くすと言う点において、米英がはるかに政・軍・学が一体化・総力化している印象である。

タイトルはおどろおどろしいが内容は「ドイツ近代科学・技術史」的なもので、引用文献のページ数が約50、索引も充実しており、利用価値が高い。

著者は英国人作家・ジャーなリスト、ケンブリッジ大学で科学史・科学哲学を講じている。

 

2)避けられた戦争

-帝国主義縮小論が始まった1920年代、日本外交・軍事は逆方向に走った-

 


現役時代仕事を通じて知り合った外国人の中に、あの戦争で私同様生まれ故郷や母国を失った人が何人かいる。インドとパキスタンの分離に依りヒンドゥー教徒であった一族が、突如パキスタンと変じた父祖の地を離れざるを得なかった者。私が満州生まれであることを知ると、涙ながらに当時の激変を語った。また、日本軍のオランダ領インド(蘭印)進出に依り敵国人として収容所生活を余儀なくされた者が居る(米系企業に勤務し現在米国に居住)。彼はこちらが顧客であったからであろう、現役時代日本を非難することは全く無かったが、最近のフェースブックへの投稿を見ているとかなりの反日家であることが分かってきた。開戦や終戦の日が近付くと日本批判の記事が目立つ。建て前は“植民地解放戦争”であった大東亜戦争(太平洋戦争)、インドネシアに限らずこの地域の国々には一定の評価もされているし、英仏を含め彼らがアジアで何をしてきたか見れば、立派なことは言えないはずだが、勝者の中の敗者(インドネシアから去らねばならなかった)として恨みつらみも言いたいのだろう。自身に反映すれば、満州帝国建国が支那事変を惹起し、それがあの戦争につながる最大因子であることを考えると、植民地解放は明らかに矛盾するし、敗者(国)の中の敗者(引揚者)として、別の選択肢が無かったのか?と時に思ったりもする。歴史にifは禁句だが。本書講読の動機はそんなところにある。

本書は私が感じ、恐らく当時の日本人の多くが支持した「欧米はもっとひどいことをやっていたのに」と言う考え方が、時代の“潮目を読み違えた”と説く内容である。潮目の変化は第一次世界大戦直後から起こる。19191月から開催されたパリ講和会議で、戦争に疲弊した欧州の交戦国はウィルソン米大統領の和平案に共鳴し、それまでの帝国主義政策を自制する方向に舵をきり、協調外交を目指すことになる。これは植民地や小国にも歓迎するところで、民族自決が世論の大勢となる。ただ実態は日本の“人種平等提案”が否決されたり、既得権が温存されたりしたので、日本や中国には不満の種が残った。特に、英仏が中国に新たな利権を要求しなかったのに対し、青島を中心にドイツ利権を引き継いだことが、中国の条約反対運動につながり、54運動を引き起こす。この利権を効果的にするため参戦時(1915年)袁世凱政権に突き付けた“21か条”(ドイツ利権に留まらず日露戦争時の満州利権の延長も含む)が問題視され、本来は広範な主権回復運動の矛先が日本に向かう。この山東問題には国内にも批判的な声があり、ここに著者は対中政策の選択点を見る。

しかし、核心はやはり満州そのものに在る。国際協調外交の流れの中で、ヴェルサイユ条約を否決した米国は、それに代わる安全保障策を検討するワシントン会議を19217月~9月開催、海軍軍縮の他中国の門戸開放を検討する。海軍は軍縮案を飲み。日本は米が要求する門戸開放策に異議を唱えていない。また、19255月中国が不平等条約解消を目指して要求した北京関税特別会議では、関税自主権回復に他国に先立って賛意を表明し、世界の潮流に和していく。国際協調派の中心人物は駐米大使・外相の幣原喜重郎。だが、これを弱腰と見る軍部や民族派(近衛文麿等)が勢力を強めて、やがて表舞台から降りることになる。

著者は、第一のifを一連の中国国権回復運動に置き、不平等条約解消の先進者として、むしろ中国の動きを積極的に援助する施策があっても良かったと言う考えである。第二は関税自主権回復(実際には1930年承認)に満洲問題解決(暫時縮小案)のifを期待する。実際、それまで排外活動の第一標的であった英国は、各所の租界を返還すること(帝国縮小戦略)で悪役の座から巧みに逃れ、香港を既存の条約通り残すことが出来たと評価、この方策が満州に適用できたのではないかと仮想する。

あの戦争の源泉を辿り、その後の展開を論ずる著書は当に汗牛充棟。本書もその一冊であり、満州を因とすることも変わらない。ただ、従来のものは国内政治とそれに直接関わる外交関係に絞られて説かれるものが多かったのに対し、国際関係・関係国(特に中国)の国内事情を深耕し、帝国主義の潮流変化に着目している点に特色がある。我が国の民族派や世論はその変化を見誤り(要するに自己中心の外交音痴)、墓穴を掘ったと言う指摘は、現代の我が国国際関係を考える上で参考になる。

著者は1945年生れ。東京大学名誉教授・一橋大学名誉教授。社会学博士。専門は日米関係史・国際関係史。

 

3)嫌われ者リーダー論

-嫌な決断を出来ること。これこそ真のリーダーだ!-

 


進学・結婚・就職、人生の様々な場面で人は決断を迫られる。仕事に就き役割が上がるとともにその割合・重みは高まり、役員になると決断することが業務の大半を占める。関係者皆が納得できるすっきりした決断方法はないものか?そんなことを探り・考えるためにこのブログを立ち上げ、先ずは自己の体験からと取り組んできた数々の経営課題やプロジェクト事例を書き連ねてきた。書き残したことを漠然と思い返すと、辛い決断・嫌な決断ばかりが蘇る。組織・社会における決断とは本質的にそのようなものなのかもしれない。本書の表題「嫌われ者」も下した決断ゆえにそうなり、後世それが人々や社会に大きく評価された人たちである。

本書は題名から推察しビジネス・パーソン向けとの印象が強く、「この種の本はもういいや」と思っていたのだが、過去に何冊か著者の著したフランス歴史エッセイを読んでおり、作風に惹かれるところがあったので取り寄せた。確かに読者対象は経営者・管理者あるいは政治家向けだが、教訓臭が全く感じられず、明るい筆致で楽しく読めるものだった。

登場するのは5人の男;シャルル・ド・ゴール、ジョルジュ=ウージェーヌ・オスマン、リシュリュー、蒋経国、徳川慶喜。5人の内3人がフランス人と言うのはかなりの偏りだが、著者がフランス文学者(明治大学教授、19世紀フランス文学専攻)だからやむを得まい。名前も知らないオスマンを取り上げたり、ド・ゴールやリシュリューの項は奥が深く、かつ知られざる一面が掘り下げられ、サスペンス小説を読むような面白さがある。蒋経国は全く意表を突かれた起用、始めてこの人の数奇な経歴を知った。慶喜は「嫌われ者」云々以前に、最後の徳川将軍以外、存在感の薄い人物である。「何故この人を?」の疑念とともに読み始めた。それぞれの「嫌われ者」の背景や決断事項の一端をかいつまんで紹介してみよう。

1ド・ゴール;嫌われ者としての第一回目は、西方電撃戦に連合軍が敗れたのち、ド・ゴールが設立宣言したロンドン亡命政権である。この時彼は陸軍次官に過ぎず、知名度もほとんどない。チャーチルがBBCで設立宣言放送を許したのは、在仏抵抗勢力の士気鼓舞のためだった。ド・ゴールをチャーチル以上に嫌ったのはルーズベルト。北アフリカに在った仏軍の中にもっと適切な人物が居ると考えたからだ。チャーチルも同様だったから、北アフリカ上陸作戦を練ったカサブランカ会談は話さえ伝えない。それでもド・ゴールは“ひとりフランス”を演じながらレジスタンスや植民地軍の一部を糾合してフランス軍を仕立てて連合軍の一つに加わり、ノルマンディー上陸作戦後、子飼いのルクレルク将軍にパリ入城の先陣を切らせる。著者は、もしヴィシー政権の軍しか存在しなければ、無理やり枢軸側で戦わされたハンガリーやルーマニアと同じ扱いとなり、国連の常任理事国どころか戦勝国にすらなれなかったと断じる。

二回目の嫌われ役はアルジェリア独立問題への対応である。首相就任を要請されるとヒトラーを上回る独裁権を要求し、これを飲ませる。賛意を表した人々の中心は「フランスのアルジェリア」を信奉する反独立派、この期待を覆してド・ゴールは独立を認める。アルジェリア駐留軍はここでクーデターを起こすが、強権でそれを鎮圧する。当然フォーサイスの「ジャッカルの日」のような暗殺計画がいくつも決行されが、幸い未遂に終わる。戦後各国の植民地史を振り返れば、この決断がフランスを大国の一つに留まる契機となったと著者は評する。ここで、日本の国内政治・満洲国・関東軍を援用するのは、日本人にとって分かりやすく説得力がある。

2オスマン;この人の知名度は他と比べ無きがごとしだ。ナポレオン三世下でパリ県知事だった人である。革命派・王党派が国の主権を巡って変転した19世紀後半、帝政を復活させたナポレオン三世はパリの大掛かりな都市改造計画を進める。道路や建物のように外から見えるものばかりでなく、下水道整備などのインフラを含み、これらは現在の環境変化にも耐えられるほど良くできている。しかし、計画が完成するまでには財源確保、地権を始めとする各種既得権の整理、文化面からの反対運動など様々な抵抗・障害が立ちはだかる。これを皇帝の威も利用しながら強引に進めたのがオスマンなのである。当然「嫌われ役」にならざるを得ない。現在フランスは世界一の観光国、その目玉であるパリの景観は彼の遺産とも言えるのだ。

3リシュリュー;アレクサンドル・デュマの小説「三銃士」の悪役として名高い。私がその名を知ったのも少年少女向けのそれだった。世界的なベストセラーになった故“陰謀家”のイメージも世界規模だ。著者も冒頭そのことに触れ「大いなる誤解」と先入観払拭に努める。16世紀末から17世紀半ば、フランスは宗教戦争、領主間の抗争、王位継承問題、スペインとの覇権争いなど世情は一時も安定しない。そんな中で下級宮廷吏から宰相の地位まで登りつめるにはそれなりの才覚が不可欠だ。何度か野に下りながらルイ13世を支え次のルイ14世が太陽王と呼ばれるほどの絶対君主となり、欧州の中心に覇を唱えることが出来たのはリシュリューに負うところが大きい。そこまでの権謀術数を“陰謀”とかたづけるのは、歴史を無視したものと著者は難ずる。小領主の三男がルイ13世を助けフランス統一に至る過程は、「三銃士」以上に面白く「もう少し枝葉をつければ歴史小説になる」と思わせる筆致。5人を描くストーリーの中で、ダントツの仕上がりである。

4蒋経国;蒋介石の息子、それを継いだ台湾総統。これが蒋経国に関する知識のすべてだった。読後この人物と台湾近代史を一新するほど学ぶことの多い内容だった。15歳で自ら望みモスクワに在った中国人共産党員育成機関の中山大学に留学、ここで鄧小平らと学び、トロキストになるがスターリンが権力を握ると身辺環境は激変、金属工場や集団農場の労働者として苦労を重ね(夫人はこの時出会ったロシア人女性)、やがて帰国。今度は蒋介石の下で地方行政を担当し業績を上げる。終戦時には国民党代表としてソ連と戦後処理調整に当たるが、既にその力は中共に移っている。国共戦に敗れ台湾に逃れると、父の下で秘密警察の元締めとなり、本省人(台湾人)反政府活動取締を指揮する。1947228日から始まった有名な反乱事件(二・二八事件)では2万人を超えると言われる粛清が行われ、本省人に蛇蝎のごとく嫌われる。これは米国にも伝わり、入国を禁じられるほどだ。しかし、自らが総統となると30年以上続いた戒厳令を解除、本省人の李登輝を副総統に登用し、ここから民主化・台湾化が一気に進むことになるのだ。今台湾で国父と言えは蒋介石ではなく蒋経国を意味する。

5徳川慶喜;日本史の授業では“最後の徳川将軍”くらいしか記憶に残らない人、小説や大河ドラマでもあまり取り上げられず、歴史家の間でも評価の定まらない人物。慶喜は水戸藩主徳川斉昭の七男として誕生(何と斉昭には正妻・妾腹併せて2215女の子がいた!)。本来なら藩主になる可能性さえなかった人である。それが運命の糸で将軍職に就く。水戸学発生の地である故、幼時から尊王思想を刷り込まれており、その地位にこだわらず、大政奉還が成ったと言うのが著者の総括である。では「嫌われ者」はどこにあるのか?どうも将軍になってからの言動に首尾一貫性を欠いた点にあるらしい。一旦大政奉還を決めながら討幕軍との一戦を決し、いざ鳥羽伏見の戦いに臨めば、手勢を置き去りにして一人大坂から江戸に逃げ帰る“敵前逃亡”。腹心だった渋沢栄一も本心をつかめず疑念を「公記」書き残している。だがこの首尾一貫性の無さこそ、維新が大混乱を生ぜず円滑に進んだと著者は見る。維新後自身公爵に叙せられ明治天皇にも拝謁しているのだから、戦国時代や他国の革命とは大違い、再評価されていい人物なのかもしれない。

本書はビジネス書あるいは歴史ノンフィクションの範疇に属するが、どの章も中編小説を読むような楽しさがある。特にド・ゴールとリシュリューにその感が強く、著者の対象人物に対する思い入れがストレートに伝わってくるのが良い(それだけバイアスはかかっているが)。蒋経国は「大変勉強になりました」が読後感。昭和史に重ねて日本との関わりを探ってみたい気を起こさせた。著者の気の向くままに書かれた感はあるが引用文献(文中に機載、仏語が多い)もしっかりしており、内容にそれなりの重さも感じた。

 

4)仮想通貨vs中央銀行

-国権を揺るがす仮想通貨の出現、各国中央銀行はこれにどう対応するのか?-

 


キャッシュレス社会に向け政府は盛んに旗を振っている。地方行政などを含めると行政サービスはデジタル後進国と言われても仕方がないのは確かだ。クレジットカード利用率を見ても米中韓などに大きく遅れをとっている。ただ、キャッシュレス化がすべて良いことなのかどうか、実態を掘り下げてみる必要がある。例えば、米国や韓国の個人債務の多さ、一方で現金使用率の高い日独、紙幣の質の悪さや偽札の横行、それによる自国通貨への信頼性欠如、現金保持の危険性。国民性ややむを得ない事情でデジタル決済へ進んでいくケースも見られる。そんな懸念をよそに、クレジットカード、電子マネー(SuicaEdy)さらにはスマフォベースのオンライン電子決済システム(Paypay)と電子取引・決済は多様な進展を続けている。そこに新たに加わってきたのがビットコインに代表される仮想通貨(デジタル通貨)の出現だ。現行通貨への変換保証も無く、金(キン)と同じように価値は刻々変わる。現段階では決済システムとしてほとんど使われておらず、専ら投機対象となっている。ここに、フェースブック(FB)の“リブラ”構想が発表された。ユーザー数が27億人のFBが新仮想通貨を発行するとどうなるのか?そもそもリブラとは何か?これに対して各国とその中央銀行はどう対応しているのか?日銀の現状は?本書は元日本銀行員・現麗澤大学経済学部教授・経済学博士がこれらを解説するものである。

表紙の右上に“アフター。ビットコイン2”とある。これは前著「アフター・ビットコイン 仮想通貨とブロックチェーンの覇者」の“続編”と言う意味である。つまり、本書の読者はビットコインとブロックチェーンをある程度理解しているとの前提である。ビットコインは仮想通貨の一つで現在最も普及しているもの。ブロックチェーンはこのビットコインの取得・保持・移動をネットワーク環境の下で分散管理するデータベース。この本は読んでいないのだが、同種のもの何冊かに目を通していたので、特に問題なく入っていけた。かなり乱暴な例えだが、民間銀行がそれぞれ銀行券を発行し、その銀行券番号が何時でも追跡調査できる通貨管理できるシステムと考えればいい。ポイントは中央銀行が存在しない通貨であること(非公的通貨)、追跡調査が出来ること(ブロックチェーン技術)の2点である。最大の問題はその仮想通貨の信用度である。つまり取引所(これは多数ある)から購入したビットコインをふたたび現行通貨に戻すことが確実に行えるかどうかである。現行通貨は中央銀行が発行するのでこんな問題は生じない。これに次ぐ現在の問題点は、ビットコインで取引を行える機会(例えば商品の購入)が極端に少ないことである。つまり決済手段としての機能をほとんど果たさず、金(キン)取引と同じように投機の対象になってしまっていることである。逆に見れば、信用があり決済に使われるようになれば、両替や送金の手間・手数料がかからない世界共通通貨が出現することになり、確実に国家主権とぶつかることになる。論じられるのはこの“国家主権と仮想通貨”である。

本書は3部から成るが、第1部はFBが発表したリブラに割かれる。それ以前に出た仮想通貨(ビットコイン以外にも多数ある)とは桁違いに社会そして国権に及ぼす影響が大きいこと、それ故に各国がそれへの対応を本気で考え始めたこと、FB側もこれを受けて当初の構想を修正しつつあること、を種々の角度から解説・考察する。第2部は、一旦リブラから離れ、その他の仮想通貨(ビットコインを含む)の現状、歴史、トラブルなどの事例を紹介し、大きなデジタル化への流れを俯瞰する。つまり、リブラと併せて仮想通貨時代到来は避けられないと見る。そして、第3部でこれに対する各国あるいは国際金融機関の動きを個別に具体的に追っていく。中国、スウェーデン、カンボジャ、島嶼で成り立つバハマなどそれぞれ動機が異なるものの、国家が率先してデジタル通貨に取り組み始めており、米国は独自に、EUと日本は協力して、対応施策を進めている姿を概観できる。

各部の要点・トピックス;

1部:リブラの構想は中央銀行のビジネスモデルをじっくり研究し、よくできたものである。中央管理組織が存在する。既存通貨5種(US$、ユーロ、ポンド、円、シンガポール$)と連動する。30億人のユーザーがおり決済利用に移れる可能性が高い。広い支持を得るため「銀行口座を持たない人の支援」を強調する。一方で、それだけに各国の政府や中央銀行から警戒されており、米議会公聴会で種々の言質を取られ、構想の変更(リブラ2.0)を余儀なくされて、創設メンバー(Visaやマスターカード)の脱会も見られる。それを乗り越えられるか?

2部:ビットコインを始めとする仮想通貨の現状。特に、信用度、流出事件(日本のマウントコックス(470億円)やコインチェック(580億円)など)、犯罪との関係(マネーロンダリング。国家規模のハッキング)、侵入不可と考えられたブロックチェーの盲点、新しい仮想通貨の出現と既存通貨との関係、個別銀行によるデジタル通貨発行の動き。

3部:中国は元(イェン)の国際基軸通貨化推進もあるが、ブロックチェーンを使うことで個人の動きを監視することも大きな狙いのようだ。スウェーデンはキャッシュレス化推進(eクローナ発行)で決済効率が著しく向上することを目論む(既に現金を扱わない店が増えている)。カンボジャは銀行口座を持っていない人がほとんどいなので、これで経済の活発化を期待(国家として世界初の可能性が高い)。バハマは多くの島嶼間の現金輸送経費が無視できないため。米国はリブラ潜在利用力最大、おまけに最強の国際基軸通貨、ドルがリブラに置き換わることの影響は計り知れないこともあり、独自の対応策を迫られている。日銀は、欧州中銀、英国、スウェーデン、スイス、カナダの中銀およびBIS(国際決済銀行)とデジタル通貨研究会を立ち上げ試行段階に近づいている。

本書を読むまで深く考えていなかったのは、国の景気対策と通貨発行に関する視点である。通貨発行量でそれが変わることは昨今の金融緩和を見ていても明らかだが、「中央銀行発行のデジタル通貨では個人ベースの金利操作も可能になる」わけで、ここまで考えると中央銀行が自らデジタル通貨発行に強い関心を示していることが理解できる。

図や表を用いて仮想通貨の世界が分かりやすく書いているので、前著を読んでいなくても充分内容は理解できる。この背景には著者がBISや国際局、金融研究所などで早くからこの世界に関わってきたことも関係しているようだ。避けられない金融デジタル化に関する常識を学ぶにふさわしい一冊である。

 

5)中国の行動原理

-際立つ最近の中国強権外交、その根源は中華思想ではなく家族制度にある-

 


高校で学んだ世界史は最も興味深い教科だった。この授業は西洋史と東洋史に担任が分かれており、それだけ専門性も高かったことも惹かれた理由かもしれない。その後の人生に“役立った”と言う点でも数学、英語に並ぶ。ただ、西洋史がカバーする地域・国が多様なのに対して、東洋史は日本史を含まないこともあり、中華文明を中心に講じられたので、インドやモンゴルが一時クローズアップされたものの、ほとんど中国史と言っていい内容だった。その底流に在ったのが中華思想である。歴代王朝とその周辺に曼荼羅模様で構成される藩属国や朝貢国、その外に在る東夷・西戎・北狄・南蛮など化外(げがい)の地域。我々の高校時代、戦前・戦中の中国観としてそれを見下す風潮が残っており、この中華思想を「何を能天気な!」と受け取ったものである。しかし、昨今の中国を見るとやはり“中華思想”が主義主張を超えたあの国の本質のように強く感じられるようになってきた。これに対して著者は「それは誤解!」と正す。

著者は1974年生れ、九州大学大学院比較社会学研究院准教授、学術博士。専門は国際関係論、中国対外政策。高校時代米国に留学、東大で博士課程まで国際関係論を学んだ後、ハーバード大学、北京大学、中国社会学院でも研究活動を行っており、現地の事情に詳しいことが本書の中でうかがえる。

表題の“行動原理”は対外関係に関するそれで、これを中国の国内事情(歴史を含む)から説くものである。先ず、現代中国の世界観形成の背景として①2千年の歴史を変えた清朝崩壊後の半植民地状態、②被害者意識と陰謀論(性悪説社会観)、③改革開放と共産党独裁の矛盾(外に悪者を求める)、があるとして昨今の対外政策・言動を分析する。

第一に論じられるのは、対内・対外を問わず統治者と非統治者の関係である。歴史的に“権力こそが統治の要”と言う徹底的なリアリズムで貫かれてきたこと。リベラルな平和主義者など、この国で権力を握ることはなかったと断じる(外に向けては盛んに“平和”を口にするが)。我が国にも信奉者が多い「中国は他国を侵略したことが無い」を信じる中国人は多いが、それは正しい(権力の側でない)歴史を教えられていないことによると具体例を上げて正す。権力の代表が軍事力。これが強いことは良いことだとなり、いつの時代も強兵政策に支持が集まる。ただ、それは外国に対して以上にレジーム・セキュリティ(国内体制保全)に向かうことに留意する必要がある。

では権力志向のリアリズムはどこから来るのか?これが第二の論点で本書の肝である。援用されるのは日本でもよく知られたフランスの人口社会学者エマニュエル・トッドの“家族分類論”である。親子関係が権威的か自由的か、兄弟の扱い(特に相続)が平等か不平等か、から①絶対核家族、②平等主義核家族、③権威主義家族、④共同体家族、の4パターンができ、④はさらに外婚制共同体家族、内婚制共同体家族、中間型共同家族、に分けられるとする(ここで外婚・内婚の違いはいとこ同士の結婚の可否)。そして、中国社会は伝統的に外婚共同体家族に属するとトッドは位置付ける。中国史において長男相続から平等に変わるのは漢王朝時(紀元前127年)だから約2千年の歴史がある。この分類に入る他の国家・民族には、ロシア、ユーゴスラビア、スロバキア、アルバニア、ブルガリア、ハンガリー、フィンランドなどがあり、(かつての)共産主義国が多いことに特徴がある(本書には書かれていないが皆アジアの血をひく)。因みに日本は朝鮮、ドイツなどと③の権威主義家族(長男相続)に分類されている。

外婚共同体家族の特色は;家父長が絶対的な権力を持つ、息子には序列が無く同等、ある意味競争関係に在る、相続は原則平等なので息子たちはそれだけでは食べていけない。ここから導かれるのは、不安定で自発的な解体を招きやすい共同体であることだ。建て前は平等だが家父長の強い権力で有利な位置を占める可能性はある。従って、子供は専ら親の歓心を惹くことに努める。家父長の権力が弱いと息子たちが共謀してそれを倒すことがある(親殺し、神殺し)。基本的にこれらはトッドの学説だが、著者はこれを歴代王朝から現在の共産党独裁政権(ここに主力を置いて)まで適用・分析する。代表的な家父長、毛沢東・鄧小平・江沢民・胡錦濤(両名とも鄧小平が後継者候補とした)それぞれはどうだったか?では習近平は?この中で党主席あるいは総書記になりながら軍事委員会委員長に直ぐに就けなかったのは胡錦濤のみ(鄧小平は総書記に就かなかったが委員長ポストは最後まで握っていた)、外部には比較的穏やかな指導者と見られていたが、弱い家父長の典型である。逆に習近平はこれから学び権力掌握・強化を着実に進めている。

家族論の対象は個人ばかりでなく組織にも適用される。党・政府・軍も総書記の息子の位置付けになる。中央政府の下には各部(日本の省に相当)や地方省政府と言う息子たちが居る。よほど上が弱くない限り、息子たちは上の息を窺い潮目の変化を読み取り行動する(風見鶏、忖度は悪いことではない)。そこに横につながる連携は機能せず、それぞれが競い合い、これが外交関係を複雑化させる。

著者はフィールドワークに軸足を置く研究者。後半は地方自治(広西チワン族自治区)と海洋問題を具体的に取り上げる。前者はともかく、後者は尖閣諸島問題に直結し、我が国中国外交の最重要課題、既存メディアでは表面的にしか知ることの無かった海洋政策とそこで翻弄される国家海洋局の消長を詳しくたどる。政府機関の中でも全く日の当たらなかった組織が、一帯一路政策で脚光を浴びるが、勇み足が目立ち(南沙諸島問題で国際海事裁判所に違法と判じられられたことなど)、ついに海警(軍)の組織に組み込まれる過程(軍の組織になったことは報じられたが、その背景は詳らかにはなっていない。党中央によるタガの引き締め策)は、今後のこの問題に対する視角を広げてくれた。

習近平総書記が着々権力を強めているのは確実とみて、これからの中国の行動を総括する;当面の間、個々の中国人の対外行動は全体的に、党中央の意向を受けて、かなり行儀のよいものになる。国家と社会の一体化が進み、社会が国家におもねるような行動をとっていく、と。そして問題は強権を持った習近平の後継体制にあると結ぶ。

「中国の行動原理は中華思想ではなく家族制度に依拠する」。この考え方の基となるトッドの“家族分類論”は1980年代に著されたものである(原著「第三の惑星」1983年刊)。爾後40年近くを経てこれを援用したのは、それが充分批判に耐えて生き残ったと言うことであろう。確かに説得力のある内容であった。

 

(写真はクリックすると拡大します)