2021年6月14日月曜日

活字中毒者の妄言-18


二つの海外書店


本棚に約
60冊の洋書が収まっている。数年前に邦書も含め大整理をした際ペーパーバックの小説やビジネススクールの教材などを廃棄したから、一時期は洋書が100冊を超えていたこともある。残っているのは海外の書店や博物館の書籍コーナーなどで購入、最近はもっぱら通販で取り寄せたものである。ジャンルの大方は軍事関係で、特に科学・技術分野が多く、関連した戦史および軍人・政治家・科学者などの伝記類がそれに次ぐ。求めた書店は米国が大半だが、少ないながら英・仏・露、変わったところではインドネシアで地図を購入している。書店を訪れる機会は出張した際の自由時間に立ち寄ることがほとんどだが、観光旅行前予定に組んでわざわざ出かけたところもある。今回は特に想い出深い二つの海外書店を紹介したい。


海外出張が多くなったのは情報サービス子会社の経営に携わるようになった
1980年代後半からである。取り扱っていたIBMのプロセス制御用ソフトや独占販売提携していた米国中小企業の製品に付加価値サービスを国内で提供していたことによる。IBMの場合はマンハッタンに在った主管部門を訪れ、主に東海岸の顧客を対象とする営業支援を行った。他の提携先の活動拠点は、ニュージャージ、オークランド郊外サンレアンドロ、ヒューストン、アトランタに在り、打合せ・販売会議・ユーザー会議などに参加することが目的だった。一社だけ単独訪問の時もあったが、大方は数社を廻るようにスケジュールを組むことが多く、その場合先に東や南を廻り、最後を西(サンフランシスコ)にするようにした。これは、IT情報収集に欠かせないシリコンバレーに近いこと、短期留学したUCバークレー校の存在、サンレアンドロの会社創業者と過ごす時間を考慮してのことである。太平洋を隔てて向こう側は日本と言う安堵感、無味乾燥な米国の他の大都市には無い独特の潤いを感じさせる街、それに書籍と言う重い荷物もここからなら何とか携行できる。最終立ち寄り地点として最適だ。


「ボーダーズ(
Borders)」はバーンズ&ノーブルズと並ぶ全米規模の書店チェーン、我が国の八重洲ブックセンターと言ったところであろうか。そのサンフランシスコ店は繁華街の真っただ中、フィシャーマンズ・ワーフに向かうケーブルカーの起点であるパウエルから見てユニオンスクウェアの左上に在る。一階はレジとベストセラー、話題の新刊書や雑誌、ペーパーバックが置かれ、それにカフェも併設されている。専門書は二階、階段を上って左側は直交する二つの通りに面して窓がある明るい大部屋で分野別専門書の棚が連なっている。しかし、軍事史(Military History)コーナーは階段右奥で窓は無く、人の行き来も少ない落ち着いた一画だ。ただ広さは日本の小規模な書店ほどあり、古代の戦い・独立戦争・南北戦争から第一次・第二次世界大戦・ヴェトナム戦争・湾岸戦争までの戦史・戦略論/戦術論・軍事科学技術解説・従軍記/戦記・伝記/回想録・写真集がびっしり並んでいる。気になる数冊を取り出して、そこここに配された椅子に座りそれらに目を通す12時間は、仕事に一段落付けた後だけに、海外に居てもリラックスできるひと時だった。求めた本は20冊以上、挟まれた栞は今でも利用している。最後にここを訪れたのは20052月、それ以降米国には出かけていない。2011年この大型チェーンが倒産したことを知らされた。電子化・通販への対応遅れが因と言われている。書籍の通販からスタートし今や実店舗まで展開するAmazon、そこから取り寄せた洋書が届くたびに複雑な思いが去来する。


パリの「シェイクスピア&カンパニー書店」を知ったのは
2010年ジェレミー・マーサー著「シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々」を、好みのジャンル(書店)だったことに惹かれて読んだからである。1919年米国人女性によって開かれた店で、もっぱら英米作品を取り扱っていたことと場所がセーヌ川左岸、サンジェルマン・デ・プレ、カルチェ・ラタンなど芸術家・文化人が集まる一帯とつながっていたので、英米系のその種の人々が集うことで有名になる。店主は書店経営の傍ら若い英米の作家志願者に仕事を与え、短期逗留の場所を提供(屋根裏など)したので、後に名を成すジョイス、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドなどが足跡を残している。第二次世界大戦で1941年閉店、再開されたのは1951年、オーナーは変わったがやはり米国人、今はその人の娘があとを継いで若手支援を継続しており、戦後もアーサー・ミラーなどが世話になっている。読後「いつかこの書店に」の思いが残った。


2013
年南仏ツアーではあるがフランス訪問の機会がやってきた。幸い最終プログラム終了後パリ延泊可だったので3日間滞在を延ばし、パリの名所を巡ることにして、この書店訪問を組み込んだ。初日の目玉はヴェルサイユ宮殿と凱旋門など中心部、二日目はルーブル博物館とノートルダム寺院、それにこの書店、寺院のあるシテ島の橋を渡ればすぐの所に位置している。因みに三日目はエッフェル塔とアンヴァリッド(廃兵院;現在は軍事博物館、ナポレオンの巨大な棺もここに安置)、サクレ・クール寺院。パリ訪問は1970年以来43年ぶり。この時は米国人を含む仕事仲間とノルマンディー地方の石油化学工場訪問が主目的だったから、パリ観光の時間は一日のみ、皆でタクシーを利用して駆け回った記憶しかない。今度は家内との二人旅、ヴェルサイユとルーブルは予約の関係などで現地ツアーを利用したが、あとは地下鉄ですべて済ませるよう計画した。書店を除く訪問先は名の知れた観光スポットばかり「何とかなるだろう」と腹を括ったものの書店だけは一抹の不安を覚えていた。しかし、幸いなことにフランス新幹線TGVでリオン駅に到着後サン・ラザール駅近くのホテルにバスで移動中、予め延泊観光計画を伝えてあったツアーガイドが、渋滞する道路から書店を発見、セーヌ川やシテ島との位置関係をはっきり確認できた。

当日ノートルダム寺院訪問後徒歩でそこに向かい目にしたのは本の表紙のイラストと同じ緑色が目立つややくたびれた感じの建物、店内に入ると雑然と本が並べられ、新刊書を扱っているのだが、まるで神保町の古書店に入った感じだ。今どき日本でもこんなごちゃごちゃした店は珍しい。木製の階段を二階まで上がってみたが、店内の雰囲気は同じようなものだ。その上に居住区があり、数々の逸話の舞台のはずだが、そこには立ち入れない。それでも人は大勢入っており、レジも忙しい。おそらく大部分の客は英語を母国語とする人々、観光コースの一部になっていると推察する。購入したのは英人著者による「Spies in the Sky」第2次世界大戦における航空写真偵察に関するノンフィクション、定価€20が€5引の€15、受け取る際店の印章を捺してくれたから、明らかに観光サービスの一環だろう。しかし、良い想い出ができた。

 

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