2010年7月4日日曜日

今月の本棚-22(2010年6月)

<今月読んだ本(6月)>1)日本人へ リーダー篇(塩野七生);文芸春秋社(新書)
2)エニグマ奇襲指令(マイケル。バー=ゾウハー);早川書房(文庫)
3)グーグル秘録(ケン・オーレッタ);文芸春秋社
4)傭兵チーム、極北の地へ(上、下)(ジェイムス・スティール);早川書房(文庫)

<愚評昧説>
1)日本人へ リーダー篇  著者が文藝春秋(月刊)に連載している社会時評を単行本にしたもの。連載時期が2003年6月号~06年9月号なので話題がやや古いものの、その比較対象をローマ史に置き、リーダー(主として政治家)の在るべき姿を論じているので、決して時期を失している感じはしない。
 いまやわが国は衰退の著についている。こんな時こそ優れたリーダーが望まれるのだが、それが叶わない。何故なのか?どうすべきなのか?上の人材に問題があるのか?それを支え育てる基盤に問題があるのか?ローマ史のみならず、大英帝国やパックス・アメリカーナも援用しつつ、題材を変え、角度を変えてこれを論じていく。
 “決断科学工房”は、経営リーダーの意思決定環境とプロセスを分析し、より論理的(数理的)な要素に重きが置かれる意思決定の方策を模索しているのだが、政治・経営に関わらず、リーダーに関する共通課題が多々あることがわかってきた。残りの時間は少なく、前途遼遠である。
 この本を読んでいる時、鳩山首相が辞任した。OR(数理)出身宰相として個人的に期待していたが、ものの見事に裏切られた。あれだけ首相として資質の無い人が選ばれてしまうのは、本人以上に国民の政治意識・リーダー選択に問題があるように思えてならない。

2)エニグマ奇襲指令 エニグマはギリシャ語で“謎”。第二次世界大戦中ナチス・ドイツが保有した暗号機である。操作部はタイプライター形式だが、複雑な歯車の組合せを変えることに依り、暗号の解読は不能と言われていた。
 V-1ロケット攻撃そして実戦化間近いV-2の脅威を取り除くには、その作戦発動の暗号傍受と解読が不可欠と考えた英陸軍情報部(M-6)は、エニグマ奪取の作戦を計画する。起用されたのは親子二代にわたる知能犯罪者(殺人・傷害を行わない)の息子。成功の暁には罪を免ずる条件で、彼をフランスに潜入させ、駐仏ドイツ軍のエニグマを一台、それと気付かれずに盗み出すのだ。これを嗅ぎ付け阻止するために、本国からパリに派遣されるドイツ情報部の大佐。さらにゲシュタポが絡む。
 これだけで仕掛けが終わらないのがゾウハーである。ヒトラー暗殺計画をたくらむグループには国防軍情報長官、カナリス提督も含まれており、この計画にもエニグマが必要なのだ。さらにM-6 の中にドイツに通じる二重スパイがいるようだ。この複雑な仕組みを、ゾウハーは読者を混乱させることも無く、舞台の中にどっぷり浸らせてくれる。そして、例によって最後の最後にどんでん返しである。しかもこのどんでん返しで、エニグマ奪取の実話との違いをも解決してしまう。
 超一流の軍事スリラー作家の見事な作品だ!

3)グーグル秘録  この5年くらい、何か分からない言葉に遭遇したり、少し深く調べモノをしたい時には、専ら“グーグル検索”を利用している。調査対象によっては日本語だけでなく、英語の情報も簡単に収集できる。今や百科事典の類は不要である。最近は検索だけでなく“グーグル・ドキュメント”と名付けられたワープロ機能を使って、ブログ原稿を書くことも始めている。何処に在るのか分からないサーバーに文書が保管され、バックアップの必要も無く、どんな場所からもそれ等の文書にアクセスでききて便利だ。個人ベースのクラウド・コンピューティングである。また、孫が来ると、ユーチューブにアクセスして、TV番組や投稿動画の中から童謡をクリックして楽しんだりしている。これらはすべて無料である。
 最近、株式時価総額がマイクロソフトを抜いたことや中国の検閲をきらって撤退したことが世界的に大きなニュースにもなった。
 マスメディア(広告・宣伝、TV、新聞、出版)への影響は甚大で、広告収入や発行部数の激減が経営を揺るがせ、著作権問題や独占禁止法絡みの係争事件があとを絶たない。それでも電子出版や携帯電話への進出など、グーグルの勢いは止まらない。新聞王マードックも、嘗てのITの覇者マイクロソフトも、防戦一方である。グーグルの真の狙いは何か?
 この会社は、二人のスタンフォード大学院生、ラリー・ペイジ、サーゲイ(セルゲイ)・プリン(二人とも1973年生れ)によって1998年立ち上げられた、典型的なガレージ企業である。ラリーはユダヤ系アメリカ人、サーゲイは両親と伴に冷戦後移民してきたユダヤ系ロシア人である。二人が出会うのは学部教育(ラリーはミシガン大、サーゲイはメリーランド大)を終えて、スタンフォードのコンピュータ・サイエンス学科に進んだときである。少年時代からコンピュータオタクであった二人は意気投合、協力して今日につながる、“人工知能技術”を用いた検索エンジンの研究を行っていく(ビジネスを始めてもしばらくの間はスタンフォード大学のコンピュータネットワークを利用)。すでにヤフーを始め検索サイトは存在していたが、彼等の技法は桁違いに早く、使い勝手も良かったので、一気にシェアーを伸ばしていく。
 急成長するベンチャー企業の弱点は経営にある。そこに登場するのが2001年からCEOを務めることになるエリック・シュミット(1955年生れ)である。彼はバークレーでコンピュータ・サイエンスを学び、サンマイクロなどを経て、当時はネットワーク・ソフト企業、ノベルのCEOだった。年上で社会経験も豊富な経営者、かつIT技術者のバックグランドのあるシュミットの入社は、“オタクのディズニーランド”をユニークな大企業に変えていく。
 それにしても、“優れたエンジニア”にとって夢のような会社だ。全米の俊英が競って集まり、自己実現と業績拡大が一体となって進んでいく姿は、エンジニアを大事にしないわが国では望むべくも無い。
 筆者は雑誌「ニューヨーカー」のベテラン記者、2006年からこのプロジェクトに取り組み、グーグルではトップを含む150人の社員にインタビュー、ライバルや関連企業のトップからも取材して本書を纏め上げている。ITの進歩の中で「ディジタル革命の震源地である会社、その台頭ぶりが“新たな”メディアの“古い”メディアを破壊する様を浮き彫りにするような会社。それを通じて、メディアの行く末を多少なりとも示したい」と言う意図が充分伝わってくる労作である。

4)傭兵チーム、極北の地へ
 グレアム・グリーン(第三の男)、イアン・フレミング(007シリーズ)、ジョン・ル・カレ(寒い国から帰ってきたスパイ)、アリスティア・マクリーン(女王陛下のユリシーズ)、ジャック・ヒギンス(鷲は舞い降りた)ケン・フォレット(針の眼)、フレデリック・フォーサイス(ジャッカルの日)。英国は伝統的に軍事サスペンス・冒険小説に優れた作家を輩出してきた。しかし、ここのところこれら大家に匹敵する若手が現れない。しかし、ヒョッとすると本書の著者、ジェイムス・スティールはこの伝統を継ぐ大物になるかもしれない。
 舞台は近未来のロシア。プーチン・メドヴェージェフ政権後、嘗てのソヴィエト再現を目論み、独裁的権力を着々と固める新大統領は、西欧へのエネルギー供給、特に天然ガスを絞ることにより、パワーゲームのイニシアティヴをとろうとする。英国は著しいエネルギー不足を来たし、5時からの電力供給は止めざるを得ない状況に陥る。解決は政変による新しいリーダーの出現しか期待できない。それに適う人物は、極北のシベリアにある強制収容所に収監されている。アフリカやバルカンの紛争で活躍した一騎当千のメンバーで、傭兵チームが構成され、救出・奪取作戦が厳寒の12月実施される(原題は;December)。その作戦は成否にかかわらず、表面上国家は全く関与しないことになっている。上巻はこの救出活動、下巻は救出後モスクワにおけるクーデターの進捗が中心となる。次第に劣勢となる民主派、ここでも最後の予期せぬ出来事で逆転する。
 この小説の面白さは、ロシアを巡る史実を敷衍しているところにある。強制収容所はスターリン時代、エネルギー供給はウクライナへの政治的圧力、クーデター場面はゴルバチョフからエリツィンへの政変などがそれに当たる。著者がオックスフォードで歴史学を専攻し、その後高校でそれを教授していたことが確り反映し、説得力のあるストーリ展開を実現しているのだ。
 個人的には2003年来何度もロシアを訪れ、モスクワ(よく知った通りや建物;例えばKGB本部などが出てくる)のみならず真冬の極寒の地も体験しているので、身体でもこの小説を楽しむことが出来た。これは始めての経験である。
 この傭兵チームでシリーズ物を期待したい。

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