2009年6月17日水曜日

センチメンタル・ロング・ドライブ-48年と1400kmの旅-(3)

3.南紀・熊野貧乏旅行-1 実習は約一ヶ月間だった。工場本事務所の比較的大きな会議室が実習生たちの作業場に当てられていた。毎日寮から自転車で、海岸沿いの松林を通ってここへ“通勤”するのだが、淡路島が直ぐ近くに見える、白砂青松を絵に描いたような景色が無聊を慰めてくれる。休日には実習生仲間で、あの万葉に“若の浦に、潮満ち来れば潟を無み、葦辺をさして鶴鳴き渡る”(山部赤人)と詠われた和歌の浦へ出かけ、一日舟遊びなどを楽しんだ。小学校から大学まで大都会の喧騒の中で育った者にとって、「しばらくこんな所で暮らすのも悪くないなー」と、第一印象の“僻地”が“住めば都”に転じていった。
 この時、MNも同じように就職を決めた大阪桜島の日立造船で実習していた。この実習に入る前、終了後は二人で南紀・熊野を廻る旅行を計画した。基本的には紀伊半島の外側を鉄道で巡る旅で、潮岬、那智の滝と瀞八丁を必見とした。そのために新宮を拠点とし、そこから東京行きの夜行急行で帰る案であった。電話なども簡単にかけられる環境ではなかったので、最終調整は事前に入手したお互いの宿泊先(寮)宛ての葉書で行った。
 8月6日、天王寺から新宮行きに乗ったMNと初島で合流、そこから先は私も知らない世界だった。海沿いを南下すると思った紀勢線だがしばらく海は見えず、山々の間と偶に現れる狭い平地を走っていく。その狭い平地に田圃と村落が現れる。冷房など無い時代開け放たれた窓から石炭を燃す臭いと煤煙が入ってくる。“未知への好奇心”以外旅の楽しみは何も無い。聞いたことのある駅名は“道成寺”だけである。
 第一夜は白浜の保養所に一泊させてもらったが、美しい白良浜(しららはま)と京大の水族館以外は何も覚えていない。翌日白浜口から更に南下する汽車に乗り新宮を目指す。海が間近に迫るのは周参見(すさみ)という駅を過ぎてからである。トンネル・海岸・トンネル・海岸と言う調子が続く路線は、明暗の光の変化と相俟って強烈な南国の海を印象付ける。
 串本で途中下車し潮岬を観たあと、夕刻新宮駅の観光案内所で宿泊先を相談する。この近くで最も客が集まるのは那智勝浦、那智の滝へのアクセスも良いようだ。そこには温泉があるので多くの旅館があるが値段は学生の身分では一寸辛い。一方瀞八丁は乗り場が熊野川の中流になるので新宮近辺に泊まるより、乗り場に近い川湯か湯の峯の温泉が良いと言う。そちらの方は一流旅館でも比較的安いとのこと。結局、最後の日だけは少し“豪華”に過ごそうと言うことで、その日は駅前の一階はおみやげ物など商っている旅館(と言うより商人宿、二階の部屋からは駅前広場が見えた)にし、次の日は湯の峰温泉の「あづまや」と言う古い旅館にした。 翌日は那智の滝見学がメインエベント。新宮からバスで出かける。このときは熊野三社のことを全く知らなかったので、那智大社には行かず、日本一の高さを誇る滝の下までしか出かけていない。確かにそれまで訪れたことのある華厳の滝に比べ高さは遥かに高いが、実習中一度も雨にあわなかったくらいだから水量はそれほどでもない。ちょっと迫力不足という印象だった。しかし、滝壺で落水に打たれる修験者たちを見ると、紀州の山深さと合わせて霊的な世界がそこにあるように感じた。

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