2011年5月3日火曜日

今月の本棚-32(2011年4月分)

<今月読んだ本>
1)定刻発車(三戸裕子);新潮社(文庫)
2)蘇るスナイパー(上、下)(スティーヴン・ハンター);扶桑社(文庫)
3)官愚の国(高橋洋一);祥伝社
4)ジェームス・ボンド仕事の流儀(田窪寿保);講談社(新書)
5)サルコジ(国末憲人);新潮社(選書)

<愚評昧説>
1)定刻発車
 乗物に関する面白い本がないかと探していたところ、新潮文庫のリストで見つけた。書店には無かったのでアマゾンに発注した。届いた本の奥付を見ると、平成17年(2005年)5月1日に初版刊行(文庫本として)、6月までに何と6刷に達しているがそれ以降今日まで増刷されていない。こんな本も珍しい。著者(経済ライター;この本を契機に巨大システムに関心が高いようだ)の名前も知らなかったのでWebで調べてみて、この謎が解けた。この年の4月25日福知山脱線事故が起きているのである。あの事故の原因とされているのが遅れをとりもためのスピード違反と言われている。タイムリーな出版にマスコミや法曹界に随分参考資料として利用されたようだ。
 わが国の鉄道の正確なことは世界に定評がある。これはどこから来ているのか?そしてこれからどこへ向かうのか?これが本書の内容である。この種の近代技術史は一般に明治維新以降の欧米からの技術導入部分から始まるのが通例だが、本書では日本人が“時間を気にする民族”であったことを、江戸時代を中心に、平安時代まで遡り他民族(他国)との比較を行うことから書き出している。5分や10分の違いは異常と意識しない国は今でも決して少なくない中で、2003年度のJR東日本の定刻実績(1分以内)は、在来線で90.3%、新幹線で96.2%、一列車当たりの遅れは在来線で平均0.8分、新幹線では平均0.3分である。
 この正確無比の運転が如何に実現されたかを、Ⅰ.環境(社会・歴史・地形など)、Ⅱ。仕組み(運転技術、車両技術、ダイヤ編成ノウハウ、保線、駅務など)、Ⅲ。正確さを超えて(将来展望;正確さ維持の問題点、社会変化への対応)の三部構成でまとめ、特に第Ⅱ部ではその内容を詳細に説明している(例えば、ラッシュ時の新宿駅混雑整理のように、とても他国では考えが及ばぬほどの努力が払われていること)。しかし、その誇るべき実績の裏に貧しい国家を急成長させるための無理が重ねられてきたことも見逃していはいない(駅設備の貧弱さなど)。成熟社会になりこの“定刻発車”も見直す時期にきたのではないか、これが本書の結びとなっている。
 この本は文庫本であるが、工学・社会学・経済学境界領域の学術書ともいえるもので、ちょっと肩に力が入ったが、大変勉強になったし、技術と社会の関係を見つめ直すために大いに刺激になった。

2)蘇るスナイパー(上、下)
 お馴染みサスペンス作家による“スワガー・シリーズ”の最新作である。原題は“I、Sniper”このI(アイ)にいくつかの意味が秘められているが邦題“蘇る”はそれを上手く訳している。半ば引退生活に入っていた、ヴェトナム戦争時の海兵隊狙撃手、スワーガーJrが久々に狙撃手として現役復帰するのだ。それもヴェトナム絡みの事件である。
 明らかに反戦女優ジェーン・フォンダがモデルと言える中年女優が、パーティの会場で射殺される。彼女の夫は政界にも影響力のあるビジネスマン。次いでヴェトナム戦争時過激派活動家として活躍し、今は大学教授に納まっている夫婦が自宅ガレージ前の車の中で射殺死体となって発見される。更に政府批判を売り物にしてきたコメディアンが、自著のサイン会会場で射殺される。犯人の姿は見えず、銃の発射音も聞こえない。優れた狙撃手が長距離から狙った犯行に違いない。FBIに特捜班が組織され、事件解明に当たる。やがて容疑者として浮かび上がってきたのが、ヴェトナム戦争でナンバーワン記録保持者となった海兵隊の狙撃手である。既に引退して久しい彼が、ヴェトナム反戦活動家を血祭りに上げる理由もある。姿を隠した犯人はやがてFBIによってモーテルに追い詰められ、銃で自殺する。一件落着。ここまで上下巻800ページの内の約一割だがちょっとした短編小説になる。しかしこれはほんのイントロに過ぎない。
 この出来過ぎた犯罪にFBIの若い女性捜査官が、犯人の銃の照準器アタッチメントに残る微細な金属片に疑問を抱き、捜査終結に待ったをかける。そこでFBIの主任捜査官が旧知のスワガーに協力を依頼する。ここから、政界・ロビースト・FBI・メディアが絡むドロドロの世界が展開され主任捜査官とスワガーは窮地に追い詰められていく。
 狙撃のための銃器、特に照準器との関係が一つの鍵になり、この最新技術の話はなかなか奥が深い。また、主任を危機に陥れることになる銃製造会社試射場における汚職嫌疑証拠写真の処理でも最新のディジタル技術が披露され、テクノサスペンスとしても楽しめた。


3)官愚の国
 著者はキャリア財務官僚で、小泉内閣・安部内閣で内閣参事官を務めた人である。“埋蔵金論争”はこの人が仕掛け人らしい。二つの内閣で“改革”推進役を担当したことから官僚組織の問題点と正対することになり、官僚批判を外に向けて発信するようになった(当然停年(国家公務員は“定年”ではない)前に退職することになる;本書に先立ち出版された「さらば財務省!」も同趣旨)。
 内容は今までの官僚批判と本質的には変わっていないが、自らの体験・事例を豊富に利用しているので、生々しさがよく伝わってくる。例えば、国家公務員試験の問題作成担当者となったときの人事院とのやりとり(受験勉強を真面目にやった人が良い成績を取れるような問題を作ることを求められる。つまり新規性のある問題は排除する)など、「なるほどそう言う方式になっているのか!」と妙に納得させられたりする。
 また、国家公務員は法律でストライキを禁じられている見返りに、解雇できない仕組みになっている(従って失業保険は払わない)。政治任用が容易に出来ないのは、この制度によって事務次官まで“労働者扱い”になっているからなのだ。改革推進の中で「普段は社長として振舞いながらこういうときだけ労働者になるのか!」と憤慨したりしている。
 従来型官僚支配からの脱却は必須である。しかし政治主導とは言ってもなかなか実現は難しい。これを改革する一つの手は“議員立法”を増やすことだと著者は主張する(もう一つの立法手段は内閣提出;閣法;実際は官僚が作文;現在はほとんどこれ)。このためには議員の日ごろの勉強・党内外での影響力が大切で、その点で田中角栄は議員生活を通じて46の法案を提出、その内33件を成立させ他者と大きな違いを見せている。田中が「官僚を使いこなした」と言われるのはこの実績によるものなのだ。民主党に限らず他の政党もこの主張は真剣に検討してほしいものである。
 著者は東大理学部数学科を出た後再度経済学部に入りそれから大蔵官僚になっている。人とは違ったバックグラウンドだけに型破りな発想・行動が出来、二人の総理や竹中総務相の信を得たようなのだが、退官後東洋大学教授の時都内の温泉施設で窃盗(高級時計など)の現行犯として書類送検されている(読了後Webで調べて知った。事前に知っていればこの本を購入することは無かったろう)。国家天下を語るこの本にはそぐわない信じ難い行為である。官愚形成要因を語る冒頭、“受験秀才”を取り上げているが、人格卑しい愚者以下の著者がエリート官僚になれたのはその通りであった。

4)ジェームス・ボンド仕事の流儀
 若い頃(40数年前)映画「ロシアから愛をこめて」で007を知ってから、映画に限らずジェームス・ボンド物のファンとなり、シリーズの大方は読んでいるし、ショーン・コネリーがボンドを演ずる映画もすべて観ている。本と映画を比較すると、当然のことだが著作の方が人物に深みがある。残念ながら若き日のショーン・コネリーには知性が感じられないのだ。ボンドのモデルはMI6(英諜報第6部;海外担当部門;米国のCIAに相当)に勤務した経験を持つ著者イアン・フレミング自身と言われているが、育ちがよく(国会議員の子、イートン校→陸軍士官学校→欧州大陸の大学数校で学ぶ;独仏語に堪能)ダンディーで美食家としても知られた彼の日常生活がよく原作には反映されている。
 本書の著者は1966年生まれ、1989年日本に進出間もない英ヴァージン航空日本支社に採用され、それ以来英国と長く付き合ってきたビジネスマンである。現在は英国ブランド商品(主としてファッション・洋品)マーケティング会社を経営しているようだ。私とは親子ほど年が違うが007ファンとしては遥かに著者が上である。そんな経歴を持つ著者が英国紳士・ビジネスマンの日常を、シリーズの中のボンドの立ち居振る舞いから解説し、わが国ビジネスマンの生き方に参考情報を提供しようと書かれたのが本書である。
 貫かれているのは、自分の好み・自分のスタイル・自己のペースを、周辺の先輩から学びながら時間をかけて作り上げていくことの重要性である。決してブランドなどに惑わされてはならないということ。自慢をしたり薀蓄をひらけかしたりしないこと(特に趣味・道楽の世界)。人に弱みを見せないこと(やせ我慢の精神、泣き落としは最悪)。リーダーシップはチームワークに優先すること(日本人はこれが不得意)などが007のシーンと伴に語られていく(映画ではいろいろな小道具にスポンサーがついていることを知った)。
 この種の“外国に学ぶ”物には嫌味なものも多いが、それを感じさせないところは多分著者が英国スタイルを完全に体得しているからと言えよう。ターンブル・アッシャー社のシャツはボンドも纏う英国紳士御用達品。オーダーメイドで寸取りに2時間かかる。これに顧客毎のシリアル・ナンバーが付けられ、作るのは6着(半ダース)単位、一着5万円程度する。シャツのロールスロイスと言われるものだ。何年も前に著者も作っているのだが、「いまだにそれに袖を通す機会も勇気も無い」と白状している。こんなところにも人柄が偲ばれ、気持ちよく読み終えることが出来た。

5)サルコジ
 孤高の愛国者ドゴールは別としても、ジスカールディスタン、ミッテラン、シラクいずれのフランス大統領も見てくれ、押し出しが立派である(サミットでは米大統領相当かそれ以上の存在感がある)。しかしサルコジ大統領の写真を初めて見たとき「この人が!?」と思ったのは私だけではなく、フランスを除く全世界が感じた第一印象ではなかろうか。背は低いし顔も見栄えがしない(品かない)。おまけに出自はハンガリー移民だと言う。にも拘らず内相時代は厳しい移民政策を標榜して貧しい移民たちの反感をかっていた。何故こんな男が大統領になれたのか?こんな興味から本書を手にすることになった。
 先ずハンガリー移民の件は、決して貧しい食いつめ者ではなく、ハンガリー貴族であった父の代に共産革命がありフランスに亡命し、パリ西郊フランス最高の高級住宅街と言われるヌイイ市に実家のある女性と結婚、ニコライ・サルコジ(次男)を含む三人兄弟ここで育っている。長兄はエンジニアでフランス経済団体の副会長を務め、弟は医学の道に進み毒物学の専門家である。問題児はニコライで移り気な性格のため小学校6年生で一度落第、大学入学資格(バカロイレア)も兄弟の中では一番遅く18歳のときである(他は16歳)。
 彼の成功への切っ掛けはヌイイ市長のとき(1993年38歳)起こった幼稚園児人質(身体に爆弾をかかえ金を要求)事件で犯人との交渉役を買ってでたことにある。彼の巧みな説得で人質が解放され犯人は警察官に射殺される。このときまでに右派の若手成長株となっていた彼は全国にその名を知られるようになる。とにかくニュースの主役になり国民に常に注目を浴びること。これが今に続く彼の売り込み手段なのである。党内での駆け引きもあるが、大統領選挙は国民投票、このやり方が功を奏してついにその座を射止める。
 大統領になってからもこの手法(ストーリーテリング・マーケティング;自分の行動をあたかも物語のように作り上げ、感動・注目を集めるようにする)によって存在感を示していく。その際たるものが離婚騒動である。現在の妻は三人目。大統領になったときの妻との離婚劇(一旦別の男に離れて行った妻とよりを戻し、しばらくして離婚に踏み切る)はメディアに周到にさらされ、本来ならスキャンダルものを支持材料に変じていく。ここら辺の感覚は米国とはまるで異なる国民性(ミッテランには隠し子がいたし、シラクも艶聞が絶えなかった)もあるのだろうが、「そこまでやるのか!?」とあきれてしまう。
 無論このような下世話な話題ばかりではなく、国内外政治におけるユニークな言動にも計算し尽くされたところがあり、純粋に平等な競争社会を目指すのではなく、“フランス国家に有利な競争環境作りを目指す”したたかな彼の挙動に目が離せないことを本書は教えてくれる。
 著者は朝日新聞パリ支局長、大学卒業後フランスに留学その後入社したフランスのスペシャリスト。従って人脈も豊富でフランス社会・政治の裏面にもよく精通しており、サルコジ個人・大統領制・政界事情・社会問題の関係がきっちり描かれているので、現代のフランスを学ぶための好書といえる。
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