2008年9月20日土曜日

滞英記-7

2007年7月2日

 このところ天候不順で6月20日過ぎからまるで梅雨です。日本との違いは、ジメジメしないが肌寒いこと、一日のうちに曇り、雨、そしてつかの間の晴れがあることです。イングランド北東部(ヨークシャ)とウェールズでは洪水の被害が深刻です。なかなか水がはけないのです。また、爆弾テロが多発しており政府はアラートレベルを最高の“Critical”に上げています。このため空港への交通規制(特に自動車)、空港内でのチェックが厳しくなっており、時間が予想外にかかっています。機内持ち込みは1個に限られます。お土産もこの数に入るようです。当地へおいでの方は充分この辺の事情にご注意ください。これらのニュースは日本でも報道されているようですが、今回は当地の<ニュース事情>を二つのテーマでご報告します。一つは<BBCのTVニュース>、二つ目は<ブラウン首相誕生>に関するものです。
 大学は年度の切り替わりの夏休みで学部の学生がいなくなり、閑散としています。しかし私の個人ゼミは、今週だけMauriceがプラハで開催されるヨーロッパOR会議に出席・発表のため休講ですが、その後は予定通り週一回のペースで進めることになっています。直近の研究は私の方から提案し“チャーチルとその科学アドバイザー”について調べています。<ブラウン首相誕生>の後半はそれも意識して整理したものです。

<BBCのTVニュース>
 当地へ来てから世の移り変わりを知るのはTVだけです。新聞は取っていません。日本のニュースはロンドン中継の短波を聞いていますが時間帯が限られるのとノイズが酷く、短い時間に限られます。もう一つはインターネットで日本の新聞の見出しを閲覧する程度です。中身を丁寧に見ないのは私のインターネットアクセス環境が良くないためです〔電話回線でアクセス、niftyの安いアクセスポイントや定額制が上手く使えない〕。TVは映像があるため言葉が不自由でも何とか状況が理解できます。ニュースは専らこれに頼ることになります。私のTV環境はアパ-ト備え付けの受像機(名前(MATSUI)も聞いたことの無い比較的小振りのもの)で、受信料(1年分前払い)だけで観ることが出来るチャネルに限られます。プロフットボールなどはSKYチャネルと言う有料テレビを契約しないと観ることが出来ません(BBCがやったのはイングランド対ブラジル戦;公式の国際試合のみです)。無料チャネルはBBC系が三つと民放系が二つの計5チャンネルです。民放系ではニュースはほとんど無きに等しい状態です。偶にチャンネルを切り替えている時面白そうな映画やノンフィクションに行き当たった時しか見ません。    BBCは1がメイン(報道、特集、ドラマなど)、2は音楽・クイズ・教育など、3は何故かコマーシャルなどが入るドラマ・音楽・映画などです。そんな訳で主に見るのはBBC Oneと言うことになります。ドラマは日本でも全く関心が無く観てもいませんから当地でも観ません。結果、観るのはニュースと特集ということになります。

 特集は、例えば昨晩は“Concert for Diana”と名付けられたライブで、死去10年を記念して、彼女(彼女の人気は未だに圧倒的)が力を入れていた小児病患者慈善活動を支援する音楽番組(フットボール場に6万の観客が集まり、ウィリアム、ハリーの二人の王子も出席し、著名な芸能人(葬儀の際にも演奏したエルトン・ジョンがトリを務めていました)が多数出演するもの)でした。特集番組は、ニュースで何度も予告されるので、新聞を取っていなくても予定が組めて助かります。と言うような状況で完全にBBCに取り込まれた生活をしています。そして出発点はニュースと言うことになります。
 BBCのニュースは、朝は7時から始まるもの(これは特集や地方ニュース;此処はNorth Westも含み8時半頃まで続く)と夜の10時からのものを専ら観ています。昼も家にいる時は正午のニュースも観ます。夜のニュースは日本と違いあまり長くやりません(地方ニュース、天気予報を含め30分位です)。朝のニュースはキャスターが男女2名この他、スポーツ(状況により競技場;今はウィンブルドンから中継、スタジオでやることもある)、天気予報(外から中継)、経済(前日の市況解説)専任が適宜加わります。また、新聞各紙の1ページ目を紹介する時間がありこれには輪番制(?)で新聞社の人間が参加しています。夜は原則1名のアナウンサーが担当します(テロなどあるとメインが外へ出るケースもある)。
 世界各地でTVニュースを観てきて構成に大きな違いは感じませんが、ここでBBCを観ているとNHKの1CHが大変よく似ていることが分かります。公共放送と言う共通性から来るものもあるでしょうが、NHKがBBCをウォッチしフォロ-しているのが実情ではないでしょうか?違いはニュース番組に“色”を感じることです。BBCはニュースや番組紹介でエンジをバックに使い、テロップなどのバックにはオレンジを使います。スタジオの家具・背景などもこの組み合わせで調和をとっています。開始を告げる音楽(音?)もディジタル感覚で報道の中身以外にも、日本には無い斬新な感触を体験しています。
 さて、報道の中身です。当然ですが国内ニュースが中心です。CNNは別にして、他国の放送ではもう少し国際ニュースが多いのではないかと思うくらい、BBCでは世界の動きが良くわかりません。国際関係で出てくるのは、イラク、アフガニスタンそれにパレスチナ、大分落ちてEUです。アメリカで何が起きているのかさえ前三国に関わる問題以外分かりません。その三国関連にしても兵士の犠牲者や自国に関連するテロが中心です。日本など先ず報道されることはありません。BBCの宣伝の中に、如何に各地に特派員を送り世界各地の情報を集め・届けているか手短にアナウンスする時があります。ここには北京・ソウルは出てきても東京は出てきません。天皇訪英は非公式なものでしたから仕方が無いかもしれませんが、全く報道されませんでした。日本が報道されたのは、任天堂かソニーのTVゲームソフトが英国の著名な(多分ウェストミンスター)寺院を舞台にしているのが怪しからんと言うもの(ダヴィンチコードもこれで苦労したようです)、若い女性のイギリス人英語教師殺害犯が未だ捕まっていないと言うもの、それに環境問題対応でプリウスが紹介された程度です。
 それではこちらに来てからの英国のトップニュース・重大ニュースを思い出すままに書き出して見たいと思います。日本での報道状況はどうだったでしょうか?
・5月初め当地に着いたときのトップニュースは4歳の幼女がスペインのリゾート地で行方不明になった事件です。未だに彼女は発見されていません。彼女発見・救済のための草の根運動が各地で起こり現在も継続しています。住居を探すため不動産屋を訪れている時若い女性がその子の写真をオフィスに張って欲しいと依頼に来ていました。
・ブレアからブラウンへの政権交代は、先ずブレアの功罪(主に罪)を取り上げ、特に誤った情報を基にイラク参戦したことへの批判がいろいろな形で流されていました。こんな中で出てきたのがハリーのイラク派兵です。ハリーって?ダイアナ妃の次男;ハリー王子です。彼は近衛連隊の戦車兵です。この連隊の一大隊(彼はここに所属)がイラクに派兵されることになったのです。彼はイラク行きを切望しました。イスラム過激派は“必ず仕留めてやる”と声明を出します。政府・陸軍はなかなか決断できません。結局“あまりにも危険”と取り止めなります。今度は派兵される(された)家族が黙っていません。“うちの息子は死んでもいいのか?”と。昨晩のダイアナ追悼コンサートで、ハリー王子は派兵された同僚たちに、「同行できず残念だ!済まない(apologize)!」とメッセージを送っていました。
・6月初め(正確な日は知りません)にはエリザベス女王の誕生日を祝います。と言っても生まれた日ではなく、戴冠した日を“新しい国王が誕生した日”として祝うのです。この少し前から騒がしくなるのは叙勲です。年初とこの誕生日の2回叙勲が行われます。誰がどんな称号・勲章を貰うか?特にMBE(Member of British Empire)はスポーツ選手や芸能人、作家など身近な人々が対象になるので話題を呼びます。今年はフットボール選手のベッカム、退任するブレア、それに「悪魔の聖書(だったでしょうか?)」(この本はイスラム過激派を批判する本で、日本でこの翻訳を手がけていた筑波大学の助教授が殺害され、未だ犯人は挙がっていません)の著者;ラシディが上がり、特にこのラシディ(パキスタン系のイギリス人)氏が選ばれたことに議論が集中しました。今回のロンドン・グラスゴー爆弾テロはこの叙勲に対する過激派の報復行動と言う説もあります。
・6月前半を通じてBBCが宣伝に最も力を入れていた特集番組は「フォークランド戦勝25周年記念」です。式典は17日(日)に行われましたが、この日に向けて関連情報が毎日のように放送されていました。式典当日も午前中から三々五々式典会場付近の公園に集まってくる退役軍人たちにインタビューしたり、当時の戦闘模様を流したり番組を盛り上げていきます。式典は3時からスタート。この日は午後からロンドンは晴れ。バッキンガム宮殿正面に向かう大通りの終点に位置する広場(兵営の中?)で公式の式典;チャールス皇太子(軍装)、ブレア首相、開戦時の首相サッチャー女史などお歴々が参列、軍楽隊の演奏で幕が切られ、三軍の代表が戦士を称え、戦死者を悼み、遺族代表と合唱団が追悼歌を捧げる。これが終わると参戦した兵士(主に退役兵)が皇太子以下の居並ぶ前を分列行進する。ここでの式典が終わると、首脳陣は車で退場しバッキンガム宮殿前のビクトリア女王像があるロータリーの中に設けられた閲兵台に先回り、今度はリラックスした感じで兵士たちの到来を待ち受け、再び閲兵する。分列行進の道筋には大勢の人達が歓呼の声を兵士たちに送る。誇らしげな老兵たち。空にはヘリコプターを先駆けに、輸送機、戦闘機、爆撃機、そして曲技飛行隊が三色の帯を引いていく。何やら指差しながら見上げるお歴々。水兵に混じってヨーク公爵(海軍の軍装)も行進に加わる。チャールス皇太子がそれに何かチャチャを入れ緊張が解ける。ロータリーを半周した兵士たちは解散場所に向かってくだけた調子で歩いていく。「これからどうするんですか?」とアナウンサー、「もちろん皆で飲むのさ!」。ここまで完全中継で5時まで。
 “戦争と道楽だけは真面目にやるイギリス人”を、確りTV検証させてもらいました。イギリスを良く知る友人が、出発に当たり「J-Day(8月15日;対日戦勝記念日)は表に出るなよ!」と忠告してくれました。厳守します。
・6月後半で大きなニュースはEU憲法を巡る国内の動向です(サミットはほとんどニュースとして印象に残らなかった)。昨年?フランスで否決されこの批准は先送りになることを願う人達がこの地には多いようです。英国が特に強く拘っているのは外交と治安維持策の独自性です。ここからはかなり私の独断と偏見になりますが、EUと英国の関係を考察してみます。
 外交に関しては二つあると思います。一つは嘗ての大英帝国を構成した国家との特別な関係を少しでも維持したい。EUの括りの中で既得権を削がれたくないということです。もう一つはアメリカとの関係です。EUの中枢をなす独仏、とりわけフランスはアメリカの力に対抗出来る欧州を目指しています。しかし、イギリスは欧州の中で歴史的にアメリカとの関係がとりわけ深い国です。これをEU側に取り込み対米交渉力を高めたいとする考えに警戒心を持っているのです。アメリカとの関係こそEUにおけるイギリスの切り札と考える人達が多数派のような気がします。
 治安維持に関しても大英帝国の遺産を感じます。インド・パキスタン・アフガニスタン、中東(ここには植民地はなかったがイラン・イラク・ヨルダンは勢力圏)、アフリカ(多数)、西インド諸島、マレーシア・シンガポール・香港。どこかで政変や紛争が起こる度に自国難民としてこれらの国からこの小さな国に人が逃れてきます。そして貧しい白人の仕事を着実に奪っているのです。特にこの地へ来てインド・パキスタン系の人達の存在を強く感じます。私が利用したガソリンスタンドは高速を除いて全てインド系の人の経営でした。ロンドンで泊まったInnの経営はインド系の家族で、下働き(キッチンや部屋の掃除)は白人のおばさんたちでした。Mauriceも小売業はパキスタン系の進出が急だと言っていました。イギリス人より(そしてインド人より)商才が長けているそうです。モスレムに関しても種々雑多でかつ過激派が勢力を持つ地域が旧植民地・勢力圏に多く存在します。テロ対応策も一筋縄ではいきません。犯罪者が増え、刑務者は満杯で、そのために保釈を早めざるを得ないことが大きなニュースになっています。未然に防いだ爆発物事件3件は全て監視カメラの働きに因るものです。街の至るところにカメラが設置されています。ランカスターでも中心部に数箇所設置されています。英国政府これによる犯罪防止を強力に推進しようとしています。そして国民もこれを支持しています。皆さんは英国の作家H. G. ウェルズが1920年代に書いた「1984年」と言う小説をご存知ですか?あの時代の忍び寄る共産主義・全体主義の恐怖をテーマにした小説です。“ビッグブラザー”が全て監視している社会です。その監視システムは鏡でした。そして今、そのイギリスでカメラによる監視社会が実現しているわけです。これの是非を問う番組もありました。そこでは“ビッグブラザー”と言う言葉が頻繁出てきていました。ヨーロッパ人(大陸人)はプライバシーを大切にします。EU憲法は理想社会を想定して作られているようで、イギリスのやり方に疑問を投げかける向きが多いようです(監視カメラ以外の対策も含め)。これがイギリスのEU憲法批准に逡巡する(基本的には修正で大筋同意していますが)理由です。
・6月後半は政権交代関連が主題です。しかし本当の主役は雨です。英国の天気は、“一日の内に四季がある”とか“一日の内に曇り・晴れ・雨がある”と言われます。天気予報も平気でこんな予報を出します。だから、英国紳士はステッキ代わりを兼ねて蝙蝠傘を持つとか?5月にこちらへきたときも天気が優れず雨勝ちでしたが、その雨は一時的にパラパラと来る“シャワー”でした。ところが最近降るのは“ヘヴィー・レイン”です。と言っても日本の雨に比べれば、量も時間もたいしたことはありません。何故あんなに冠水・浸水する家が多いのだろう?そして一旦水が出るとなかなか引かないのです。TVで聞いていると歴史的なことのようです。Mauriceの話では、異常潮位でランカスターの一部が冠水したことはあるが(私も湖水地帯の海に近いマナー(大邸宅)でここまで水が来たと刻んだ石をみました)、川や排水路の氾濫は知らないとのことでした。こちらの家を(特にタウンハウスと称する棟割長屋)を見ていると、結構半地下の部屋の窓が歩道から見下ろせます。また、被害のニュースで地下のエール(ビール)貯蔵庫(これが一般的な貯蔵方法)に水が入り、コンタミネーション(混ざってしまう)を起こした、と報じていました。つまり、排水路の処理能力がシャワーベースでできている所へ、レイン(それもヘヴィな)が降って溢れたというわけです。その意味で“歴史的異常気象”なのです。そしてルーマニアやギリシャで起こっている異常旱魃との関係を取り沙汰しています。全く素人の邪推ですが、イギリスを代表する(と言うかほとんどイギリス全土)緑の牧草地帯には木が生えていません。排水路らしきものもありません。あるのは石垣だけです。ここへ少し普段とは違う量(歴史的に多目)の雨が降ると保水力が極めて低いので一気に平地に達し、街が洪水になってしまう可能性も考えられます。イギリス的風景がその元凶だ、と言う説はどうでしょう?

<ブラウン首相誕生>
1)ブラウン首相とスコットランド
 ブラウン首相はスコットランド出身。父親は牧師。エジンバラ大学(と言ったと思う)で歴史学を学びPhDも得た知識人。労働党員となり党内で要務をこなし、次第に力をつけてきた。先ずスコットランド国会議員(最後は首相)となり、ブレア政権で英国内閣の閣僚となった(最後は財務大臣)。
 スコットランドは連合王国の中でも独自の地位を維持している(ウェールズ、北アイルランドは基本的にイングランドと同じ行政・統治システム)。教育・社会保障など独自のシステムを持つし(さすがに外交・軍事は中央のシステムに組み込まれているが)、紙幣もスコットランド銀行券を発行している(エジンバラ旅行中実際手にした)。しかし、税収に関してはスコットランドからの税収だけでは賄えず、中央政府に大きく依存している。スコットランド労働党は中央の労働党とは些か異なる性格を持っている。すなわち、“愛国(独立志向)色” が強い。そして40年近く議会を牛耳っている。ブラウンの問題点はこの“スコットランド労働党出身”にある。(このことで思い当たるのは、ロンドンで議事堂付近を観光中重要人物(今から思えばブラウン)が議事堂から出てくるため交通規制が行われていた。その出口正面の歩道にイングランド国旗(白地に赤十字)の付いた横断幕を張ってメガフォンで何やら叫んでいる連中がいた)
 バッキンガム宮殿から戻ったブラウンが、官邸前で行ったスピーチは力強く感動的だったが、特に印象に残ったのは(と言うより、よく理解できたのは)「私はこの地(here)で生まれ、この地で育ち、この地で教育を受けた!だから・・・・・」と言う件である。一国の首相となったのだから“スコットランド人と見てくれるな!”と言う切実な思いを吐露したのかもしれない。
 この話をMauriceに話した時、即座に「いやぁ!彼はスコットランド人だ!」との答えが返り、スコットランド政界の異常やサッカーゲーム(対イングランド戦)の狂気を話してくれた。アイリッシュ(アイランド、アイランド人)を語るとき、そこには何か“思いやり・同情”などを感じさせる雰囲気があるが(彼らがイングランド人より厳しい環境に適合できる例として、競馬の騎手にアイルランド人が多いことを、アスコット競馬を話題にした時話してくれた)、スコットランドに関してそれは無い。「ブラウンは“チェンジ”を掲げて大部分の閣僚を若手から登用する。彼らは経験が無いので苦労することになりそうだ!」と冷たく言い切ったのもこのことと関係するような気がする(いままでの付き合いから、彼は“労働党支持者”と踏んでいるが、このときばかりは“保守党なのかな?”とさえ思った)。因みに、詳しい生い立ちは聞いていないが、Mauriceはイングランド北東部出身、ニューキャッスル大学で学んでいる。北西部の古都カーライルから北東部のニューキャッスルを結ぶ線上にハドリアヌス防壁がありそこが2000年前のローマ帝国の北限、そしてその少し北にスコットランドとの“国境”がある。
2)首相のアドバイザー
 首相が決まると真っ先に話題になるのが閣僚、そして首相のアドバイザーである。今回の政権誕生経過を見て、初閣議参加者(つまり閣僚)の数の多さにビックリした。おそらく50人位いるのではないだろうか?若手や女性が目立つ。先のレポートでも紹介し、戦時中OR発展史に重要な役割を果たした内務省も初の女性大臣が任命された。外務大臣も若い。日本同様キャリア官僚(Civil Servant;採用・登用過程は大分異なるようだが)は力がありそうなので、未経験ゆえに国策推進に齟齬が出る恐れは無いだろう(むしろ、独自色を直ぐ打ち出せるかどうか?)。これら閣僚には個人的(と言っても官費あるいは党費)なアドバイザーが数人付くので、これらと相談しながら議会対策や政策が検討・決定・推進されていく。日本の閣僚にも秘書官や秘書が付くが、こちらのアドバイザーの場合現役官僚がこの役目を務めることは無く、有識者や党員が主体になるようである。
 さて、首相のアドバイザーである。今回もSir(サー)の付く人、女性、他に一人計3人のアドバイザーがTVで紹介されていた。3人が同格なのか?誰かが首席補佐官的役割を果たすのか?はTVで観ている限り私には理解できなかった。Mauriceによれば、彼らの影響力は相当なもので、首相がアドバイザーに操られる場面も過去にはあったようである。また、逆にアドバイザーが適切な助言をしなかったとして詰め腹を切らさたことがブレアの時に起こっている。アメリカの大統領補佐官(特に首席補佐官、国家安全保障担当補佐官)は表面によく出てくるが、こちらでアドバイザーがTVの前でブリーフィングするような光景を観たことは無いので、知恵袋・黒子的な存在なのであろう。
 チャーチルの個人科学アドバイザー;リンデマンは、戦時内閣組閣時チャーチルの強い押しで貴族(Load;卿)に任ぜられ貴族院議員として内閣(Paymaster General;主計担当大臣)に入り、絶大な権力を握った例もある(OR推進派と対立)。

以上

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