2021年9月20日月曜日

活字中毒者の妄言-24


地図


亜細亜、阿非利加、歐羅巴、亜米利加、1862年遣欧使節団の一員として参加した福沢諭吉がその体験を基に著した「世界国盡(くにずくし)」(1869年刊、当時のベストセラー)で表記されている漢字地域名である。1924年頃日本郵船が供していた「渡歐案内」図も英吉利、佛蘭西、独逸、西班牙、伊太利などの国名が漢字で記されており、私の地図に関する記憶はこんなところから始まる。多分小学校23年生時母の実家にあった古い地図帳辺りに触れた結果だろう。上記はともかく、白耳義(ベルギー)、瑞典(スウェーデン)、希臘(ギリシャ)など「どこの国なんだ?何故こんな漢字を?」の疑問が生じたものだ。爾来未知の世界(国内を含め)を探ると言う点において地図ほど興味深い存在は無い。

最近入手したのは「鉄道旅がもっと楽しくなる地図帳」(山と渓谷社202012月刊)。昨年2月運転免許証を返納、これからは鉄道旅をと考えていた矢先コロナ禍でそれを封じられた。でも来年秋(今頃)には収まっているだろうと楽観していた。こんな時出たのがこの地図である。それ以前の自動車旅行時も同じだが、旅の楽しみの半分は準備段階にある。どこへ行くか、どこに立ち寄るか(観光、食事、給油)、何処へ泊るか、どんなルートを選ぶか、時間や費用は、とあれこれ調べ決めていく過程は旅そのものより奥が深い。2007年入手した愛車で12年かけ、北は宗谷岬から南は指宿まで沖縄県を除く全都道府県を走破した。従って道路地図は地方別に日本全図が各種揃っている。一方、この間鉄道旅は全くご無沙汰、自然災害も含め廃線やバス代替連絡情報をTVで時に目にするくらいで最新情報に疎い。そこで求めたのが本書であった。しかし、“秋までには”の思いは叶わず依然県境を越える移動は自粛を求められて、読書兼仮眠用安楽椅子の座右に置かれたこの地図を眺め、仮想旅をあれこれ考えながら過ごす今日この頃である。


登山や旅行に地図が欠かせないのは多くの人が認めるところだろう。私も手元にあるのはこの関係のものが海外を含め圧倒的に多い。ただ地図の利用がこの範囲に留まるのはもったいない。歴史・国際関係・戦争・自然災害あるいは小説を読むときにさえ適当な地図があると理解がより一層深まる。例えば、東西冷戦下のドイツにおけるスパイ戦をミシュランのGermany版を参照しながら読み進めたりすると緊張感・不安感が倍加する。こんな目的のために保有するものに「ベルテルスマン世界地図帳」(昭文社2000年刊)、「朝日=タイムズ世界歴史地図」(朝日新聞社1979年刊)、「タイムズ・アトラス第二次世界大戦歴史地図」(原書房1994年刊)がある。いずれもサイズは270mm×370mmの大判で詳細を極め、後2書は読み物としても価値がある。

手持ちで変わったところでは“播州赤穂”の5万分1と“新京特別市図”(コピー;新京特別市公署満洲体育保健協会刊)の二つがある。前者は“真殿”の地名が相生市の西方に記されていることから求めたもの、父が育ったのは兵庫県西部の龍野(現たつの市;童謡“赤とんぼ”の里)、この土地と無縁ではあるまい。後者は私同様新京生まれ育ちの先輩(故人)からいただいたもので、記憶に残る場所(建設中の宮廷府(未完)、動物園、新京駅など)が記され、そこから我が家の位置がおおよそ推定できるものだ。これを基にグーグルアースで我が家近辺を探ってみたりした。


地図に関しては利用するばかりでなくそれに関する書物にも惹かれる。その中でも最も影響を受けたのは堀淳一著「地図のたのしみ」(河出書房新社1972年刊)、著者は物理学専攻の北大理学部教授(当時)、自らの地図体験から始まり、外国地図の紹介、日本の地図作りとその特質、地図からたどる鉄道の今昔、地図を携えての旅まで、広範に渡る地図エッセイで、同年の日本エッセイストクラブ賞を受賞している。多角的な地図の見方・利用法をこれから学んだ。また最新の地図づくりに関して国土地理院研究センター長宇根寛理博が著した「地図づくりの現在形」(講談社2021年刊)が一般向けとして、技術紹介に優れており、かつ読み易い。


クルマ旅を始めるようになってカーナビが必須のパートナーとなった。またスマフォの道案内はそれ以上に普及している(私は依然ガラ携だが)。このベースになる地図は無論国土地理院や地方自治体の作るものも利用されているのだが、一軒一軒の建物や企業・商店(ビル内や地下街などを含む)などを特定するには別のアプローチが必要になる。こまめに地域ごとそれらを歩いて確認するのだ。古くは商業サービスを目的に地域ごとに零細な業者がそれを行っていたのだが、今ではゼンリンと言う会社が全国展開し、我が国最大手としてカーナビやスマフォアプリメーカーに情報提供している。この会社の発展史を小説にしたものに平岡陽明著「道をたずねて」(小学館2021年刊)がある。硬いノンフィクションは苦手と言う方にはこちらがお薦めかも知れない。

地図づくり・利用の世界にGPS活用が取り込まれて久しく、その精度は年々高まっている。またグーグル・ストリートヴューやゼンリンの活動に見るように時間とカネをかけて詳細な地図づくりが進められている。これと併せるように兵器開発・運用、社会監視・保安、防災、資源開発、市場開拓、日常生活に及ぼす地図の役割・影響力も重みを増しており、しばらくその変化に目が離せない。次はどんな地図本が出るか、期待はいや増す。

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