2009年11月19日木曜日

センチメンタル・ロング・ドライブ-48年と1400kmの旅-(30)

30.白浜観光-1 昼食時間に近かったが、中辺路町の中心と思われるこの近露王子付近に適当な食事場所は無かった。それほど空腹でもなかったので、311号線を更に白浜方面へ向かうことにした。道は走り易いが山岳ドライブの醍醐味は全く消え失せ、富田(とんだ)川に沿って緩やかに下りが続く。15分くらい走ると道の駅があったが、まるでフランチャイズのお土産物屋、併設された食堂は味気ない雰囲気だ(お土産物そのものは土地のものもあるが)。さらにしばらく走ると数台の車が止まったドライブイン(この言葉も大都会周辺では死語になりつつある)があったので、ここでうどんの昼食を摂った。関西はどこでもうどんが美味しい。
 深山の秘湯、龍神への分岐路、串本方面とつながる371号線などが現れると交通量も多くなり、ダンプカーや商用車が増えてくる。もうドライブを楽しむ道ではない。ひたすらカーナビの指示に従って白浜を目指す。幸い天気は回復、山間から抜け出したこともあり明るさが増してくる。ゴール、白良浜(しららはま)荘グランドホテル到着は2時過ぎだった。チェックインだけして白浜観光に出かける。
 和歌山工場時代ここにはよく来ている。少人数の時は繁華街から少し離れた、以前は個人の別荘か何かであったのであろう、静かな佇まいの会社の保養所に泊まることが多かった。課のレクリエーションになると収容人員の関係で中心地のホテルや旅館と言うことになる。大学時代の友人や両親とは代表的な観光名所を巡ったが、会社の同僚とは飲んで騒いで翌朝は二日酔いで有田へ直帰が多かったように思う。そんな思い出がどこまでダブルのか、いささかハイな気分になってくる。
 ホテルから海岸沿いに南へ下る道はメインストリートの浜通り、両側の歩道がたっぷり取られ見違えるように奇麗になっている。この頃には空は完全に晴れ、今回の旅で初めてオープンにして走る。建物の間から白い浜が垣間見えるのはちょっとワイキキの雰囲気である(白浜とワイキキビーチは友好姉妹浜)。最初に向かったのは断崖絶壁の三段壁、浜を過ぎると少し上り道になり、右側に海が開けダイヤモンドヘッドへ向かう感じだ。最後のワイキキドライブは1983年11月、運転していた車はレンタカーのトヨタ・コルサだった。
 三段壁は能登の東尋坊や伊豆の城が崎などわが国の海岸によく見られる、高く切り立った岩壁に波が打ち寄せる勇壮な風景が売り物である。ただ景色としては単調であまり時間をかけて堪能するようなものではない。むしろ同種の海岸にも見られる“自殺防止”の看板に暗い想い出が蘇った。

 もう四半世紀以上前になるが当時和歌山工場の運転部門の課長職だったYMK君が社外研修のあと行方不明となり、数日後ここで発見された。入社は一年後輩だが、和歌山時代を伴に寮で過ごし、信州の山歩きに一緒したこともある。新入社員当時、滅多に人を褒めない若手育成担当者が「彼に問題を与えると、どんな解き方をしてくるか楽しみなんだよ」とふと漏らしたほど早くから注目される人材だった。後年私が川崎工場時代、彼は本社技術部スタッフとして予算審査の役割を担っていたが、難しい設備投資案件の経済性に関して大胆なアイディアを出して援けてくれたことがあった。ちょっといかつい風体だが心根の優しい、将来を嘱望された彼が、何故変わり果てた姿でここに浮かび上がったのか今は知る由も無い。
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