2010年10月24日日曜日

遠い国・近い人-12(踊るプロフェッサー-3;ギリシャ)

 二日目が終わると会議も山場を越した感がある。翌日は最終日、主だった発表は昼食前で終わり、あとは学生たちのポスターセッションが中心となる。一日目の公式ディナーと異なり、この夜は会議が開催されたホテルを離れ、郊外のタベルナ(レストラン)へ皆で繰り込むプランになっている。プログラムの終了時間は7時半なので8時出発だ。ヨーロッパ人の感覚では宵の口と言ったところだろう。皆カジュアルに着替えて、バスに乗り込んでゆく。チラッと姿を見かけたジョージは、会議中のスーツ姿とは違い、袖のゆったりした民族衣装のシャツを着ている。
 何台も連なるバスが辿り着いたのは、道路沿いの大きなドライブインといった感じの場所である。周りにはそれ以外何もなく、そこだけが明るい。建物内部は装飾がほとんどなく、円形や四角いテーブルは白い安手のテーブルクロスで覆われているだけで、殺風景な雰囲気である。それでも皆の気分は今夜の楽しみに高揚しているので、やがて室内は熱気に包まれていった。参加者が席に着くとジョージが「今夜はギリシャスタイルのディナーを楽しんでほしい」と挨拶をして、無礼講?のパーティーが始まった。
 テーブルに運び込まれるギリシャワインやビール、数々のシーフードや羊料理。しかし、皆が楽しむのはそれ以上におしゃべりだ。席は特に指定がなく、適当に座ったので私の周辺は学生が多く、隣に座ったのはデンマーク人の女子学生とトルコ人の学者夫妻だった。何を話したのか憶えていないが、若い人達は日本人と話したことはないらしく、好奇心を持ってしきりとこちらに話しかけてくる。
 そんな喧騒の中に、突然音楽が奏でられた。みると、いつの間に来たのか5,6人編成のバンドが会場の一隅に席を占め演奏しているのだ。リズムやメロディーの感じは、有名なギリシャを舞台にした映画「日曜はダメよ」の主題歌に似ている。ブンチャカブンチャカとリズムに切れがあるので皆が手拍子を打ち始める。やがてギリシャ人たちがバンドの前に小さなスペースをつくり輪になって踊りだす。そこへジョージも加わっていった。手をつないだり、チョッとステップを変える程度の簡単なフォークダンスなので、知らなくても何とかなるような踊りであるが、さすがにジョージの踊りは見事で、拍手が沸く。するとジョージが親しい人間に、踊りに加われと声をかける。
 踊りの輪は次第に大きくなり、柱を囲みテーブルを取り込んで広がっていく。いつの間にか同じテーブル仲間に誘われ私のその輪に加わっていた。
 この音楽と踊りで、学会参加者の気持ちが一つになり、その雰囲気をホテルまで持ち帰り、ロビーの一角で、深更まで飲みかつ語る輪があちこちに出来上がった。
 短い滞在ではあったが、ギリシャとギリシャ人に親近感をおぼえるようになったのは、日ごろは理屈っぽい感じがしていたジョージの別の一面が、それをもたらしたことに間違いはない。
 ジョージはその後、一時期MIT教授のまま三菱化学のCTOになり、化成・油化の合併により誕生した会社の技術・研究政策整理・策定に深く関わっていた。現在は終身教授の資格を得ているので依然MIT教授として活躍中である。
(完)
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