2017年7月27日木曜日

決断科学ノート;情報サービス会社(SPIN)経営(第3部;社長としての9年)-25


12SPIN会長誕生
横河シンガポール社長のNKMさんと現地で会ったのが1月下旬。帰国して1週間ほどした頃、経営企画担当のUEB専務から電話があり、本社に呼ばれた。用件については「何も準備入りません。折り入って相談したいことがあるので、ご足労願いたい」と伝えられただけだった。普段会う時は経営企画や秘書室のスタッフが役員応接室や小会議室で同席することが多かったが、この日はUEBさんの自室に招じ入れられ、指しで対面することになった。切り出された用件を聞かされて驚いた。「NKMさんをSPIN会長にしてほしい」との要請だった。直前に彼に会い、国内営業トップから未経験の海外ビジネスに回され、不本意ながらも新しい仕事に前向きに取り組もうとするところを見てきたばかりである。そのシンガポール赴任もまだ半年も経っていない。「(一体全体横河トップに何が起こっているのだろう?)」と呆然としていると、UEBさんが「代表権は要りませんから」と続けた。私にとってはホッとする一言だったが、NKMさんの気持ちを慮れば「お気の毒に」の一語に尽きる。しかし断る理由は全くないので「承知しました。それでいつからでしょうか?」と問うた。横河グループの決算は4月~3月、株主総会は6月に開かれ、ここで役員が決まるのが慣わしだから、7月からを予想しての質問だった。答えを聞いてさらに驚いた。「3月下旬に臨時株主総会を開き、41日にしてほしい」本社側でもこの日に合わせて、新経営陣を整えるのだと言う。
323日本社役員を退任したNKMさん出席の下で臨時株主総会を開催、ここでNKM会長が誕生する。私の一つ下の階の同じ位置に同じ構えの部屋を用意し、そこに収まってもらった。300人足らずの会社だから常勤3人の役員で会社は問題なく回せる。特に仕事のないNKMさんはしばしば私の部屋にやってきて、今回の人事の不満を漏らす。当然だが本人にとって寝耳に水の扱いだったこと、自分も次期社長の有力候補の一人であったこと、UCDさんの社長昇格がMKWの本心かどうか疑わしいこと、UCDさんの施策がMKW路線を逸脱し、社内であれこれ批判されていること、そして代表権すらあたえてもらえなかたこと、などなど。
しかし、根が明るく前向きな性格は、こんな話題で社内を暗くするようなことはなく、しばらくすると得意の営業分野で、SPINにあまり馴染みのない顧客開拓に積極的に動き、適切なアドヴァイスをしてくれるようになっていく。営業担当者(役員・部長も含め)の方からもNKMさんに相談を持ち掛け、頼れる親分・兄貴分として、存在感を増していった。特に、年々取引規模が大きくなってきていた経営統合情報システム(ERP)パッケージ、ルネサンスは情報システム担当者より経営者の説得にカギがあるのだが、これには大会社の営業統括としての経歴・経験が相手方に伝わり、今までとは異なるアプローチが可能になっていった。
加えて、NKMさんは慶大工学部計測学科昭和39年卒である。当時から関東地区で計測工学を単独学科として持つのはここだけ(東大や早大は応用物理科の一コース、東工大は制御工学科)、それだけに計測・制御・情報分野で活躍する先輩・同輩・後輩が多い。このルートでも随分潜在顧客が増えていった。最初は本社から押し付けられた飾り物と思われた人がやがて欠かせぬトップの一人になっていくのである。

後日談:2003SPINを含む横河グループ情報サービス4社が合併し横河情報システムが誕生する(のちに取り上げる)。これを契機に私は社長を退任、NKMさんも顧問として一線を去るが、ルネサンス事業担当者とのコンタクトはつづき、このパッケージの開発元であるRoss社が日本法人を立ち上げると、旧SPINの担当者のかなりが独立を図る。その際NKMさんをトップに据えることが決まるのだが、新会社スタート直前に急逝される。


(次回; 海外提携会社動向)

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