2021年3月9日火曜日

活字中毒者の妄言-9


■伝記あれこれ


国際政治、戦史、軍事技術、昭和史(終戦まで)、科学(主として数理、ITそれに乗り物)は好みの読書ジャンルだ。ここで欠かせないのが関係者の伝記類である。手記、自叙伝、回想録、評伝、側近やノンフィクション作家に依る作品、80人程度の伝記物が書架に並んでいる。ヒトラー、チャーチルなどは一人で10冊以上あるから、全部で200冊くらいになるだろう。もっとも多いのはこの二者を含めた国家指導者や政治家、ローズベルト、スターリン、ムッソリーニ、毛沢東、古いところではレーニンや孫文、現代ではトランプ、プーチン、メルケル、日本人では唯一吉田茂が数冊ある。少々変わったところでは、ゲッベルス(ナチス宣伝相)、シュペアー(ナチス軍需相)など。

次に多いのが軍人、ダウディング(英戦闘機軍団長)、ハリス(英爆撃機軍団長)、ゲーリング(ナチス航空相)、ロンメル、グーデリアン(装甲軍生みの親)、デーニッツ(Uボート司令長官)、マンシュタイン(西方電撃戦作戦策定者)、パットン、キング(米海軍作戦部長)、アーノルド(米陸軍航空軍参謀長)、マッカーサー、日本人では石原莞爾、井上成美がそれぞれ2冊ある。石原は私の出生国、満州国には欠かせない人物、井上は横須賀在住時興味を持ち、荒崎に残っていた終の棲家(無人)を訪れたこともある。しかし、開戦時の指導者、東條英機も山本五十六も伝記はない。両人とも昭和史を辿っていれば、嫌でも多くの情報を得られるが、東條は単なる軍人事務官僚、山本はトップとして情に脆い点(信賞必罰が徹底できない)がどうも気に入らない。伝記を読んで見直したのは山下奉文、シンガポール陥落でパーシバル司令官に降伏か否かを迫る宮本三郎画伯の絵で有名だが、決してそのような傲慢な性格の人ではなかったことを知った。


軍人では最前線で戦った兵士の戦記がより実態を浮き彫りにする。特に戦闘機乗りのそれが興味深い。英独航空戦を戦った西方戦線のエース、ガーランド、東方戦線のエース、ハルトマン、アフリカの星マルセイユ、戦車キラーのノヴォトニー(いずれも独空軍、高位の鉄十字章受賞者)、両足義足のエース、D.バーダー(英空軍)、日本海軍の坂井三郎などがそれらだ。英独航空戦で攻めあぐねた独空軍総司令官ゲーリングは最前線基地訪問の際ガーランドに「英空軍を抑え込むには何が必要か?」と問う。ガーランドは「スピットファイアーを下さい」と返す。ガーランドの自伝「始まりと終わり」の一コマである。また、坂井の空戦技法を海軍の士官操縦者が「不可能」と批判したことに対し、のちに東大教授(航空工学)加藤寛一郎が坂井との対談を基にシミュレーション、著書「零戦の秘術」の中で「可能である」と結論付けている。

技術者はほとんどが軍事技術者、中島知久平(航空)、ハインケル(航空)、堀越二郎(航空)、原乙未生(とみお、戦車)、平賀譲(軍艦)など、変わったところでは自動小銃の世界的ベストセラーを開発したカラシニコフの自伝がある。ハインケルの伝記「嵐の生涯」では実質的に国営企業だったユンカースやナチスと折り合いの良かったメッサーシュミットに比べ、技術的には先行しながら、孤高の人柄で不利な立場に置かれたことが何度も語られる。非軍事では、エジソン、ライト兄弟、島秀雄(国鉄)など。エジソンは3冊あるが、少年少女向け偉人伝とは異なり、独占欲の強い不快な人物が読後感となった。


科学者では、フォン・ノイマン、チューリング、ジョン・ナッシュ(ゲーム理論)、ビル・ゲイツとマイクロソフトを起業したポール・アレンそしてスティーブ・ジョブスなど一連の計算機科学・IT関係者の伝記を読んでいる。また数学者の高木貞治や岡潔もこれらに近い存在だ。そしてアインシュタイン、これも3冊あり、相対性理論が世に出る前は冴えないユダヤ人の姿が浮かぶ。人文科学分野では、明治期に編まれた「言海」の編集者大槻文彦を扱った「言葉の海へ」、ロングベストセラー「明解国語辞典」を送り出した見坊豪紀(けんぼうひでとし)・山田忠雄の足跡を追う「辞書になった男」も印象的だ。科学者にはこの他に特殊なグループがある。第二次世界大戦における国策や戦略・戦術策定に参加した一連の学者達だ。チャーチルの科学技術顧問リンデマン、航空省技術顧問のティザード、海軍省ORグループを率いたブラケット、航空省科学技術諜報担当R.V.ジョーンズ。これらの伝記は日本では入手不可、英国から取り寄せた。科学技術の周辺には、ダ・ヴィンチ、リンドバーグが居る。ダ・ヴィンチは上下2巻全ページ数800、リンドバーグは自著が2冊(4巻)、他者の書いたものが1冊(2巻)、いずれも読みでがあった。


近現代社会の国際関係で面白かったのは、著名な米国の歴史学者ジョン・ルカーチ著「評伝ジョージ・ケナン」第二次世界大戦後「対ソ封じ込め政策」を提唱し、米駐ソ大使も務めた人物を、冷戦崩壊後の2007年まとめたものである。当に彼の策が実現したわけである。もう一つは1995年に米国で出版されたヴェトナム戦争時の国防長官ロバート・マクナマラの回想録「In Prospect(振り返れば)」、丁度この時出張中で本屋に山積みになっていたものを求めた。読後「今さら何を!」と思ったのは「ヴェトナム戦争が米国の思い通り進まなかったのは、民意が南ヴェトナム政府を信頼していなかったから」との下りである。そんなことは1960年代日本では常識だった。当事者の回想録に問題があるのは、このような責任逃れと自慢話が多いからである。


この典型がチャーチルの「第二次世界大戦回顧録(日本語版全4巻)」。チャーチルはこれでノーベル文学賞を受賞しているが、英国を中心にこの著作検証・糾弾の書が多く出版されている。その一つデイヴィッド・レイノルズ(ケンブリッジ大国際関係史教授)著「In Command of History」は、この回顧録が如何に巧みな筆さばき(つまりごまかし)だったかを詳細に調査分析した研究報告書である。

上記以外にも、ナポレオン、ピヨトール大帝、昭和天皇、高橋是清、張作霖からTVコマーシャルソングの始祖三木鶏郎、映画評論家佐藤忠男まで様々な伝記を読んできた結論は、“伝記読むべし。しかし疑うべし”

 

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