2014年8月3日日曜日

みちのく山岳ドライブ-13


-八幡平・十和田・奥入瀬・八甲田・白神山地・鳥海を駆け抜ける-

8.弘前-2
前回弘前城を訪れたのは20年近く前、桜のシーズンでものすごい人出、時間的な制約もあり通り抜けに近い見物であったから、城の全容はまるで記憶にない。今回は6時過ぎ、有料エリアも解放され、夕闇が迫りくる中、見かける人はちらほら、ジョギングで駆け抜ける人などと行き交う程度である。外堀に面した東門から入り広い道を折れ曲がりながら西へ進むとさらに内堀が在り、朱塗りの橋を渡る。そこから先が有料エリアだが既にチケット売り場は閉じられ出入りは自由。北へ向かう坂を登ると天守閣に至る。建城時(1611年)は5層であったようだが今は3層、国の重要文化財である。そこから再び西に曲り緩やかな上りの道を進むと、南北に広がる崖になり、下には内堀・外堀、その先に城下の街並、遥か彼方に夕日をバックに津軽富士と称される美しい岩木山のシルエットが遠望できる。
弘前藩は5万石に満たない小藩だが、南北約1km、東西600Mの敷地の広さは相当なもので、しばらく住んだ御三家の和歌山城より広いような感じがする。それに西に開ける展望は、司馬遼太郎が日本7名城の一つと言ったと伝えられることに納得できるものだ(ただし他の6城がどこなのかWikipediaで調べたが、ここばかりが出てきて、不明。現在江戸時代以前の天守閣が残る城は12か所しか無いようなので、その中から選んだのではなかろうか)。
7時の夕食予約時間が迫ってきたので、今度は繁華街に近い追手門を目指して薄暗くなってきた城郭内を歩く。外敵を防ぐのだろう、道は何度も折れ曲がり植物園に沿った人影の全くない道を南へ進む。やっとのことで門を出ると、その辺一帯は弘前の官庁街、目の前は市役所。明治期の洋館の面影を残す、青森銀行記念館なども近くに在るが、もう写真は無理だ。
お城に沿う道を東に向かい繁華街中心部にある郷土料理店「杏」に着いたのは丁度7時、何の変哲もない雑居ビルの一階、下足の一角以外は板敷で真ん中に囲炉裏(さすがこの季節、火の気はないが)、左右の壁に沿う形で座卓と座布団がならべてある。明らかに観光客と見える数組のグループが食事を始めている。一人客は囲炉裏を囲むカウンター席があてがわれ、全席埋まると450人は入りそうだ。一品料理もあるが面倒なのでセットメニューで頼む。無論生ビールは欠かせない(日本酒の好きな人は地酒だろうが)。料理では大きなホタテの貝柱(刺身)、のど黒(焼物)、比内鶏の串焼きなどそれなりに郷土色を感じるものもあったが、調理・味付けに素朴と言うか今一つ工夫がない。総じて平凡な内容でチョッと期待外れ。食事の間にも何人か客が入って総勢156人。
7時半頃和服の若い男性が一人外からやってきて下足と囲炉裏の前に座り、簡単な口上(演題の説明)を述べて演奏に入る。グループか少なくとも二人の合奏・掛け合いを予想していたので、何となく寂しい気分になる。壁に貼られたポスターによれば、この地方の大会で優勝した有望若手と書かれているが、一人での演奏に、TVなどで観た津軽三味線の迫力はなく、あとは上手いかどうかだが、これは聴きなれないものに判断は難しい。それでも何人かの女性客(中高年)は演奏の合間に傍へ行って褒めちぎっている。30分ほどの演奏が終わりしばらくすると、総ての客が席を発ちアッと言う間に我々だけが取り残された。帰り際に「桜やねぷたのシーズン(今はねぷた)はどうなの?」と聞いてみたら「入れ替え制です」の答え。完全に観光客向けの店で、値段も一見さん価格と言っていい。帰りのタクシーで琴三弦を嗜んだことがある家内に「今日の三味線はどうだい?」と質したところ「ほとんど素人!」との厳しい評価。ガイドブックでは持て囃されているが、人に薦めるところではなさそうだ。
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(次回;白神山地)

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