2021年3月21日日曜日

活字中毒者の妄言-11


グランド・ツーリング

グランド・ツーリング(Grand Touring)なる言葉がある。スポーツカーのネーミングなどによく利用されるGTはその略、本来は大旅行を意味する。それを行うのは貴族の子弟(特に英国の)、大型馬車に乗り、案内役兼指導者付きでイタリアを目指すことが多かったようだ。この間大陸史・ローマ史を学びながら社会勉強(怪しげなことも)も行う。“全ての道はローマに通ず”を実体験するわけだ。滞在期間も含めると数カ月ヵら年単位の時間を要する旅だから、携行する荷物の量もバカにならず、長距離を走破する馬車も特別仕立てとなる。時代が下るとこれがオリエント急行に代表される鉄道旅、さらに自動車旅と変わってくる。必要な荷物を積み、長距離走行にも耐え、高速を維持できるクルマ、それが真のGTである。

1965年クルマを所有して以来、長距離ドライブこそがその最大の目的だったが、所帯を持てからはせいぜい夏休みに家族で信州や房総・伊豆を訪れる程度にとどまっていた。これが一変するのが完全リタイヤ後の2007年、待望のスポーツカー、ポルシェ・ボクスターを入手してから、13年かけ沖縄を除く全都道府県を駆け抜けた。この夢の実現を支え続けてくれた何冊かの書物を今回は取り上げてみたい。


最も古い本は辻豊・土崎一著「ロンドン-東京5万キロ-国産車ドライブ記-」(初版は1957年刊、所有するのは1963年刊の新装版)。この主役はトヨタ(トヨペット)・クラウン、誕生は1955年(昭和30年)、高校生の時である。乗用車は輸入車ばかりの時代、このクルマの出現は衝撃的だった。「いよいよ日本も立派な工業国になった」との思いを抱かせ、技術者志願の受験生を勇気づけてくれた。本書はそのクラウンによるロンドン-東京走破の記録である。著者二人はいずれも朝日新聞社社員、辻は記者、土崎はカメラマン、辻は戦前海軍の飛行機搭乗員の経験もあり、記者であるとともに一時期航空部員も務めている。ロンドン特派員の勤務を終え、帰国に際してこのドライブ行を提案、それが認められての壮挙である。実施時期は19564月~12月、ルートは英国をスタート、欧州の主要国を巡りユーゴ→ギリシャ→トルコから中東に入り、イラン→パキスタン→インドと進み、ビルマ→タイ→カンボジャを訪問、そして内紛状態の南ヴェトナムに入りサイゴンを一巡して再びタイに戻ってここから海路日本に向かう。まだ一般国民が海外へ出る機会の限られた時代、各地域・国の社会事情や文化の違いに触れられるとともに、誕生間もない国産乗用車の技術的課題や(部品供給やガソリンを含む)や長距離ドライブの問題点が詳しく報じられ、現代の国内ドライブとは大違いながら、それなりの心構えを涵養してくれたような気がしている。


運転と技術重視で読んだ前作と全く異なるクルマ旅で知的刺激を受けたものに沢木耕太郎(1947年生れ)の「深夜特急(単行本全3巻)」がある。著者27歳の時(1970年代半ば、約1年)、空路香港へ飛び、そこからさらにバンコクまでは飛行機を利用その後はバイクから乗り合いバスまで乗り継いでロンドンに至る陸路の旅である。メインはデリーからロンドンまでのバス旅行、先の作品とは逆ルートになる。クルマは“バスで”のこだわりを除けば完全は脇役、乗り物ファンとしての面白味はほとんどないが、旅とは何か?各地での体験で何を学んだか?を自身の変化をも見つめながら自問自答する内容は、観光あるいは軽薄な文化比較物とは一味も二味も違う深みを感じ、後にバックパッカーたちのバイブルとなるのも納得できる。「5万キロ」と共通するのは線の移動に依る変化の感じ方で、これは鉄道旅行にも共通する旅の面白味の一観点である。


自らクルマを駆っての話に戻ろう。沢木より少し前(19717月~11月)リスボンをスタート欧州のほぼ全域(北欧を含む)を走った後インドへ向かうクルマ旅を行ったのが歴史家で大学教授の色川大吉。生年は1925年(大正14年)、沢木とはほとんど親子の違いだ。その著書「ユーラシア大陸思索行」(1976年刊、所有するのは2011刊の復刻版)は歴史学者と言う視点での旅行記であることが前2作とは異なり、動機が冒険や好奇心ではなく、調査研究であることを明確に定めているのが特徴である(三つの研究課題;12テーマ)。著者は終戦直後の知識人の例に漏れず一時期共産党に入党している(間もなく転向するが)。それだけに旅先での批判精神は旺盛だ。1970年プリンストン大学に客員教授として招かれたのちの旅だから、西から東へ向かうにつれ文明批判が厳しさを増す。特に経済大国になり上がった我が国への問題提起だ。歴史研究者だから、時に明治時代の我が国に戻っての現代との比較が行われ(例えば、トルコで出会った少年の日本行き願望と維新後の洋行;後にこの少年の願いは叶い日本留学する)、読む者に考えさせられるところが多い。使われるクルマはフォルクスワーゲンのキャンピングカー(マイクロバス?)、メンバーは著者も含め3名(カメラマン、整備)は全行程同行だが、他に3名が部分参加している。基本的に一週間の内5日はキャンプ生活での旅だ。本書の中で前述「5万キロ」に触れ「あれは大新聞社主催、在外公館の全面的なバックアップを得ていた」「自分たちはすべて自前」と批判している。


以上の三点は半世紀近く昔の話、21世紀のグランド・ツーリングを一つ取り上げる。モータージャーナリスト金子浩久(1961年生れ)著「ユーラシア横断15000キロ」(2011年刊)。ルートは富山県伏木港からウラジオストクに渡り、ひたすらロシアを西走(半分以上シベリア)、サンクトペテルブルクからヘルシンキに至り、ここから一部フェリーを利用しドイツ・フランス・スペインを経て大陸最西端ポルトガルのロカ岬まで走る。時期は2003731日から94日岬到着までだが、そのあとクルマ処分のため単独でロンドンに向かう。使うクルマはトヨタ・カルディナ(ワゴン;中古車)、練馬ナンバーである。同行はカメラマン(登山家でもある)とロシア人通訳(途中で交代)。目的は“走り”にあるからクルマの調子、道路や関連サービス(ガソリンスタンドから検問所まで)の話が大部分、予備調査、ルート決定、クルマ選び、セキュリティ対策、道路事情と悪路走行、トラブル対応、など。ルート検討の際には「5万キロ」も参照している。事情は大違いだが、国内長距離ドライブでも参考にすべき情報満載。2007年来毎年12回長距離ドライブをしているが、読後ドライブ計画検討が一段と細かくなった。しかし、これも昨年の運転免許証返納で終わり、あとはこの種の誌上ドライブを楽しむのみ、新たなドライブ記の出版を待っている。

 

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