2011年8月1日月曜日

決断科学ノート-84(大転換TCSプロジェクト-21;ヴェンダーセレクション-4)

 ここでヴェンダーセレクションの全体動向を一先ず置いて、当時のこれへの私の考え・心境を振り返ってみたい。
 プロコンを見る視点に三つ(計測・制御、高度プロセス制御、情報処理技術)あることは前回述べた。私はもともと計測・制御畑出身である。しかし、このプロジェクトに関わる前に川崎工場全体(石油精製・石油化学)の工場管理システム構築(本ノート「迷走する工場管理システム作り」)に関わり、情報系(特に生産管理)の仕事にその職域を広げていた。ここでの対象機種はプロコンではなく汎用機になる。第一次石油危機でコンピュータの利用が急拡大したとき痛感したことは、プロコンの拡張性の狭さと、そこで開発したアプリケーションソフトの移行性(別のコンピュータへの移植)の著しい制約である。人もアプリケーションもほとんど特定コンピュータに貼り付けになってしまう。一方で、汎用機で動かす事務計算や技術計算ソフトは古く開発されたものが最新の技術環境の下で動いている。プロコンの特殊性(スピート、信頼性、割り込み処理など)を知らない人からは「何で使い込まれたソフトを、新型機で使えないんだ?」と言うような素朴な質問を受けることもあった。‘70年代後半“次世代”が話題になり始めたときから、この質問が頭から離れなかった。
 Exxon技術情報、そして日本IBMのSE、SGUさんからもたらされたACSに関する知見は明らかにこの疑問に答えるものだったが、まだ実用試験段階のものだったし、国内で汎用機を現場で使っていたのは製鉄所くらいだった。そこでの利用もリアルタイムのプラント制御ではなく、運転データの収集・解析を主にするものだった。本当にACSは使えるのか(経済性も含めて)?
 この疑問を自ら確かめる機会がやってきたのは‘79年開催されたTCC(Exxon Technical Computing Conference)への出席である。アントワープ製油所やExxon USAのベイタウン製油所による発表を聞いて「これはいけそうだ」との感触をもって帰国した。問題はコストだが、折よく中型汎用機の4300シリーズが発売される。これはIBMの旗艦、370と同じO/Sで動くので拡張性、移行性にも問題が無い。
 一方のハネウェルは、このレヴェルのプロコン、PMX(SPC)を既に稼動させているものの、新型DCS(分散型ディジタル制御システム)、TDC-3000と組み合わされるものについては開発中で全容がよく見えてこない(特に拡張性、移行性)。DCSレヴェルの選択はともかく、SPCレヴェルでは気持ちはACSに傾いていっていた。
 しかし、問題が無いわけではない。EREも心配し、日本の多くのユーザー(東燃石油化学;TSKを含む)もIBM批判をしていたのが、今で言うシステム・インテグレーション・サービスに対する同社の取り組み姿勢である(IBM製品を提供し、使い方の教育をするまでが限界)。これに対する自らの回答は、つまるところ使用実績から生まれてくる。
 石油精製の川崎工場では‘69年からIBM-1800を二台導入している。それらは横河の集中型DDC(YODIC-600)やオムロン製のタンクローリー出荷制御装置などと結合して運用するシステムである。契約段階は確かにIBMの責任限界は上述の通りなのだが、設計・構築・運用段階では担当営業・SEがよく協力し頑張ってくれ、大きな問題も無くスタートアップにこぎつけ、その後の問題対応も適切で順調に運用していた。契約を盾に逃げるようなことは全く無かった。
 加えて、感銘を受けたのはCE(カスタマー・エンジニア;主に保守担当)のトラブル時の献身的なサービスである。
 第一次石油危機(1973年10月)はプロコン利用の神風。‘75年にはアプリケーションが満杯になりSPCもDDCも拡張の必要が生ずるが、その余地は限られている。かと言って、新型に置き換える時期でもない。苦肉の対応策を本社の協力も得ながら実施することになった(‘76年)。DDCは集中型最新のYODIC-1000(-600より小規模プラント用)を既存の-600に付加して、運転データ処理や操作卓機能をここに移設、空いた部分に追加の制御アプリケーションを入れる。SPC、IBM-1800はメインメモリーの拡張(32K→64K)、それに伴うO/Sの入れ替え(TSX→MPX)や外部記憶装置の増強(専用外部記憶1810→汎用外部記憶2311)である。この大改修・増強をプラント定期修理(SD)中に終わらせなければならない。
 種々のトラブルに見舞われる中でも、最大の問題はSPCデータ処理の不安定性である。ときどきおかしな挙動をするが、なかなか原因が究明できない。日常補修担当のCEだけでは解決できないと見ると、地区CE責任者、MYZさんが常駐し、専門分野スペシャリストのCEを呼んで解決策に当たる。部品が無いと見ると空輸までする。それをこちらの担当者、ITSさんを始めとするメンバーと、いく晩も徹夜続きで一体になって進めてくれ、何とかプラントスタートアップに間に合わせてくれたのだ。
 この時のSDは他にも大掛かりな省エネ工事もあり、多くのメーカーや工事業者が絡んでいた。順調に稼動後工場次長から特に顕著な功績のあった会社を表彰したいと言う話があったので、IBMを推薦したところ問題なくパスした。IBMの営業とCEに伝えたところ、大いに喜んでもらえた。しかし、しばらくして辞退したいとの返事が来たのである。
 理由は「社内で、表彰をうけた仕事の内容を問われると、業務違反になりかねない」と言うのだ!つまり、それくらいの過剰サービスを担当者・部門ベースではやってくれていたと言うことである。日本IBMは日本そして日本人のIBMであることをこの時ほど痛感させられたことは無い。中央推進チームに「どちらにしますか?」と問われとき「ACS」と答えた心情のかなりの部分は、この時のCEサービスに起因する。

(次回;ヴェンダーセレクション-5;競札結果-4)
(注:略号;TCS、DDC、ACS等は最初に出たとき意味の説明やフルワードを記載しいています。しかし、時々記事の中でも解説していきます)

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