2009年3月28日土曜日

決断科学ノート-2

決断科学ノート-2
組織における決断

 文系にするか理系にするか?就職はどこにするか?彼女(あるいは彼)と結婚するか?今日のランチは何にするか?個人にとって“決断”は不断にあるし、人生そのものと言える。ただ結婚は合意が必要だが、あとはほとんど自分で決めて責任も自ら負うことになるので、自らの判断基準で決められる(親の意見や世間体など外部因子が無いわけではないが)。
 これに対して組織内での決断は、その組織の存在意義、組織構成員の考え方や関連組織との折り合いなど影響因子が複雑に絡み合い、問題の解決案がすんなりまとまることは珍しい。これを少しでも合理的に行うために、法律や条例、服務規程、職務分掌などが定められるが、これらはいわばルールであってその枠を超えてはいけないと言うだけのもので、これで最適な解答が出るわけではない。ここで“最適”という言葉を使ったが、問題によってこの“最適”の定義が簡単に定められないことも組織が抱える問題解決を難しくする。国政や地方自治のように異なる利害関係者間で問題解決を図る場合、多くのメンバーが“納得できること(納得感)”が最適となるが、経営や軍事では“利益”や“勝利”の可能性が大きな判断基準になる。納得感の場合は時間をかけて三方一両損のような妥協案で解決をみるプロセスを採ることが多いが、経営や軍事ではこのような方式では、本来の目的を達成できない。そこで役職を設けて地位に応じた職権をもってことを決することになる。ある意味民主的でない意思決定構造だが、刻々変化する環境下でタイムリーな決断を必要とする組織目的から合理的な方式と言える。
 わが国企業経営の特色に会議の多いことがある。自分自身の体験でも、しょっちゅう会議をしていた。欧米企業に比べて会議室の数も多い(逆に個室は著しく少ない)。会議の内容は説明会や報告会のような比較的議論の少ないものもあるが、案件について主管部門が解決案を提示しこれを議論する場が多かった。ただ案件について侃々諤々と意見をたたかわすと言うよりは、組織構成員や関連組織の“合意形成”の場としての役割が極めて高かった。しかも担当者ベースであらかじめ解決案に関する摺り合わせがおおよそ出来ているのである。私は二つの一部上場会社で働いたが、業種も企業文化もかなり異なる会社なのに、会議の性格はそれほど変わっていなかった。このことから言えるのは、わが国企業の経営では“合意形成(構成員・組織間)”がきわめて重要だということである。そして強いリーダーシップを発揮する者に比べ“不満ミニマム”型管理職が意外と人気があるのである。ここではしばしば論理的な論拠以上に全体の空気を読む感性が重要な役割を果たす。落とし所を探りあいながらゴールを模索する、国家レベルから企業経営までわが国の方針決定・意思決定が遅いことに定評(?)があるのが頷ける。タイミングを失して全てを失うリスクがある反面、一旦ことを決すれば全員参加で大きな力を発揮する利点もある。成長期にはタイミングを失する機会が比較的少なく、この利点が大いに生かされたと言っていい。
 一方で欧米(あるいはこの影響力の強い東南アジアや中東など)はレポートラインがはっきりしており、権限と責任の枠内で与えられた仕事をきちんと処理できるかどうかが問われる。ここでは上司はある意味生殺与奪の力を持っていて、その人の納得感を得られるアウトプットを作り出すことが最も重要である。決断をする者にとって“合意形成”より自らの考え(仮説)を論理的に裏付ける“シナリオとデータ”が求められるのである。早く“結果(評価)”を出すためには優れた方式と言えるが、リーダー(決断者)のミスが組織全体に致命傷を負わせる危険もある。
 和洋の経営組織における意思決定の違いを、少しそれぞれの特色を強調して描くと以上のようになるが、現実は日本でも案件の承認ルートは決まっているし、下から順に判子を押していくのは欧米のサインをしていくやり方と形式的には違わない。一方欧米においても関係者による会議やちょっとした打ち合わせでことを決めていくことは稀ではない。違いは、決断者が何を基準に決断を下すか?そして下した決断を説明しきれるか?にある。「皆で決めたじゃないか」では失敗した際その体験を次に生かせない無責任な“一億総懺悔”だけになる。
 決断者に最も必要なことは、下した決断を自ら確信(妄信ではない)できることである(たとえ結果としてそれが誤りであったとしても)。これによって組織はその方向に向かって強く動き出す。自ら確信するためには、“一人で(専門家かから意見を聞くことはあるが)”問題を徹底的に考え、仮説(これはこうなるのではないかという因果関係)を作ることが欠かせない。そしてこの仮説作り・検証に、数理・情報技術の活用が極めて重要な役割を果たす。経験・慣例、それに基づく感性(と言うより直感)、場の雰囲気やパワーストラクチャーを慮った決断(?)からの革新がリーダーに強く求められる時代が来ていると“確信する”。
 とは言っても経験や感性は重要である。実務経験の無いビジネススクールの卒業生が経営の中枢にいきなり登用され失敗するケースは枚挙にいとまが無い。決断に際して、経験・感性と数理・情報のバランスを如何にとるかが“決断科学”の取り組むべき命題である。

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