2010年1月6日水曜日

今月の本棚-16(2009年12月)

<今月読んだ本(12月)>
1)ランチェスター思考(福田秀人);東洋経済新報社
2)ランチェスター戦略入門(福田秀人);東洋経済新報社
3)金融工学は何をしてきたのか(今野浩);日本経済新聞出版社
4)たまたま(レナード・ムロディナウ);ダイヤモンド社

<愚評昧説>
1)ランチェスター思考および2)ランチェスター戦略入門  ランチェスターは20世紀初頭の英国人自動車・航空技術者であり、特に航空機軍事利用に触発されて、兵器と戦闘に関する歴史的・数理的分析を行い、その結果をランチェスターの法則として確立した。それは、①一騎打ち(古代・中世)の法則と②集団戦(確率戦;近代)の法則からなり、兵器の効率を同じと仮定した場合、戦闘後(M軍とN軍)の残存兵力差(生き残り)は、①では(m-n)と一次だが②では(m2-n2)と二乗で効いてくる、と言うものである。つまり弱者側は正面からの集団戦を避け、強者側を分断して戦うことの必要性を説いた(兵器性能に差がある場合、弱者はより優れた兵器を用いることの必要性も導かれる)。このことからランチェスターは“ORの始祖”と称され、米国OR学会論文賞(ランチェスター賞)のタイトルにもなっている。また当然のことだが軍事科学の面では今日でも、ここから発した数理的兵力評価の研究が行われている。
 この法則を独自の視点から発展させ、1960年代後半から企業戦略、特にマーケティング戦略に利用推進したのがわが国の経営コンサルタント田岡信夫氏と統計学者の斧田太公望氏で、その戦略、“ランチェスター戦略”は経営学やORに馴染みの無い人にも広く知られている。ただこの戦略適用の普及過程でランチェスター法則と田岡・斧田両氏の考え方を寸借した、様々な活動(出版、セミナー、コンサルティングなど)が派生し(宗教の宗派のように)、「我こそは直系の・・・」とその正統性を主張するようなことも生じて、“ある種の胡散臭さ”を漂わせていたことも事実である。
 著者は慶応義塾大学大学院で経営学博士課程まで学び、その後経営コンサルタント、さらにはその延長線で数社の会社経営(特に再建)にも参加、現在は立教大学大学院教授として危機管理を講じている。つまり理論と実務両面に精通した経営の専門家である。1990年頃から経営に関する勉強会を主宰しており、その当時から友人として、また経営指南役としてお付き合いいただいている。その勉強会では田岡氏の遺志を継いだ田岡夫人にも何度かお会いしている。また軍事関係の造詣が深く、自衛隊幹部学校などでもしばしば講演を行うほどである。従って“その戦略論”は玄人に充分太刀打ちできるものである。つまり、ランチェスター戦略を経営学・経営実務・戦略論と多面的に語れる人である。
 低成長、ビジネス競争激化の時下、最も求められる経営戦略は“生き残り戦略”である。その先駆たるランチェスター戦略をきちんと見直し、正しい姿を理解してもらい、企業経営に役立てよう!こう言う意図で書かれたのがここに取り上げた二著である。当然オーバーラップするところ(基本、重要点)もあるが、1)は理論編、2)は入門編と言う位置付けになる。
 従って、1)では“戦略”の意味から始まり、ランチェスター法則が導かれる背景・過程、それに基づくランチェスター戦略の骨子、各種経営戦略論(マイケルポーターの競争戦略論など)と“ランチェスター戦略”の違い、ランチェスター戦略を進める上での留意点などが、著者の体験や実例を含めて、体系的に分かり易くまとめられている。この本によって松下幸之助がランチェスター戦略を高く評価し、量販店が普及する前、系列販売店の研修プログラムとして採用していたことを知った。地域密着型のサービスは確かに松下の差別因子だった。
 この際、確り経営戦略を見直したい、“ランチェスター戦略”を学びたいという方にお勧めする。
 2)は「ハードカバーはチョッと時間が・・・」と言う人やビジネス経験の比較的浅い人に向いた本で、単にランチェスター戦略ばかりでなく、経営に関する哲学や思想を多角的に眺める入門書としても適している。興味深い事例や逸話あるいは格言が多数取り上げられ、そこに何気なく経営論の一コマが登場したりするところが肩を凝らさず読める助けとなっている。

3)金融工学は何をしてきたのか
 何度かこの欄にも登場した、わが国金融工学の開祖(元横綱)、今野先生の最新作である。
先ごろ亡くなった米国人初のノーベル経済学賞受賞者、ポール・サミュエルソンは「今回の混乱(サブプライムに発する金融危機)の責任は“悪魔的”フランケンシュタイン的、怪物のような金融工学にある・・・」と述べたと言う。真摯なエンジニアが強欲なヘッジファンドの運用者と同類になってしまった。これに対して正面から反論するのが本書の肝である。
 長く規制の下護送船団方式でぬるま湯の中に在ったわが国金融業は、1980年代から始まったグローバルマーケットにおける金融商品多様化の中で商品開発・運用に遅れをとってきた。貿易不均衡を解消すべくアメリカは金融市場の自由化を迫ってくる。狙いは1000兆円を超える個人金融資産だ。これに少しでも対抗できるよう、さらには金融業でも世界でイニシアチブを取れる体制を作るべく、1980年代末から、理工学系のファイナンス関連講座や学科、研究会や学会が生まれてくる。本書はわが国金融工学の揺籃期から現在まで、周辺(文部行政や伝統的な学部運営)から白眼視されながら、学問として世界に太刀打ちできるところまで達した、その苦難の道を紹介する。
 ブラックマンデー、金融自由化と伴にやってきたわが国バブル経済の終焉、二人のノーベル経済学賞受賞者が経営に関わるヘッジファンド、LTCMの破綻など金融工学が関連する負の側面に“金融工学悪玉論”への燻りが臭い出してくる。
 筆者らが目指すのは適正なリターン(市場平均+1%)を目指す“防衛的金融工学”だが、米国では、リスク評価(市場リスク、信用リスク)の難しい金融派生商品が次から次へと売り出され、ヘッジファンド・マネージャーはこれを世界に売ることによって巨額な報酬を得ていく。格付け機関の責任者がその格付け基準を問われ「半分アートだ(残りがサイエンス)」と答えるほど主観に頼る部分が多いもの。複雑な仕組みの商品は評価・格付けの方式はあっても数学ではなくギャンブルと言っていい。商品の仕組みを投資銀行のトップ(MBAが多く、彼等の数学の知識はかなり“ミゼラブル”であることを本書で知った)はまるで理解できていないし、監督官庁(FRBを含む)も分かっていない。こんな訳の分からないものが世界中出回り、それが破綻したのが今回の金融危機なのだ。
 核物理学を研究していた者が、原子爆弾開発・投下で全て悪者にされるようなことがあってはならないように、金融工学が金融危機の根源のように言われるのは不本意だと主張する筆者に全く賛成である。
 資産運用(金融機関が売買する商品で)を自分で行う人、住宅ローンを借りる人・返済方式を変更する人に実務的に役に立つ情報も多い。

4)たまたま
 原題は「Drunkard’s Walk(千鳥足)」、確率・統計(ランダムプロセス理論)を解説した本である。とは言っても難しい数学が出てくるわけではない。カバーの見開きに“なぜヒトは「偶然(たまたま)」を「必然(やっぱり)」と勘違いしてしまうか”とある。この本はそのこと(偶然の人生における役割;確率を支配する原理や概念の発達)を日常生活や有名人(主として数学者、科学者)のエピソードを利用しながら説いてゆく、愉快な数理科学読み物である。
 筆者は元々は理論物理学者、マックス・プランク研究所フェローであり、現在はカリフォルニア工科大学で物理学者の卵に“ランダムネス”を講じている。一方でホーキングやファインマンとも親交があり、難しい科学を分かり易く解説する著作を多数ものにし、ハリウッドSF映画「スタートレック」の脚本も書く科学ライターでもある。
 有名作家が別名で書いた作品に対するクソミソの批評、九九を間違えて買った当たり籤、ローマ人が一人の数学者も生み出さなかったこと、ジャガーと言うイギリス人のモンテカルロにおけるルーレット勝負、O.J.シンプソン裁判における陪審員ミスリード(無罪)、ワインの格付けなど身近な話題をふんだんに使って、確率・統計の技法、重要性と限界を教えてくれる。
 “たまたま”ダイヤモンド社のHPで見かけ購入した本だが、最終章にある「ランダムプロセス理論の理解によって意思決定の技術を改善できる」と言う結びは、決断科学を模索する者にとって“偶然”見つけた宝物であった。
 この種の(科学)本は、訳によってまるで価値が変わるものであるが、本書の訳は素晴らしいものである。

 今回は珍しくビジネス関連の本、それも数理と深く関係するものばかりになった。これも偶然?
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