2010年5月28日金曜日

奥の細道ドライブ紀行-1(計画立案-1)


 芭蕉が深川の庵を発ち、東北・北陸の旅に出たのは元禄2年3月27日、新暦では1689年5月16日である。ほぼそれと重なる5月12日早朝家を出て、3泊4日で山形・秋田方面を駆け抜けた。東北地方だけで3ヶ月もかけた往時の旅とは比ぶべくもないが、大きな都会をほとんど含まないルートは、随所にあの紀行を偲ぶ情景が残されていた。総走行距離1500kmのドライブ行をしばし振り返ってみたい。
 久し振りの長距離ドライブに出かけようと思い立った時“おくのほそ道”は念頭になかった。あったのは「秋田へ行こう!武家屋敷の残る角館は是非行きたい」である。全国都道府県の内、未だに足を踏み入れたことの無い所は本州では秋田県を残すのみである(その他に九州の長崎・佐賀・熊本の三県を訪れたことがない)。自らハンドルを握って走ったことの無い県は、青森・秋田・山形。秋田へ行けば山形も通る。青森県はむつ小川原備蓄基地にに駐在していた友人のクルマで周っているので、それほど執着するところがない。
 私にとって、旅の楽しみの過半は計画立案にある。だから、海外でも国内でもツアーにそのまま参加することは論外である。その点自分の車での長距離ドライブは完全にテーラーメイド、あらゆる希望を盛り込むことが可能だ。しかし、実際には制約や条件・希望があり、自ずと実行案は絞られてくる。先ず日程である。時期を連休明けにできることは引退者の特権だ。出来れば未知の地を走るのだから、昨年の紀伊半島ドライブ同様4泊5日にしたい。これに対して家内の希望は3泊4日だと言う。理由を質したわけではないが、高齢の両親への気遣い、乗り物にあまり強くない体質がその背景にあるようだ。
 4泊をベースに考えている時は、関越か磐越自動車道で新潟に出て、そこからひたすら日本海を左手に見ながら北上し、一日の仕上げは美しい夕日を楽しむ案だった。しかし、この地方に詳しい自動車ディーラーのセールスマンは「新潟から秋田まで海岸風景はほとんど変わらないのでお勧めではありません。山形・秋田を走るなら内陸部のほうが面白いですよ」と言う。宿泊数が3泊になったことを考慮すると、山形の日本海側で1泊、秋田で是非訪れたいと思っている角館周辺で1泊、帰りは宮城か山形の山間部で1泊と、おおよその宿泊地の見当を付ける。
 初日は出来るだけ走りたい。そのためには自動車専用道路が延びているところが好ましい。東北道と山形道で到達できる酒田がこうして決まる。後の二ヶ所は温泉にしたい。角館の近くでは乳頭温泉が最も秘湯感覚のようだ。最終日は山寺(立石寺)を観光した後蔵王エコーラインを走って帰宅する。その条件から3泊目は銀山温泉が最有力になる。この段階では、銀山温泉が“おしん”や“千と千尋の神隠し”に登場する場所とは全く知らなかった。
 ルートは、長距離ドライブとなる初日と最終日は自動車専用道路、他の日は一般道路(県道か二桁・三桁の国道)にして、運転を楽しむことと地方の生活に身近に触れることを主眼に置くことにする。 計画の骨子はこうして決まった。見ると、首都高湾岸線は深川を通り、東北道では那須のサービスエリア(SA)や白河ICがある。山形道では月山の麓を通り最上川の河口酒田に至る。秋田から奥州中央部戻る道筋では鳴子に寄って大石田をかすめるし、最終日は立石寺にも寄る。宮城・岩手を除けば奇しくも“おくのほそ道”の舞台が随所に出現する結果になった。(つづく)

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