2009年9月25日金曜日

センチメンタル・ロング・ドライブ-48年と1400kmの旅-(23)

23.志摩観光ホテル 志摩観光ホテルはわが国を代表するリゾートホテルである。昨年新館とも言える“ベイ・スウィート”が出来てからは、本館(旧館)は“クラシック”と名付けられている。何度か改装されているが、開業が1951(昭和26年)年4月となっているから、半世紀を超える歴史を持つ。講和条約発布がこの年の9月だから、それ以前に準備が進められていたことになり、よくあんな時代にこんな贅沢なホテルを計画したものと驚かされる。当時の利用客は外国人か“超富裕層”だったに違いない。経営母体は賢島まで線が延びていた近鉄なので、その“富裕層”は専ら関西のそれである。新幹線が開通する前は、半島横断(大阪~名古屋)の鉄道は近鉄が電化も早く進み、時間も最短だった。芦屋や箕面を午後発っても夕刻前にはチェックインできる。そんな目論見で出来たに違いない。
 前にも書いたが、山崎豊子のTVドラマにもなった“華麗なる一族”の冒頭シーンがここ志摩観光ホテルでの元旦である。芦屋在住の銀行家が開く、成人した家族に妻妾同席の異常な新年会は、そらからの展開に大いに興味をそそられる書き出しであった。供せられる料理は、無論さっぱりしたお節ではなくフランス料理である。
 就職するまでは高級ホテルやレストランには全く縁が無かった。働きだしても地方の工場勤めでは縁遠い。それでも次第に、取引先のご招待や友人の結婚式などで食事をする程度の機会は持つようになった。このホテルの名声を知るようになるのも、一応一人前と自分では思い始めた20代の後半であった。「一度出かけて泊まってみたい。それも車で乗り付けたい(当時はまだ自家用車は贅沢品である)」 車を持つとこんな気持ちが加速してきた。末の妹の結婚式が名古屋で行われると聞いたとき、それを是非実現しようと思い立ったわけである。今のようにインターネットのような便利なものはない。手配は和歌山市内に在った交通公社(今のJTB)で行った。
 この時も鳥羽から一度伊勢まで出て伊勢道路・志摩を経由して賢島に着いたのが4時頃だったろうか。11月下旬、日の落ちるのは早く、案内された北西側の部屋から複雑に入り組む湾を照らす美しい落日を堪能した。落日以上に堪能したのがディナーのフランス料理、アワビのステーキであった。
 チェックインが済むと女性のスタッフが部屋まで案内してくれる。今回の部屋は5階の南東側で前回よりもはるかに広く眺めも良い。到着は6時少し前だがまだ明るく、湾内に真珠養殖の筏がいたる所に舫ってあるのが分かる。この景色は41年前と何も変わっていない。ディナーの時間は7時にしたので、盛りは過ぎたもののつつじが美しい庭をしばし巡り、英虞湾につながる小道を下ってホテル専用の小さな船着場まで下りてみた。どうやらここから真珠養殖の作業場を観光する船が出るようだ。
 ロービーに戻ると、ディナーを待つ人たちが三々五々集まってきていた。外国人の団体客もいる。話し言葉を聞いていると英語以外もあるので複数の国の混成ツアー・グループらしい。彼等は先にレストランに案内され、メインダイニングからやや突き出た細長い部屋に収まった(翌朝の朝食は個人客がここだった)。この辺の配慮は個人旅行者に有り難い。
 ディナーの内容は、予約時インターネットで調べて予め指定しておいた。前菜はアワビのテリーヌ、これはビールの小グラスと、次いで伊勢えびのスープ、そしてあの忘れられないアワビのステーキ(あとで肉料理もあるので前回よりはかなり小ぶり)、これが終わると口直しのシャーベット、メインはフィレミニオン。無論赤ワインを味わいながらである。最後にデザートのアイスクリームとコーヒー。41年前一人で緊張しながら過ごした時間とは大違い。年の功とでも言える余裕で9時前まで至福の時間を楽しんだ。

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