2010年5月11日火曜日

遠い国・近い人-2(大粒の涙-1;インド)

 1986年9月横河電機から、インド科学技術省が主催する、DCS(Distributed Control System;分散型ディジタル制御システム)に関する国際会議で、東燃における利用例を発表して欲しいとの要請があった。この頃、インドでは国産技術利用の縛りが外されつつあり、石油や石油化学で先端技術の導入が始まっていた。現在の経済成長が始まる夜明け前である。この会議のスピーカーはユーザーに限られており、横河独自で発表は出来ないのだが、何とかこの機会を利用して存在感を示したいと協力を求めてきたのである。
 東燃システムプラザ(SPIN)創設の翌年、国内ではIBM、横河電機をパートナーとして外部ビジネス展開をしていたこともあり、そのセールス活動で利用している情報開示の範囲であるならとの条件で、この申し出を受けることになった。
 当時この地域を担当していた横河のYMT部長とシンガポール経由でニューデリーに着いたのは深夜、ムッとする暑さが身体にまとわりつく。数十年前英国から導入し、国産化したモーリス(国産名は確か、アンバサダー)のタクシーに冷房は無く、窓を開けて暗夜を走る。チェックインしたのはハイアット、さすがに館内のつくりはアメリカンスタイルで、一見近代的だが客室の細部はそれなりの造作である。
 翌朝指定された時間にロビーに降りると、当地独特の半袖・開襟のスーツを着た年配のインド人が迎えに来ていた。大きな目玉、黒い肌、がっちりした厳つい身体つき、代理店ブルースター社のオートメーション部門責任者、ナラヤンさんである。初めて言葉を交わしたインド人は、風貌とは異なり穏やかな語り口の人であった。その時から一週間、帰国まで何かとお世話になることになった。
 会議はショーケースも併設されるので、見本市会場のような所で行われる。初日午前は大臣の開会挨拶から始まり、立食の昼食会が参加者交流の場であった。ハネウェル、フォックスボロなどのオートメーションシステム製造者やプロセス分野のコンサルタントなど、この世界を代表するメンバーが多数参加している。夜はホテルに横河の顧客(インドの石油・石油化学会社)を招いて、私の講演と晩餐パーティが開かれた。食材(野菜、鶏、羊、魚介)も色(赤、黄)・香辛料も多彩なカレー料理がテーブルに溢れ、その美味さにつられ、つい食べ過ぎてしまう。就寝してしばらくすると腹の異常が始まった。朝まで何度もトイレに駆け込む。
 朝ロービーでナラヤンさんに「おはよう。調子はどうかな?」と挨拶が始まったので、正直に昨夜からの体調不良を説明した。「会議に出られるか?ホテルでやすんでいるかい(幸いこの日の発表ではなかった)?」と問われたので、「腹の中は空っぽなので、静かにしていれば会議に出られる」と答えて会場に向かった。脱水症状にならぬよう水の補給だけは続けながら、何とか午前の部を耐えることが出来た。昼はこの会議場のレストランではなく、日本文化センター(正式名称は不明)で摂ることになり、そこでナラヤンさんは“ヴェジタリアン”メニューを薦めてくれた。初めはサラダや温野菜などが出てきたが、メインディッシュは薄緑色のポタージュのようなもので、チョッと口にしてみると、味は全く野菜味ではなく、肉類のような味付けになっていた。舌が、身体が“これなら大丈夫!”と言い出し、すっかり平らげてしまった。ナラヤンさんはそれを見てニコニコしている。午後の会議が終わると体調は完全に回復していた。
 その夜は再びナラヤンさんの案内で、ここで食事をし、地方によって異なる何種類かのインド舞踊を鑑賞した。腹の調子は完全に回復していた。恐れていた疫病ではなく、強い香辛料に胃腸が耐えられなかったらしい。踊りが終わるとナラヤンさんは「チョッとバーに行こう」とセンターにあるバーに誘ってくれた。どうやら彼はここのメンバーらしい。(つづく)

0 件のコメント: