2023年1月31日火曜日

今月の本棚-174(2023年1月分)

 

<今月読んだ本>

1)忘れる読書(落合陽一);PHP研究所(新書)

2)鉄道の歴史を変えた街45(鼠入昌史); イカロス出版

3)エレクトリック・シティ(トーマス・ヘイガー);白水社

4)国道16号線-「日本」を創った道(柳瀬博一);新潮社

5)大戦略論(ジョン・ルイス・ギャディス);早川書房(文庫)

6The World for Sale-世界を動かすコモディティー・ビジネスの興亡-(ハビアー・ブラス、ジャック・ファーキー);日本経済新聞出版

 

<愚評昧説>

1)忘れる読書

-“忘れぬ”ための<今月の本棚>に真っ向対決。お手並み拝見と期待したが、中身は自説の売込み-

 


現役時代に比べれば大幅に減ったとはいえ今年も大勢の方から年賀状をいただいた。そこに記されたひと言で「元気なんだな~」と安堵感と伴に近しさが伝わってくる。特にうれしいのが本欄<今月の本棚>に関するコメントだ。「よくあれだけの本を読みますね」「毎月楽しんでいます」「触発されるものがありました」「読んだ気になっています」などさまざま。“愚評昧説”などと副題を付けたので“書評”ととられる向きもあるが、当初から“評論”を目的としたわけではなく、面白いか、何か得るところがあるか、薦められるか、に関する独断と偏見をつぶやくだけ。書きたかったのは本との一期一会“この本と私”である。従って「何故この本を読むことになったか」は欠かせない。今回のカギは“忘れる”。本欄立ち上げの動機は“忘れぬ”ためにあるのに何と言うタイトルだ!ご高説を承ろうじゃないか、と。しかし、この期待は裏切られた。全体で7章から成る内1章に“忘れるために、本を読む”が当てられているがその内1項に“本の内容は覚えるな、むしろ忘れよう”があるに過ぎなかった。

著者は1987年生れ、筑波大学准教授、やたら肩書(他大学客員教授、メディア企業役員、政府関係機関委員など)の多い人。本業はディジタル技術を用いた創造(特に芸術)活動にあるようだ。

既に人工知能(AI)と人間知能については多くの研究がなされ論理面を主体に実用化も進んできているが、感性の領域(例えば芸術)はいまだしの感がある。著者はAI・人・データ・自然が混然一体となる世界を“ディジタル・ネイチャー(計算機自然;今一つイメージが沸いてこない。メタバースとの違いは何か?)”と名付け、それに挑戦している。従って、本書で取り上げられる書物はこれに関わるものが多い。私もAIと感性の問題には大いに興味をそそられるのだが、現時点ではうさん臭さを感じてならない(自説主張先行)。こんな先入観もあるので、斜に構えて本書を読むことになった。

先ず読書に期待するのは“抽象化する力”、言い換えると“物事をゼロベースから考え、分析する思考力”を鍛えることにあるとする。この対象となる分野が先に述べた“ディジタル・ネイチャー”。読書に依ってこの分野の流れ・先行きに関する仮説を立て、それを分かり易く伝えることがゴールとなる。数々の具体的な事象を、書物を通して知り、これを昇華・抽象化して発想を得たり直面している課題の解決策を探る考え方は、私自身現役時代心がけていたことだけに異論はないが、展開する読書論(“忘れる”を含む)・読書案内(関連書物)が、著者造語(?)の “ディジタル・ネイチャー”に落とし込まれるところに我田引水の感がある。また、読書法の紹介ではザッピング読み(ザーッと読む)、乱読、積読、速読など読書論でよく見かけることがほとんどで目新しいところは無かった。目次を読むな、メモは取るなは不同意。ただ“忘れる”に関して「著者の考え方に縛られないため」という読み方は理解できる。

総括すると、“仕事や研究に役立つ読書”が前提にあり、単なる好奇心、暇つぶし、ひと時の楽しみのための読書には向かないし、読んで楽しい本でもなかった。

 

蛇足;著者は一時期国際謀略小説などで売れていた落合信彦の息子。DXが喧伝される現下特異な有名人らしい。

 

2)鉄道の歴史を変えた街45

-鉄道によって変わった街々、鉄道史から説く城下町・宿場町・門前町の変容-

 


昨年は我が国鉄道開業150周年、いろいろな催し物があり、関連書物も多々出版された。乗り鉄・撮り鉄とは無縁なものの、子供の頃鉄道技師を夢見た鉄道ファン、三つ子の魂百までで、東京駅ステーションギャラリーで開催されていた「鉄道開通150周年記念美術展」にも出かけた。日本画・洋画・版画で描かれた機関車、車内模様、駅などの描写に時代の変化が見て取れ、美術史、鉄道史以上に社会史としても学べる美術展だった。特に、子供の頃から馴染んできた山手線沿線の変わりようは驚くほどだ。上野、新宿、渋谷、新橋、品川、田端周辺(機関庫が在った)、「こんなだったのか!」の連続。巷間溢れる鉄道物にはない、新しい楽しみ方を発見した。その直後、年末の新聞書評欄である評者が本書を“今年の3冊”に選んでいたのを見つけ読むことにした。 “街”に注視している点が美術展の印象とつながる気がしたからだ。

著者は1981年生まれのノンフィクション作家?同種の鉄道物(「東海道線154駅」など)をいくつか出していること以外は経歴不明。

45の街の分布は;北海道3、東北4、関東16(東京11)、中部・北陸6、関西7(京阪神6)、中国4、四国1、九州・沖縄4(沖縄1)。少々東京偏重だが本の市場を考えれば仕方のないことだろう。構成は地域別ではなく、ほぼ開業順となっているが、トップは新橋(汐留)や横浜ではなく長崎から始まる。これはグラバー商会が1865国向け輸出のため英国から持ち込んできた軽便鉄道用機関車(軌間762mm)がキャンセルとなり大浦海岸通りでデモンストレーションしたことによる。第二話は何と北海道の僻地泊(とまり、原発所在地)、ここで石炭輸送に使われたものが実用化第1号なのだ(1869年、これも762mm、やがてロープウェイに取って代わられ、さらにトラック輸送に変わる)。第三話でやっと汐留が登場する。そして最後の45番目は品川。広大な車両基地跡地再開発で新橋-横浜間の築堤線路遺構が現れたように、品川駅の東側は海に接し西側は高輪や御殿山の丘陵地帯、平地はごく限られる。その後東へ埋め立てが進められたが、倉庫地帯など産業施設に使われ、新宿・渋谷・池袋のように市街地として発展することは無かった。それが民営化以降大変貌、羽田空港へのアクセス、高輪ゲートウェイ駅開設やリニア新幹線の始発駅、将来へ向けてさらに飛躍が予感される位置にあるのだ。当にトリとして相応しい。

登場する街はかつての城下町・宿場町が多数を占める。これは鉄道敷設がそれ以前の主要街道に置き換わったことを意味する。しかし、個々には我田引鉄なる揶揄もあるように熾烈な政治合戦の結果、思わぬ発展や衰退をもたらすこともある。例えば、大宮は中山道の一宿場町に過ぎなかったが、浦和、熊谷と東北本線・上信越線の分岐点を争い勝利したことから一大鉄道拠点となった。これに対し、秀吉の居城があった長浜は琵琶湖東岸では第一の城下町、北陸本線敦賀方面への起点となり大津と結ぶ連絡船で京都さらに大阪・神戸へとつながっていた。しかし、東海道本線が米原経由となり北陸本線がここに延伸されると往時の賑わいを失っていく。

私鉄の発展と深くかかわるのが門前町、我が国初の路面電車は京都から始まるが、関東初の電気鉄道は大師鉄道(現京浜急行大師線)、新橋-横浜の中間駅川崎と川崎大師を1899年に結んでいる。京成電気鉄道(新勝寺)、参宮鉄道(現近鉄参宮線、伊勢神宮)がそれに続く。参詣客輸送は充分ペイするビジネス、今でも私鉄にとっては重要なドル箱路線になっている。

ニュータウン開発と新線開通(千里ニュータウン(北大阪急行)、新三郷(JR武蔵野線)、流山(筑波エキスプレス))、街の衰退と廃線・廃駅(夕張、直方;いずれも産炭地、碓氷峠)、忘れられた実験線・地域(宮崎県美々津のリニア実験線、新幹線実験基地鴨宮)、その興亡には様々な背景・経緯があることも簡潔に説明される。

45の街すべてを訪れ、丁寧な現地取材をして歴史や街の佇まいをあるがままに伝えている。一テーマを写真・簡単な地図を入れて6ページにまとめ、鉄道から見た街、街から見た鉄道の相互関係がバランスよく理解できる優れた鉄道地誌である。

 

3)エレクトリック・シティ

1世紀前エジソンとフォードが描いた電気テクノ・ユートピア、トヨタが試みるICT未来都市の先例か?-

 


私の中学生時代(昭和26年~28年;1951年~53年)、日本経済は復興に向け進みつつあったがその歩みは遅々としたものだった。そんな中で社会科の授業で知ったのがソ連の数次にわたる5か年計画と米国の大恐慌克服新政策(ニューディール)の内の一つTVATennessee Valley Authority;テネシー流域開発公社)による大規模な地域開発計画である。「日本もこんな形で復興計画を進めたら良いのに」と思ったものだ。社会人になり原爆開発のマンハッタン計画ノンフィクションを読んだとき、改めてTVAが重要な役割を果たしたことを知った。そこにある巨大な発電力がウランとプルトニウム、ウラン238235の分離を可能としたのだ。3部構成からなる本書の第3部は“TVA”で終わる。しかし、購入の動機はTVAではなく、トヨタが2020年に発表したICTを根幹とするウーブン・シティ(Woven City;織り上げた街?自動織機との関係?)にあった。書評で、本書が1世紀前米国で進められていた同種(ICTと電力の違いはあるが)の構想(テクノ・ユートピア)を扱ったノンフィクションと知り、関連性を探ってみたいと考えたからだ。

エレクトリック・シティ構想の発端は米国南奥部(ディープサウス;テネシー州、アラバマ州)の地域開発にある。そこを流れるオハイオ川(ミシシッピ川の支流)最大の支流がテネシー川だがアパラチア山脈を源流とするこの川は暴れ川、たびたび洪水による広域水害を起こす。「この川を何とか治めたい」、動機の一つはここにある。もう一つは第一次世界大戦大戦に際して直面した弾薬の原料となる硝石不足。当時は専らチリからの輸入に頼っていたが、国産化が急務となる。製法はシアナミド法(最新のハーバー・ボッシュ法はドイツの技術で導入不可)。このプロセスは大量の電力消費を伴うことからテネシー川流域の発電潜在力利用が発意される。具体的には複数のダムと巨大な硝酸塩工場建設だ。しかし、完成前に戦争は終わり、継続工事は一部のダム建設に留まる。中断した施設活用に目を付けるのが地方の実業家や政治家、計画の継続・再興を目論むが、政府・議会は特定地域に国費をつぎ込むことに難色を示す。そこで1920年担ぎ出されるのが発明王トーマス・エジソンと大富豪となっていたヘンリー・フォード。民営化推進にエジソンの名声とフォードの資金力を期待してのことである。エジソンは既に盛りを過ぎており名目だけの存在だが、フォードはやる気満々、電力を活用した大規模は田園都市構想(流域75マイルにおよぶ“エレクトリック・シティ”)をぶち上げ、その実現に邁進する。しかし、ことは順調には進まない。立ちはだかるのは主に政治問題。金融界を嫌悪するフォードと銀行家出身の陸軍長官(弾薬工場主管)の対立、河川利用は国の専管事項とかたくなに主張する議会委員長、一時は大統領候補に擬せられるフォードをライバルと見做す現職大統領ハーディング。駆け引き、引き延ばし、拒否が繰り返され、1924年フォード案が下院は通過するものの上院の審議を否決され彼は計画実現を断念する。本書第2部はこのフォードの夢とその挫折に費やされる。

その後も諸案が検討されるがいずれも実現に至らず、1933年ローズヴェルト大統領の下、やっとニューディール政策の一環TVA計画として具体化する。ただし、硝酸塩工場はスクラップ、水運・治水・発電(送電・売電を含む)を目的としたダムとその付帯設備(電力関連、水運関連)を中心としたプロジェクトに改められ、16基(新設)+5基(大規模化改善)のダムが建設される。これに依る雇用拡大、電力価格の大幅低下と電力利用の推進(送電コストが高い農業地帯への電力供給、家電の普及)は進むものの“エレクトリック・シティ構想”とは程遠い成果に留まる。そして現在いまだ官営組織であるTVAの存在意義が問われている。

エジソンやフォード、この間の大統領;ハーディング、フーバー、ウィルソン、ローズヴェルトを始め、前史を含めエレクトリック・シティとTVAに関わった人物が多数登場、生い立ちからこれらプロジェクトへの関わりを詳しく描写、壮大な構想が二転三転する姿が臨場感をもって伝わってくる一級のノンフィクション。

ウーブン・シティは比較にならぬほど小規模(住民350人からスタートし2000人へ、地域は旧トヨタ関連会社工場敷地内)、しかも一民間企業の試み。しかし、当初積極的な姿勢を示していた裾野市は昨秋連携解消を表明している。理由は同床異夢にあったようだ(地域経済への貢献度少)。一方自動車関係者が打ち出した点と先端技術を駆使したテクノ・ユートピア構想は1世紀前と同じ、早くも官民間の齟齬が見えるウーブン・シティが見果てぬ夢に終わらぬ保証はない。

著者は1953年生まれの医化学系ジャーナリスト。「歴史を変えた10の薬」など既刊の邦訳書がある。

 

4)国道16号線-「日本」を創った道

-貝塚・古墳・城址が数多く残り、海外文化と直結していた道、16号線。正統日本史とは異なる史観を提示する-

 


4回スポーツジムに通っている。私の場合専ら水泳なのでこの種の施設はプール主体に選ぶ。それゆえ現在所属するジムは少々遠方にあり自宅からクルマで15分くらいかかる。免許証返納以前は自分のクルマだったが今はバス利用、通る道は旧道を含む国道16号線、この道は言わば私の生活道路である。その16号線ずばりのタイトルに惹かれて読んでみることになった。三浦半島の東端防衛大学校下の走水(はしりみず、観音崎近隣)を起点とし(法規上は横浜高島町起点・終点)、東京湾岸沿いに北上横浜市街地の西側から大和、相模原を通り、東京都の町田、八王子、福生を抜け、埼玉県の入間、狭山、川越、さいたま、春日部を通過、千葉県の野田、柏、千葉、市原、木更津を経て富津に至る。東京湾で分断されるが、富津岬と観音崎は指呼の間、首都圏13県を巡る総延長33 0kmの大環状線が国道16号線である(実際は金谷-久里浜間のフェリーで結ぶ)。ここに単なる道路機能以上の諸事、地理・歴史・文化・経済・生活に関する共通性を見つけ「国道16号線論」を展開するのが本書の要旨である。畿内・西国と江戸中心の日本史に一石を投じる愉快な読み物であった。「家康はけしからん!高校の日本史教科書はけしからん!」と。

著者は1964年生れ、日経BPの記者を経て現在東工大教授(メディア論)。本書は、ニュータウン、サブカルチャー(特に音楽)あるいは郊外型ビジネスなど親しみやすい話題に満ちているが、根底にあるのは「流域思考」。これは学生時代師事した慶応義塾大学経済学部名誉教授岸由二(理博、進化生態学)が唱える学説で、“山と谷と湿原と水辺”の組み合う地形を「小流域」と定義し人間の生活はこれを基に始まり、この視点が街づくり、農業、自然保全、治水などを進める際現在にも影響していると言う考え方。16号線上あるいはそれに隣接する都市や街は皆この小流域に在るとして考察を試みているところに学者としての思い入れがあるようだ。

小流域は水がありある程度平地も確保でき食物栽培が可能、海に近いところでは魚介の採取も容易だ。また、高低があるので安全なところに住居を構えやすいことから集落が発生する。太古から古代にかけての貝塚・古墳・遺跡がこの沿線に多数発見されている。例えば、埼玉県行田市の「埼玉古墳群」や横須賀の「夏島貝塚」はその代表例だ。それら集落・街を統治する豪族たちの城跡も数多く残っており、決してこの地方が江戸開府で寒村から一気に開けた訳ではない。台地や小さな谷間が続くこの地は水田には適さない。このため時代が下ると畑地中心の農業、中でも養蚕が盛んになる。ここから八王子が集散地となり生糸や絹織物が周辺および群馬・栃木方面から集まり横浜に向かって流れる“シルクロード”が出来上がる。これが最初の海外との交流路となる。次は戦後の米軍占領時である。明治時代まで台地で畑作に適さぬところは雑木林として残っていたが、富国強兵の国策はこれを軍用地に転用してゆく。1911年所沢に我が国初の陸軍飛行場が開設すると、立川、福生、下総、木更津、横須賀、厚木などに次々と陸海軍の航空基地が設けられる。また、小流域が海に接する部分はリアス海岸となり港湾の適地、1885年横須賀に鎮守府が置かれる。さらに、戦争が進むと陸軍士官学校が市ヶ谷から座間に移される。これらはすべてが16号線上にあり、戦後は米陸海空軍基地となる。

基地から発したアメリカ文化が戦後の我が国におよぼした影響は食住からファッション、音楽まで計り知れない。特に、熱く語られるのは音楽。占領期から朝鮮戦争、ヴェトナム戦争に至る過程ではジャズやカントリーウェスタン、ロック。原信夫、渡辺弘、北村英治、ジョージ川口、渡辺貞夫などが米軍クラブで演奏、軽音楽界をリードする。これに次世代基地文化のスターたちが続く。ダウン・タウン・ブギウギ、山口百恵(いずれも横須賀)、近藤真彦、小田正和(いずれも横浜)そしてトリとも言える二人、矢沢永吉(広島出身だがデビュ-は横浜)「レィニ・ウェイ」、松任谷由実(八王子)「哀しみのルート16」、いずれも16号線が主題だ。

住と生活の変化にも16号線が先鞭をつける。多摩ニュータウンに代表される大規模ニュータウン開発とそれにともなう郊外型ビジネスの数々、ダイエーの“30km圏”出店戦略、そごうの郊外型百貨店戦略(時期尚早で失敗)、関東地区初の「トイザらス」(横浜磯子)、「ブックオフ」(相模原)、いずれもクルマの普及に合わせた新生活方式といえる。

16号線沿線は太古の時代から西国や畿内に遅れぬ文明を擁し、(良きにつけ悪しきにつけ)現代も新文化取り入れの先駆地、「歴史認識を改めよ!」と著者は主張し続ける。

 

5)大戦略論

-ハリネズミとキツネの故事で説く大戦略論、歴史の大変換点を読み物として楽しめる-

 


1993年末外資系石油会社の情報システム部門が分社化した子会社経営に当たっていた時、本社社長から次年度(19944月)より社長に任ずると告げられた。前2代の社長は本社役員からの登用だったからやや意外の感はあっが、子会社は10年前の設立準備段階から関わっていたので、役割を果たせる自信はあった。しかし、年を越した1月本社社長が代表権のない会長になることが報じられる。新規事業傾斜を強めていることに大株主が不満だったことが理由だ。子会社設立の熱心な支援者だっただけにショックだった。だが、これは序章に過ぎず、1997年に入ると経営状況の如何にかかわらず、コアビジネス(石油関連事業)以外の事業から撤収するとの方針が打ち出され、我が社もその対象となった。親会社戦略の一大転換である。選択肢は1)独自採用社員を整理して出向者は親会社に戻る、2)経営陣で会社を買い取る(いわゆるマネジメント・バイアウト)、3)他社に営業権を譲る(丸ごと売却)。結局、1998年プラント分野の情報サービス事業強化を考えていた会社に営業権が譲渡されることになった。軍事の世界では、軍事戦略の上位にある国家戦略を大戦略(Grand StrategyGS)というが、本書の中で著者はGSを「無限になりうる願望と必ず有限である能力を合致させること」とし、国家に限らず個人にも大戦略を学ぶ要ありとしている。この定義からすれば、規模は小さいながら、営業権譲渡決定は大戦略の一種と言えるであろう。選択した大戦略はその後の経営戦略(Strategy)と適合、順調な経営を継続し2003年無事退任することができた。

著者は1941年生れ、イェール大学歴史学部教授(戦略論、冷戦史)。封じ込め政策を提唱した米外交官ジョージ・ケナンの評伝で2005年ピュリッツァ賞を受賞している。

本書は、米海軍大学校の中堅将校教育コース「戦略と政策」およびイェール大学学部生・院生・現役軍人向けセミナー「グランド・ストラテジー」の教材を一般向けに全面更改したものである。学者(リデルハート、クレフェルトなど)の説く戦略論は、総じて理屈っぽいものになりがちだが、本書はその種のものと全く異なり、歴史・哲学・文学を駆使、読み物として楽しめるものになっている。それは実在の人物を多数俎上に挙げ、その資質を分析、国家・軍事の転換点における指導者の決断を通して戦略思考の本質を学ぶ形式を採っていることにある。

対象となる指導者は、紀元前5世紀ギリシャを攻めサラミスの海戦で敗れたペルシャ王クセルクセスから始まり、スパルタとアテネのリーダー(ペロポネソス戦争)、カエサル(共和制から独裁制へ)、アントニウスとオクタヴィアヌス(カエサルの跡目争い)、アウグスティヌス(キリスト教権確立)、エリザベス一世とフェリペ二世(王権確立、アルマダの海戦、制海権)、ワシントン(独立戦争)、ナポレオンとクゾートフ(モスクワ遠征、ボロジノの戦い)、リンカーン(南北戦争、奴隷制度廃止)、ウィルソン(第一次大戦戦後処理)、ローズヴェルト(大統領選、第二次世界大戦参戦)まで多士済々。彼らの評価に援用されるのは、戦争思想家あるいは処世家である、孫子(孫武)、マキャヴェリ、クラウゼヴィッツなどの論説(兵法、君主論、戦争論)。時にはトルストイの「戦争と平和」にまでおよぶ。

随所で評価基準に使われる喩えが分かり易い。古代ギリシャの詩句に記され、イソップ物語にもなっている“キツネとハリネズミ”の話。童話とは違い「キツネはたくさんのことを知っているが、ハリネズミは大きなことを一つだけ知っている」とし以下のように解釈する。キツネ;複数の情報源から得た情報を統合、批判的に検証する。結果として、精度は高くなるが優柔不断の傾向がある。ハリネズミ;強気の自説を展開、批判は受け付けない。耳に心地よく響くがその通りにことが起こる確率は酷く低い。望ましいのは両者のバランス。磁石で方向を定めてもその方向に猪突猛進せず、障害物を迂回して本来目指す方向を維持する。このような行動・発言は一時的に“君子豹変”することを厭わない資質を必要とする。その一例として、リンカーンは長年願望であった奴隷制度廃止を通すために、反対者に対し恫喝・甘言・圧力・虚言まで弄し、あるいは法案に抜け穴を用意する姿が一章を割いて描かれる。一見正義漢と見える人物がなかなか狡猾なのである。

志は高く持ちながらも状況に応じた柔軟な対応策を採り、願望と手持ち資産のバランスを常にチェエクしながらことを進める。根底にあるのは“常識”だ。権力者は高みに上る従い“常識”を失う傾向がある。冷静に謙虚に手札(有形無形の資産)を見直し大戦略を策定・実行しよう。これが著者の意と読んだ。 

蛇足;翻訳が優れているので訳者(村井章子)を調べてみた。1977年上智大学外国語学部仏文科卒、三井物産に入社し仏語の産業翻訳(例えば、貿易手続き、取扱説明書)からこの道に入った人。1985年翻訳専業。本書は英語からの訳だが、読んでいて日本文の滑らかさに感心した。

 

6The World for Sale-世界を動かすコモディティー・ビジネスの興亡-

-騒乱こそビジネスチャンス!世界の食糧・エネルギー・鉱物資源を牛耳る知られざる大商社を白日の下にさらす-

 


ゼミ・卒論で専攻した制御工学をやりたく外資系石油会社に1962年(昭和37年)入社した。既に1960年石油輸出国機構(OPEC)は発足していたが、セブンシスターズと言われる石油メジャー7社が国際的な石油取引をほとんど支配していた時代である。その7社内の2社が社の株式50%を保有しており、この2社から原油が供給され、日本法人の販売会社に製品を渡すのが役割だったから、工場の技術者に原油調達を身近に感じることは無かった。それに目が向いたのは1973年の第1次石油危機、民族系石油会社にとっては三木首相がアラブ詣でをしなければならぬほど衝撃を与えた。余波は有形無形で当社にもおよび、原油調達に関心を持つようになった。少しずつ分かってきたことは、OPECやメジャーの力がおよばない産油国(例えばソ連)の原油・製品を扱う、それまで名も知らぬ仲介者の存在だった。本書がどうやらその種の商社を題材とする内容と教えられ読んでみることにした。まさに“蛇(じゃ)の道は蛇(へび)”、マフィアもどきの世界に驚愕させられた。

コモディティーは通常日用品と訳されるが、ここではエネルギー(石油・ガス・石炭)・鉱物資源(鉄鉱石、銅、アルミ、希金属など)・主食(家畜飼料を含む)になる農産物を対象としている。

国際間に敵対的緊張が生じるとしばしば禁輸制裁処置が採られる。冷戦ではココム、直近ではロシアのウクライナ侵攻がいい例だろう。ここで禁輸の対象となるものは人の往来から高級車まで多種多様だが、最も一般的なものはコモディティーである。しかしこのコモディティーは本来の意味通り生活必需品であり、生産国・消費国双方にとって需要と供給を断つことは出来ない。ここに違法あるいは国際間の取り決めを逃れるビジネスの動機が生まれる。そして制約が強いほど隠密性は高まり、リスクに比例して利益は大きくなる。一匹オオカミや同族経営の“知られざる”巨大専業商社が存在する理由はここにある。

全天然資源取引高は第二次世界大戦直後600億ドル/年程度だったものが、1970年代から急騰2017年には17兆ドルに達し、その14がコモディティーと推定されている。現在の内実は、石油大手5社で原油・製品取引量2400万バレル/日、これは全世界取引量の14に当たる。農産物では大手7社で全世界の穀物・食用油の50%、金属商社最大手のグレンコア社はコバルト世界供給の13をおさえている。急増の背景は①石油市場の開放(メジャーから支配からの脱皮)、②ソ連の崩壊、③中国の経済成長、④1980年代に始まる金融自由化、にある。

本書の中にその種の商社が30社程度出てくるが名前を知っていたのは穀物商社で世界最大のカーギル社くらい。20世紀初頭創業した非鉄金属商社フィリップ・ブラザースの徒弟制度の中から独立したマーク・リッチ(別称;石油取引のゴッドファーザー;ユダヤ系ベルギー人として誕生、幼時第二次世界大戦直前両親とともに米国に逃れ、大学を中退、フィリップ・ブラザースの郵便物仕分け係からスタート、やがて石油担当の凄腕トレーダーとなる)が1970年代創設した自名の会社、さらにそこを飛び出したトレーダーたちが立ち上げた、グレンコア社、トラフィギュラ社、石油トップのビドル社、あるいは冷戦時代(1950年代)ソ連の石油製品輸出の口火を切り大手の一画に食い込んだマバナフト社などいずれも私にとって初めて知る企業ばかりだ。経営形態もユニーク、多くは一匹オオカミに近いトレーダーがパートナーを組む形式。基本的には利巾の小さい取引を大量に行うことによって利益を上げる経営。そのためにはタイムリーな情報が欠かせず、そこでは人脈がものをいう。また情報の開示を厳しくコントロールする必要があることから、多くの会社は株式非公開で本社所在地をスイスやタックスヘブンの国に置いている。

巨利を得る機会は、スムーズな流通が滞るところに起こる。紛争・戦争・制裁・自然災害・未熟な流通機構、権力者の失脚、そこからくる制約を如何に克服できるか(かい潜るか)がカギとなる。アラブの春における反カダフィ派に対する戦闘用燃料の供給、アパルトヘイト政策制裁下の南アフリカに向けた原油・石油製品の販売、ソ連崩壊で混乱するシベリアの工場操業維持と販路の確立。時には小国の存立を左右することもある(ジャマイカのアルミニウム、ボーキサイト生産・輸出)。いずれも犯罪行為が疑われる極度にハイリスクなビジネスだ。先に挙げたマーク・リッチは米当局から追われるようなことも起こっている。

リスクは法的なものだけでない。現物の確保、資金繰り、輸送手段の手配、売上金の回収、これらが順調に進んで初めて大きな成果が得られるのだ。結果、億ドル~数十億ドル単位の資産を持つトレーダーが数多く誕生する一方ですべてを失う者も当然出る(本書の序章で日本の総合商社(多分住友商事)が非鉄金属取引で巨額の負債を負う話が数行語られる)。

著者二人はファイナンシャル・タイムズの記者。20年にわたりコモディティー・ビジネスを取材、本書執筆のため1年をかけ100人以上の現職・OBトレーダーに聞き取り調査をしたとある。凄腕トレーダーのすべては白人男性(米・英・仏・独・蘭)。草食系の日本人にはとても踏み込めない世界。会社名、個人名、具体的な取引をすべて実名で記述、優れたビジネス小説を読むような興味深い内容・筆致であった。

 

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