2010年8月15日日曜日

奥の細道ドライブ紀行-9(旅館藤屋)

 計画段階で銀山温泉泊を決めた時には、宿泊先の第一候補は「能登屋」だった。しかし、口コミ欄で調べると、団体が多く、それがカラオケなど歌い、客室まで漏れてくるという。宿泊の日は金曜日、この可能性は排除できない。そこで、温泉のHPでこじんまりした旅館を探すと、20人前後のところが数軒あるが、一軒を除いて“自炊可”とある。古い湯治場の長期逗留者用には今でもこんな所があるのだが、今回の旅行目的にはそぐわない。残ったのが「旅館藤屋」であった。
 藤屋を調べていくと、かなり興味深い所であることが判ってきた。一つは女将さんがカリフォルニア出身のアメリカ人であること、もう一つは2006年に建替えられたが、その建築家が隈研吾であることである。隈研吾は安藤忠雄と並ぶ現代日本を代表する建築家、大正時代の面影を残す温泉街の中で、どんな旅館になっているのか興味はいや増した。これを知って、値段はこの温泉で一番高かったが、他の選択肢は考えられなかった。
 出発前に床屋に出かけた。中学の同級生の店である。その時このドライブ行を話し、銀山温泉が話題になると、「外人の女将がTVに出ていた所だなー」と言う。知る人ぞ知る旅館なのだ。これで今回の旅で最も期待する宿泊先になった。
 大正時代とモダンのミックス。温泉の入口、橋の袂で携帯をかけた時、対応してくれたのは女性。どんなお迎えがやってくるのか楽しみだったが、現れたのは印半纏を羽織り、下駄を履いた番頭さん、典型的な日本旅館スタイルであった。駐車場から銀山川沿いを数分行くと、温泉街の半ばに橋がかかりその正面に他の伝統的な木造建築とは明らかに異なる、縦の細い格子で覆われた三層の和風建築が見えてきた。番頭さんが「あれが藤屋でございます」と言う。第一印象は「なるほどこうやって伝統的なものとの共存を図ったのか」 私にとって“違和感”はそれほど強くなかった。
 洋風のドアーを開けて中に入ると、一階は広いロビーだが、全体に光が抑えられ暗いトーンになっている。左にソファー、右にはデスクと小さなカウンターがあるが、人の気配は無く、フロントではないらいし。ロビーの先には明るい上がり框があって木の床張り。そこで履物を脱ぐようになっている。番頭さんが「お部屋に上がる前にお風呂をご案内します」と言って1階および地階にある四ヶ所(竹、石、ひばなどそれぞれ素材が違う;ここのほかに屋上に半野天風呂がある)の風呂を見せ、利用方法を説明してくれた。
 それが終わると、ロビーからは見えない事務所からスーツの女性が出てきて、エレベータで三階の部屋に案内してくれた。このエレベータは内装が濃いグリーンで、スポット照明しかないのでロビー同様暗い。部屋の作りは、玄関・洗面・トイレ区画、畳の部屋、広縁の三つのブロックで構成され、色は黄緑(畳の色に近い)で統一されている。和風ではあるが、壁構造で柱が見えない(押入れやコンセントも壁と一体で、一見区別がつき難い)。最上階なので天井は無く、建替え前の資材を再利用した梁がそのまま見える。外から見た格子が目隠しの役割を果たしている。どこまでが建築家の意志か定かではないが、全てに新和風の雰囲気で、好き嫌いがはっきりつくだろう(私は好きだが…)。
 さて、アメリカ人の女将である。チェックインの際、夕食を部屋にするかどうかを問われた時、“食堂”でも可ということだったのでそこにしてみた。二組しかテーブルの無い、渓流・道路がガラス越しに見渡せる、ロビーの一角がそれだった。ここで女将さんの挨拶があるかと期待したが、シャキッとした感じの、紺のチョッキとズボン姿の中年女性が給仕して終わった。翌朝チェックアウトする時も、この女性が対応してくれただけだった。「名物女将はどうしたのか?」 こんな疑念を残してこの旅の最終宿泊地を後にした。
 やがて、“女将さん疑念”は外から窺い知れぬ複雑な事情があることが分かってきた。女将さんは2007年頃子供を連れて帰米したと言うのである(離婚はしていないらしい)。その理由は、巷間の噂だが、2006年の建替えによる新和風建築が彼女の好みではなかったかららしい。温泉街でもこの建物が出来たとき、“周囲との調和を崩す”と随分非難されたこととも無縁ではなさそうだ。彼女は伝統的な日本を愛し、この地で頑張っていたのが、建替えによって全て壊れてしまった訳である。
 さらに驚くべきことは、この紀行を書くに当たり、ウェブで藤屋情報を整理していたところ、HPが閉じられ、この旅館が4月15日倒産していることが分かった。予約をしたのが3月下旬、宿泊したのが5月14日、宿で対応してくれたのは管財人の下で働いていた人々である。全く倒産の気配など感じさせなかったことが、せめてもの慰めである。新和風旅館の現在を米国人女将はどう思っているだろうか。
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