2011年3月3日木曜日

今月の本棚-30(2011年2月分)

<今月読んだ本>1)大本営参謀は戦後何と戦ったのか(有馬哲夫);新潮社(新書)
2)「鉄学」概論(原武史);新潮社(文庫)
3)あっぱれ技術大国ドイツ(熊谷徹);新潮社(文庫)
4)世界ぐるっと肉食旅行(西川治);新潮社(文庫)
5)南蛮阿房列車(阿川弘之);光文社(文庫)
6)インドの時代(中島岳志);新潮社(文庫)
7)英国機密ファイルの昭和天皇
8)気象兵器・地震兵器・HAARP・ケムトレイル(ジェリー・E・スミス);成甲書房

<愚評昧説>
1)大本営参謀は戦後何と戦ったのか
 最初にこの本を目にしたときには、「不毛地帯」(山崎豊子)のモデル、瀬島龍三のような、巧みに戦争責任を逃れ、政官財界人に変身した軍人たちの戦後を想像した。しかし、少し読んでみるとそれとは違い、戦後の国家安全保障の構想を練り、自衛隊の母体誕生に深くかかわった、旧陸軍参謀たちの話であった。
 中心人物は、有末精二(次長;中将)、服部卓四郎(作戦一課長;大佐)、辻政信(大佐)など陸軍参謀本部(後の大本営参謀部)にあって大東亜戦争を強力に推進した、エリート中のエリート参謀。戦後昭和史の中で最も評判が悪い面々である。本来なら、上官や同僚たちと一緒に巣鴨拘置所に居てもおかしく連中がその罪を免れ、占領政策のなかで新軍建設に向けて何をしてきたかを、米国公文書館の公開資料を基に露にしたものである。
 占領軍は旧帝国陸海軍を解体したもの、戦史の整理を始め、ソ連や中共軍の情報入手のため旧軍人の力を必要とする。また旧軍人の中にも、第一次世界大戦後何とか生き残った、ドイツ国防軍を模した組織再建案を夢見る男たちがいた。当初はまるで異なる存在だった彼らが、やがて一つにつながってくるのは、中国における国府軍の共産軍との戦闘への協力や朝鮮戦争の勃発が契機となる。
 このような動きの背後には、占領軍総司令部G2(参謀第2部;諜報・保安・検閲担当;部長ウィロビー)があり、反共政策に役立つ者を積極的に活用しようとする姿勢があった。そこに先のエリートたちが結集することになる。しかし、当時の首相吉田は旧軍復活に何かと抵抗する。そんな時起こったのがトルーマン大統領によるマッカーサー元帥解任である。元帥の腰巾着であったウィロビーも更迭され、それにつながる旧軍のメンバーも一気に力を失う。その後警察予備隊は旧内務(警察)官僚の下で編成され、やがて現在の自衛隊へと形を変えていく。
 この本は先に書いたように、公開された公文書館の資料が基になっている。そこには個人名を記したCIA情報「河辺(虎四郎;中将)ファイル;有末らとは別の新軍構想」「有末ファイル」「服部ファイル」「辻ファイル」があり、戦後の彼等の言動が詳細に残されている。それらから見えてくるもう一つの闇は「地下政府」の存在である。これは確りした形のものではないが、皇室・高級官僚・財界人・旧軍人など、占領軍総司令部が政策を進める上で相談相手にしてきた人たちである。正規の政府とは別にこれらの人々が国政(憲法制定など)に関わっていたことが、本書の中でもたびたび触れられている。戦後秘話はまだまだ終わらない。

2)「鉄学」概論 本欄に何度か登場した鉄チャン(自分では違うと言っているが)、原教授の本である。この人の専門は日本思想史、特に天皇制との関わりである。従って、その点では鉄道とは全く関係ないことは確かだ。しかし、この人の著書がただの鉄チャンと一味違い、私が惹かれるのは、そのオタク臭さを超えたところにあるといえる。
 本書のテーマも、紀行文学における鉄道(これは何人か別人も書いているが、ここで取り上げられるのは鉄道好きの先輩作家;内田百閒、宮脇俊三、阿川弘之など)、沿線の文化・思想(少年時代は西武線沿線に住み、現在は田園都市線らしい)、天皇の鉄道利用(これはやや本職と関わってくるので薀蓄が傾けられている)、阪急(関西私鉄)と東急(関東私鉄)の違い(私はこれが一番面白かった;小林一三と五島慶太の考え方の違いなど)、さらにはストに対する乗客の反乱など、生活・文化・歴史との関係から鉄道が語られので、誰が読んでも面白いのではなかろうか。何か英国人のアマチュアリズムに通ずるものを感じた。

3)あっぱれ技術大国ドイツ
 著者はドイツに長く在住するジャーナリスト(元NHK記者)である。日本では、バブル華やかなりし頃3K職場として蔑まれ、それが崩壊すると手を返すように“ものづくり”の重要性を口にする人が多くなってきた。中国を始めとする新興国の台頭、リーマンショック後は、さらに一段と声高になってくるのだが、実情はむしろ衰微する方向にあるような気がする(円高もあるが)。かてて加えて、愚かで(初代)・非力な(二代目)理系総理が二代続いて「やっぱり理系はダメだね」などと揶揄される。同じような敗戦国から、技術立国で日本と共に一時は世界経済の機関車役を担ったドイツはどうなっているのだろう?メルケル首相も理系(物理学)だし。こんな思いのときに、タイムリーに出版されたのが本書である。
 貿易収支を見るまでも無く、ドイツは先進国の中で断トツの黒字、EU経済に問題が生ずればドイツがどう出るかが先ず問われる。そしてその根源的パワーは技術・製造にある。この好調は無論、自動車御三家(ダイムラー、BMW、VW<AUDI、Porsheを含む>)、シーメンスなど大企業の力に負うところが多いが、それ以上に中堅・中小が頑張っていることにある。この本ではそのような企業とそこで働く人に焦点を当てて、ドイツ技術と経営力を具体的に分かりやすく紹介していく。一つはっきりしていることは“安くて良い、大衆商品”を避け、高級・専門マーケットを志向することである。ここで先ずトップに取り上げられるのは、大量のコンピュータ・アウトプット請求書を封筒に詰める機械の会社だが、日本のNTTも大口ユーザーに一つになっている。この他にも面白い例は、オペラ劇場のような大劇場の緞帳(さらには各種舞台装置)の圧倒的シェアーを持つ会社などが紹介されている。
 これらの成功は、「テュフトラー」と呼ばれる発明家兼起業家(ゴッドリープ・ダイムラーやフェルディナンド・ポルシエなどもこの代表)を育む風土・政策(特に地方政府)、また優れた職人を育てるマイスター制度(この閉鎖性に問題もあるのだが)があること、中堅・中小は家族経営に基づくため、短期的利益よりも長期的な視点で経営が行われていること(そのための財務的な限界もあるのだが)に起因しているとしている。
 取材対象を最初から中堅・中小に絞り込んでいるきらいもあり、先端技術で勝負するグローバル大企業の成功事例や経営・技術戦略が今ひとつ見えてこないが、これからのわが国もものづくりを考える上で、多々参考になるところがあった(チョッと軽いが)。

4)世界ぐるっと肉食旅行  同じ著者による“世界ぐるっと”シリーズの三冊目(既刊;朝食、ほろ酔い)である。著者は写真家にして料理研究家、世界各地の肉料理をカラー写真を含め紹介していく。牛、豚、鶏あたりまでは我々に馴染みのものが多いが、羊、馬、鹿、七面鳥、各種内臓料理になると日常からはチョッと縁遠い。さらには犬や爬虫類になると見世物の感がしてくる。
 肉食の歴史が長い韓国語には牛肉の部位を表す言葉が300位あるので、その歴史が浅い日本語には一部しかに訳すことが出来ない。それぞれをどのように料理し、その味わいは如何に。こんなことから話が始まる。
 イタリアでは各種の肉を焼いて盛り合わせにする料理がある。味や歯ごたえの違いを楽しむという点で、日本における刺身の舟盛りに通ずる面白い食べ方と紹介される。
 ステーキはニューヨークとフィレンツェが優れているようだが、アメリカは焼き方の注文に注意が必要(総じて焼き過ぎの傾向)。またフィレンツェのものは、最初から数人分の塊で調理する(その方が肉汁を封じ込みやすい)のが一流レストランのスタイルなので複数で出かけることと助言してくれる。
 インドネシアの祭事に供される、豚一頭丸焼きの手順や沖縄の豚料理の歴史など、文化的・社会的背景も語られ、食べること以外の情報もふんだんにある、楽しい読み物である。
 これを読んだ直後、イタリア料理を食する機会があった。パスタの後のメインでラムを注文してみたが、すっかりその味に魅了されてしまった。

5)南蛮阿房列車
 「鉄学」概論を読んでこの本を知った。阿川弘之が乗り物好きであることは知っていたのだが、1970年代半ばにこんな旅をしていることは全く知らなかった。ヨーロッパ、北米大陸、アフリカ(ケニア、エジプトそれに何とマダガスカルも!)、中南米を少人数の個人旅行で楽しんでいるのだ。当然言葉(英会話)は出来なければダメだし、場所によってはレンタカーも利用しなければならない。友人や身内、あるいは出版社の助けもあるのだが、戦中世代の人が「よくここまで」と思うほど、挑戦しそれを楽しんでいる。
 題名から分かるように、明らかにあの内田百閒の名シリーズ「阿房列車」を意識したものだ。あの浮世離れした惚けた感じとは異なるものの、ユーモアに溢れる語り口は「読んでいて思わず噴出してしまう」と言う点で、先人の作品に勝るとも劣らない。

6)インドの時代
 新興国、中でも中国、インドの元気がいい。書店には中国関連の書籍が溢れている。それに比べるとインドは極端に少ない。1986年短い期間(それでも中国よりは長い)だが滞在したので、その後の変化には大いに関心がある。そんな時見つけたのが本書である。単行本が出たのは2006年とあるから少し時間が経っており、急激な経済成長がつづく昨今、内容に若干の違いがあるかもしれない。しかし、本書の焦点は経済よりは社会・文化・宗教の変容に重きを置いているので、充分今日のインド理解に通用するのではなかろうか。
 86年のインド行きでは事前準備に堀田善衛の「インドで考えたこと」など数冊の本に目を通したが、記憶に残るのは“混沌”であり“悠久”であった。そうでなければカースト制度や路上生活者に代表される貧困であった。そして現在出版されるものも、依然として同様のインド観を引きずっているようだ。この本はそんな画一的な日本人のインドに対する見方に一石を投じ、今のインド社会の認識を改める意図で書かれたものである。
 著者は大阪外語大でヒンディーを専攻し、京大大学院でアジア・アフリカ研究を修め、現地でフィールド調査を重ね、現在は北大の准教授である。言葉をしゃべれ、現地に根付いた研究をしている人だけに、流行を追うジャーナリズムの軽薄さが無いのが良い(導入部は多少その気があるが)。
 急速な中産階級(核家族で、家庭内も英語でコミュニケーション)の拡大は、家族や地域に根付いたインド伝統文化の希薄化を進め、特にヒンドゥー教の世界に大きな変革をもたらしている。それが著しいのがカーストの崩壊で、そこにインド社会の大きな問題が派生している。一方でそんな流れに抗するようにナショナリズムとヒンドゥー教の結びつきを声高に唱える新勢力が起こり、それらがイスラムやシーク教とも複雑に絡んで、急激な経済発展のなかで歪・ストレスを生じさせているのが、今のインド社会なのだと言う。
 このストレス解消のために著者が(インド人に向かって)提起しているのが“多一論的共存社会(違いを互いに認め合いながら共存する社会)”である。そしてこれが一部のインド知識人に受け入れられつつある。
 今までの日本人の外国への接し方(ほとんどは文化輸入か外部からの批判)とは異なる、著者の取り組み姿勢(特に一般大衆を対象にした)に新鮮な刺激を受けた。

7)英国機密ファイルの昭和天皇  明治以降英国外務省に保存されてきた対日レポートが本書の種である。薩摩・長州に加担して維新政府が成立、以後皇室や近代日本のリーダーたちと交流のあった英国外交官や財界人が外務省に送った記録を、昭和天皇とあの戦争、更に戦後の占領政策を中心に、英国の見た日本とそれを取り巻く支配層の動きを明らかにしていく。
 摂政時代の訪英が昭和天皇に如何に印象深いものであったか。秩父宮のオックスフォード留学を英国がどれほど喜んだか(皇室初の英国留学生)。同じ時期ケンブリッジに留学していたのは白洲次郎。彼の話が記録に登場するのは戦後だが、吉田首相の下で特異な存在になっていく姿も確り報告されている。
 日米開戦直前まで、日本を最後まで追い詰めないように警告を本省に発し続ける、駐日英国大使(クレーギー;彼は終戦後も日本弁護に終始する))の天皇観、日本観。チェンバレンと違いチャーチルはそれを冷ややかに扱う。
 終戦工作に昭和天皇自身が乗り出そうとする話や、戦争責任を天皇まで及ぼすかどうかに対する大国の駆け引き、特に英国の米国に対する猜疑心・嫉妬なども垣間見えてくる。もし退位するなら後継は誰が望ましいか(英国は秩父宮を期待するが病弱、高松宮は守旧派(旧軍部)との結びつきが懸念される)が彼の地で論じられる。
 新憲法発布に際して“象徴”天皇をどう扱えば良いか、米国(マッカーサー司令部)が英国代表部に助言を求める。「共和国(米国のこと)には立憲君主制が解るはずもない」米国に一矢報いる時が来る。
 更に話題は現天皇の皇太子時代に及ぶ。占領後の家庭教師は米国人のバイニング夫人、英国は何とかここに人材を送り込みたい。訪英した宮内庁関係者への秘かな売込みが行われ、実現一歩手前まで至るが、当時の教育掛小泉信三に棚上げされてしまう。
  いずれの話題も出典は外務省の公文書だが、それは時々の報告書なので断片的・一過的なものに過ぎない。それを一つの連続した歴史にまとめているのは、著者の綿密な現地調査による。元ロイター通信東京支局長を務めた人だけに、そこに登場する脇役は一流人物とその関係者ばかりである。その点からも歴史的価値がある一冊といえる。それにしてもスパイの国、英国人の情報収集分析力は侮れない!

8)気象兵器・地震兵器・HAARP・ケムトレイル
 本屋で見たとき、「何とオドロオドロしたタイトルなんだ!」と思った。しかし、一方に“恐いもの見たさ”のような気分が強く生じて買ってしまった。読後感は「結構まともな本だなー」である。
 本書の原題は「The Weather Warfare(気象戦争)」だが内容は広義の気象科学あるいは地球工学とでも言えば近い。因みに“HAARP”はHigh frequency Active Auroral Research Program;高周波能動オーロラ研究プログラムの略。ケムトレイルとはケミストリー(化学)とコントレール(飛行機雲)の合成語である。そしてこの本の内容はこのHAARPとケムトレイルが中心となっている。HAARPは米空軍と海軍がスポンサーとなりアラスカ大学で進められている電離層に関する研究。ケムトレイルは気象制御(人工降雨など)や地球温暖化対策に実験的に進められている、気象改変のための各種実験・研究のことである。
 HAARPは広大な敷地に数十基の高周波電波発射装置を設置して、電離層の特定点にこれを照射させて高温化し、そこから超低周波の反射波を作り出す研究である。これによって海面下の潜水艦との通信が可能になるほか、地表のある深さまでこの電波を浸透させ、弾道ミサイルなどの検知に使うことが目的である。しかし、その先には地球深部までこれを到達させ、ちょうど人間に適用されるCTスキャナーのような機能を持たせ、地下資源の探査などに利用すると共に、この超低周波を引き金にした共振現象を起こさせ、人工地震を生じさせることまで考えられるようなのだ。また、電離層の特定部分を加熱することにより天候(日照りや、台風、豪雨など)を人工的に改変できる可能性もあるという。
 ケムトレイルの方は、人工降雨に長い歴史があるが、結露しやすい物質(金属や化学物質)を空中散布し天候を変える研究が進められ、最近では地球温暖化対策として太陽の光を成層圏で反射させることによって温暖化を防ぐというようなアイデアも学問的に真剣に検討されている。
 このような気象工学・地球工学が秘かに兵器として使われたらどうなるか?そんなことを調べ・探った結果をまとめて紹介しているのが本書の概要である。兵器への適用に関しては著者も頻繁に「これはどこまで真実か分からないが・・・」と語っており、タイトルほど“オドロオドロ”したものではなく、こういう分野の学問・研究の現状を知ることが出来た点で、読んだ甲斐があった。ただ監訳者の解説で、竹中金融政策が米国筋の人工地震脅迫の結果だとか、阪神淡路地震は組織暴力取締り法に対する広域暴力団の復讐だ(すべて人からの又聞きとして)などと書いているのは蛇足であろう。
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